タイト・ヴィルキル
1回戦、俺たち8組も順調に勝ち進めていた。
「取り敢えず、1回戦突破おめでとう!!」
「全員勝って完勝だぜ!」
「このままいけば優勝出来んじゃない? ぶふ。」
「……!!」
「それは無理だよ」
「え……」
それを発したのはリーダーであるミュウ。
「ミュウ、確かに絶対優勝は無理かもだけど可能性は……」
「ないよ。今の8組には。」
「……」
黙ってしまう。
ミュウにしては珍しい厳しめの言葉。
「なんでそう言い切れるのさ!
私は理由なくミュウが無理なんて言ってるとは思えないんだけど」
「もちろん理由はある。」
なんだ、この空気。
嫌な予感がする。
「この中に、お荷物がいるの」
こんな時に、それを言わせる訳にはいかねえ。
「やめろよ、そんなこと言うの。
後でもいいだろ!」
「ダメだよ、今じゃないと」
「チームの士気に関わるんだ!
俺は納得できねぇ!」
「それでも私は言うよ
お荷物は君だよ、タイト。」
「は……あ?」
*
「こんな時に何言ってんだよ。
俺が荷物? 適当なこと言ってんじゃねぇぞ。
ミュウだからって許せることと許せないことがあるぞ。
んで、今のは許せねぇ事だ!」
当然だよね。
私だって唐突にお荷物なんて言われたら怒る。
でも、それでも言わなきゃならない。
「タイト、君は紛れもなくお荷物だよ。
チームの急所なの。」
タイトの顔を見る、怒りより、失意が顔を出している。
クレアやバッチィンくん、リャリャちゃんは心配そうにこちらを見ている。
「タイト、今のままでは君のせいで負ける。
これは絶対だよ。」
「……」
黙っちゃったか。
無理もないよね。
でも、それでも……
「何世界の終わりみたいな顔してるの?
私は今のままならって言ってんの」
「……」
タイトと目がある。
焦点もあっている。
「ずっと引っかかってたの。
タイトさ、剣で人を斬ることにトラウマ持ってるよね」
そう伝えるやいなや、タイトが頭を抑えて膝から崩れ落ちる。
「違う!」
「違わないよね」
「違う! 違う! 俺は間違ってない!!」
何かある。
心に闇を抱えているんだ。
「違うんだ、母さん。俺は、俺は間違ってない。
ああああ」
「タイト!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい許してくださいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
3人は完全にビビっている。
普段のタイトからは考えられない程弱っているし、完全に壊れている。
このままだと、タイトは廃人になってしまう。
私は拳に炎を灯し、思いっきり頬を殴る。
「ごめんなさいごめぼふぅ
あ、ミュウ……」
タイトを抱きしめる。
「こんなになるまで、よく耐えたね。タイト。
私が助けてあげる」
「あ、あ、」
タイトから語られた内容は、幼かったタイトにトラウマを植え付けるには十分なものだった。
*
俺はヴィルキル家の人間で、剣士だ。
そう、俺の家は代々剣術家で当然のように俺も生まれた時から剣士だった。
寝ても覚めても剣を握って草々を駆け回った幼少期。
6歳になる頃には本格的に剣を習い始めた。
10歳になる頃には、下手な大人じゃ太刀打ちできないほど上達していた。
はっきりいって、自分は最強だと思った。
あの日、11歳の誕生日。
領主の息子をこの手にかける日まで。
あの日は新月で、どんな悪事も闇に包まれ隠される。
例外なく、新月の日の犯罪率は高い。
月の灯りの届かぬところで、悪事を働くクズを、幼いながら俺は許せなかった。
夜、地稽古を終え、家に帰る途中のこと。
見過ごす訳には行かない現場に出くわした。
男が数人の少女に何か吸わせている。
焦点のあっていない少女たち、それが麻薬だとすぐ気づいた。
「貴様! 闇夜に紛れ、少女を薬漬けにするなど、月光が許しても俺が許さないぞ!」
「誰だ貴様! 俺が誰か分かって言ってるのか!」
「知らん! 死ね!」
一刀両断。
攻めてもの慈悲で、一撃の息の根を引き取らせた。
少女たちを騎士の元へ連れて行き、成り行きを説明すると、騎士たちは俺を連行した。
俺が斬り殺した人間は、土地を治める領主の息子。
領主は怒り狂い、俺を殺そうとしていた。
しかし、結果的に俺は助かった。
母のおかげで。
母は私の身代わりになろうとした。
俺の代わりに自分を殺せと。
ダメ元だろうがなんだろうが領主に頼んでいた。
領主はとある条件付きで母を身代わりにすることを許してくれた。
条件は「俺が母を直接殺すこと」だ。
受け入れられるわけない。
自分を育ててくれた相手を。
命に変えてでも助けようとしてくれた相手を。
自らの手で殺せと言うのだ。
「出来ません! 母さん!」
「タイト! 殺すのよ。
人を殺したあなたへの罰を受けるのは当然。
私を切り捨てなさい!!」
俺は母を殺した。
一撃だった。
刃は恐ろしいほどなめらかに入り、本当に震えていた手で切ったのかと疑問に思うほど。
その日以来、俺は人に剣を向けることが出来なくなった。
剣士なのに。
剣だけじゃない。
包丁や、槍も同様に。
父は言った。
お前は正しいことをした。
間違ってない。悪いのは領主の息子だと。
母を殺したことも憎んでいないと。
その言葉を素直に受け取ることは出来なかった。
が、救われたのも事実だ。
剣を握ることができるようになった。
だか、剣を持ち、女性を前にすると母と重なって見え、振るうことに躊躇ってしまう。
幸いそれは俺の技術の高さから、バレることは無かった。
今日までは…………。
*
「これが、俺のスランプの理由だ。」
自分の母を11歳という若さで手にかける辛さ。
トラウマになっても仕方ない。
でも、それだと困る。
「タイト、私を切り捨てみな。」
「はあ?」
4人とも、訳が分からないと言う顔をしている。
話を聞いてなかったのかと思われてるだろう。
「なに? タイト私の事斬り捨てられると思ってんの?
私に1度も勝ったことないのに。」
「な、言わせておけば……」
「随分自信過剰だね。
私に1度も勝ったことないのに。」
大丈夫、タイト。
私は言ったよ。
「蛮勇だそ、ミュウ」
「落ち着いて、挑発してもダサいだけだよ?」
タイトが剣を取る。
「クレア、合図頼む。
ミュウもそれでいいよな?」
「いいよ? 後、手加減しないでね。」
タイトは頷く。
「…………」
「……」
「…! 始め!」
タイトが剣を振るう。
上段から振り下ろされる剣は、しっかりと人を殺せるだけの力を秘めている。
「残念」
「え?」
どれだけタイトが早く振るおうが、それが0.00000001秒レベルだとしても。
こちらは無詠唱。0秒なのだ。
私の炎の手のひらが、タイトの剣を掴んでいた。
「女性に剣を振るえば殺してしまうかもしれないって思ってたんでしょ?
大丈夫、死ななかったよ!」
「あ、はぁぁあ、あああ」
大粒の涙を浮かべ、やがて決壊する。
「私言ったでしょ。助けるって。」
「ミュウ、ミュウゥゥゥ!!!」
タイトが抱きついてきた。
頭を撫でる。
号泣し、鼻水も出ていて顔がぐちゃぐちゃだ。
「ミュウ、ありがどぉぉぉぉぉ!!」
***
「タイト、真剣使っちゃダメだよ。
木刀ね、あと手加減しなよ。
じゃないと相手の子死んじゃうから。」
「わー、ってる!」
副将戦……
「始め!」
始めの合図と共にタイトは消えた。
そして、轟音と共に気絶した6組の生徒と、静かに佇むタイトの姿があった。