日常が崩れる日
3章はハレファス君たちから離れます。
東の国のとある男の子のお話です。
章完結まで毎日投稿するので良ければ読みに来てください。
ゴツン、ゴツン
大岩に何度も何度も鉄のハンマーを叩きつける音が響いている。
ゴゴ
先までとは一味違う音がすると、大岩がズレ、いくつかの岩塊に崩れた。
その岩塊を先程同様、ゴツン、ゴツンという音を響かせ始める。
大岩を何度も叩きつける音が響くのは、ここ
”モク族”の村では幸せの音。
東デッサグランの沿岸中部に位置するモク族の村。
大岩を削りだし積み上げた家。
魔獣の毛皮で作った衣服。
食は主に魚類と野草。
ごく一般的な村。
モク族の特徴は、黒髪で大人になっても背丈が低く、寿命も人族並。
魔族の中でも貧弱な種族
皮膚を切れば煙幕が出る、不思議な体質のおかげで、今日まで生き長らえている。
そんな脆弱な種族である。
「シュラハ、こっちの岩運んでくれ」
削られ両手のひらサイズになっている岩を荷車にのせる。
悪路のため速度を出せない。
少しでも速度を出してしまえば積んだ岩が雪崩のように崩れ落ちてしまう。
「邪魔だどけ!」
「こら! クソガキ待ちやがれ!」
背中に衝撃を伝わると同時に、貧弱なシュラハは勢いよくうつ伏せに倒れる。
離さないように握っていた荷車の紐も釣られて前に進む。
ガガガガガガ
唐突に腕が引きちぎられるような痛みを感じ、反射的に紐も離す。
倒れていた身体を起こすとシュラハを倒したであろう少年と、その少年を追いかける男が目に入る。
追われている少年はオプファン。
村一番の悪ガキで昼間はいつも走り回っている。
そんな姿を見慣れているシュラハは衣服に着いた砂を払い落とすと、先の衝撃で崩れた岩を荷車に積み上げていく。
岩を運んだ先。
十数人の男たちが岩と泥で家を作っている。
岩を削る音は新居を建てる音。
現在建てられている家には新たな夫婦が入居する。
「追加の分持ってきました」
「ありがとな、シュラハ」
額から頬を伝う汗を拭うと、新たに岩を運ぶために荷車を引く。
行きとは違い、乗せるものがない荷車は走って引いても問題ない。
ガタンガタンと軽快な音を鳴らす荷車が突如ガガガガとまるで岩を積んでいる時の様な音をあげ始める。
先程までよりも重い。
振り返りたくない、振り返りたくないと思いつつも確認する。
やはりと言うべきか荷物が積まれていた。
その荷物は綺麗な黒髪を短く切り揃え、シュラハと変わらない背丈の少女。
村一番の悪ガキの妹、フィーラが自分の荷車を抱えて座っていた。
「シュラハ、運んでよ」
短く発せられた言葉からは、「歩くのはめんどくさいから、私を運んで削り場まで連れていきなさい。どうせ目的地は同じだしちょっとは身体鍛えなさい」という趣旨を読み取った。
兄弟は互いに足りないものを補い合うと言われているが、この兄妹に限っては当てはまらないとシュラハは思った。
お互い我が強く、一度決めたら村長の鉄槌以外対処法がない。
たかが数十メートルくらい自分で歩いて欲しいとシュラハは切に願っている。
ガガガガという音を鳴らす荷車をだんだん強くなる日照りの下引き続ける。
汗を拭ったり休憩したりするとフィーラからヤジが飛ぶため、シュラハは足を止めない。
速度を落としてもそれは同じ。
右腕の疲れを感じ左手に持ち替え引き続ける。
ガサ、後ろでフィーラが立ち上がる気配がし振り返る。
「私、疲れたから水持ってきて」
と言う。
シュラハはフィーラが何を言っているのか分からなくなり再度荷車を引き始めた。
なんと言っていたか、「疲れたから水をくれ」? だったと思う。
シュラハは熱さにやられて幻覚を聞いたのだと理解した。
「シュラハ、聞いてる? 水、水」
「そうだね、水ね。」
シュラハは自分が疲れているのを感じた。
そういえば、日が登り始めてまだ一度も休憩していなかったことを思い出した。
次の往復を済ませれば、休憩しようと心に決め、仕事に頭をシフトし直す。
「無視すんな! 水! 水持ってきて!」
ゴンッ! と後頭部に強い衝撃を感じた。
早朝から働き詰めで、歩くのがやっとだったシュラハは頭から倒れる。
さっきまで足をガクガクさせながらも歩いていたのに、唐突に視界が歪み、歪みが取れると地面が広がっている。
その事実に驚くと同時に後頭部に痛みを感じる。
内側からのものではなく、外側から加えられた痛みによるものだとすぐ気づいた。
「シュラハ、水! 早く、また殴るよ?」
どうやら幻聴ではなかったようだ。
無視していたことを謝ろうと立ち上がる。
「ごめん。すぐ取ってくるね」
「は? こんな炎天下待たせる気?
日陰まで連れてってからね」
そう言うとフィーラはまた荷車に乗る。
図太い性格なのは承知している。
荷車の紐を握りしめ、日陰まで連れていくことにした。
「何かしら」
フィーラを日陰に連れていき休ませ、水を取り戻ってきたシュラハは、村の人が固まっているのを目にした。
フィーラが気にしているのも同じく大衆の固まり。
持ってきた水をフィーラに渡すと一気に飲み干し、シュラハの分もぶんどると頭から浴びてしまった。
シュラハの飲水はフィーラの汗を流すために消え去ってしまった。
喉がカラカラで、身体からも汗が滝のように溢れていたシュラハは目の前の現実が受け入れられず、膝から崩れ落ちる。
「シュラハ?」
わなわなと震えるシュラハをみたフィーラは、異様なものを感じた。
汗をダラダラとたらし、泡を吹き出し始める。
15にも満たない少女にとって、その光景はただただ気持ち悪いものだった。
「きゃぁぁぁぁぁぁお兄ちゃぁぁぁぁん!
シュラハがぁぁぁぁぁぁ!!」
気持ち悪さと怖さから大粒の涙はだらだら流しながら兄、オプファンに助けを求め行くのだった。
***
津波のように押し寄せてくる空腹感からシュラハは目が覚めた。
目の前には筋骨隆々の肉体に似つかわしくない不安そうな表情を浮かべた村長が座っていた。
「目が覚めたか」
ホッとした表情を浮かべると村長は水と薬草のすり潰し粥を手渡してきた。
「ゆっくり食べなさい。
ゆっくりだぞ」
「はい、ありがとうございます」
外には篝火がついている。
気づかなかったが夜まで眠っていたようだ。
水を飲もうと起き上がろうとするも全身に力が入らないのを感じる。
それでも腹は大きな音をたてる。
力が入らないのでどうしようもない。
諦めて村長が戻るのをまち、食べさせてもらおう。
「なんだ、食べていないのか?」
「すみません、お腹はペコペコなんですけど身体が動かなくて
食べさせてくれませんか?」
幼子でもないのに大人に飯を食べさせてもらうことに少し恥ずかしさを感じつつ、今はそれでも仕方ないと割り切る。
伝えると村長はシュラハの身体を起こし、ゆっくり水を飲ませたあと、粥を掬って少しづつ食べさせてくれた。
「シュラハは、聞いていなかったよな?」
「なんの事でしょうか」
「実は昼間、お前が倒れる前に政府の遣いが村に来てな」
倒れる前の記憶を頑張って呼び起こす。
村の皆が一箇所に集まり、フィーラも気にしていた。
ところが意識を保つのが困難になり、気がつくとここで眠っていた。
知らないことだ。
そもそもこんな片田舎に、政府の遣いが来れば大騒ぎになる。
知らない方がおかしい。
眠っていた間の出来事であることは容易に想像出来る。
「シュラハ、今からでもいいから逃げなさい
さもなければ大変なことになるぞ」
「大変なこと?」
村長の剣幕に押されつつも、言葉を投げ返す。
今の生活も十分大変だが、それでも楽しく過ごせているのがシュラハの本音だ。
幼く両親を失ったシュラハには、大人への甘え方が分からなく、そんなこと口にしたことなどないが。
シュラハの問に村長はゆっくりとした口調で語り出してくれた。
「昼間、遣いが来たと言っただろう。内容はワシらにここを離れろと忠告しに来たのだ。
実は東デッサグラン以南がゾクド王国の領地になることが昨夜決まったらしい。
もちろん最初は断っておったらしいが最終的には北デッサグラン地方以外のデッサグラン地域を割譲することで決まった。
このままだとどんな待遇が待ってるか分からん。
ゾクドの者が来る前に早く逃げなさい。」
「そんな、村長はどうするんですか。
皆は逃げ出したんですか。」
「ワシと一部の者は残る。
じゃがお前ら若いもんが残る理由などない。
今からなら追いつくじゃろう。
急いで逃げるんじゃ!」
「どうして、さっきまで一緒に暮らしてたのに…
あんまりです! 村長が残るなら僕も残ります。
村長には両親に変わり育ててもらった恩があります」
「うるさい! そんなもん要らん!
早く逃げるんだ!」
「村長……」
――なんで、こんなことに。今まで普通に皆で暮らしていたのに。
「お前は夜目が利く。
早く、逃げなさい………」
シュラハは悟る。
絶望する暇などないと。
一刻を争う事態であることを。
自分たちではどうすることもできないことを。
――無力だ。王国は世界随一の大国。いくらたくさんの魔族が結束した今の政府でも太刀打ちできないのか。
ブオオと、汽笛にも似た音が村に鳴り響く。
「すみません村長。僕行きます」
「走るんじゃ」
昼間の疲れが残った足を奮い立たせ必要最低限の荷物を肩にかけて北を目指す。
シュラハは昼と夜の違いがよく分からない。
彼は生まれつき魔眼持ちで、名を暗視眼という。
夜でも昼と同様の明度でみえるというもの。
右眼を瞑れば皆と同様に見えなくなるが、左眼は生まれつき視力が弱い。
わざわざ右眼を瞑る理由もない。
北を目指し、松明を探す。
松明のあるところに皆がいると考えたからだ。
――あれは、松明。それもあんなにたくさん。追いついたんだ!
「皆! 僕も逃げてきたんだ! 一緒に連れて行ってくれ!」
シュラハの呼び掛けに村の皆が振り返る。
その顔は酷く引きつっていて、歓迎されていないのかと驚く。
しかし見かけない顔もチラホラ見受けられる。
そこでシュラハは気づいた。
「シュラハ、逃げろ!」
村の皆はゾクド政府に捕まっていたのだ。
そこに自分が鉢合わせた。
自身の指をナイフで切る。
切り口からは煙幕が溢れてくる。
――逃げないと。ゾクドの人たちに捕まっちゃう!
「ウィンドスラッシュ!」
が、王国の魔術士の使う魔術によって煙幕は簡単に吹き飛ばされる。
そこには後ろ姿を見せながら走るシュラハの姿がある。
逃げ切れる訳もなく数メートル走ったところで王国兵に囲まれ、捉えられてしまった。