第2章-4 真実へと至る1
アカザの腕に抱かれて眠りながら夢を見た。
夜毎にいくつも、いくつも、多くの夢を。
夢の中の私はアカザとたくさん怒ってケンカをしていた。
アカザが大嫌いだと言いながら、気付けばアカザの姿を探していた。
うまく、笑えなくて……結局怒っているか泣いていた。
けれどそれは不快なものではなく、むしろキラキラと輝く水晶の欠片のように私の中へと沁み込んでいく。
己の中のどこかに降り積もっていく懐かしく愛しいものを感じながら、私は訳も分からずに時期が来たのだと思っていた。
***
「やらしいッつッたッて、抱きてェ女の前でやらしくなンねェ野郎の方が問題だろうが」
「デリカシーとかというものはないの!?」
「俺が面白れェ限りは必要性を感じねェな」
「~~ッッ!!」
目覚めてすぐに真っ赤になってアカザから逃げ出したものの、あえなくアカザに捕まえられて見た夢の内容を白状させられる。
ここ最近見ている夢がアカザと過ごした一年足らずの間の、抜け落ちていた記憶だと悟るのはそう難しくなかった。
私は夢の中で誰にも認識されずただ起こっていることを見ているだけなのに、その夢の中の私の感覚や感情が実際にその場にいて体験しているようにひどく生々しく感じられるのだ。
アカザに内容を話してみればアカザも覚えがあることもあったりして、アカザに触れる機会が増えたために忘れていた記憶が刺激されて戻ってきているのではないかという結論に至る。
そして話は元に戻り、今日見た夢というのが……私がアカザに奇襲をかけたもののかわされて逆に捕まってお仕置きを受けるという夢で。
お仕置きの内容に関しては口が裂けても言いたくないというのに、がっちりと腕の中に閉じ込められて逃げられない状態になり、アカザの膝に座らされ耳元で妙に甘ったるい脅しの言葉を囁かれながら、微に入り細に入り夢の詳細を語らされるという拷問を受けた。
涙目でヨロヨロとしながらようやく解放された私が苦情を申し立ててもアカザは堪えてもいない。
むしろとても機嫌良さそうでとても腹が立つ。
アカザは私にとても意地悪だ。
「拗ねるなッて。市場に行くンだろ?」
部屋の隅に避難していた私に近づいてきたアカザが笑いを含みながら私の額に触れて、そこにかかっていた前髪をさらりと指先で払う。
「体調は?」
「……大丈夫」
額を合わせて熱を測ってくるアカザにまた頬が熱くなりながら反射のように目を閉じて質問に渋々返事を返す。
夢を見始めてからというもの、私はこの身体になる以前にも増して体調を崩しがちになった。
一番良く感じるのは目眩。
頭の奥が強く痛んで身体の感覚がすっと遠のいたように思うと、いつの間にか倒れたり座り込んだりしている。
だんだんとそうなる頻度が上がって、ぼぅっと熱を持ったように意識に靄がかかったようになることも多くなってきていた。
だからアカザは私を閉じ込めるようにして家から出してくれなかったのだけど、今日はお願いをして一緒に市に連れて行ってもらうことにした。
軽く唇が触れるだけの口付けを感じて、離れていく温もりに目を開くと、朱金の瞳がまだ間近にある。
その瞳の中に真剣な憂慮を見てとって困ったように笑う。
「……本当に大丈夫」
傍にいると示すように手探りでアカザの手に自分の手を重ねると、すぐに反対に大きなその手に包み込まれるように指を絡めて緩く握られた。
どちらからともなく再び今度は少し長い口付けを交わしてから微かに微笑む。
アカザは少しだけ不機嫌そうに溜息をついて、絡めた指が解けて軽く頭をポンと叩かれた。
「温かくしろ」
「うん」
本当は外に出したくないと思っているのを隠そうとせず、けれど昔のように私を無理に閉じ込めたり、私のやりたいことを邪魔しようともしない。
嬉々としてではないけれど、面倒くさそうでも私の願いは大抵叶えてくれようとする。
アカザは私にとても優しい。
寝巻から着替えると厚手のストールを羽織る。
私の準備が整ったのを見て差し出された手に掴まって外へと出た。
少し寒くなってきた空気が頬を撫でていくのが心地いい。
ここは山間にあるにしては結構大きな街らしくて、少し歩くと様々なお店が目を楽しませてくれる通りに出られる。
昼近くになっていて人通りもそれなりにあり、そこかしこから呼び込みの声や道行く人の話し声、荷車の音などが響いてきてとても賑やかだ。
「何か欲しいモンでもあるのか?」
「特には……外に出たかっただけ」
店先に並んだ商品に向けていた視線を隣に並んだアカザに戻して軽く首を横に振った。
はぐれないようにしっかりと握り合わされた手を軽く揺らす。
アカザは私の歩調に合わせて歩きながら、さりげなく私を人ごみから庇ってくれていた。
「どうした?」
「ううん、何にもないわ」
知らず顔が緩んでいたらしくて、アカザに顔を覗きこまれてちょっと恥ずかしい。
ほんの少し前までアカザを殺すのだと思っていたのに、今はアカザと手を繋いで街を歩いているのがとても不思議な感じがした。
思い出せる限りの記憶でしなかいけれど、こんな風にアカザと過ごしたのは出会って以来初めてのことじゃないだろうか。
そう考えると久しぶりに外に出たこと以上に気分が浮き立ってくる。
見慣れない町並みがより一層輝いて見えて、見るもの全てが楽しく感じられ、露店を冷やかしたりしつつ夕食の材料などの他にも干した果物や小さな細工物などを買えば、それなりに荷物が増えてきた。
「そろそろ帰るか」
「うん……」
本音を言えばもう少しこのまま外にいたかったけれど、荷物のほとんどは持たせてくれずにアカザが持っていて、わがままを言った手前もあって渋々頷いた。
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまって、空を見上げれば太陽がだいぶ下に移動している。
夕闇が迫る空の中に静かに双子月が昇り始めていた。
夕日でほんのりと染まり始める空に照らされて、月も微かにオレンジ色を帯びていくような気がする。
オレンジというよりは茜だろうか。
青から黄色を帯びていく月に混じれば、きっとアカザと同じような……。
――……あ か い つ き
「――…キ……ヅキッ……シヅキ!!」
気が付くとアカザに抱きかかえられて名前を呼ばれていた。
「……ッ……」
答えようとして息を吸い込んだけれど、ひゅうひゅうと乾いた音が響くだけで声にならない。
頭の奥が痛みを通り越して灼熱のように熱かった。
山奥の屋敷
赤い月に照らされた庭園
アカザの手にぶら下がる丸いモノ
土に沁み込む何か
眠るアカザの顔
手に触れた温もり
指先に伝わる鼓動
――――わ た し の つ み
ごめんなさい、と声にならない声で呟く。
ただ気絶するのではなく、自分の意識が遠く遠くどこかへと運ばれて行くのを感じながら、涙が頬を滑り落ちたのを最後に覚えていた。