第2章-3 ぬくもり1
性的描写が含まれます。15歳以下の方、及び妄想と現実の区別のつかない方、生理的に受け付けない方はブラウザバックするかブラウザを閉じてください。
ちなみに今回は長く2話分の文字数があります。
「――……ッ!」
がくん、と操られたように体が跳ねて一気に意識が覚醒する。
それはまるで外れていた神経が一度にすべて繋ぎ直されたかのような衝撃だった。
激しく鳴り響く心臓の音と、先ほどの衝撃で指先の神経からジワリと広がる緩い痺れ。
いつの間にか見覚えのない家らしき場所の畳の上に敷かれた布団に寝ていて、周囲の暗さで今が夜だと知れる。
一瞬、まだ夢の中にいるのかと思ったけれど、それにしては触れる布団の感触や温もりが現実味を帯びすぎていた。
あたりは静まり返っていて誰の気配もない。
誰も……
「――……ッアカザ!」
一気に倒れる前のことを思い出して跳ね起きて、その唐突さに目眩を覚えて目元を手で押さえる。
なぜ見知らぬ場所で寝ているのか分からなかったけれど、目眩が完全に収まる前に立ち上がって出口へと走っていき、扉を開いて廊下に出た。
「アカザ!?アカザ……!」
廊下を走りながら手当たり次第扉を開いて彼の姿を探す。
夜になって気温が下がったのか、薄い着物一枚だと温かいこの地域でも肌に触れる冷気に肌が粟立った。
それを無視して慌ただしくアカザを探すけれど見つからない。
そうこうしているうちに無視できないほどズキズキと頭が痛み始め、喘いで廊下の隅に膝をつく。
「私、前にもこんな風に貴方を探した……?」
返ってくる返事のない問いかけが静かな廊下に響く。
痛む頭以上に胸が痛くて泣きたくなる。
何も分からないのに、いつだって私の心を強く揺さぶるのはアカザのことばかりだった。
憎しみだと思っていた胸の中で激しく燃え盛るこの感情の名前を私は知らない。
ふらつく足を立たせて玄関らしき場所へと向かう。
外に出ると少し離れた場所から騒がしく陽気な複数の人の声が聞こえた。
一緒に流れてくる祭囃子などから、何らかのお祭りが開かれているのかもしれない。
そちらに向かって小走りに道を往く。
やはり何かのお祭りをしているのかだんだんと周囲に人の姿が多くなり、露店のようなものもちらほらと見えるようになった。
この中にアカザもいるのかもしれないと思うけれど、近づくにつれて広場の中心に大きな篝火が焚かれているのか分かって尻込みをする。
火の気は今の私には致命的だと、誰に説明されたのでもなく目覚めた時から本能で知っていた。
轟々と燃え盛るその勢いに息を呑む。
それでも炎を遠巻きにしつつ人の波の中に入って特徴的なあの緋色を探し始めた。
「アカザ…!」
そう身長が高いわけでもない私は人に埋もれそうになりながらアカザの名前を何度も呼ぶ。
「アカザ!」
見つからない姿に胸が張り裂けそうな気持ちになった。
自分が裸足だったことも、小石で足を傷つけて血が流れていたのにも気づかなかった。
「アカ……きゃッ!?」
「気をつけろ!」
余所見をしていたために人にぶつかって突き飛ばされる。
体勢を整えようとしたところで新たな人波に巻き込まれて面白いように流された。
非力な私はそれに逆らえないまま押されて放り出され、転んで地面で膝を擦り剥いてしまう。
けれどその痛みよりも先に背後でぱちりと弾ける音にびくりと体が震えた。
火傷するほどではないけれど、確実に火の粉が舞い込むような距離に篝火が燃え盛っている。
小さな火ならともかく、こんな大きな火の傍にいて背中に暑いくらいの熱を感じているだけで喉の奥がカラカラになっていた。
色々と変化しているとはいえ、今の私の体の基礎が植物だということは誰に言われるでもなく理解している。
それはおおよその人が生まれた時から手足の指がそれぞれに5本ずつあるとか、年月が過ぎたら爪や髪が伸びるとか、疑問に思わないような類の確信に近い。
だから寒さに弱いし、火の気配がこんなにも恐ろしい。
離れなくてはと思うけれど、足が震えてうまく立てない。
「誰か……」
辺りを見回しても誰もかれも祭りの気配に浮かれ騒いでこちらのことなど気にもしない。
助けを求めて植物の声を探ろうにも動揺しすぎて意識が集中できなかった。
こんなにも人はたくさんいるのに私は独りだった。
唇をぐっと噛み締めて俯く。これくらいで泣きたくない。
「――……何やッてンだ?」
呼吸を詰めていた私の上にふっと影が差す。
特徴的な声と喋り方に顔を上げるとアカザが私を見下ろしていて、顔を上げた私に思い切り顔を顰めた。
「なんて顔してンだ」
抵抗など考える余地もなくアカザの腕が伸びてきて、ヒョイと軽々私を腕に抱き上げる。
それだけで不思議と変わらず後ろで燃え盛る炎への恐怖が和らいだ。
顔、と言われて自分の頬に触れてみるけど良く分からない。
だからそれには答えずに逆に問いかけた。
「どこに行ってたの?」
ぐったりしてその腕に身体を預けたままアカザが歩き出されて、先ほど来た道を運ばれる。
あやすような振動が心地よくて心が緩むと、また目覚めた時のようなぐちゃぐちゃした感情に息苦しさを感じて吐息が喘いだ。
「要るモンとか買いに」
そっけない口調に理不尽と分かりつつも腹が立つ。
「また探さなきゃいけないかと思ったわ」
声が情けなく震えた。
胸の痛みに顔を歪めるとアカザもバツが悪そうに顔を顰めた。
「……別に逃げ隠れしやしねェよ」
アカザが辿り着いたさっきの家の扉をものぐさに足で開いて足で閉める。
玄関先に座らされそうになり、離されそうになった腕にとっさにしがみついた。
「逃げねェって」
「……」
苦笑しながら離すように促して身体を軽く揺すられるけれど手は離さない。
ため息をひとつついて諦めたのか、靴を脱ぐとアカザはそのまま家の中へと進んだ。
最初に寝かされていた部屋に戻ると、私に腕を掴ませたまま布団の上に座らせようとしたけれど、自分でも予想外なくらい身体に力が入らずにぐにゃりと身体が揺れてそのまま倒れこみそうになる。
「おッと……なンでこンななッてんだ?」
「火に……当てられて」
慌てて腕を伸ばして私を支え直しながらアカザが少し厳しい顔になる。
その視線から逃れるように視線を動かすと近くのテーブルに水差しとコップが置いてあるのを見つけた。
「水……」
それに気付いた途端に喉の渇きを思い出して喉が鳴る。
「これか?」
気付いたのかアカザが手を伸ばして水差しを取り、私の前で軽く振って見せた。
ちゃぷんと鳴る水の音に喉の渇きが強まり、水差しに向かって手を伸ばす。
「ちょっと待て」
アカザが悪戯を思いついたように私の手から水差しを遠ざけ、水差しから直接水を含むとそのまま私に顔を近づけた。
「ん、ん…ッ!?」
重なった唇を拒否しようとしたのは一瞬……唇に触れるあまやかな水の気配に目をとろりと潤ませ、唇を開くと舌がチロリとアカザの唇をなぞり、水を舐め取った。
口移しに口腔に流れ込んできた水は、微かにタバコの味がして苦い。
けれどそれに構わず口の端から僅かに水を零し、頤へと滴らせながらごくり、と喉を上下に動いかしてそれを嚥下する。
身体に染み渡るような水の感覚にほぅっと息を漏らすのと同時に、「もっと」と強請っていた。
アカザがかすかに笑いの気配を滲ませながら、新たに水を含んだ唇を再び重ねてくる。
流し込まれた水を飲み込むのを待ったようにアカザの舌が割り入ってきて私の舌を掬い上げて絡めてきた。
「んぅ……、ゃ……ッ!!」
柔らかくて温かい舌が口腔の中を傲慢に這い回る。
水だけではない濡れた音が響いて、鏡を見なくても頬が熱いのが分かった。
柔く唇を甘噛みされて舌先で撫でられるとうなじから背骨にかけてぞわりと何とも言えない感覚が広がっていく。
しっかりと背中を支えて抱き寄せる腕の何とも言えない安心感にゾクゾクとした。
突き放そうと思ってアカザの胸に添えていた手がいつの間にかすがるように服地を握りしめていて、擦り合わされる唇から伝わる甘ったるい痺れにぴくんと指先が震える。
「ん、く……ふ……ぅ、ぁ、は……ッ」
混じり合った唾液を飲み込み息苦しいほど長く執拗に続いたキスから解放されて、お互いの唇の間にうっすらと唾液の橋がかかった。
それが唇に落ちて外気に冷やされひやりとする感覚にさえ肌の下で何かがざわめく。
知らず閉じていた瞼を持ち上げれば、私を見下ろす朱金の瞳には見間違いようもなく欲情が宿っていて、その事実に頭の芯が甘く痺れた。
「シヅキ」
耳元に囁かれる甘ったるい声に胸が震えて目じりに涙が浮かぶ。
「――分からない……」
どうしてこんな気持ちになるのか。
少し乱れた息で喘ぐように囁くと、アカザが再び私の目に視線を合わせた。
「――記憶がほとんどないの」
アカザが軽く目を見開いた。
「目覚めたら貴方の事だけ覚えてた」
ギュッとアカザの胸元で握りしめていた手を解いて、アカザの頬に伸ばして確かめるように触れる。
「貴方を思うと胸がぐちゃぐちゃでよく分からなくて、ただ探さなきゃって思って」
緩くアカザの頬を撫でた指先がアカザの指先に囚われた。
「国を滅ぼした人の中に貴方がいたと知って、この気持ちは憎しみなのだと思った」
喋りながらどうしようもなく胸が強く震えて声も情けないくらい震える。
アカザが刃物で刺されたように顔を歪めた。
「けれど違ったの……?」
触れあった指先がどちらからともなく動いて絡まり、きゅっと強く握り合わされる。
たったそれだけの行為に例えようもなく歓喜に震えるこの心の名前を、私はもう知っているような気がした。
「――私は、貴方のことが、好きだった……?」
この気持ちに溢れだす涙を、声に混じる嗚咽を止める術を私は知らない。
繋ぎ合わされた手からアカザが震えたのが伝わった。
息さえ詰めて、実際には数秒でも永遠とも思えるような間を待つ。
「――俺は、以前にお前が本当は俺をどう思っていたかなんて知らねェ」
ようやっとその唇から零れたアカザの声も、微かに震えていたと思ったのは気のせいだろうか。
「だが今はどうでもいい」
涙をあふれさせる私の目尻にアカザの唇が傷つけるのを恐れるように優しく触れて、滴を吸い取った。
「――……今はただ、愛させろ」
希うかのようなその声に私は再び瞼を下ろし、また触れあう唇とともにアカザと褥に落ちた。
糖度をもりっとあげてみましたがどうでしょうか。
話の切れ目が分からずに結局2話分を1話で上げています。ここまで読まれた方お疲れ様です。
さくさくさく~っと続けたい所ですが明日から再び更新速度が落ちます。
でも先は見えてきたので、のんびりと完結までお付き合いくださると嬉しいです。
評価、拍手、感想などは作者の栄養です。宜しければお願いします。