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紫闇朱月  作者: もにょん
第2章 闇に包まれる月
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第2章-2 代償2

 目を開くと目に痛いほど白い空間が広がっていた。

 どれくらい広いのか果てが見えず、落ちそうな感じはしないけれど天地の区別があるのかさえ定かではない。

 いつの間にかそこに立っていて、ぼんやりとその空間のあるかも分からない果てを見ていた。

 全然知らないはずなのに、なぜだか前にもここに来たことがあるようなような気がした。

「気のせいじゃない、お前はここに来たことがあるよ」

 私の思考を読み取ったように誰かの声が響く。

 振り向くといつの間にかそこに全身真っ白な人が佇んでいた。

 すらりと細身で背が高い。

 アカザも随分と上背があるけれど、アカザと張るかもしれない。

 けれどその非常に整った容貌はひどく中性的で、女性というには凛々しすぎ男性というには柔らかく、どちらなのか判別が付きにくい。

 銀色の瞳と白い髪に白い肌、白いゆったりとした装束と白尽くめのせいか、この白い空間に溶けてしまいそうだ。

「久しいな。といっても、私はずっとお前を見ていたが」

「――あなたは誰?」

「私はお前。今はな」

「あなたが私?」

「そうだ。正確には、お前が私なのだがな」

 意味のわからなさに顔を顰めると、その人は楽しそうに小さく笑い声を立てた。

「まだ思い出さなくても構わない。遠くない先で知れることさ」

 口の端に笑みをたたえたまま私を指差してくる。

「そう、もう遠くない先のことだ。残る時間はさほど長くない。すでに起こった事象は覆らず、私もまた神ではなく、永遠は霞のようなものでお前の支払える代償では掴めない。そして二度目は、ないのだよ」

 その意味などまるで分からないのに、歌うように語るその人の言葉にブルリと身体が震えた。

 その様子に再びその人は笑みを深めて優しく私の頭を撫でる。

「そう怯えることはない。本当にすぐに時間が尽きるわけではないのだから。可愛い私の娘、お前が真実私の元に戻る日を待っているよ」

「娘?どういうこと?」

「そのままの意味さ。ああ、そうそう……種は順調に育っているよ」

 全く話が通じていないのに、その人は全く気にする素振りがない。

「さぁ、もうお戻り」

「……ッ!?」

 とん、と伸びてきた手に軽く肩を押されてよろめいた。

 それと同時に足場の感覚が唐突に消える。

 この空間から弾き出される予感にその人へと手を伸ばした。

「待って、まだ……ッ!」

 教えてほしいことがあるのに。

 知りたいことがあるのに。

 言っていることの意味は全く分からないはずなのに、与えられた言葉に強い焦燥が湧き上がっていた。

 けれどその人と私の間はどんどん離れて私はどこに続くか分からない場所へ落下していくしかなく、私はそのまま白い闇に包まれて消えた。

 

 ***

 

 夢を見た。

 夜の闇の中にいくつもの小さな光が舞い踊るように浮かんでいた。

 とても静かだと思っていたのに、耳を澄ませば様々な音が溢れていたのだと知る。

 風がかすかに湖の水を揺れ動かせて岸に打ち付ける音。

 手首に付けられた小さな鈴の音。

 それから柔らかく響く隣のアカザの説明してくれる声。

 世界が美しいことは知っていた。

 けれどその美しい場所に自分は混じれないのだと思っていた。

 邪魔な異分子のように身の置き場のない私に差し出された優しい手が恐ろしかった。

 見ないふりをしていた自分の傷を見せつけられれば、もしその手を取ってまた振り払われれば、立っていられるか分からなかった。

 だから先に振り払おうとした私を、けれど彼は優しく包み込んだ。

 どうしてだろう。

 夢の中の私と今の私の声が重なる。

 

 貴方はどうして私に優しいの……?

 

 ***

 

「掻き回されて楽しいですか」

 目覚めて一番に不機嫌そうに言われた麗人は苦笑して肩を竦めた。

「一応私なりの気遣いなのだがね。このままタイムリミットでは楽しくないだろう」

「悪趣味も極まれりですわ。あの子も苛められて可哀想に」

「お前は随分とあの子の肩を持つな」

「当然ですわ。あの子は西の最後の神依りの娘、天地に分かれたわたくし達の片割れ。そもそも西の大陸があなってしまった今、本来ならわたくし達が手厚く保護をするべきですのに、あの闇になど近づけさせるなど何をお考えなのです」

 厳しい顔で睨みつけてくる女ににこりと柔らかく頬笑みながら麗人は「何も」と答えた。

「それよりも種の調子はどうかな?」

 はぐらかすような問いかけに不満そうに顔を顰めたものの、主に忠実な女は求められた答えを返す。

「……依然、多少不安定な弱さを消し去ることは出来ませんが、生育自体は順調ですわ。芽吹きもいましばらくすれば叶いましょう」

「そうか。それで、何が芽吹きそうかな」

 楽しげに尋ねる声に溜息を零し、少し躊躇ってから女が答えた。

「――恐らくはゲツライコウになりましょう」

「ほう……月夜に咲く花、か。なるほど、似合いだな」

 身を横たえていた長椅子の傍、美しく装飾された台座に据えてある水盤に手を伸ばせば、ゆらりと水盤に注がれていた水が揺れて映像を結ぶ。

 水の中で幾重にも絡まった睡蓮の根と茎が球体を作り、その中に揺れる淡い小さな光が鼓動を刻むように点滅していた。

ゲツライコウ(月来香)=月下美人 です。

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