第1章-2 彼の事情
残酷な暴力描写が出てきます。嫌いな人、十五歳以下の人、及び現実と妄想の区別がつかない人はブラウザを閉じて下さい。
重く湿った黒い土をザリッと音をさせて踏みしめる。
濡れた土の臭いは次第に鉄錆の臭いを含み、周囲の空気をじっとりと澱ませた。
まるでそれは足元に転がる無数の骸が、無くした声の代わりに発する怨嗟の訴えのように。
だが例えそうだとしても俺は髪の毛一筋ほどの痛痒も感じやしないが。
不出来なパズルのように解体され地面に転がる部品の1つを蹴っとばして嘆息する。
「手応えねェなァ…」
ぼやいて半眼になる。
仮にも軍属ならもう少し楽しめるかと思ったが肩透かしだった。
殺戮が好きか嫌いか問われれば別にどっちでもないと答える。
こんなに手応えのない殺戮はただの作業だ。
反発しない程度には好きで、面倒だと感じるくらいには嫌いなのだろう。
ただ始まりの闇から分かたれた同胞の中でも俺がこういった作業に一番向いているのは事実かもしれない。
周囲の空気がすっかり澱んで地面にたっぷりの血と、最大限に引き出した苦痛と恨みが染み込んだのを感じると、とりとめない思索を一旦打ち切る。
今いる国境沿いに設けられた聖堂の中の1つはそれなりに広いが、内装は特に豪華に整えられているわけじゃない。
綺麗にレリーフが刻まれた壁面を除けば地面などは剥き出しでむしろ貧弱だ。
その剥き出しの地面いっぱいを使って大輪の1つの花を描くように白い…否、元は白かったタイルが線を刻む。そしてその中心に地面から直接生えるように巨大な鉱石が突き立っていた。
ちょうどその真上、聖堂の中心だけガラス張りになっている天井から差し込む双子月の光を受けて、その鉱石はキラキラと虹色に輝く。
半透明のそれ…要石は澱んだこの場の空気に反発するように月光を吸ってより輝いた。
「無駄だ」
こみあげた感情のままに嘲るように笑う。
意識すれば自分自身が広がるように、不自然に濃密な闇がすぐ傍らにあった。
ざわめくそれを従え骸を踏み付け要石に向かって歩を進めれば、要石が俺を激しく拒絶して聖堂内をバリバリと音を立てて雷撃が舞う。
チッと頬を鋭く走る痛みに続いてぬるりと血が頤へと滑り落ちていくのを感じた。
だがそれだけだ。ほとんどはたちまち俺の周囲から立ち上った貪欲な闇に喰い尽され消える。
「無駄だッつッてんだろ。未だに寝ぼけてる上にこんだけ地面も汚してやッたんだ。元々ここも長くマトモに整備されてねェだろ。力が出るわけねェ……愛されてねェなァ、神様?」
戯れに語り掛ける間も光を喰うように闇が要石に近づく。
必死に逆らう光が荒れ狂い、瞬間的に嵐が巻き起こった。
だが次第にその光も弱々しく点滅するのみになってゆき、元々は乳白色だった石はたちまち薄灰色から漆黒へと色を変えた。
そして完全に光沢のない黒に染まると、パキンと頼りない音を響かせて粉々に砕け散った。
それを見届けて微かな疲労にやれやれと項を撫でる。
「行くか……ッな!?」
終わったかと思った瞬間、微かな違和感が感覚を霞める。
それを裏付けるように、血濡れて用途をなさなくなったはずの、地面に描かれた花の陣がまばゆい光を放った。
「…ッあ゛ァアあぁああ!!」
油断した隙を突くように発動したカウンタートラップに、さっきとは逆に力を削がれ苦痛が喉を破るような声になって響いた。
***
天上の花天の座からカナルへ道が開いたのを感じたのは数ヵ月前のことだった。
道が開けて花が顕現すれば、花に釣られて大陸に眠る光の本体が目覚め結界が緩む。
俺や俺と同じく光によって切り裂かれた源初の闇の欠片達は、光を消し去りたかった。
それがこの世界の崩壊を意味し、俺達の自我の消失を招くと知ってしても。
本来は原初の闇の一部でしかない俺に本当の名前はないが、強制的に与えられたこの自我を便宜上でアカザと名付けて生きてきた。その結果である今の自分が嫌いな訳じゃない。
生きていてそれなりに楽しいし、長い時間の中で面白い人間にも何人か会えた。
だが駄目だった。
ふと気付けば俺の存在の根底で喪失感がうずく。
始まりの闇に還りたいという願いが消えない。
還りたい。
あの混沌の中に…。
やっとヒーロー氏が登場です!しかし名前がまだ出てこない!(爆)
そしてこいつ非常に書きづらい…
投稿遅いのに短くてすみませんm(__)m
感想などお待ちしてます。
2010/05/31
改稿して名前出しました。