獣霊気法
シュラハとユアの付き合いは冒険者にしては長い方である。
バディを組んだ時以来一度も解消したことはない。
そんな2人の間に絆や恋愛感情のようなものはなく、ただ一緒に仕事をしている人という認識である。
共に戦い、共に助け合う。
しかし、プライベートに干渉しすぎたり、過度なコミュニケーションはしない。
付かず離れず、うまくやってきた。
そんな2人が、どちらかの願いを聞くと言うのは、今までの関係からはありえない。
シュラハがユアに鍛えてほしい、なんてお願いをして来たのは初めてのことだった。
「嫌に決まっておるじゃろ。
妾はお主を助けたのはご褒美のためじゃ。
勘違いするでない。」
「ご褒美? 何言ってるのかよくわからないけど、本当に鍛えてほしいんだ。」
シュラハはお節介なやつだ、とユアは思っていた。
頼んでもないのに飯は作るし、宿だってとってくる。
2人が干渉し合わない関係と言えども、無意識に関わる場面もある。
そんな性格が少々めんどくさいと思っていたユアは、シュラハのお願いなど聞きたくない。
まるで、めんどくさいと思っていたシュラハと同じになるではないか、と思ったからだ。
「普通に皆殺しにするか、もしくは治安維持軍に連絡でもすればいいではないか。
妾がお主を鍛え、お主が村の奴らと戦う必要はあるか?」
ユアは自分の性格についてあまり考えたことはない。
もちろん、考えるだけの知性がないのもそうであるが、生まれ育った環境は、ユアを全肯定するようなものだったからだ。
「戦う理由ならある。」
「ない。
お主、変な正義感を持つのはやめよ。
お節介なだけじゃ。だれも求めてはおらんよ。」
シュラハに正義感があるのかユアにはわからないが、そう言う言い回しの方が納得できると考えたのだ。
「僕はこの村の人たちのことが許せない、なんて思えるほど善人じゃない。
正義感で動いてるわけでもない。」
「ほう?」
「あの少女を保護する。理由は」
「理由は?」
「いや、やっぱりお節介だね。
僕は彼女を助けたい。」
「はあ」とため息をつく。
おおかた予想通り。
悪いやつではない、ただし、ユアの好きなタイプではなかった。
「意味がないと言っておるじゃろ。
その正義感で助けれる相手ではない。」
「そうだね。僕はアルジュニアスさんを倒せない。倒せないのは僕が弱いからだ。」
「そうじゃ、弱いから自分のやりたいこともできないんじゃ。
弱いお主に選択権なんかない。
それはお主にだけ見えているあやつにも同じじゃ。」
あやつとは、監禁されている少女のことだろう。
シュラハは言い返せない。
倫理や道徳ではどうにもならないこともあるからだ。
ただ感情に訴えかけ、それを理解できないものを狂人と呼ぶのは、普通なら理解の得れる話かもしれない。
しかし、極限の状況下でそんな理想論に耳を傾けてくれる人はいない。
ユアとは思えないほど正論だ。
「弱いというのはそれだけで罪じゃ。
力を望む、それが悪いことだとは、妾は思わない。
頼む相手を選んでくれ。妾は嫌じゃ。めんどくさい。」
「ユア」
「なんじゃ、まだ何かあるのか?」
「君の言ってることは、正直認めたくないけど正しい。
僕が弱いのも、弱いからやりたいこともできないのも。
君の選択が賢いってのも。
その選択は確実に村の人たちを捕まえれると思う。
でもそれは、彼女を犠牲にした上でなりたつことだ。
僕にはやっぱりその選択はできない。
お願いだ、僕を鍛えてくれ」
「ほんとーに、しつこいうざいきもい。」
「それでも諦められないんだ。」
「どーせどれだけ断っても、妾が首を縦に振るまで虫みたいに纏わりついてくるんじゃろ?
鍛えるつもりはないが、アルジュニアスをぶっ飛ばせるだけにはしてやる。」
「ほんとうか! ありがとう!!」
「ただし、」
ユアもただでシュラハの願いを聞きいれるような人ではない。
「これからお主が受け取る依頼の報酬の八割を妾に寄越せ。
それが条件じゃ。」
「それでいい」
「ぐぇ」
そんな条件でも受け入れるのか、とユアは気味の悪さから声が漏れた。
***
ユアに鍛えてもらえることが決まり、一度外に向かう。
近辺は村の人たちがおり、自由に鍛錬できなさそうであったため少し山を降りる。
「依頼、諦めなきゃだよね。」
「何か問題でもあるのか?」
「失敗したら罰金払わなきゃなんだよ。
今まで一度も失敗してこなかったから知らないかもだけど。
一応、説明はしたんだけどな。」
「知らなかった。」
「説明したよ?」
―――依頼は、キングシルフウルフの討伐。
今回のことが事件として処理されたら依頼の罰金免除とかになってくれないかな。
前を歩いていたユアの足が止まり、シュラハも足を止める。
充分降りてきただろう。
もう村の人はいないとの判断だろう。
「この辺りでいいじゃろ」
「なんならもう少し歩いたところに他の部族の村があるし、そっちにいかないかい?」
「ダメじゃ」
「まあ、わかった。一応理由を聞いても?」
「知らん。妾が教わったときは自然を感じろって言われたのじゃ。」
―――教わった? 誰かに師事していたのか?
あんまり納得できないけど、そんなバカみたいなこともあるのか。
てか説明雑だな。
でも知能的に限界だよね。
「今から教えるのは、獣霊気法じゃ!」
「じゅうれいきほう?」
聞き慣れない単語に首を傾げる。
何かの武術だろうか。
「獣霊気法を極めれば、お主もアルジュニアスをぶっ飛ばせるじゃろう!」
「短期間で身につくものなの、、、」
「できる!」
それはユアだからできたんじゃ、とも思ったが口にしたら教えてくれなくなる気がしてやめにした。
「それで、どんな特訓をするの?」
「そんなの、腹に力をためて、全身に送り、ハアアアアアって感じじゃ。」
????
何を言ってるかはよくわからないが、精一杯頑張って伝えたようだ。
仕方ない、やってみてユアに合ってるか確認しながらやろう。
―――腹に力をためる、イメージ
「お主、糞でも我慢しとるのか?」
「ちがうよ!」
「もっと、こうじゃ!」
ユアを見る。
シュラハは、自分と何が違うのか理解できなかった。
もっとユアの心に寄り添って考えよう。
感性も野生的な感じに。
「力っていうのは、腹筋に力を入れるのとはちがうの?」
「そうじゃな。」
「どんな感覚なの? 例えば、魔術を使う時の感覚に近いとか。」
「魔術を使ったことがないからわからん」
「そんなこと聞いてない、、、いや、なんでもない。」
―――やっぱりユアは頭が良くない。
多分本当に感覚でやってる。
何も理解してないし、なんでできてるのかとか、正解も分かってない。
んなふざけてるだろ。
「ほら、サボってないでまだまだやるぞ!」
「お、お〜」
格して僕たちの獣霊気法習得のための鍛錬が開始された。
ユアの言っていた師匠の話、自然を感じる。
そのために僕は川を泳いでみたり、山を駆け回ってみたり、木に登ってみたり、地面に潜ってみたり、岩の上で瞑想してみたり。
色々なことを試してみた。
「お主、センスないの」
「ちくしょう、僕だってまだまだやれる!」
「まあせいぜい頑張ってくれ。妾は寝る。」
―――ユアのやつは、食っては寝。食っては寝。
教えてくれるんじゃなかったのか?
それとも、そういえば僕が諦めると思って言っただけの嘘?
いや、そんな知能はない。
多分本当にめんどくさいだけなんだろう。
いい加減にしろ!
「っ! 臭っ!」
ユアはよく生肉を食っては、食べきれず残している。
そのせいで腐ってよく処理させられる。
「全く、魔術で燃やすのもめんどくさいんだぞ」
適当に燃やそうと、詠唱をする。
「ん? 待てよ」
―――自然を感じるって生肉を食うとかそんなふざけたこと言わないよな。
恐る恐る、まだ手のつけていない生肉を手に取る。
まだ暖かく、時々うねったり縮んだりする。
とても新鮮だ。
息を呑む。
「まてまてまてまて、こんなの文明人のすることじゃ、、、」
脳裏に少女の姿がチラつく。
しのごの言ってられない。
でも流石に生肉にかぶりつくなんてどうかしてる。
「ええぃ、くそぅ!
もうなんとでもなれ!」
生まれて初めて生の肉にかぶりつく。
舌触りは悪くない。焼いた肉とはまるで違う弾力。
少将固く、手と歯で引きちぎる。
口内に肉がとろける。
十分に咀嚼し胃に流し込む。
「、、、」
生臭さはあるものの、食えないものではない。
うまいとすら感じる。
しかし、この一口だけにしておこうと思う。
あとは焼いて食べよう。
腹が心配だ。
「なんかギュルギュルいってる、、、」
その瞬間、ユアが目を覚ます。
「お主、やればできるではないか」
「は?」
―――突然跳ね起きたと思ったら褒められた。
どうかしてるよ、ほんと。
「お主の中に獣霊気が感じられる。」
「嘘でしょ、、、、」
そんなバカみたいなことある?
ただ生肉食っただけだぞ?
それがきっかけとしか考えられない。
「もっと練れ! 獣霊気を練るんじゃ!
そんな量では拳一発分にも満たんぞ!」
「や、やってみるよ。」
―――獣霊気を練る。腹に力をためて、、
「ちがう! そうじゃない!」
―――絶対に何かあるはず、イメージしろ。
なんでもいい、、、自然、川を泳いだ時のことを思い出そう。
あれは本当に寒くて地獄だった、じゃなくて、逆らわず流れる、自然に。
「おお!」
―――山を駆け回ったよな、あれは今思うと無駄だったな。
山を駆け回る動物は、どちらかだ。
獲物を追う時と、追われる時。
必要なのは、余力だ。
自然界において、限界まで追い込むことは意味のないこと。
「お主、嘘じゃろ!?」
―――木に登った時、あれは登ってる時が一番印象的だったな。
この辺りに高い木は少なく、その中で一番大きい木でも僕の6倍くらい。
でも、力強く根を張り、然とした佇まいには思わず感嘆としたものだ。
それぞれが、生き残るために利用できるものを全て利用しているようだった。
「ま、え、シュラハ。
さっきまでの今にも消えそうだった獣霊気は」
―――地面の中には、漠然とした恐怖があった。
一番近いものだと、目を瞑っているときに感じる、なんとなく嫌な感じに似てる。
虚構を恐れる。
ありもしない存在に、仮想の強大な存在に対する恐怖。
どうすればそんな虚構に打ち勝てる?
否、かつ必要などない。逃げればいい。
自然界において、わざわざ身の危険を犯す方が不自然だろう。
「シュラハ、シュラハ、お主黙っておったのか?
なあ、嘘じゃろ?
え? なんで、なんで?」
―――瞑想、あれはすごく神経が研ぎ澄まされる。
五感、特に聴覚、触覚が。
次第に呼吸や脈に意識が向き、それらの規則性を追うあまり、逆にリズムが狂うこともあったな。
羽音やすすれる音、地を蹴る音。
僕をただ見守る視線や、狙う視線、それらを肌でジリジリ感じる。
「できてる、」
「ん?」
「お主、獣類気法を使えるのか?」
「え? 嘘でしょ?」
「な、ああ、」
「え、なに?」
「いや、今練っていた獣霊気が霧散したのを感じた。」
「まじですか。」
シュラハは獣霊気を練ることには成功していた。
しかし、それらを意識すること、認識することはできなかった。
少し意識を自然界から逸せば、霧散してしまう。
それらを感覚でやっているユアには脱帽ものだ。
「よかったよかった。」
「なにがだよ。」
「いやあ、まさか習い始めて数日で獣霊気法をマスターされるのは癪じゃからな!」
「プライドの問題かよ、、、
でも、そうも言ってられないよ。
僕らには時間がないんだ。」
「なぜじゃ?」
「は?」
本気で言ってるのか? と聞き返したいが、ぐっと飲み込む。
本当にわかってなさそうだし。
言っても喧嘩になりそうだし。
「あの子が生贄なら祭りの日には殺される。
それがタイムリミットじゃん。」
「あー、だからあの時軍を待ってたら女が死ぬとか言っておったのか!」
「本気なんだ、、、、」
―――理解してないだろうなとは思っていたけど、やはり引いてしまうな。
疑問があったなら聞けばいいのに。
「これからは獣霊気を自分の物にする特訓だね。」
「そうじゃな! それがよい!」
適当言ってるだろ!