表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紫闇朱月  作者: もにょん
第1章 少女と妖
9/37

第1章-4 まずは夏2

差別的または暴力的用語および無理矢理な性行為を匂わせる描写が出てきます。嫌いな人、十五歳以下の人、及び現実と妄想の区別がつかない人はブラウザを閉じて下さい。

 ■○月△△日

 熱が下がった。やっぱり原因は疲労だったらしく、身体が強張るくらいよく寝たらすっきりと治った。やっぱり身体が健康なのは喜ばしい。

 臥せっている間に驚愕の事実が発覚した。

 以前から大味ながらもきちんと三度出される食事はどこから出てくるのだろうと思っていたら、なんとアカザが作っていたらしい。

 もちろん全てというわけではなくどこからか調達してくる場合もあるようだけど、この男が厨房に立って料理している姿というのは非常に似合わなさそうに思える。

 屋敷の整備に関しては下級の人外の者が私の目に付かないように行っているとのこと。

 もともとはっきりと具現化することのできる、特に人の姿を取れるほどの人外の者はそう多くない。

 なので私に見えなくても仕方がない。多少の気味の悪さは感じるが微々たる問題だと自分を納得させる。

 ここに来たときのドレスはボロボロで使えなかったため、最初に衣服もいくつか適当に与えられた。

 前を合わせて紐や帯で固定して着るようなもので、最初は着方がよく分からなかったけれど今は何とか自分で支度できるようになった。ドレスと違って慣れてしまえば動きやすいのがいい。ここの気候を考えても渡された衣服のほうが過ごしやすい。ただし下着がないのはいただけない。足元がスースーして落ち着かないことこの上ない。

 だから下着を要求してみたら、「用意してもいいが線が丸見えになるぞ」と言われた。

 より深く考えたらアカザの用意した下着を身に着けるのにも抵抗があるので止めた。面白そうなアカザの顔が腹立たしい。死ねばいいのに。

 落ち着いてから気づいたけれどアカザとちゃんとまともに話をしたのは初めてかもしれない。意外にすんなりと色々なことを喋ってくれた。

 アカザへの憎しみを忘れたわけではなく敵の情報を探っただけ。

 出されるご飯はちゃんと食べる。食べなければ動けない。

 渡された服も身に着ける。私はちゃんと恥の概念を持っているから。

 与えられた部屋で眠る。食事と同じく休息も取らなければ動けない。

 私はそうして爪と牙を研いでアカザの隙を狙っている。それだけだ。

 ただ熱を出した私の醜態を見せたことが胸に引っかかっている。思い出すと羞恥で腰が落ち着かない。

 

 ■○月#?日

 塀の傍に生えているそれなりに背の高い木を上って出られないか考えて実行してみた。

 ごく幼い頃に試みて失敗してから木登りはしたことがないけれど、どう登ればいいのか知識だけはあったので大丈夫だと思った。

 結論から言えば、木登りは成功したものの出られなかった。

 どうやら塀に沿うような形で何かの力が作用しているらしく、塀の上から塀より先に出ようとすると屋敷の中に戻るようになっているようだった。

 自分の突き出した手が途中で途切れて目の前に唐突にその手の指先が出てきた時にはぎょっとした。

 慌てて手を戻したら木から滑り落ちてしまった。

 結界に誰かが触れたのが分かったらしく、起きてきたアカザの力で受け止められて怪我はなかったものの、アカザの向ける生ぬるい視線が屈辱的だった。

 お礼代わりの渾身の3段蹴りは避けられた。痩せ型といってもそれなりに重量がある私を軽々と持ち上げて運んだりするから薄々と察していたけれど、異能の力だけでなく身体能力も結構高い。

 けれどやはり強い太陽の光はそれほど好きじゃないらしい。

 悔しいがすぐに捕まえられた私を担いで嫌そうに屋根の下に引っ込む。

 ゆっくり寝かせろと手を柱に縛りつけられて夕飯まで部屋に閉じ込められた。呪い殺したい。

 それにしても日記を読み返していると、この屋敷に来てから自分が随分と暴力的かつアクティブになっていると気づく。

 姫君の心得を忘れていやしないか不安になった。淑やかに気高くいようと考えてみたけれど、ただ淑やかに気高くいてはいつまで経ってもここから出られない気がする。

 そして自分がこんなに図太く行動的な人間だったのかと少し驚いた。

 

 ■×月?○日

 暑い。とてもとても暑い。

 人を焼き殺したいのかと思うほどさんさんと照っている太陽が憎らしい。

 生まれてこの方こんなに暑い場所にいたことがない私は、せっかく復調した体力をガリガリと削られた。ついでに長く太陽の下にいると私の肌は火傷をしたように赤くなって痛みを感じることが判明したために、長時間屋根の下から出ることが難しくなった。

 あまりの暑さに耐えかねて涼しい場所を探して屋敷の中をうろうろとする。

 結果、扉を開け放ったまま陽の当たらない程度奥に引っ込んだ庭に面した一室が、一番風が通って涼しいことが判明した。

 とても活発に動けるような状態じゃなかったので夕方までそこで伸びていた。

 アカザが起きてきてそんな私を見て「本当に猫みたいだな」と言った。また猫か。

 猫は涼しい場所を見つけるのが得意だからというのが理由らしい。

 いちいち人を動物に例えるんじゃないと殺してやるつもりで水のたっぷり入った重い水差しを投げつけてやった。

 水差し自体は受け止められたが中身の水は被っていた。胸がすく思いだと言いたいけれど、誤算は自分もだいぶ水を被ってしまったことだろうか。

 逃げようとしたらアカザに無言で捕まえられてお風呂でいらないくらい隅々まで洗われた。

 ケダモノめ。背中を思い切り引っかいてやった。

 

 ***

 

「どこに行くの」

「着けば分かる」

 現在進行形で暑い日が続いていて、その気温と湿度にようやく少し慣れてきたものの、私はまた体調を崩しがちになっていた。自分の体力のなさに飽きれる。

 ある日の夜にアカザがそんな私を屋敷から連れ出すことにしたらしい。

 逃げないようにアカザの腕に腰掛けるように座らされて、左の手首に紅い紐を結ばれた。小さな金色の鈴が付いていて、振動に合わせて微かに涼やかな音色が鳴る…猫じゃないといっているのに。

 頑張れば逃げ出せるかもしれないけれど、身体がだるくて辛い。

 それはたぶん、暑さのせいだけじゃなく精神的なものも含まれていると思う。

 あの屋敷に連れて来られてもう1ヶ月以上が過ぎてしまおうとしていた。

 季節は初夏から本格的な夏へと移り変わり、アカザの腕に腰掛けながら進む細い山道も青々とした草が高く背を伸ばしている。

 屋敷の塀を抜けて分かったけれど、予想通りどうやら屋敷があるのは山の森の中のようだった。屋敷を出てから緩い傾斜とたまに鋭い傾斜がそれなりに続いているので、たぶん山の中腹以上にあるのだと思うけれど、問題の山の最中にいると全体が見渡せないので確かなことは分からない。

 アカザの歩く微かな振動に揺られながら、どこに行くのだろうとまたぼんやりと考えた。

 それはこの夜歩(よある)きのことに限ったものではなく、この先の自分の未来についても含まれた。

 私だってもう時間が経ちすぎていてアリーとシャイラを助けに行くことができないのは分かっている。

 そして運良くあの場面で助かったのなら、私の傍にいないほうが安全なのだ。

 実家にも王城にも帰れない。どちらにも人外の者に汚された私の居場所はないだろう。

 何度となく繰り返した問いをまた考える。

 私はどこに行けばいいのだろう。

 足元を失ったかのような浮遊感は未だに胸の奥で燻っている。実際に抱きかかえられている今は何となくそれがいつもより意識されるけれど、アカザに縋りつくことはしたくなかった。

 そのまま黙々と会話もなく山道を進み、さらに山道から外れて入り組んだ獣道をしばらく進んでいると、どこからか水の音が聞こえた。それに伴い、一段とひやりとした風が微かに傍を通り過ぎていく。

 やがて青々とした葉を茂らせる広葉樹と茂みを抜けると、そこに見たことのない景色が広がっていた。

遅くなりました。すんません。

そして2で終わらせるはずだった夏が終わりませんでした。さらにすんません。(^^;

次は短めの更新になると思います。

シアの微かな心境の変化と知らなかった自分の自覚、そして取り残されていく心許なさなんかを感じ取っていただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ