リディアの決断
私、リディアは幸せだった。
村でもっとも権力のある司祭の父、リリガの長女として生まれ、たくさんの人の愛を受けて育った。
危ない遊びなんかはした事がないし、してみたいとも思わなかった。
みんなが私に尽くす。
当たり前のことだと信じて疑わない。
小さなコミュニティーの支配者。
世間知らずだと思われるかもしれない。
しかし、実際は世俗と切り離された地域。
幼かった私を自信過剰にさせるには十分の舞台。
そんな中で育っていき、3歳になったころ、一つの転機が訪れた。
『リディアはお姉ちゃんになるのよ』
父と母の間に赤ちゃんができた。
私にとって初めてのきょうだい。
村の人たちはみな大喜び。
きっと私の時も同じように大喜びだったに違いない。
そして、私と同じようにたくさんの愛を受けて育っていくのだろう。
私もみんなにされたように、生まれてくる子を愛してあげよう。
子供ながらにそんなことを考えていた。
周りの大人はみんな、『リディアちゃんもお姉さんね』『これからはパパとママに甘えられなくなるね』『これでこの村も安泰だ!』と口々にいっていた。
私も父と母と一緒に生まれてくる子を待ち望み、来る幸せの瞬間まではやる気持ちを抑えられなかった。
アルとはこの頃からの中だ。
彼は私より10歳も歳上で、本当のお兄ちゃんのようで、たくさん遊んでもらったな。
アルにはお父さんがいない。
昔、村の一番の戦士だったらしいんだけど、アルが初めての狩でヘマした時、庇ってなくなっちゃったんだと。
そんな辛い思いをしながらも私なんかとよく遊んでくれたのは、本当にありがたいと思っている。
『アルは生まれてくる赤ちゃんだっこしちゃだめ!』
『いいもん、俺はリディアが生まれてきた時抱っこしてあげたし』
『そーなの! ねね! 赤ちゃんってどんななの!』
『そーだな。とっても可愛くて、愛おしくて、みんなで守っていこうって思える。最高の宝物。
リディアを見てそう思ったんだ。』
『宝物、、、』
赤ちゃん、宝物、
『大切にしなきゃ!』
私は生まれてくるであろう弟妹に見合う姉になれるよう努力するようになった。
山菜を取りに行ったり、掃除洗濯料理。
村の女性がしていることを、私も真似てやってみた。
村のみんなはその光景が微笑ましいのか、たくさん教えてくれた。
迎えた出産の日。
母と村の女性たち、それと父と私が出産に立ち会った。
赤ちゃんが産まれる。
その場の雰囲気は張り詰めており、とても緊張したのを覚えてる。
数時間後、無事赤ちゃんが産まれた。
『やった! 赤ちゃんだよ! パパ! パパ?』
そこで、少し違和感を覚える。
あれだけこの日を待ち侘びていた人たちは、失望のような、諦念のような雰囲気を纏っていた。
父の粒やいた言葉で私は口を閉じた。
『女の子か』
女の子じゃだめなの?
なんて聞ける状況ではなかった。
女の子だとまずかった。幼いながら察した。
村のみんなの反応も同じ。
あれだけ望まれていた子なのに。
女の子だったと理由だけで一変した。
あれだけ望んだ後だったのに。
私もあの子はダメなんだって思うようにした。
でも、そんな簡単に捨て去ることなんてできなかった。
だって、あんなに可愛いんだもん。
抱っこして思った。
なんて可愛いくて愛おしいの。
『アル、私たちであの子を育てましょ!』
『それは無理だよ』
『なんで!』
『あの子は、いや、俺からは言えることじゃない
そのうち、リリガさんが話してくれるよ』
煮え切らない態度に、理不尽に怒りをぶつけてしまった。
申し訳ないことをした。
それでもアルは怒ることはなかった。
きっと私の気持ちを汲み取ってくれたんだろう。
それなのに私は、本当にだめだ。
妹が生まれた日から、私たちの生活は、今までの幸せとは程遠いものになってしまった。
夜になると父が母に暴力を振るうようになった。
普段の父とは想像もつかない姿に竦み上がってしまい、私は本音を押し隠すようになった。
母からは笑顔がなくなり、父は私に厳しくなった。
色々なことを学ばされた。
識字、所作、そして私の体に秘められた力。
代々司祭家の女性に受け継がれてきた力。
『いいか、あの子のことは忘れなさい。
あの子は次生まれてくる子のための生贄なんだから。』
『はい、お父様。』
『それでこそ私の娘だ。』
私が5歳になるころ、独り身だったアルのお母さんが妊娠した。
誰の子だと村中大騒ぎだったが、頑なに答えることはなかった。
村の人はみなアルのお母さんを非難した。
当時は何故かはわからなかったけど、今ならわかる。
不倫は良くない。例え未亡人だとしても、相手くらいは教えるべきだ。
生まれたのは男の子、アルには弟ができた。
難産であり、アルのお母さんはゾイを産んですぐに亡くなった。
それからだ。
父を中心とする中枢の人間がアルたち兄弟を迫害しだした。
司祭家に男の子が生まれなかったのは、アルのお母さんが奪ってしまったからだと。
私もその通りだと刷り込まれていき、やがてアルとは疎遠になった。
そんな中、村をシルフウルフの群れが襲った。
たくさんの人が死に、たくさんの血が流れた。
村を救ったのはアルだ。
彼は迫害されていた村の人を助けるために必死に戦った。
私はその時初めて、大人たちの言っていることを鵜呑みにして、アルを迫害していたことに気づいた。
私が、間違ったいたと気づいたのだ。
『どうして助けてくれたの。みんなあなたに酷いことしたのに。』
『お前が生まれてきた時に思ったんだ。
この子を守るって。』
『そんな昔のこと、』
『確かに村のやつらは嫌いだ。
でもお前の昔の笑顔とか、寝顔とか、泣いてる顔とか、拗ねてる顔とか思い出しちまうと、どうしても死んでほしくねぇって思っちまう。』
『アル、、、』
『それに、俺が逃げたらゾイは誰が守るよ!』
『ごめん、ごめんなさい!
今まで酷いことしてきて、本当にごめんなさい!』
『いいさ、それにリリガさんには恩もあるしな。』
そこから、村のみんならアルと少しずつ距離を詰めていった。
溝が埋まることはないと思う。
でも、みんなが少しずついい方向に進もうと頑張っていた。
気づけばアルは村一番の戦士になり、全幅の信頼を得るようになった。
『おめでとう』『おめでとう』
村のみんなに笑顔が戻り、アルやゾイが迫害されることはなくなった。
しかし、一度開いた心の傷が癒えることはない。
母はいまだに笑うことはなく、父の暴力も止まるとこを知らない。
アルは村の人々への嫌悪感は拭えず、ゾイは自分の出自すら知らず、親の愛も受けず、迫害され、かと思えば急に距離を詰められる。
ゾイが塞ぎ込んでしまった。
歩けば石を投げられるころから一変し、村の英雄の弟として近づかれる。
人間不信に陥ってもしょうがないだろう。
『ゾイ、そーやっててもどーにもなんねぇぞ』
『兄さんはなんとも思わないの!?
俺は気持ち悪くてどうにかなりそーだよ!』
『ゾイ、そのままじゃ本当によくないよ。
私たちと一緒にご飯食べよ?』
『ほっといてくれよ。
リディア姉だって、俺たちのこと馬鹿にしてたんだろ!
頼むから、ほっといてくれよ』
何日も何日も説得しようとしてみたけど、ゾイが心を開くことはなかった。
村のみんなが無理やり出そうとしたこともあったけど、アルがそれを止めた。
やはり、アルも思うところがあるのだろう。
それ以来ゾイは村ではないもののように扱われた。
私の妹と同じように。
妹は名前すら与えられないでいる。
地下に監禁され、食事の時のみ人と接する。
接するのは、結界を破れる私と、結界を張れる父だけ。
そんな妹が覚えている言葉は『ショクジダ』のみ。
それしか聞いた事がないのだ。
『妹12になった。そろそろだろう。』
『祭りの準備を始めるよう、村の方々に』
『頼む』
祭りには、供物としてキングシルフウルフを。
生贄として若い男女2人を捧げる。
『ゾイを羽にするのはどうだ?』
そんな案が飛び出た中、猛反対した人が1人。
もちろんアルだ。
村のみんなからは嫌われた存在であろうと、彼にとってはたった1人の家族。
『村の外から来る男を羽にすればいい。
そいつは俺が責任をもって殺す。』
かくして、キングシルフウルフ討伐という名目で若い男を誘い出すことになった。
そんな中、村に二人組が訪れた。
シュラハさんと、ユアさんだ。
私たちは彼らをうまく騙すため、快く受け入れるフリをした。
***
「話てはないんだね。」
「そういう約束でしたので。」
―――シュラハさんが来た。
なんとなく、数日のうちに来るのではと思ってたけど。
やっぱり
「そんなリディアさんを信頼して、協力してほしい。」
そう、持ちかけられた。
私も元よりそのつもりである。
そのための心構えはしてある。
その前に、確認しておく事がある。
「あの、すみません。」
「どうしたの?」
「私がやることは、村のみんなへの裏切りです。
当然、事が終われば非難は」
「大丈夫、僕たちと来い」
そう言い手を差し伸ばしてくる。
彼のこういうところはよくないと思う。
自信のある姿を見せられると、自然と勇気が湧いてくるものだ。
「うん、、、」
少し恥ずかしいけど、彼の手を取る。
その瞬間、信じられないくらい強い力で引っ張られたかと思うと抱きしめられた。
「え、え、っえっと、え!?」
「僕の目を見て」
「は、はい、!?」
「うん、リディアさんにならできる。
確信した。」
「、、、」
口説かれてるのかな?
本当にだめだよ。
心臓に悪い。
「作戦は、、、」
こうして、私たち2人の戦いが始まった。