転々
「よ、よろしければ、村について案内しましょうか?」
リディアからの提案。
その提案を受け、2人は村を案内してもらうことにした。
「ふー、すー、空気が綺麗ですわ。長閑でとても良いところですわね。」
「そ、そうですか。それは何よりで。」
「ええ、みなさんリディアさんのようにお綺麗ですし」
「あ、あはは。ユアさんもとても綺麗ですよ。」
先ほどまでのユアの口調や対応の違いから、リディアは苦笑いを浮かべていた。
陵辱的な目を向けていた少女が、今では上品な口調話している。
リディア自身、みんな綺麗で、長閑で良いところだとは思うが、ユアが本心でそう言ってるとは思えない。
人の見てはいけない一面を見てしまった。
村娘のリディアにとって、腹黒い人間なんて初めてで、ちょっとしたストレスを感じていた。
「リディアさん、これは家ですか?」
シュラハが指差した先には、石で囲われ、天井が突き抜けの建物。
「あれは料理場です。今は昼食を食べた後なので使ってないっぽいですね」
「リディアさん。あちらが家ですか? 入ったら出られなそうですが」
今度はユアが指差す。
「あそこは墓場です。」
「そうでしたか。これは失礼しましたわ。」
わざとだろ。と、言いたいのを飲み込む。
シュラハがわざとだろ! と叱ってくれている。
「あれは…」
「あれは祭殿ですね。司祭家に男が生まれず、後継に困った時に、シスイ様に子宝に恵まれますようにと祈るんです。」
「なるほど。
祭りというのはどのようなことをされるのですか?」
「シュラハ様たちが狩ってくださるキングシルフウルフを供物とし、シスイ様に子宝に恵まれるようにお願いするのです。
村の人みんなでやるんです。
そのあとは、みんなで美味しいご飯やお酒を飲み、誰1人眠ることなく朝が来るのを待つんです。
これには、神様に、賑やかで幸せな村だと認識してもらうためなんですよ。
賑やかだと、神様も一緒にいたいと思ってくれるはず。
一緒にいてくれれば、神様の力で子宝が恵まれるということなんですよ。」
最後の方は少し興奮気味に、祭りについて説明した。
シュラハとしても興味をそそられる内容で聞き入っていた。
「要するに、みえもしない、ありもしないものに助けてくださいと懇願する。
迷信ですわね。オホホホホ。」
「ユア、お前なんてこと」
「思うんです。賑やかすのって、何か隠したいことでもあるんじゃないかって。
神様を騙してまで生きながらえようとする血族など、根絶されればいいんですわ」
「人の村の文化をバカにして君は」
そこまで言いかかった直後、リディアがユアに対して張り手をする。
しかし、村娘と冒険者。
余裕をもって受け流され、逆に組み伏せられる。
「今、妾の頬に傷をつけようとしたのか? 人間の分際で。」
「私は、私の村のことを、歴史を、みんなのことをバカにされたことが許せない!」
「ほほぉぅ。事実を告げたまでよのう。
許せない? お主に妾を粛清するだけの力はあるのか?
無力な村娘ごときが、妾たちのしてる戦いは、遊びじゃないと、身をもって知りたいらしいのう。」
「ユア、君が悪い。
リディアさんに謝りなさい!」
「嫌じゃ!
謝りたいなら主が謝ればよかろう。
妾には、人間に利用されておる神が可哀想で仕方ない。
謝るのはこやつらじゃ。
神に、妾に謝れ!」
ユアとリディアが睨み合う中、痺れを切らしたユアがリディアに今度はおおきく振りかぶってビンタする。
反撃しようとしたユアだったが、シュラハに抑えられ、頬にビンタが直撃する。
「お、おのれ……小娘………」
ユアは傷つけられていた。
もちろん、ビンタされたことによる外傷ではない。
彼女にとってか弱い娘のビンタなど、痛くも痒くもない。
傷ついていたのは、彼女のプライドだ。
弱者だと見下していたはずの相手に一撃加えられた。
たとえそれがシュラハに押さえつけられていたとしても、彼女には効いた。
シュラハのことも見下していたからだ。
「ぶっ殺す。」
「…ひ」
ユアの本気の殺意を浴び、怯んでしまうリディア。
先ほどまでの怒りなど、目の前の強大すぎる猛獣を前にしては喪失するというもの。
自分は恐ろしい者の逆鱗に触れたのかもしれない。
そう思い、後退りする。
「大丈夫。リディアさんは悪くない。
あんな言われ方されたら誰だって怒るよ。
安心して、暴力や暴言で他人を見下す奴なんか、殴ったってなんの罪悪感もない。
君は、村のみんなのために、自分より強いやつに立ち向かえたんだ。
それはきっと、目の前の自分の力を過信してる奴より、よっぽど強い証だから。」
シュラハが2人の間に入る。
「ユア、君は強い。
実際、僕より早くB+になっているし、僕は君と戦って勝てたためしがない。
でも、今日ばかりは、負けるわけにはいかないんだ。
彼女の立ち向かう姿を見て、僕は決めた。
君を甘やかしすぎた。横暴な態度は目に余る。
負けて謝らせてやる。」
「シュラハ、お主は良い召使じゃ。
ちと小うるさいが、替はきかんからな。今泣いて謝るなら、見逃してやる。さっさと小娘との間からどけ。
どけないと言うのであれば、貴様を先に殺す。」
「殺す、殺すって。結局君は過去を克服できない、」
「克服できない? 今やってる途中だからできないわけではない!」
「やってる途中って、結局克服できていないじゃないか。」
「うるさいうるさい! どけないのなら、無理やりどかせるまで」
「なんだお前たち、それにリディアも。」
二人が睨み合っているところに現れた、桃色の短髪に長柄の棒をもつ男。
「アル!」
アル、と呼ばれた男が二人の間に入る。
「見たところキングシルフウルフを討伐に来たっていう冒険者か。
でもなんでまた戦おうってんだ? 特訓か?
そんな雰囲気でもなさそうだが」
「すみません。こいつがリディアさんや村の人を侮辱するようなことを言ったもので。」
「しておりません。この男が……この男、……っと、とにかく!
この男が悪いんですの! 私悪くありませんわ!」
「なんだかよくわかんなぇけど、村で暴れないでくれ。
もし暴れるってんなら俺がお前らを押さえつけてやる。」
「あーあ、不快ですわ。私もう部屋に戻ります。
シュラハは今晩は野晒しで寝なさいな!」
ユアは横槍が入ったことでますます不機嫌になったのか、怒りを撒き散らすように地面を蹴りながら部屋に帰っていった。
「おいユア! リディアさんに謝れ! ユア!」
「うー、怖い嬢ちゃんだ。ありゃバケモンだな!」
アルが身を震わせながらそういう。
「アルでもそう思うの?」
「もちろん。ありゃキングシルフウルフなんかよりよっぽどのバケモンだぜ。」
「あの、すみません。変なところに出くわさせて。
僕はシュラハといいます。」
「俺はアルジュニアス。」
「アルジュニアスさん。短い間ですが、よろしくお願いします。」
「おう。」
***
ユアと和解することはなく、よって借りていた部屋に戻ることもできずその日の夜はアルジュニアスの家で過ごすことになった。
彼女のわがままもたいてい見過ごしてが、甘やかしすぎていたと少し反省している。
彼女曰く、何年も何年も一人で死ぬこともできず迷宮に囚われていたと。
自死ができないのは迷宮の主だからか?
そこは深く考えないことにした。
「おはようシュラハ。昨晩はよく眠れたか?」
「おはようございます、アルジュニアスさん。おかげさまで。」
ユアの過去について、それはシュラハも大雑把にしか知らない。
ユア自身大雑把なところがあるため、聞いても不透明なのだ。
「飯できてるが、食ってくか?」
「そうですね。いただきます!」
「飯くったらキングシシルフウルフの討伐にでも行くのか?」
「はい。できる限り早く仕留めようかと。」
ユアが抜けたのは少し痛いが、シュラハ単独でも討伐できる。
「冒険者ってのは大変だな。なんなら俺も手伝うぜ?」
「それはありがたいですが、僕たちの仕事ですので、遠慮しておきます。」
「そうかい。それもそうだな。」
「アル! 大変なの!」
二人で朝食をしていたところ、息を切らしたリディアが部屋に飛び込んできた。
「祭りのための舞台が!」
*
リディアの後を追い外に出ると、準備中だった舞台が根本から、まるで暴風にふられたように壊滅していた。
ここは魔国の僻地。
暴風なんて自然に発生するわけがない。
「こんなのできるのはキングシルフウルフしかいねぇ!」
「…これは、」
上級風魔術を操り、舞台を破壊したとしか考えられない。
「これは、キングシルフウルフの犯行ではないと思います。」
「なんだって!?」
「それはどういうことかね!」
シュラハの言葉に村の人々は問いかける。
「もしキングシルフウルフの犯行なら、なぜ昨晩誰も気づかなかったのですか?
これだけのものが壊れているなら、物音で誰か気づくでしょう。
そして、微かに残る結界魔術の跡…」
結界魔術、という単語に村の人々が反応する。
「…。結界魔術について知っているんですね。
何か知っているなら教えてほし」
「何も知らない。」
「相手が誰かもわからないんです。目的もなしにやってるとは思えない。
明確な悪意があった。
ここで情報を渋る訳とはなんで」
「知らないものは知らない!
余所者のくせに、偉そうに!」
一人の老人が声を荒げると、その声は波及し、シュラハは何も言えなくなる。
最終的にその場では、余所者でありながら、村の事件を掻き乱したとして謝罪した。
―――村の人たちは何か隠してる。結界魔術、に反応したよな。昨日の恨みでユアがやってるのかと思ったけど、彼女が結界魔術なんて使うか?
そんな訳ないよな。彼女は邪悪だし、祭事を邪魔してても驚かないけど、わざわざ結界なんて張らず堂々と荒らすはず。
つまり、この犯行は部外者である可能性が高い。
「悪いなシュラハ。村の連中も悪い奴じゃないんだ。
ただここ最近、祭りの準備で忙しくて、それを全て台無しにされて、頭に血が昇ってるだけなんだ。」
「気持ちはわかります。僕も普段から努力を踏み躙られる体験をしょっちゅうしてますので。」
余所者の自分に謝ってくれたアルジュニアスに少し好感が持てる。
余所者でなくても辛辣な仲間とは違い、普通なら逆だろと突っ込みたくなった。
「犯人はあの獣娘ではないか!?」
「あたしもあの子がリディアちゃんに襲い掛かろうとしてるのを見たわ!」
「それで逆恨みに舞台をめちゃくちゃにしたのか?
こっちは依頼主だぞ!」
―――ユアはおそらく無関係だ。このまま村の皆さんとユアが衝突したら、間違いなく虐殺が始まる。
それは避けねば。
「アルジュニアスさん。少し手伝ってくれますか。」
「それはシュラハ一人じゃできなぇことか?」
「僕一人じゃ無理でしょう。
なんせ、これは村の皆さんからの信頼が必須ですから。」
***
「協力してやる、とは言えないが話は聞いてやる」
「ありがとうございます。」
シュラハが満面の笑みを浮かべる。
「チッ、そんな顔されても俺は協力しねーぞ……まあ、話次第じゃ乗ってやらんでもねー」
アルジュニアスも内心、協力したいとは思っていた。
しかし、先の惨状や今後を考えると、すぐに頷くことはできなかった。
「それだけでもありがたいです。
早速ですが、今回の犯人がユアではなさそうなのはわかりますよね。」
「まあな。あの嬢ちゃんならあんな回りくどいことしない……してもみんなの目の前でやりそうだな。」
「僕もユアならそうすると思います。
なら真犯人は誰だって話になるんですけど、今すぐ思いつく候補は二つです。」
その後、一呼吸空けて口を開く。
「外部の人間、もしくは村の中に祭りを行ってほしくない誰かがやったという線。」
「一個目はありえるかもしれねぇが、二個目に関してはありえないだろ!
村の連中の怒り具合は見ているだろう!?
祭りが嫌なやつなんているわけねぇ!」
少し口調の強くなったアルジュニアスに、言い方が悪かったと謝りを入れる。
そこで再度説明する。
「外部の人間なら舞台を破壊して、結界を張る。
これは不可能ではないけど、もしできるなら相当な手練です。僕1人での撃退は厳しいでしょう。
その時のために村の人たちに協力を口添えしてほしいんです。」
「なるほど、、外部の人間だと断定したら協力してやる。
んで、もう一つの方を説明してくれ。」
「アルジュニアスさん、話してくれとは言わないですが、僕たちはこの村の祭りについて100%理解していますか?」
アルジュニアスは答えない。
が、沈黙を肯定と捉えていいだろう。
「おそらく外には出せない、、禁忌のようなものがあるんでしょう。
そしてその内容は、魔国の法に触れる。
僕たちが外部に漏らすかもしれない。
だから話せな」
「もういい。」
「どう言うことですか?」
アルジュニアスが壁に掛けられた槍を持つ。
動物の背骨に、動物の歯、白い槍。
あれで刺されたら血が付いて肉食動物の食事中みたいになるのかな、なんて思っていると、アルジュニアスが殺意を灯した瞳をシュラハに向ける。
「お前は勘が良すぎるぜ。
知らなくていいことまで知っちまうかもしれねぇ。」
瞬時、2人に緊張が走る。
シュラハも使い慣れた魔術印道具のナイフを取り出す。
「なあシュラハ、最後の記憶はなんだ?」