フィーラのその後
ヴェルムスで軍に引き抜かれてから四年。
私、フィーラは陸軍士官学校を今日卒業する。
士官候補生の中に私より歳下の人は1人もいなかった。
歴代最年少の12歳での入学で、かつ女ということもありかなり奇異な目で見られた。
少佐からの推薦ということもあり、入学料や受験料、食費など学生生活でお金で困ることはなかったのは本当に感謝してもしきれない。
周りは10代後半から20代ばかり。
その中でも無料で学ばせてもらってる以上、甘えたことは言ってられない。
卒業までは最短で、一番ではなかったけれど高い成績を維持したまま合格できたことには胸を撫で下ろしている。
「んーーっ、この部屋で暮らすのも今日が最後なのね。」
四年間の生活を振り返る。
シュラハたちと別れてから、私は強くなると決めた。
最初はとても不安だった。
なんせ女性なんて二割にも満たないし、私の次に若くても17歳。
馴染めるわけがない。
最初は浮いていた私が学校生活に苦労しない日はなかったかしら。
頼れる人も知人もいない。
弱音を吐きたくなる日も、泣きたい夜だってあった。
しかし、私は強くなると決めたのだ。
この程度の困難など跳ね飛ばしてこその士官であろう。
それに、シュラハがみたら笑うかも。それはやだ。
勉強も他の人の一生分くらいはしたと自負してる。
一度だけ学年一位を取ったことだってあるのだ。
それでも、褒めてくれる人はいなかったのだけれど。
努力は報われる。
それが知れただけでも幸せなことよね。
色々な武術、魔術、戦術を学び、私の戦略の幅は広がった。
大抵の武器は使えるようになったし、素手での戦闘だってできる。
魔術も基本攻撃四種に加え治癒・解毒魔術を高い水準で使える。
あれ以来一度も使っていないが魔剣もある。
着実に成長している。
シュラハ、彼は今どこで何をしているんだろう。
彼はとても強いから、たくさんの心優しい仲間に囲まれて楽しくやってるかな。
冒険者続けてるのかな?
それとも引退して自営業とか?
どの道に進んでもうまくいってそうだな。
「フィーラ、私だ。」
「ケゲラット少佐、お久しぶりです。」
「はは、実は先月昇進してね。
今は中佐だよ。」
「それは失礼しました。
昇進おめでとうございます。」
「ありがとう」
ケゲラット少佐、じゃなかった。
中佐は私と私の部屋をじろりと見まわし一度頷いたかと思うと、何か思い出したように話し出した。
「フィーラ、お前は明日卒業であったな。」
「はい、おかげさまで卒業できます。」
「四年前はまだこんなに小さかったのに、ずいぶんと背の伸びたことだ。」
そう言って両手をギリギリの距離まで近づける。
そんなに小さくはないわよ!
それにしても、確かに背も伸びたわね。
服も最初に着ていたものとはサイズも全然違う。
女性らしい体型になった気はする。
「部屋も綺麗にしているな。よく片付いている。
出発の準備も整っているんだな。」
「来た時よりも綺麗にして帰る。
友の言葉に従ったまでですよ。」
「なるほど、良い友をもったな。」
「はい。」
シュラハと冒険者をしていた期間は短いものだったけれど、その短い期間で彼のめんどくさいまでのお節介を知った。
長い期間時を同じくしている人がいるなら同情するかも。
でも、こうして今の私を形作っているのはそういう彼のお節介なのた。
本当に、彼は尊敬できる人だ。
「卒業祝いだ。受け取ってくれ。」
「ありがとうございます。」
そう言って紙袋を受け取る。
「中を見てもよろしいですか?」
「もちろん」
確認をし、中身を確認する。
一本のペンと印鑑のようだ。
「お前もこれからは社会の中で生きる。
その二つはあって損ないだろう。
ペンは術式が組み込まれてある。
魔力を流せばインクがでる。
印鑑も魔力を流せばお前を象徴する印に変わる。」
「本当にありがとうございます。
こんな良いものを、、、」
魔術印道具の類いだろう。
多分2つ合わせて安い土地が買えるわよね。
本当に中佐にはよくしてもらっている。
「時にフィーラ、お前はここを出てからはどこに就くことになっているんだ。」
「アギャトゥイ駐屯地で、事務職員兼教官補佐として働かせてもらうことになってます。」
「アギャトゥイ駐屯地か。
最近よくない話があった場所の近くか。」
「***村があったのもあの地方ですね。
まだあんな凄惨な風習が残っていたなんて、本当に驚きです。」
監禁や生贄といった郷土信仰が残っていたとは。
先代の魔王様が魔国を統一する前のことならまだしも、依然として風習が残っていたとして魔国中を震撼させた。
「お前も若いからな、もっと都会への着任を望むと思っていたが。」
「私の部下になる人たちがどんな人たちなのか、自分の目で確かめたいと思い、訓練兵のいる駐屯地を着任先に志願した次第です。」
「なるほど、まだ16であるのに。
立派なことだな。」
「恐縮です。」
「そうかそうか。
お前も来月からは少尉になるのか。」
「本当に中佐のおかげです。
私が士官学校に入学できたのも。卒業できたのも。」
「確かに入学は私の推薦があったからだ。
しかし、卒業できたのはフィーラ自身の力である。」
「ありがとうございます。」
中佐が口にされたことで改めて実感する。
来月からは将校。
部下の責任を預かる身になるのだ。
「今日は夜分遅くに訪れて悪かったな。」
「いえいえ」
「卒業前にお前の顔を見ておきたかった。
明日は卒業式だ。
夜更かしは厳禁だぞ。」
「はい。」
「うむ、それでは失礼するとしよう。」
***
士官学校を卒業してから早一ヶ月。
駐屯地での仕事にも少し慣れてきた。
シェイバー曹長。
アギャトゥイ駐屯地の責任者で教官。
私の直属の上司だ。
彼の指導は勉強になることが多い。
訓練兵の方々の辛そうな表情からもよくわかる。
ツウィ軍曹。
同じ教官補佐の同僚。
私よりも前からここに勤めている先輩でもある。
シェイバー教官を鬼教官と呼ぶなら、ツウィ教官補佐は冷徹教官補佐といったところか。
激情タイプではないがちゃんと絞ってくるタイプ。
他にも同じ事務職員の方や、食堂で働く方。
彼ら彼女らのお陰で、なんだかんだ上手くやっている。
変な訓練兵に絡まれることもあるがその時は実力で黙らせている。
全く、品性に欠けるわ。
そんな訓練兵の中で1人、興味のある子がいる。
別に変な意味ではないわよ。
すごく若い子で、名前はゾイ訓練兵。
12歳だと言う。
士官学校に入学したときの私と同じ年ということもあり気にかけている。
周りより体格も心も未熟で見ていて危なっかしい。
直接なにか助けになってあげることは公平性を欠くためできないのだけれど、応援してあげたくなる。
一般兵科に入れる最小年齢で入隊している。
これはとても異例なことで、駐屯地の皆さんも驚いてた。
「失礼します!」
この声は、ゾイくんだ。
「一般兵科、ゾイ訓練兵であります。
ツウィ教官補佐はいらっしゃいますか」
「どうした」
「槍術について質問がしたく、、、」
彼はとても勉強熱心だ。
入隊希望理由が家族の仇を取るためと聞いている。
私たちと同じ、ゾクドに家族を奪われたのかしら。
確かにいつ開戦してもおかしくはないけれど、まだ戦時でもないから仇を取れるかどうか、、、
まあ、戦争は近いうち起こると言われているし、取れるのか?
「とても熱心よね」
「そうね、彼を見てると士官学校時代の私を見ているようで応援したくなるわ」
事務員で同期のエマ。
職場で一番の仲良しだ。
私がエマが絡まれているのを止めて以来、関係を持つようになった。
「フィーラは歳下が好きなの?」
「別にそういうわけじゃないわ」
「ふーん」
「本当に違うから。私が好きなのは、、」
「好きなのは?」
「いえ、今は仕事中よ。私語は慎みましょ。」
「誤魔化したな〜。やっぱり歳下好きかー。」
「だから違うってば!」
エマは恋愛だとかそういう話が大好きだ。
私はそういうのよくわからないから正直困るのだけれど。
「フィーラ少尉!」
「シェイバー教官、少尉はやめてください。
私はあなたの部下ですよ」
「少尉は少尉だ。
それで、次の訓練兵たちのメニューについてなんだが」
私は今できることを全力で全うしたい。
頼られれば期待に応えたいし、成長する努力ももちろん。
いつか彼に会った時に成長したって認めてもらえるように。
横に並んでも恥ずかしくないように。