命の恩人
「…………えぁぅは?」
死を悟り目を瞑りその時を待ったシュラハだったが一向にその時が来ない。
恐る恐る瞼を開くと双頭烏と一人誰かいることに気がついた。
そしてその光景は有り得ないもの。
両腕のみで双頭烏の蹴りを防いでいるのだから。
「ふぇは…………あっあっ」
体格からその人は大柄な男性であることが分かった。
紫色を主体に、黄色と緑が混じった、その姿を捉えさせないような髪。
2mを超える体格。
身体からは常人では考えられない程の殺気をほとばしらせている。
双頭烏すら警戒し、距離を取るほどの。
それが自分に向けられたものでないことは、シュラハもわかっていた。
しかし、あまりの殺気にすくみ上がってしまう。
脳では命の恩人であると瞬時に理解したのに、身体はこの生き物から今すぐに離れろと叫んでいるようだ。
「こんな真夜中に子供2人だけで砂漠を歩くなんて、ワイルドだね。」
「あ、あなたは」
男は振り返らずに答えた。
「何処にでもいる…………そうだな、冒険者ってとこかな。誰よりも長生きな、ね。」
今なお発し続けている殺気からは考えられない、穏やかな声に不思議と心が安らぐのを感じる。
シュラハは目の前の人物なら自分たちを助けてくれると、そう直感し助けを乞うことにした。
「助けてください。僕たちゾクドに奴隷にされて、逃げてきて、それで……それで」
「向かう場所があるんだろう?」
男の見透かした様な発言にシュラハは驚く。
北に向かっていることは確かだが、明確な場所は決めていない。
――向かう場所………あの人は冒険者だって、都市部には冒険者ギルドがあるってきいたことがあるあ。
「はい! 北にある冒険者ギルドに行こうと思ってます!」
「そうか。なら早く行け!」
「そんな、あなたも来てくださいよ! 僕たちだけじゃこの砂漠を渡れません!!
お願いです。力を貸して下さい。」
男と双頭烏が睨み合う。
シュラハが土下座をしながら頼み込む中、二者は互いの隙を探りあっている。
長い時間が流れ、あることに気づく。
――あれ、フィーラは?
少し顔をずらすと泡を吹いて倒れるフィーラの姿があった。
「分かった…………」
「本当ですかありがとうございます」
「ただ、直接助けることは出来ない」
「え……」
そう言うと男は腰に付けていた1つの巾着袋をシュラハに投げ渡す。
封を緩め中を見ると魔術印道具と思われる小さな道具が大量に入っていた。
魔術印道具は本来迷宮や大型の魔獣の腹の中などからしか見つからない、貴重品。
性能に差はあれど、どれも高値で取引される。
自然に土を耕す程度の魔術印道具でも銀貨三百枚。
歴史上の勇者や、魔王が使っていたものならば金貨一千万枚以上の価値があるものまである。
現在、シュラハの目の前には金貨何万枚分もの景色が広がっているのだ。
――これだけの魔術印道具。こうも簡単に僕に渡すなんて……この人はいったい。
ていうかこんなもの受け取れない。
「これ、魔術印道具ですよね。それもこんな沢山受け取れません!」
「受け取れ。」
「ですが」
「私一人では君たち2人を守りながら双頭烏を倒すことは出来ない。
やつの危険性は砂漠に住むモク族の君たちなら十分知っているだろう?」
――言い返せない。彼はとても強い。けど、それと同じくらい双頭烏が強いんだろう。僕は彼の邪魔をしているのかもしれない。
「っく」
「受け取れないなら借りておけ。いずれその魔術印道具は返しに来い。お前自身の力で。」
「っは。わかりました。それまではこの魔術印道具借りておきます。」
「分かったらそこの少女を抱えて走れ!」
双頭烏と男が突撃する。
凄まじい風きり音がする。
――全く風が来ない。僕を逃がすためにそこまで気を回してくださっているんだ。
フィーラを担ぎながら全力で走る。
貧弱なシュラハでは自身と同じくらいの体重のフィーラを担ぐことなど不可能。
しかし今そんなことは言ってられない。
「あああああああああ」
力を振り絞るため声を張り上げ足を回す。
後ろでは爆発音や双頭烏の絶叫が聞こえてくるがそれでも足を回す。
連日の労働により身体が悲鳴をあげているがそれでも走る。
何故自分ばかりこんな辛い思いをしなくちゃ行けないのか、涙を流しながら、途中転けそうになりながらも全力で。
***
「……ん」
「あ、目が覚めた」
「シュラハ…、お兄ちゃんは?」
フィーラから視線を逸らす。
シュラハの表情から助からなかったことを察する。
フィーラは「そっか」と言うとシュラハに背を向けた。
何も言えず無言の時間が過ぎる。
痺れを切らして口火を切ったのはシュラハの方だった。
「フィーラ……僕、疲れちゃって。
少し寝てていいかな」
シュラハの容態を見る。
服は汗を吸いずぶ濡れ、身体にはところどころ擦り傷がある。
その姿をみて自分を担いでここまで走ってきたことを理解する。
「分かった……」
それを聞くと泥のように身体を沈め、死人のように眠りに落ちた。
「シュラハ……もう寝たの?」
返事は無い。
今まで隠していた感情が溢れる。
「ああ…お兄ちゃん……あああああ」
唯一血の繋がりのある兄。
いつだって一緒にいた兄が死んだことを。
振り向かないように、ここで気持ちを精算させようと、一晩中泣き明かした。
*
身体が大きく揺さぶられ目が覚める。
と同時に全身に鈍痛が走る。
所謂筋肉痛である。
「いっ……つ」
「大丈夫? どこが痛いの?」
「あはは、だいじょぶ大丈夫だよ。」
もう時期夜明け。
時間にして僅か3時間程しか眠れていない。
酷使した身体の疲れがまだ抜けきっていないが、彼らに時間は無い。
既に双頭烏の血液の匂いは薄れかかっている。
完全に血の匂いが晴れた時、彼らは砂漠を生きる魔獣たちの格好の獲物に成り下がるのだから。
「早く砂漠を抜けよう。」
「うん」
歩き出す。
しかしフィーラは一向に進まない。
「フィーラ?」
俯いたままのフィーラの名を呼ぶ。
変な抱え方をしながら走ったため、歩きずらいのか? 等考えたがそんな様子はない。
「シュラハは……死なないわよね…パパやママ、お兄ちゃんみたいに」
――フィーラはオプファンが死に、気持ちがナイーブになっているんだ。生きる意味を失っている。
僕の生きる意味は?
僕は魔術印道具を返すって生きる意味がある。
彼女に指針を示してあげよう。
きっと彼女の力になる。
「当たり前だ。一緒に生き残って、一緒に暮らそう!」
「…ありがとう。分かった。早く砂漠を抜け出そう!」
――少しは持ち直したかな。でも、これ以上トラブルに見舞われる訳にはいかない。
新たに指針を定め、2人は永遠にも感じる砂漠地帯を歩き出すのだった。
***
オプファンが死に、砂漠を歩き始めて1週間が経過した。
死んだ魔獣の血や肉を啜りながら何とか生き長らえている。
ゾクドの兵がいる農場から、北デッサグラン地方までおよそ300km。
1日30~40km進んでいるとしても240km。
つまり、今日明日で東デッサグランを抜ける。
「……」
「…」
2人は黙々と北を目指す。
ジリジリと照らす日の下、ひたすら歩き続ける。
時間交代で互いの影に入りながら歩き続ける。
できるだけ体力を残すため無言で。
今日も1日中歩き、もう時期日が落ちる。
唯一足を止める時間。
しかしそれも一瞬。
日が落ちている時こそ進みどきなのだから。
魔獣も夜は活動を控えがちである。
夜こそ全てを決める。
「2時間後起こすね」
「それじゃあ先に休ませてもらう」
シュラハは体力回復のため睡眠をとることにした。
*
「起きて! シュラハ!!」
バチィンと頬を叩かれる。
何事かと飛び起きると顔面蒼白のフィーラがいた。
「囲まれた」
その一言で理解する。
魔獣がすぐそこまで迫っていることを。
「待って、確認する」
暗視眼を持つシュラハが当たりを見渡す。
眼下に広がるのは大量の黒い虫。
左右に蠢く長方形に幾重もの足を取り付けたような見た目。
ムレムカデに囲まれていた。
「ムレムカデだ。しかもあんな数。千とかそんな数じゃない。
3万はいる。」
「そんな……ここまで来たのに。」
「ムレムカデは火に弱い
魔術で蹴散らして突破口を作る。
その一瞬で包囲を抜けるよ」
「小さな灯火よ、暗闇を照らしし光の炎を焚き付けろ フレア」
手のひらサイズの火球が地面に着弾する。
そこを避けるようにムレムカデが散り散りになる。
ムレムカデは一匹一匹にさほど脅威はない。
問題なのは群れをなしていること。
「安全なのは火の上しかない。熱いけど突っ切るよ」
燃えている地面の上を素足で駆け抜ける。
皮膚が焼け、その足で全力疾走する。
体験したことも無い痛みが2人を襲うが足を止める暇などない。
既にムレムカデは後ろに張り付くように迫っている。
足を止めれば死は確定する。
「痛い、あ!」
「フィーラ!!」
足裏の痛みから走れず前に滑るように倒れる。
巻き込まれるように前を走っていたシュラハも共倒れする。
そんな気を逃す訳もなくムレムカデが飛びつく。
フィーラを庇うように前に出たシュラハの左薬指と小指が噛み切られる。
「あああああああ」
「火炎放射!!」
誰かの魔術でムレムカデが一掃される。
目を向けると5人組がたっていた。
鶏頭の男。犬頭の男。カマキリ頭の女。猿頭の男。そして、魔術を使ったであろう2人と同じくらいの歳のエルフの少女が。
「大丈夫か?」
そういい、鳥頭の男がシュラハに右手を差し伸べるのだった。