踏破
「大丈夫か?」
差し伸べられた手を握り立ち上がる。
ふらついた身体を支えられる。
鶏頭の男の手のひらは暖かく、安心感に包まれ、自然と涙が溢れてくるものだった。
「お前らこんなとこで何してんだ。エルナが居なきゃ死んでたぞ」
「こちらこそ、っ。
すみません、止血させてください」
「その必要は無い」
――それはないよ!
奥から音もなく現れたエルフの少女、エルナはキッパリとそう言い放つ。
患部に触れ一言「ヒーリング」と呟くと血は止まり、綺麗に蓋がされた。
「凄い、無詠唱なんて」
「だろ? うちの魔術士は高スペックなんだよ」
「ふん」
シュラハはエルナのことを改めて見る。
130cmほどの小柄な体型。
色白で金色の髪を一つに結っている。
持っている杖から相当の価格がすることも分かる。
冷徹な雰囲気を纏う割には自分に痛みがないよう直ぐに治癒魔術使う配慮もある。
同じ位の歳とは考えられない立派な子だ。
「ありがとうございます。」
感謝をさせる間もなく、エルナは離れていった。
向かう先にはカマキリ頭の女。
彼女から大きめの袋を貰うと、焼き殺したムレムカデを詰め始めた。
「そっちの嬢ちゃんも大丈夫か?」
「えあ? はい。シュラハが守ってくれたので」
「そうか、兄ちゃんシュラハっていうのか。
ちっちぇ癖にやるじゃねえか」
「ありがとうございます、あのあなたたちは」
「俺たちはBランク冒険者チーム、奇形児だ。
俺はリーダーのテリバー。斥候やってる。
他のやつは……まあ後で自己紹介させる。」
「テリバーさん、しつこいようですがありがとうございます。」
「いいのいいの。元々俺らは依頼されてきてたからな」
――依頼? 僕達救援要請なんて出てない。
もしかして、あの紫髪の冒険者の人が
「増えすぎたムレムカデを駆除してくれってな。
あいつら凶暴だからな。周りの農家から依頼されてやってきたらお前らがいたんだ。
まったく困った話だぜ。」
テリバーの話を聞き、少し落ち込む。
シュラハは自身何故落ち込んでいるのか、分からなかった。
助けてもらった、恩人なのに何故かガッカリしている。
「シュラハ、おっさんと何話してるの?」
「おっさんなんて、失礼だぞ。命の恩人なのに」
「いいんだぜ兄ちゃん。嬢ちゃん、名前は?」
「フィーラ…」
「そうか、フィーラの嬢ちゃん。俺はテリバーだ。よろしくな」
「よろしく……」
差し出された手を、恐る恐る握る。
が、直ぐに手を引っ込めてしまう。
「はは、俺は嬢ちゃんの気に召さなかったか?
仲良くしてぇのになぁ」
「フィーラがすみません。」
「謝られることじゃねぇよ。ところで兄ちゃんたち、こんな砂漠で何やってるんだ?
誰かに依頼されたわけじゃないんだろ」
ハッとする。
久々に会った人間に安心仕切っていた。
見渡す、ここはまだ砂漠のど真ん中。
位置も分からずさまよい続け、ムレムカデに襲われ向かうべき方向を忘れる。
日が昇るまで下手に移動できなくなったことに絶望する。
「僕たち、ゾクドに捕まって、逃げてきて、北に向かってて」
「王国から脱出してきたのか。
ていうかよく逃げてきたな。ここまで大変だったろ。よく耐えたな。」
テリバーに抱きしめられる。
突然抱きしめられシュラハもフィーラも困惑する。
しかし自分たちの頑張りを褒めて貰えた気がし、何度目か分からない涙を流す。
本当に、本当に辛かったのだ。
急に自由が奪われ、奴隷として暮らした3ヶ月。
脱走の日にフィーラの兄、オプファンが殺され、フィーラを担いで一晩走り、連日身を焼く日の下歩き続けたのだ。
「助けてください。僕たち北の冒険者ギルドを目指してるんです。
テリバーさん冒険者なんですよね。街までお供させてください。」
土下座し頼み込む。
これだけは言わないと決めていたのに。
迷惑になると避けていた言葉なのに。
どうしようもなくなって、滑るように出てきた言葉。
「俺たち奇形児はよ、困ってる人は絶対助けるんだ。
あそこでバカみていにムカデ集めてるエルフいるだろ?
あいつも俺らが拾ってやったんだ。」
「あ、あああ」
「お前らも拾ってやるよ」
「あ"り"か"と"う"こ"さ"い"ま︎︎"す"ぅぅぅぅ」
*
テリバーたちに着いて行きわかったこと。
まずシュラハたちは既に東デッサグランを抜け、北デッサグラン地方に着いていたということ。
まさかの嬉しい知らせに2人は歓喜した。
早く汚れた身体を洗いたいとフィーラ、しっかり休みが取れるとシュラハ。
互いに頑張りを感じる。
次に奇形児のギルドメンバーについて。
鶏頭の男テリバー。リーダーで斥候。歳は四十代でまだまだ現役とのこと。
戦いの正面に出ない斥候という役割だが、日々のトレーニングは欠かさない。
そんな鍛え抜かれた肉体に、シュラハは少し憧れた。
鍛えている理由は、いざと言う時に一人で逃げ延びるためだそうだ。
犬男の男ドバ。剣士で歳は25。
好きなことは酒とギャンブル。
稼いだ金は直ぐにとけ、仲間に借金しているらしい。
穏やかな性格だが、酒が入れば豹変するとのこと。
決めゼリフは「明日までに返す」だそうだ。
カマキリ頭の女シモンハット。年齢不詳の狩人。
奇形児の中で最強。実力だけなら冒険者ランクAなのだとか。
キラキラしたものに目がなく、ナーラレストで盗みを働き出禁になったらしい。
腕の鎌は小型魔獣程度なら一裂きで殺せるのだとか。
猿頭の男ピエール。歳は20でタンク。
小さい盾と大きい盾とを使い分けたヘイト管理が奇形児での役割。
計算が苦手でよくぼったくられる。
ついたあだ名はぼったくられ屋。
最後にエルフの女エルナ。歳は13でチーム最年少。魔術士。
チームの華だけに留まらず、これから向かうヴェルムスの街の冒険者たちのアイドルでもある。
そんな彼女に近づく輩は、彼女の魔術の前に散りゆくのだとか。
ヴェルムスの街は冒険者が多く、あまり治安は良くないらしい。
しかし、約1週間砂漠で地獄を見た2人にとっては人がいるだけで天国のようなもの。
いつ殺されるか分からない恐怖の中暮らすより何倍もマシだ。
「あと1時間くらいでヴェルムスの街に着くぜ。」
「もうすぐですね」
――今まで色んなことがあった。きっと長い人生で1番苦しい時期だったと思う。この経験のおかげって訳じゃないけど、どんな困難にでも立ち向かえるような気がする。
「おい、止まれ」
「なんでしょう」
奇形児のメンバーが臨戦態勢に入る。
先程までのおちゃらけた雰囲気が一転したことに2人も気づく。
砂漠で警戒すること。
それは天候と
「魔獣がいる。誰か襲われてる。助ける?」
エルナがテリバーに問いかける。
「誰に聞いてんだ。俺たち奇形児は、困っている人がいれば何としても助けるんだぞ。
お前ら、加勢するぞ!」
「おおお!!」
砂漠の魔獣たちにも引けを取らないほどの大声をあげ、目標に対して5人はかけ出す。
それに送れないようシュラハたち2人も後を追う。
エルナにかけてもらった治癒魔術と解毒魔術のおかげで幾分か身体が軽い。
――僕にだって何か出来るはずだ、この人たちの力になりたい。
「おい兄ちゃん、お前らは岩陰にでも隠れてろ。」
「え?」
「あぶねえからな。言うこと聞けよ。嬢ちゃんを危険な目に遭わせる気か?」
その言葉に足を止める。
決してフィーラを危険な目に遭わせるつもりなんてない。
しかしフィーラはシュラハに着いてきて、シュラハが止まれば彼女も止まった。
もしテリバーに止められていなかったら?
自分には見えていないものが見えているテリバーに少し憧れ、自身の浅はかさに落ち込んだ。
そして信頼されている仲間とそれ以外である自分にすこし寂しさを覚えた。
「あいつ、なんでこんなところに」
「まさか恐竜亀だったとわ」
「暗くて見えなかったけど、寄りにもよってヌシかよ」
恐竜亀。
構えの由来は5m10tの恐竜の様な巨大な身体をもつ亀。
蛇の様に長い舌とサソリのような尻尾による遠距離攻撃が得意。
昔冒険者チームが集まって討伐しようとしたが返り討ちにあっている。
冒険者ランクAのチームですら相手にしたくない相手を今目の前にしている。
はっきりいって絶望的である。
「ピエール、ありゃヘイト稼ぎとか出来る相手じゃねぇ。お前は下がってろ。」
「すまん。足を引っ張るくらいなら後ろで見ていた方がいいよな」
「ストーンアロー!」
エルナの魔術が恐竜亀の尻尾に直撃する。
こちらに気づき目標を変更した。
「来るぞ。」
「ピエール、ドバ。襲われてたやつの手当を。
シモンハット、エルナを担いでやつから距離を取れ。
エルナ、躊躇わず魔術をぶち込みまくれ。」
「フルルルルルルルルル!!!」
「ストーンアロー!!」
突進してくる恐竜亀に魔術が当たる。
エルナの魔術を受けるがまったくよろけない。
それどころか勢いを増している。
引き付けギリギリのところで方向を変え、恐竜亀が砂山に埋もれる。
「火球!」
振り返ったところを狙った一撃。
火球とは思えない威力に、顔に直撃した恐竜亀は表情を歪ませた。
「いいの入った!」
「あの威力のはそうバンバン打てない。先に魔力切れ起こす。」
「じゃあどうするの? 逃げる?」
「そんなことしたらあいつを街に連れてくることになる。
それは絶対だめ。」
恐竜亀の長い舌がエルナ目掛けて一直線に伸びる。
あれに捕まれば丸呑みされる。
「ストーンアロー!!」
住んでのところで魔術を放ち対処する。
しかし恐竜亀の狙いはそこにはなかった。
2人の死角を狙うように、サソリのような尻尾がシモンハットの足に直撃する。
シモンハットが転び、背負っていたエルナも巻き込まれる。
逃げるための足を失った今、殲滅は時間の問題。
――くそ、もうこうなったらやけくそだ!
「あああああああ!!!」
「シュラハ!?」
「兄ちゃん!? 何しやってる、早く戻れ!」
岩陰から大声をあげながら飛び出し、恐竜亀に向かっていく。
「ああああああああああああ!!!」
持っていたナイフで左腕の皮膚を肩の方まで切る。
傷の間から大量の煙幕が出てくる。
それは恐竜亀を覆うように広がっていく。
シュラハが煙幕を出しながら恐竜亀の周りを走っているのだ。
モク族であり、暗視眼をもつシュラハだからできたこと。
他の人には出来ない芸当だ。
「皆さん、僕が迎えに行くんでその場を動かないで。
触れられたら僕に着いてきて、少しでも離れたら煙幕で何も見えなくなってはぐれますよ!」
恐竜亀を覆い終え、一人一人シュラハの後ろに付けていく。
奇形児のメンバー、襲われた人達、そしてフィーラ。
全員を連れたことを確認し、ヴェルムスの街へと駆け出すのだった。