シュラハの選択、冒険者の気持ち
「みんな、これ見て」
奇形児のメンバーの会議に遅れてきたピエールが1つの手紙を持ってきた。
息を切らしながらテリバーに渡す。
現在、行方不明となった2人についての会議中なため、後にして欲しいと思ったが、ピエールのあまりの剣幕に押され目を通すことにした。
『奇形児の皆さんへ
勝手ながら申し訳ありませんが僕はギルドを抜けさせていただきます。
理由はこれ以上、皆さんに迷惑かけたくないからです。
不思議なことに、僕の身の回りの人は、親しい人から死んでいきます。
皆さんには生きていて欲しい。きっと、直接話すと引き止められる気がして。こういった形での別れになったことを悲しく思っています。
今までお世話になりました。ろくに恩返しもせずじまいでごめんなさい。
シュラハ』
「なんだよこれ」
「今すぐ街中、いや街の外もさがしてきて!」
エルナの言葉で全員が動く。
エルナが向かった先は冒険者ギルド。
受付からシュラハの向かった先を聞けると思ったのだ。
「すみません。ここにEランク冒険者の黒髪の男の子来ませんでしたか?」
「黒髪の……ああ、黒いローブの子ね。今さっきギルドからの解散申請を通してもらって帰っていったけど」
「どこに行ったか分かりますか?」
「どこに……ごめんなさい。私じゃ分からないわ。」
「そうですか」
冒険者ギルドを出る。
既に解散済み、こちらの想定より何倍も行動が速い。
しかしそれでも物理的な距離を取れるわけではない。
受付の人も「さっき」と言っていた。
近くを探せばまだ間に合う。そう信じてエルナは街を出るのだった。
***
僕が街を出ると犬耳の少女が待っていた。
彼女は長い間迷宮に囚われていた。外の世界は様変わりしていて、しばらく僕についてくるとのこと。
奇形児のメンバーに置き手紙を残したいと言うと自分も行くと言い出した。
さすがに目立つし外で待ってもらっていたのだ。
「用事は済んだようじゃのう」
「うん。えーと、まだ名前言ってなかったな。僕はシュラハ。
君は?」
「犬神様じゃ!」
「犬神様?」
何かの間違いだろうか。自分を神などと呼称する者がいるなど。
しかし言われてみると。姿をよく見る。
手入れされていないボサボサの髪。
獰猛な赤い眼。伸びきった爪。
魔獣の毛皮を被っただけの服装。
水浴びもしていないのか獣臭さもする。
やはり神などではないな。
「犬神様か。呼びにくいからユアって呼ぶよ。」
「ユア? 何故じゃ」
「響きがいいから」
「なんじゃそれ。」
――にしても、変な奴にまとわりつかれた。
あれはフィーラを助け出せなくて情けなく泣き叫んでいた時。
………
……
…
「取り敢えず感謝は受け取っておくよ。僕を助けた理由も分かったしね」
「お礼じゃ」
「ありがとう。君も外に出られたんだから自由に生きなよ」
「そうじゃな。妾はおぬしについて行こうと思うとる。」
――何故だ。この犬耳少女が僕についてくる?
「さっきも言ったけど、僕の周りの人は皆死ぬんだ。」
「それは親しい人間じゃろ? 妾はおぬしと親しくないし、親しくなりたいとも思わん」
確かに死ぬのは親しい人のみだ。
呪いのように不幸な目にあう。
もしこの少女に仲良くする気がないというなら、死ぬ可能性がないなら、ついて行かせてもいい。
「そっか。それじゃ、僕は街に戻ってやることがあるから。
外で待ってて」
「なんでじゃ! 妾も連れて行け!」
「何言ってるんだ。そんな浮浪者みたいな薄汚い格好してて、BBAみたいな口調のやつ、一緒に歩けるか!」
「なんじゃと!?」
浮浪者という言葉に傷ついたのか、BBAみたいな口調という言葉に傷ついたのか、はたまたその両方か。
分からない、分かることは相当ショックだったということ。
今も項垂れるようにガックリする。
さすがに言いすぎたと反省する。
次からはマセガキッズにしよう。
…
……
………
回想終わり。
ユアに買ってきた服を着せる。
残念ながら臭いはどうともならないかったが、服装はマシになった。
しばらくこれで我慢しよう。
「ユア、君は僕と同じ冒険者として働くんだ」
「嫌じゃ。おぬしが養え」
「……」
――養えだと? この犬ガキ、図々しいにも程があるぞ。
「どうして僕が君を養わなくちゃいけないんだよ。」
「村ではみんな妾を養ってくれた」
「だからってなんで僕が…」
迷宮に囚われる前のユアの生活をシュラハは知らないが、贅沢してたことは分かる。
が、薄汚い、臭い、キモイの3つ揃った犬ガキをシュラハが養う義理はない。
「あのね…君みたいな臭くてキモイの養わない。
冒険者として僕のサポートするなら多少の支援はしてあげるよ」
シュラハにとってこれは最大限の譲歩。
ついてくることを許可したこともあり、突き放すのは忍びない。
しかしユアにとっては違う。
「おぬし、何故そこまで上からなんじゃ?」
「ああ?」
――なんなんだこいつ。本気で言ってるのか?
脳が、ぐちゃぐちゃにされる。
「上からだったかな。それはごめん。
不快にさせたね。でも、やしなうつもりないから。」
「仕方ないのう。その冒険者とやら、妾もやってみるわい。」
***
「沈黙の道化師」と「無慈悲な猛犬」
最近、冒険者界隈で噂の2人の通り名。
彼らは謎が多い。
普通の冒険者と違い、ホームタウンを持たない。
色んな街を転々と旅しながら活動している。
彼らは謎が多い。
行く先々で難儀な依頼を解決しては去っていく。
畑や漁港、家畜を荒らす魔獣の討伐任務。それも、誰も引き受けなく、ランク不問の難関任務を。
その姿から目的は人助けだとも言われている。
彼らは謎が多い。
麻薬の密売人や、人攫いなど、悪人には容赦がない。
必ず情報を掴み、どこからともなく現れて、殺して回っている。
その姿から、正義の使者と呼ぶ者もいる。
彼らは謎が多い。
否、沈黙の道化師には謎が多い。
まず初めに彼は目から下を見せたことがない。
常に黒いマフラーを巻いていて、素顔を知るものはいない。
本人曰く、ニヤニヤ笑う癖を隠したくて巻いている。とのこと。しかし彼の笑い声を聞いたものはいない。
マフラーの下では本当に笑っているのか、誰の目からも明らか。
無表情だ。
そんな言動からついたあだ名は「沈黙の道化師」。
静かな狂笑者。
不気味な男である。
彼らは謎が多い。
否、無慈悲な猛犬には謎が多い。
毛先まで手入れの行き届いた令嬢のような少女に、猛犬などという二つ名は似合わないと、初めて見たものは言う。
実際、お淑やかな性格と、育ちの良さ感じさせる口調、誰からみても箱入り娘だ。
しかし、彼女も冒険者。
一度獲物を見つければ、戦いを知らぬ少女の目から豹変し、弱者を痛ぶることに愉悦を感じる、苦しみながら魔獣が死ぬように努める無慈悲な猛犬になるのだ。
彼女の美しさから近づいた男たちは、真の姿を見て皆顔色を変えたと言う。
「あれは少女などでない」「獣族の中でも気性の荒い犬人族で間違いない。」「初めて魔獣に同情した」など彼女の危険性を訴える人が後を経たないほどに。
彼ら2人には謎が多い。
本当はおとなしいのに道化師と呼ばれる男と、本当は凶暴なのにお淑やかな自分を演じる女。
でこぼこなはずの2人が共に旅をする理由が。
2人と共に依頼をしている人たち曰く、性別も性格も、種族も違う。仲間意識があるように見えない。お互い理解している様子もない。尊重し合っているの様子もない。
なのに、なぜか一緒に行動している。
あんな不気味なチームは知らない、と。
荒くれ者の集まる冒険者も恐る2人組。
彼らについて知っているものは、彼らのみである。