発見
「なあシュラハ、最後の記憶はなんだ?」
「最後の記憶? 今話してるところ」
そう言い終わる前にアルジュニアスは飛びかかる。
脛を目掛けての薙ぎ払い。
それを察知し飛び上がる。
が、アルジュニアスは止まらない。そのままシュラハの胸ぐらを掴むと壁を突き破る。
シュラハもバカではない。そうなることを理解した上で受け、掴まれた胸ぐらを腕を絡めることで抜け出す。
「何のつもりですか。まさか本当に知られちゃまずいことが」
「……」
アルジュニアスは答えない。
ただ槍を向けてシュラハに迫る。
振り上げ降ろす。
それを柄でうけ、足で槍を蹴り飛ばす。
その勢いをそのままに一回転し、回し蹴りを入れる。
シュラハが大木に激突する。
―――どういうことだ。アルジュニアスさんが唐突に槍を持ったと思えば襲いかかってきた。
あの蹴り、何発もくらってたらもたないぞ。
痛む横腹を抑えることもなく、刀身をアルジュニアスに向ける。
距離を詰めてこないアルジュニアスに違和感を感じていると突然、持っていた槍を投擲する。
咄嗟に避けるもブーメランを投げたように元来た場所に帰ろうとする。
その軌道上にシュラハはいた。
背後を槍で斬られる。
傷からは煙幕が漏れ始める。
―――隠しておくつもりだったのに。最悪煙幕をだぜば逃げ切れると思っていた。今逃げないとそれこそ村の人たちまで集まってくる。
アルジュニアスとの間を煙幕が一瞬塞ぐ。
その隙を見逃さずシュラハは走り出す。
それを追うアルジュニアス。
「うごっ」
煙幕に隠れたシュラハのストレート。
顎にヒットしよろける。
距離を詰めラッシュをかける。
しかし全ていなされる。
―――嘘だろ。槍だけじゃない。格闘技もずば抜けている。
次第に、シュラハが拳を受ける回数が増えていく。
シュラハが弱いわけではない。
魔国の冒険者であらゆる死地を乗り越えてきた。
だが、生まれ持った才能と、恵まれない環境が、シュラハの経験を許さない。
―――クソッ、まじでやばい。視界的なハンデがあるのにこんなに押されてるなんて。ユアに並ぶ化け物じゃないか。
「シュラハ、もう逃げられないぜ。」
そう言われ、後ろを見る。
眼下に広がるのは崖。
ここから落ちればいくら冒険者といえど生き残るのは困難であろう。
「うらぁぁぁぁぁ」
決死の思いで詰め寄るが突如現れた槍の柄がシュラハの鳩尾を抉る。
体を半身にすることで視界から槍を隠し、思考の外に出していたのだ。
そのまま馬乗りになってシュラハの頭を殴り続ける。
「なあシュラハ、最後の記憶はなんだ?」
「……はぁはぁはぁはぁ」
、、、
「なあシュラハ、最後の記憶はなんだ?」
「あっ、、、ああ、」
、、、
「なあシュラハ、最後の記憶はなんだ?」
「……」
「何も覚えてないか。」
「………っ」
アルジュニアスが殺気を感じ振り返るとシュラハがタックルを仕掛けて、膝裏を持ち上げようとする。
しかしそれを利用され膝蹴りを受ける。
「クソッ、一体何なんだって、、、ぐほぉ」
木の木陰から1人の少女が飛び出して、アルジュニアスにドロップキックをお見舞いする。
勢いもあり、アルジュニアスは崖に落ちかけるが、すんでで掴まり落下を回避する。
急いで上がるが2人の姿はない。
「逃げられたか。」
「おい、何があった!」
「みんな、あの二人組見なかったか!
やつら、村の禁忌に辿り着くかもしれねぇ!!」
***
ここはどこじゃ。
妾、ユアはシュラハとリディアと喧嘩して、ムカついて、与えられた部屋に戻って眠っておったはずじゃが。
なんで裸?
真っ白の空間はなんなんじゃ?
わけがわからん。
幻影幻覚? という訳でもなさそうじゃ。
敵襲? 毒でも盛られた?
どれもありえるが、だとしてもここはなんなんじゃ。
密室ではない。
天井も、、下、床もない!?
「気味が悪いのぅ」
無機質な空間に妾の声だけが通る。
スッ、と目の前に黒髪の、どこかシュラハに似た顔つきの女が現れる。
「誰じゃ」
「私は、道を示す者。」
「道を示す者?」
「そう、あなたに使命を与えます」
道?使命?
なんじゃかかっこいい!
「そ、それで! 使命とはなんじゃ! 早く教えよ!」
「あなたの仲間が殺されてしまいます。
その人を助けるのです。」
「シュラハのことか?
彼奴は仲間ではない。あんなの、敵じゃ!」
「本当にそう思いますか?」
「うーん、、、」
少し振り返ってみる。
迷宮から出て少しの間、シュラハには何かと世話になった。
しかし、お節介な部分も多かったように感じる。
まるで年下の女の子を相手にするような、1人じゃなにもできないと思われているような。
「ムカつくやつじゃ」
「本当にそれだけですか?」
「えー、、」
ご飯とか寝床とかめんどくさいことをやってくれておったのう。
でも妾も頑張って仕事したし。
やって当然じゃ。
「やはり敵じゃ」
「じゃあ助けたらご褒美をあげます。」
「本当か? 約束じゃぞ?」
「はい。」
ご褒美、、、
そんなことを考えていると次第に視界が重くなる。
女が見えなくなる。
気を失い、がすぐ目を覚ます。
どうやら夢だったようだ。
「摩訶不思議な夢じゃった」
外が騒がしい。
何やら慌ただしいのう。
窓を開け、外をみる。
外には煙幕が上がっている。
しかも空を覆うように。
「あれはシュラハじゃな。、、、え?」
瞬時に理解する。
あれは夢ではない。警告であった。
シュラハが死ぬ?
「あいつはムカつくやつじゃ。
死んで当然。妾じゃなく、ぽっと出の女なんぞを庇いやがったんだから。、、、」
『助けたらご褒美をあげます』
ご褒美、、、
「助けに行かなくては!」
***
「!」
「おえええ」
なんだ、血?
僕、シュラハの口から大量の血液が溢れてくる。
胃に穴でも開いたのか?
「助けてやったのに、失礼なやつじゃな」
「ぞのごえは」
「妾じゃ」
ユア、、、?
ユアが僕を助けた?
確かアルジュニアスさんに襲われて、戦って、、、
「あ、ありがとう」
理由はわからない。が、救われたことには変わりない。
ここは素直に感謝しよう。
彼女が僕を助けてくれることなんて滅多にないんだ。
彼女の腕からはだらだらと血液が流れている。
どうやら、僕はまた彼女の血液を取り込むことで一命を取り留めたらしい。
いったいどんな体になってしまったのだ。
「ユア、止血するよ。こっちに来て。」
「大丈夫じゃ。シュラハ如きの手を煩わせん。」
まあ、ユアがそう言うなら。
てか、ここ地下か?
暗視眼だけ閉じた世界は真っ暗闇。
意識していなかったが、ユアは地下室をみつけて、わざわざ運んできてくれたらしい。
「こんなところよく見つけたね。」
「は? お主気づいておらんかったのか?」
「なに、なににです?」
気づく?
何のことだ。僕がなにかを見落としていたってことか?
「ここ、リディアん家の地下じゃぞ?」
「え? そんなのあったの?」
「気づいておるもんじゃと思っとった」
「気づいてなかった」
よく気づいたものだ。
彼女の感覚は逸脱している。
僕には察知できないことを瞬時に把握するが、本人にとってはそれが普通だしな。
「あと、変なのがいるが眠らせてある」
「変なの?」
そう言われて辺りを見渡す。
眠らせた?
地下室に行くための通路に護衛でもいたのか。
しかし、それなら僕でも気づくはず。
こんな真っ暗なところに誰かいたって言うのか?
それって監禁じゃ、、、
「え、、、」
地下室の最奥、木の柵で牢屋のように囲われた一角に少々の盛り上がった布がある。
あの布の下に誰かいるのか?
まって眠らせたって殺したのか?
「ユア、殺したの?」
「さあな、じゃが相当弱っておった。
睨みを利かせただけで昏倒しおったぞ。」
殺気に当てられただけなら死んではいないか。
ショック死とかないよな。
一応確認しておこう。
司祭様の家にこんなところがあるなんて。
そういえば、その弱ってる人とやらがどんな人なのか聞いていなかったな。
近づいてみると、本当に牢屋の様な相貌だ。
中には布と、、、排泄物が処理されてない。
妙だ。臭いはこちらまで来てないのに。
鍵がかかっている。
無理に開けるか? でも生死を確認するだけだぞ?
「何しておるんじゃ」
「いや、中の人が生きてるか確認しようと思ったんだけど、鍵がかかってて。」
「こじ開ければよかろうに」
「そこまでする必要あるのかって思わない?」
「確かに」
そんな話をしているとガサゴソと布が動き、倒れていた人物が起き上がる。
その姿につい後退りしてしまう。
そうだよな。ユアは見えてないんだよな。
見えてるのは暗視眼のある僕だけ。
僕だけがこの、肌は荒れ、頬はこけ、骨と皮だけの餓死寸前のような、脇腹が浮かんだ肉体に、目に生気がなく、唇は切れ、ボサボサの髪の12歳程の少女のことを見えているんだよな。
「ユア、任務が変わった」
「ほう? どう言うことじゃ」
「僕たちは、到底見過ごすことのできない場面に遭遇した。
そして、解決するために冷静にならなきゃだめだ。」
ここで無理やり外へ出しても意味がない。
証拠を突き出すためにもこの少女にはもう少し我慢してもらわなくては、、、
本当にいいのか?
彼らを裁くためにこの少女の待遇を見過ごすのか?
ユアは僕を助けてくれた。
どんな心境の変化かはわからないけど言うことを聞いてくれる間は頼りになる。
「シュラハ、誰か来るぞ」
「ユア、あっちに隠れよう」
僕とユアは角で2人小さくなり、鳴りを潜める。
地下に入ってきたのは司祭様と、リディア。
一本のたいまつをもったリディアと、パンと水を持った司祭様。
あれを少女に与えるのか?
「リディア、結界を開いてくれ。」
「はい、今解きます」
そういうとリディアは右腕の裾を捲り、牢に触れる。
牢に触れるとバチン、と音が鳴り、途端今までしなかった激臭が鼻をつんざく。
ユアは僕より鼻が効く。
ので僕はユアにガスマスクをつけてやり、2人の様子をじっと見つめる。
「ほら、食事だ。」
「ショクジダ」
隙間からパンと水をあげると、司祭は結界を張り直す。
張り直したのを確認すると、2人は地下を出て行った。
「まったく、この忙しいときに、、、」
何やらぼやいているが、おそらく僕たちのことだろう。
「ユア、もう大丈夫だよ」
「ありがと、、、たすかった」
涙目になりながら感謝している。
そうとう辛かった様だ。
結界の方に目を向けると、パンと水を勢いよく食べる姿。
きっとアルジュニアスさんが隠そうとしていたことはこれだったのか。
もちろん、これに関連した何かという線も考えられなくはないが、これ以上強烈なものがそうそうあるものか。
「シュラハ、あやつらはやはり皆殺しにすべきじゃ
クズ以下の集団じゃ。」
「ユア、、、」
「監禁、とかいうやつじゃな?」
「間違いなく犯罪だ。」
「妾に任せておけ」
「いや、待て」
「なに、、、、?」
わからない。
今回の依頼は妙なところが多すぎる。
アルジュニアスさんほどの手練がいるなら、そもそもキングシルフウルフなんて、僕らを雇って殺させる必要なんてあるのか?
禁忌、監禁、祭り、子宝、、
「ユア、神を祭るってのはどういうことなんだ?」
「縋っておるだけじゃな。弱者が強者を拠り所にしているだけ。」
「神はそれに応えてくれるのか?」
「無条件に応えてくれる神など知らん。
大方、″生贄″を要求するもんじゃ。」
「生贄っていうのは、どんなものなんだ?」
「魂。血肉、酒、信仰心。」
「神と祭りの結びつきは?」
「恐ろしいほどに強い」
間違いない。
ただの祭りじゃない。
僕たちは最初から生贄として呼ばれていた。
この少女と僕と、ユアも。
少女はこの村の娘、おそらく司祭様の子。
「ユア、皆殺しになんてしたら神の怒りを買うんじゃないか?」
「怒りを買ったなら、ぶつかるだけのことよ」
まあ脳筋だし。
そんなもんか。
しかし、分かったことも多い。
今朝の結界、あれはリディアが解いたんだろう。
結界を解く力。
あれは多分相伝のものだろう。
だからあれだけ隠したがっている。
相伝を受け継ぐための代償、、と考えるのが無難か。
結界を解く力が必要なのか。
「ユア、助けてくれて、本当にありがとう。
最後に、ひとつだけお願いしてもいいかな。」
「最後ー?
お主、何を願う」
「僕を鍛えてくれないか。」