表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
デオキシリボブレイク~神と天才の殺し合い~  作者: 熊太郎助
***村動乱編
31/70

集落の娘


 魔国領南西、山に囲まれ、世俗から切り離されたような奥深く。

 標高2500mにもおよび、雨も降らず、植物も育たないような一つの集落。

 ゴツゴツした険しい道を、一人の少女が走る。

 少女の息は荒く、今にも倒れてしまいそうだ。

 空気も薄く、倒れるのも時間の問題。

 

 それでも足を止めないのは、遠くから少女目掛けて一匹の狼が険しい道を駆け降りてきているからだ。

 狼は険しい道を、後も容易く、まるで障害なんて感じさせないような軽やかな足取りで少女に迫る。


 「はぁ、はぁ、はぁ」

 「リディア、こっちだ!」


 少女は名前を呼ばれ顔を上げる。

 集落の人たちが、木の槍を持って集まっている。

 しかし、少女に駆け寄ってくる様子はなく、あくまで少女自ら帰ってこいというらしい。

 狼一匹に必要以上に警戒しているのは、ただの狼ではないからだ。


 「あっ、」


 少女が滑落する。

 鋭い岩に柔肌が切られ、集落からだんだん遠のく。

 狼も進行方向を集落から岩下に定め、そちらに駆け抜ける。


 「ユア、カバー頼む」

 

 少女と狼の間に一人の少年が割って入る。

 黒髪に、黒い服。前腕ほどの剣に、おかしな被り物もしている。

 ユアと呼ばれた少女は、少年と狼を挟むように山を駆け上がっていく。


 「あれが依頼されてたキングシルフウルフ。

 風魔術に注意するんだよね」


 そう呟くと、少年は狼と少しずつ距離を詰める。

 狼は接触する直前に風魔術を使い加速する。

 それに呼応するように、少年は後ろに下がりながら剣を突き出す。

 咄嗟に後ろに下がる狼だが下がった先には犬のような耳をした少女が待ち構えていた。

 狼の尻磨けてストレートパンチ。

 思わず、キャゥン、と情けない声をあげ、逃げる狼。


 「追うか?」

 「いや、僕たちじゃキングシルフウルフに追いつけないよ」

 「ちっ」


 犬のような耳の少女は舌打ちすると、自分の腕についた血を舐める。

 それをみて、少年は下品だからやめてくれと呆れたように呟いていた。


 「えっと、***村ってどこですかね?」

 

 「え、あ、案内します。」


 話しかけてきた少年に驚きながら、少女は砂を払い立ち上がる。

 

 ***


 「あの、お名前を聞いてもよろしいでしょうか。私はリディアといいます」

 「シュラハです。冒険者やってて、依頼できました。」


 「冒険者様だったんですか。通りでお強い。」

 「僕はそんなですよ。ユアが強いだけなので。」


 そう指し示した先には犬耳の少女が。

 まだ腕を舐めている。

 こちらに気づいたのか、今までの野生的な面から一変し、美しい所作でお辞儀をした。


 「ごきげんよう。シュラハの冒険者仲間のユアといいます。

 以後お見知り置きを。」

 「今更取り繕っても手遅れだって……」


 ――シュラハさんにユアさん。二人とも冒険者なんだ。


 「***村の人なんですよね?」

 「そうですけど…」

 「やっぱり情報通り。」

 「情報?」

 「***村の人は髪が桃色で肌が青白く、長袖のゆったりとした民族衣装を着てるってギルドの方がおっしゃってたので」

 「確かに…変ですか?」

 「そんな、素敵だと思います」

 「そ、そうですか?」


 ――なんだか照れくさいなぁ。


 「シュラハ、村はまだか。」

 「あっ、この真上です。」

 「真上? ……リディアさん、まさか落ちました?」

 

 リディアの服を見てハッとする。

 聞く前に気づくべきだったと少し後悔するシュラハ。


 「お恥ずかしながら…」

 「そうでしたか……すみません、少し我慢してください」

 「ん?」


 そういうとシュラハはリディアをお姫様抱っこする。

 

 「え? え?」

 「すみません、僕も恥ずかしいです。でもこっちの方が早いので。」


 ユアが軽い身のこなしで山を駆け上がる。

 それを追うようにシュラハもリディアを抱えたまま登っていく。

 一度の跳躍で数メートルも飛ぶ二人にリディアは困惑する。

 同じ人間なのに、身体能力に大きな差があるのだ。

 それも、たぶん年も変わらないのに。

 そこで気がつく。

 抱きしめられているシュラハの体がすごく引き締まっている。

 ぱっと見では気づかない、服の下の肉体。

 ペタペタと触っていると、シュラハの顔が少し赤くなっているのに気がつく。

 それと同時に、リディアも恥ずかしくなり、シュラハの胸に顔を埋めた。


 「リディアさん、あの、着きましたよ。」


 そう言われて顔を上げると、村の人々が不思議そうに3人を眺めていた。

 急いでシュラハから降りる。


 「あの、すみません。……重くなかったですか?」

 「特に何も…重くないと思いますが。」


 ――よかった〜。ん? よかった?


 「リディア、その人は」

 「えっと、私をキングシルフウルフから守ってくれて」

 「初めまして。依頼されて参りました。冒険者のシュラハです。こっちは冒険者仲間のユアです。」

 「初めまして、***村のみなさん。ご紹介に預かりました、ユアと申します。どうぞお見知り置きを。」


 二人が自己紹介を終えると、村の人たちは理解したのか、中へ案内してくれた。

 村の規模は小さく、少しの家と、解体場と、小さな祭典所のみ。

 人口も少なく、50人ほど。

 そのうち半分がご老体という酷い有様だ。


 祭典所のすぐ隣、備え付けの、他より大きな家に二人は案内された。


 奥から中年夫婦と見られる二人が出てくる。


 「まずは娘を助けていただき、誠にありがとうございます。

 私この村の司祭のリリガと申します」

 「妻のティアと申します」

 「初めまして、シュラハです。」

 「ユアと申します。」

 「シュラハさん、ユアさん、遠いところよく参られました。何もないところですがどうぞごゆっくりしていってください。」

 

 ――お父さんもお母さんもいつもと全然違う。

 なんというか、外用だ。


 リディアが自身の体の傷を布で巻いていると、四人は家の中に消えていった。

 山の下の方に木の枝を集めに行っていたの思い出し、集めた枝を村のみんなに配りに行こうと思い、家を出る。


 ――本当に何にもないな〜。

 シュラハさんとユアさん。どんなところから来たんだろう。


 ***


 冒険者になってから数年、シュラハとユアはとある村を訪れていた。

 それは魔国の辺境にある、人口50人程度の村。

 冒険者らしく、依頼によるものだ。

 

 「リリガさん、早速依頼についてお話ししましょう」


 「はい。内容と言いますのは、町に張り出されていた通りです。

 キングシルフウルフの討伐。

 できるだけ損傷がない状態で。」


 「あの、つかぬことをお聞きしますが、討伐依頼ですよね? 損傷がない状態というのは……何か理由があるのでしょうか?」


 「はい。この村には代々伝わる祭りがございます。

 南の山に祀られているシスイ様に捧げる供物に、キングシルフウルフを用いるのです。

 シスイ様はこの***村の守り神。

 天災厄災から、我らを守ってくださっているのです。

 そんなシスイ様に傷や毒が込められていたとなると、この村は災禍に見舞われ、滅亡してしまうことでしょう。」


 「なるほど。確かに…神様に捧げるものですからね。

 できるだけ鮮度良く、外傷は少ない方がいいでしょう。

 わかりました。外傷をなるべく少なくしながらキングシルフウルフを討伐しましょう。」


 それを聞くとリリガは深々と感謝すると同時に、喜色の念を露わにした。

 キングシルフウルフ、シュラハの集めた前情報だと、Bランク相当。

 シルフウルフ単体でもCランク程度。

 今のシュラハとユアの冒険者ランクがB+であることを考慮すると、骨の折れる相手ではない。

 外傷などほんの一箇所、暗殺することも可能だ。


 「なんなら、鮮度を保つため、キングシルフウルフは祭り前日に討伐しましょうか?」


 「そ、そんなことができるのですか?」


 「もちろん」


 「そうなのですか…しかし、念には念を入れて、できるだけ早く討伐していただけると助かります。」


 「そうですか。それならそうしましょう。」


 「ありがとうございます。」


 ***


 「今回の依頼は忙しくなりそうか?」


 「いや、忙しくはならないかな。罠を仕掛けてかかってるかの確認を定期的にしなくちゃいけないくらいで。

 あと、シルフウルフの行動も確認する。

 その辺りはユアに任せてもいいかな?」


 「全部シュラハ1人でやればよかろう?」


 「なんでだよ。本当に変わらないな。」


 ―――シュラハさんたちは何を話しているのだろう。

 もう少し近づいてみようかな。


 リリガ達が部屋を出たのち、残された2人は依頼について話し合っていた。

 先に部屋に戻り、身なりを整えたリディアは、2人の元に戻ってきていた。

 

 「祭りが催されるのか。妾も祭りは好きじゃ。」


 「僕らは長居しないよ? 依頼を達成次第、町に戻って報告しないと。祭りを楽しんでいたら、冬が来て山を降りれなくなるかもしれないし。」


 この周辺は決して豪雪地帯ではない。

 常人が耐えられるわけもない寒波が迫り来るのだ。

 町まで約半月。寒波までは約1ヶ月といったところ。


 ―――ん、よく聞こえない。もう少しだけ…

 これ以上は無理かも。

 

 「それならいっそのこと居座るのはどうじゃ?」


 「何がそれならだよ。図々しく残るつもりはないよ。」


 「妾らは奴らのために働くのじゃ。奴らだって妾らのために働くべきじゃ。」


 「依頼って知ってる? 残っても半月だけだよ。」


 ―――半月? 半月で彼らはいなくなってしまうの?

 

 「ところで、さっきから盗み聞きをしているそこの主。

 出てきたらどうじゃ?」


 その主とは、もちろんリディアを指している。

 ユアを怒らせてしまったと思い、急いで出てくるなり、頭を下げる。


 「も、申し訳ありません。盗み聞きするつもりなんて、その、そこを通ろうとしたら話し声が聞こえて…」


 「どうじゃかのう…」


 頭は下げているものの、ユアに睨みつけられているのは想像出来る。

 背や体格は同じような女の子なのに、纏っているものは山の猛獣に近い。

 今にも泣き出したいのを堪えながら、怖いのを堪えながら、必死で謝り続けた。

 

 「ユア、彼女だって悪気があったわけじゃないし」


 「そうじゃのう。許してやる」

 

 「ほ、本当ですか?」


 「ただし、妾の足を舐めろ。」


 「え?」


 「おいおい、何いってんだ。司祭様の娘さんだぞ。

 ちょっと話し聞いちゃっただけだぞ?

 ユア、本当に何言ってるんだ?」


 ユアからの申し出に、頭が追いつかなくなり、空いた口が塞がらなくなる。

 右にはシュラハ、左には足を向けてくるユア。

 シュラハが止めようとするも、ユアに力で勝てないのか、押さえ込まれている。


 「さっきから山を走って足が泥だらけじゃ。

 綺麗にしてほしいのぅ…」


 「だから靴を履けと何度もいって…」


 「あっあ…」


 ―――い、言われた通りにしなきゃだよね? 私が悪いんだものね? 冒険者様に勝てっこないもの。聞かないと、何されるかわからないのよ。


 恐る恐る、という風にユアの足を両手で振れる。

 見上げるリディア。見下すユア。ユアに捕まっているシュラハ。

 目に涙を浮かべながら、足の指に舌を伸ばす。


 「う、うう、……」


 「ぷ、ぷふ、ふははははは!」

 

 「!」


 突如、ユアが足をばたつかせた笑い出した。


 「足を舐めろと言われて、本当に舐める奴がいるのか!

 妾は主を気に入ったぞ。とっておきの阿呆じゃからのう。」


 その言葉に、リディアは察する。

 自分は揶揄われていたのだと。

 シュラハを見ると、少し怒ったいる様子。


 「もしや、断れば妾に何されるかわからない。殺されるかもしれないなどと愚かな考えをもっていたのか?

 本当の本当に阿呆なのじゃの。」


 「ユア、本当に」


 「お主もじゃ、シュラハ。お主が妾に力負けするからじゃよ。」


 「ぐぬぬ。リディアさん。本当にすいません。ユア、お前はちょっと外出てなさい。」


 そういうと、ユアは抵抗することなく外に出ていった。


 「すいませんでした。仲間があんなことを。」


 「いえ、そんな別に。」

 

 「ありがとうございます。彼女は悪い奴なんです。

 おそらくほっとくとまた悪どいことしそうなんでやっぱり見に行きます。」


 「あ、あの。」


 ―――引き止めちゃった!!

 困惑してる? 何か、何か言わなきゃ。


 「庇ってくれただけで、その、嬉しかったです。」


 「そ、そうですか。それは、よかったです。」


 ―――表情は見れない。ただ、もう少しだけ、一緒にいたいと思った。


 「よ、よろしければ、村について案内しましょうか?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ