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第二次日中戦争  作者: 畠山健一
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幻のアジア共栄圏

 統合幕僚長の前に、限られた数名の幹部が集められていた。極秘作戦「イーグル・ハンター」は、二方面に同時に行われる「人間狩り」であり、その対象は二名の重要人物・・・コードネームは「オレンジ」及び「レッド」と呼ばれた。「オレンジ」は劉軍団長、「レッド」は郭政治委員を意味していた。

「情報源は、極めて信頼度の高い情報筋、とだけ申し上げておく。君たちはこの作戦の意義に疑問を持たれるかもしれない・・・特定の人物の抹殺が、果たして戦局を変えうるものだろうかと・・・答えは『イエス』だ。一個軍の撃滅より遥かに価値が高い上、失われる犠牲は、双方にとって極めて低い・・・ここが最も重要なところだ」

 航空幕僚長は、映し出された中国沿岸部の地図の前に立っている。彼には「作戦の意義」を論じる暇などなかった。

「たった今、小松基地へ十八名の精鋭パイロットを集めたばかりです。『レッド』がスケジュール通り飛ぶのであれば、彼らは直ちに準備しなくてはなりません」

 彼は情報を元に、「レッド」の飛行ルートを地図に示した。大型輸送機IL-76に乗る「レッド」はJ-16二十機の護衛戦闘機を従え、北京、青島、塩城、上海上空を通過し、目的地の福州へ向かう。

「巡航高度は一万メートルですが、このフライトには政治的なパフォーマンスの意味がこめられ、主だった都市の上空では高度三千メートルまで降下する模様です。記録映画を撮る為だとか・・・」

 飛行ルートのほぼ中間に位置する塩城市がマーキングされている。

「ここで戦闘機隊が交代し、一時的に護衛が半減します・・・そして高度を下げたところで、『レッド』を仕留めます・・・F-15J十二機が上空で敵戦闘機を引き付け、低空から侵入する六機が目標を攻撃します・・・」

 F-15Jの攻撃隊はおよそ千六百キロを飛行し、絶好のタイミングで敵を補足しなければならない・・・航空幕僚長は、さらに前提条件を付け加えた。

「統幕長の入手された情報が百パーセント正しく、韓国が領空通過を黙認し、敵対空レーダー網の破壊工作が成功していること・・・何れかが欠けた場合、成功の確率は大幅に落ちるでしょう」

 統合幕僚長は頷いた。作戦了承の意思表示と受け取った航空幕僚長は、直ちに小松基地へ命令を下した・・・

「次なる目標の『オレンジ』だが・・・」

 統合幕僚長は、陸上幕僚長の顔を窺った。既に作戦は進行中であり、集結した装甲歩兵は永安の将牢山に迫っている・・・

「陸幕長、君の前提条件があれば聞いておくが?」

「同じく、統幕長の情報が正しく・・・自由台湾軍が我々を裏切らないことです・・・」


「敵襲!」

 歩兵戦闘車がミサイルの直撃を受け、炎に包まれている・・・いたる所で銃撃戦が始まり、未明の襲撃を受けた将牢山の指揮所はパニックに陥った。

「軍団長!敵の狙いはここのようです・・・このままでは包囲されます!」

 大隊長が駆け込んできて劉に報告した。

「うろたえるな!敵の兵力は?」

「不明です・・・少なくとも三方面から撃ってきています」

 劉は青ざめた顔の大隊長を睨みつけた。

「それでも指揮官か!いいか、これが我々を撹乱する敵のゲリラ戦術だ。俺たちが探していた獲物がわざわざ出向いてくれたんだ!さっさと態勢を立て直して奴らを叩き潰せ!」

 その時、敵の機関銃弾が指揮所のテントを貫いた。無線機が破壊され、数名の兵士が倒れこんだ。

 劉は倒れた兵士から銃を取り上げて構えた。

「まさか・・・奴らの狙いはこの俺か?」

 一個中隊が戻ってきてテントの守りを固めた。敵は闇夜に紛れ、方々から狙撃してくる・・・むやみに反撃しても、同士討ちの危険があった。

 指揮所を守備する中隊長が飛び込んできて劉へ敬礼した。

「敵は我々が撃退します。万が一の為・・・軍団長は裏から脱出して下さい!」

 敵の銃撃は止まない・・・劉は承服せざるを得なかった。

「奴らを残らず皆殺しにしろ!俺が戻ってくるまでにな!」

 劉は五十名の兵士を護衛につけ、指揮所を後にした・・・


 統合幕僚長は自室で一人、個人のパソコンを開いていた。それは「古い友人」との、唯一の連絡手段だった。

 その画面には、ベッドに横たわった老人の顔が映っている・・・

「やあ、統幕長・・・やはりこのアカウントは生きていたか・・・」

 統合幕僚長は画面から語りかける老人を、複雑な顔で眺めている。

「お久しぶりです、中村教授・・・今は別の名を呼ぶべきですかな?」

「それでいい・・・古い友人として話したくてね」

 中村教授こと、張黎明は苦しそうに咳払いをした。

「顔色が悪いようですな?」

「私はもう長くない・・・まともに会話できるのは、君が最後かもしれない」

「人間はいつか死ぬものです。そして時代が変わっていく・・・歴史はその繰り返しですよ」

 張黎明の死期を悟った統合幕僚長は、話の核心に触れざるを得なかった。張黎明もまた、それに応じるつもりでいた・・・

「統幕長・・・君は周浩然を抱き込むつもりだろうが、彼に中国をまとめられない・・・西側の価値観を信じたところで、中国はアメリカにはなれないんだ・・・中国はバラバラになり、内戦が繰り返される・・・西側諸国は、そのどれかと結びつき、分け前に授かろうとする・・・それが君たちの望みなのかね?」

「その悲劇の歴史の再現は望みません。少なくとも私は・・・しかし、あなたのアジア共栄圏構想を真っ向から否定する立場です。資源を持つ国を吸収し、中国に欠けているものを補うことができれば・・・何物も逆らえぬ無敵の国家として、世界のリーダーに君臨できるでしょう・・・しかし、それは我が国日本にとって最も不幸なことです・・・私は全力で阻止します」

 統合幕僚長は、時計をじっと見つめている・・・あと十秒・・・

「矢は放たれました。まもなく起きる事が・・・その第一歩です」


 十二機の空自機F-15Jは高度1万メートルから急降下を始めた。情報通り、目標「レッド」と護衛戦闘機は三千五百メートルの高度で塩城市上空へ向かっている・・・

 突如四機のJ-16戦闘機が旋回し、急上昇でF-15Jに挑んでくる。二機の護衛機は「レッド」にぴったりとくっついたままだ・・・

「イーグル・ワン、目標を補足!」

 超低空から侵入した六機のF-15Jが後方から「レッド」を捉えた。標的のIL-76輸送機は急降下で必死の離脱を試み、二機の護衛戦闘機は盾になって輸送機を守ろうとしている・・・

 もたもたしていると、「レッド」はパラシュートで脱出するかもしれない。隊長機「イーグル・ワン」は護衛機を追い越し、ほぼ百メートルの至近距離から二十mmガトリング砲をありったけ打ち込んだ。

 主翼は吹き飛び、黒煙に包まれた機体はきりもみを始めた。

「レッド」を乗せたまま、IL-76は雲の下へ消えていった・・・


 およそ五十万の兵の頂点に立つ劉軍団長は、僅か五十名の兵士に守られている。夜が明ければ戦闘は収まると踏んでいた彼は将牢山から離れようとしなかった。

 しかし予想に反し、戦闘は続いていた・・・

「敵の増援が現れた模様です・・・軍団長の機甲部隊は、いつ到着するのでしょう?」

 一緒に避難した大隊長の顔に、劉は軽蔑のまなざしを向けた。

「俺に頼る前に、貴様も銃をとって戦ったらどうだ?」

 見張りの兵士が異変に気付いた。

「包囲されています!」

 何処からともなく、メガホンの声が響き渡った。

「こちらは自由台湾軍である。劉軍団長の身柄引き渡しを要求する・・・」

 劉は周囲を見渡した。いつの間にか、二百名近い民兵に取り囲まれている・・・

「自由台湾軍だと・・・」

 劉は銃を握りしめて唸った。

「降伏して下さい」

 劉は驚き、その声の主を振り返った。そこには平然とした顔で拳銃を構え、劉へ銃口を向ける大隊長の姿があった・・・

 周囲の兵士たちは、この異様な光景に呆然としている・・・

「周浩然の命により、あなたを拘束します」

 劉は唖然とした顔で、大隊長を見つめた・・・

「周・・・そういうことか・・・降伏だと?俺は劉だ。最強の陸軍の指揮官だ!貴様ごときにこの俺が撃てるか!」

 劉はその銃を構える前に、額を撃ち抜かれた・・・


「呉徳生が全軍を掌握し、周浩然が全権を・・・つまり、あなたを引き継ぐでしょう」

 統合幕僚長は、半ば目を閉じている張黎明に語った。

「これであなたの恐れていた内戦は回避できるでしょう・・・しばらくはね」

 張黎明は、生き絶え絶えに呟くように言った。

「それで君は・・・何をする・・・」

「あなたの『アジア共栄圏』構想は幻に終わりました。しかし、その理念は我が国の立場で引き継がせてもらいます・・・私のやり方でね」

 張黎明の返事はなかった。


 目を閉じたまま、彼は静かに息を引き取っていた。


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