門出
あれから6日が経過した。
あの時の少女とは一度も会っていない。
もともと会ってやるつもりなんてないからな。
今頃人の一日って、太陽が7回沈んで月が8回出たらだよね。とか思ってるのかな。
まああの頭じゃそんな思考にたどり着く前に、話した内容すら忘れて、僕のことまで忘れているか。
なんて素敵な世界線だ。
幻覚まである。
「ははははははは」
そしてデオキシリボブレイク。
いくつか分かったことがある。
1つ目、どうやら生物の身体の一部を半球に翳すと吸い込まれていく。
それでもって引き金を引くと穴のある方の真っ直ぐ先。
そのライン上に取り込んだ生物が入れば抹消できるということ。
2つ目、どうやら遮蔽物を隔てても効果はあるようだ。
試しに本を間に挟んだり、部屋を挟んだが、試験用ラットはどちらも死んでいた。
3つ目、取り込んだ生物の家族なら、その効果を持続できるということ。
しかしそれは、三親等までのようでそれ以上に効果はなかった。
4つ目、これは人が扱うものではないということ。
誰かが悪用しないよう、僕が責任もって管理しよう。
もし腐った貴族の手に渡れば大量殺人が起きてしまう。
さて、あまりベットの上にいるのも良くないだろう。
母様に挨拶しに行くか。
***
朝食を取りに部屋を出ると使用人のオカベがいた。
「おはようオカベ。
母様は?」
「おはようございます。ハレファス様。
奥様は、まだ部屋から出られておりません」
「そうか」
「先にお食事を取られますか?」
「いいよ、それで怒られるのはオカベだろう?」
「私などのことを、お気遣いありがとうございます。」
オカベと別れ、庭に出る。
この音、この匂い。
雨……
この天気じゃ父様は本日帰られないだろうな。
「お兄ちゃん?」
「サラ、おはよう」
「おはよう!」
4人兄弟で一番下のサレイアス。次女、5歳。
僕によく懐いている、本当に可愛い妹だ。
今日僕が家を出ると知れば大泣きは不可避。
よって伝えていない。
突然の別れで辛いと思う。
僕も辛い。
辛いよね?
「あ、兄上。」
「ミーシャ、おはよう」
「お、おはようございます……」
ミーシャの表情はここ数日暗い。
これも僕が家を出るのが少し寂しいのだろう。
次男、4人兄弟の3番目。9歳。
ミーシャもこれからは僕の代わりに領地の医者として働くのか……。
「朝からそんな顔するなよ、僕も寂しいんだぞ」
「さ、寂しくなんてありません!!」
「それはそれで寂しいんだが……」
「兄上」
「レミィ…おはよう」
レミリア、長女で僕のひとつ下の11歳。まあ今年で12歳か。
「おはようございます。とうとうですね」
「そうだね。」
「少し寂しくなりますね……」
「今さっきミーシャには寂しくないと言われたところなんだ。レミィ、慰めてくれよ」
「そ、そんなつもりで言ったんじゃ……」
「兄上、ミーシャをいじめてあげると可愛そうですよ」
「そうだね」
「それに、私は来年には兄上と同じ学園に通いますしね」
それを聞いていたサラは首を傾げている。
ミーシャはまた寂しくなる…と呟いていた。
ミーシャはとても優秀だ。
ただ、少し自信がないからな。僕とは違い、嘘や隠し事も苦手。騙されやすくて、利用されやすい人間だ。
そこだけが心配か………
ってよく考えたらやばくないか。
「ハレファス様」
「オカベか、どうした?」
「奥様が起きられました」
「それじゃあ…」
「それと、先にお食事を取っていても良いと伝達を受けております」
「そうか……」
ここ数日、母様の体調はあまり良くない。
出来れば僕も家に残りたいが、それは出来ない。
治癒魔術で治らないということは、精神病ということ。
一朝一夕に治るものでもない。
「それじゃあ三人とも、先に食事を取っておこうか。」
***
食事を終え、僕は自室にて勉強中だ。
と言っても復習だけどね。
本当は弟たちの勉強を見てやりたいが、使用人立ちに止められるからな。
それは私たちの仕事です、と。
最終確認でもするか。
カシミ学園
カシミ=エルニワトン帝国の男爵以上の爵位の家系で、満12歳以上の男女が政治学や経済学、軍事学などを学ぶ場。
皇族はプラス帝王学もある。
僕はないが、内容は気になる。
もちろん秘密事項で情報漏れすることもないが。
まあ皇族が入学するのなんて確率で見たらとても低い。
今年の入学者で1番位の高いのは僕だろう。
使用人を連れて行けるのは学園の門前まで。
そこからは自分で荷物を運ばなくちゃならない。
そう考えると荷物は軽装にするべきだろう。
爵位の高いものは低いものに荷物をもたせる等愚かなことに走ると思うが、幸い僕の学年ではないだろう。
なんせ1番位の高い僕がするつもりがないのに、下のものが出来るわけが無い。
見つけたら……見つけ次第やめさせてやろう。
魔術も学ぶが僕の得意な治癒や解毒はあまり習わないらしい。
攻撃魔術は専門的に学ぶらしいが、僕はあまり得意では無いし、気乗りはしないか。
初めてやることならまだしも、知っていて、かつ得意でないなら楽しくないのは必然だろう。
それと、入寮後での行事について。
再度確認しておこう。
まず入学式。
まあ話を聞くだけだろうし、気にする事はないか。
その次に2次入学試験がある。
内容としては、男爵以下の階級の人間の、魔術による試験。
近年では武術も認められていて、剣術や闘術の使い手も参加している。
元々魔術学園文化があるため、少し異色ではあるが、一般人が簡単に魔術を学べないと、最近お偉いさんたちは知ったらしい。
本当に大丈夫なんだろうか。宰相が変わった頃くらいから、武術も取り組まれだしたんだっけか。
そのまま入れる上級貴族と違い、本当に苦労していると思う。
毎年50人採用していて、採用者は入学したての貴族1年50人。
もちろん上から50人だ。
入学希望者は毎年3,0000人にも及ぶそうだ。
理由は簡単、軍士官学校に入りたくないから。
カシミ学園に落ちれば強制的に軍士官学校に入学することになる。
有事の際、最前線に回されたくないのは当然だ。
魔術によって入学者を決めるのに、優秀な魔術士は自分たちの元に置いておくというのは、いささか謎だと、初めて聞いた時思った。
理にかなっていない。実力があっても後方で作戦立案でもさせるのか?
それこそ武力でなく、学問に秀でた人間のすることじゃないのだろうか。
そもそも文学的なことを学べるのがカシミ学園だけというのがおかしいのだ。
軍人をそんなに沢山作って何するだ。
研究者を増やせと本当に思う。
今年の入学者は貴族の子供たちだけで150人程度と聞いている。
まあ、多い方だな。
貴族は大体4300家ほどある。
数を聞けば驚くかもしれないが、全体人口は約6億人と言われているため、上位0.04%くらい。
その上位0.04%が富のほとんどを持っているのだから笑ってしまう。
残りの99.6%から取るのはたった50人。
冷静な人間なら、いや、少々気が狂っていても9割以上が消し飛ぶのはおかしいと思うだろう。
これをおかしいと思わないのは、少々どころでは済まされないような頭のイカレ方をした、この国の中枢のみだ。
2クラス分しか取らないのも、反乱を防ぐためだろう。
全くもって情けない。
ちなみに、人口に含まれない奴隷を含めれば10億人くらいにはなるんじゃないだろうか。
性奴隷にされて子を孕むなんて日常だからね。
6億人は奴隷でやりたい放題なんだ。
これだけの数字にもなる。
こんななのに反乱する気がないのは、大国に守られているという意識からだろう。
魔国という強大な敵から身を守るための巣。
実態はその巣を守るのも国民なんだけど。
全く皮肉な話だ。
話を戻して受験だが、まあまともじゃない。
入学試験料、入学試験選定料、入学試験応募料と、もう数えるだけで頭がおかしくなるくらい金がかかる。
1人通わせるのに金貨6枚だから、大体大人の給料4年分くらい。
それに、2次入学試験で取るのはどいつもこいつも富豪の子供や、騎士の子供ばかりらしい。
それなら最初からそうすればいいと思うが。
そして、2次入学試験が終わったら、彼らのための入学式がある。
もちろん、ここでもお金がかかる。
入学金と、祝辞金。
入学金は名の通り、祝辞金は、「入学できておめでとう。おめでたいということで学園にお金を収めなさい」って意味の祝辞金。
これは銀貨20枚くらいだったと思う。
入学式の内容は、一応、僕たちのものと同じらしい。
だがまあ、毎年良くない話は聞くから、雑な対応なんだろうな。
逆に僕らと同じ対応をすれば、それはそれで問題になるんだろう。
身分とは、面倒だ。
クラス分けだが、1年は爵位順、2年からは成績が平均になるように振り分けるらしい。
らしいというのは噂だからね。
教師だって人間だ。自分のお気に入りの生徒を自分のクラスに配属したいと思うのは当然。
偏りが出ないように、なるべく均等にしてるはず……
成績が平均になるようにしたら…
そんなことすれば民間からの子が、いじめられる気がするんだが。
どうせそれも教育の一貫だとかほざくのだろう。
腐ってるな。
問題になるのは、民間からの少女が貴族の子や、先生に孕まされて退学になるとか。
退学金も出るぞ。搾れるだけ搾る精神なのだ。
後は民間のクラスの先生が、ほかの先生にいじめられるとか。
身分から来る差別が基本だな。
僕がどうこうできる問題じゃないけど、目の前で見たら止めよう。
それだけの権力がある。
学園なのだから、もちろんテストが存在する。
筆記の定期テストが年に3回。
魔術の実技テストが年に5回あり、士官学校との軍事演習が年に2回。
この軍事演習は魔国を仮想敵としているのだろうが、本当に頭が悪いと思う。
魔族は人族より魔力量が多く、魔術も得意なんだぞ?
魔術で戦って勝てるわけがないと気づかないのだろうか。
まあ、腐っている国だ。
脳の隅々までウジが湧いていて、思考することすらできないほど腐っているのだろう。
新鮮なうちに気づかないわけない。最初から腐ってるのか。
まあ、生活環境が今のそれだし、危機感なんてないのだろう。
祖国の貴族の得意技は、モノを腐らせることなのだ。
腐ったもの、周りのものを腐らせる。
新鮮なものも、適切な処理をしなければやがて腐る。
ここ50年近く政治を間違ってきた国は腐り方が他国とは一線を画すけど。
まあ、僕たちの国は山に囲まれているし、戦争なんて人族としかしないだろうし、よっぽどの事がないと大丈夫だと思うんだが。
腐っても大国だから。
にしても、仮想敵、魔族、ね。
いつか人族と魔族が手を取り合って助け合える世の中を作れたらいいな。
***
夕食はいつもよりも豪勢だった。
まあ、僕の門出だし、盛大に送り出してくれるのは素直に嬉しい。
嬉しい、が。…………。
久々に母様の見たな、涙。
なんだか僕まで泣けてきた。
やはり、サラはなんのことなのか分からずキョトン、としていたが、次第に何となく掴めてきたらしく、顔をくしゃくしゃにしながら泣いていた。
泣き疲れたのか寝てしまって今は僕と、レミィとミーシャと母様と使用人だけだ。
「結局、父様は帰ってきませんでしたね……」
「ミーシャ!」
「母様、ミーシャを責めないでください」
「だって……」
「ミーシャ、辛くても、悲しくても、男なら黙って押し殺さないと
僕がいなくなって、帝都で忙しい父様に変わって誰が僕の家を守るんだ?
このままじゃ、安心して学園に行けないだろ?」
「兄……上…………」
ミーシャは泣きそうになりながらも、両拳をぎゅっと握りしめ、歯を食いしばり、大きく上を向いて泣くのを堪えていた。
「よし」
ミーシャの頭に手をそっとおき、ひと撫でし、手を離す。
「それじゃあ、行ってくる。」
「行ってらっしゃい」
荷物を馬車に乗せ、僕も乗り込む。
「発進します」
雨音と、馬の足音にかき消されたが、ミーシャが大泣しているのは聞こえた。
かき消されているはずなのに、な。