第2章-1 再会4
何を言われているのか少しの間分からなかった……どうしていいのかも。
見殺しにされたと怒るべきだろうか。
それほど執着されていたと喜ぶべきだろうか。
どちらも正しくないような気がする。
けれど胸がひどく痛かった。
悲しいのだろうか。
悲しいのなら何が悲しいのか。
殺したいほどに嫌っている相手に助けられたかったのだろうか。
ゆっくりと緩められた腕の中から少し離れて、特徴的な色合いの瞳を見上げる。
「……私が沈んでいくのを見るのは楽しかった?」
混乱したまま思い浮かんだ言葉を口にすれば、自分の言葉でざっくりと胸の奥のどこかが切りつけられた。
どうしてこんな気持ちになるのだろう。
「……あァ、とても」
返ってきた言葉に反射的に振り上げた手が高い音を立てた。
ジン、と響いた掌の熱さを気にすることなく反対の手を振り上げて、もう一度反対の頬を打ってやろうと思った手は途中でアカザに掴まれ阻まれる。
「2度はねェよ」
苦笑しながら見下ろすアカザがひどく癇に障る。
掴まれた腕を引いてみてもびくともしないのに、痣が残らないように慎重に力を込めていると分かってしまうとさらに。
「――…俺に近づくな」
「あなたに指図される覚えはないわ」
「違う、その方がお前のためだッつッてんだ」
怪訝そうな顔をしたのだろう私に、アカザが苦笑を深める。
「今度こそ離さなくなるぞ」
向けられる朱金の瞳に宿る危険な熱にゾクリと肌が粟立つ。
体温がむやみに上がって、心臓の音が途端に速く強くなった。
「言っている意味がわからないわ。手を離したのは…貴方でしょう」
その強い雰囲気に飲み込まれそうになるのを誤魔化すように声を絞り出す。
「そう…だったなァ」
アカザの目が何かを堪えるように閉じられて微かな溜息をこぼす。
どうしてそんなに悲しそうなのかが分からない。
アカザのそんな顔を見ていると胸が重苦しいもので満たされていく。
「――…シヅキ?」
問いかける声と指先の感触でハッと我に返ると、自然にアカザに伸びていた手がアカザの胸に手が触れていた。
慌てて離れると羞恥に顔が赤らむのが分かる。
それを隠すように俯けば、ちょうどよい具合に髪が横顔を覆ってくれた。
「……いまさら、よ。どちらが先かなんて」
自分に言い聞かせるように呟く事実に、跳ね上がった心臓がゆっくりと元に戻っていく。
そして意識して呼吸を深くお腹の底まで吸い込むと、周囲に溢れる自分と同じモノの意識を探った。
身体の奥底で感覚が繋がる。
何度繋げても、いつも初めのその瞬間だけは奇妙な感覚を覚えた。
ひどく落ち着くような、けれど受け入れがたいものに侵食されるような。
その違和感を無理やり捻じ伏せて、気づかれないようにアカザから一歩下がった。
そして繋がった意識と意識の道を通じて自分の意思を伝えると、ざわりと周囲の緑が揺れる。
「何だ…?」
変化を感じ取ったアカザが眉を潜めるのと同時に、周囲の草が異常な早さで成長して私とアカザの間を隔てた。
草が跳ね上げた短剣を掴んでさっきとは逆に前に踏み込むと、アカザに向かって突き出す。
向こうからこちらが見えない代わりにこちらも向こうの姿が見えなかったけれど、剣をつかんだ指先に何かを引き裂くような感覚が伝わる。
ただしその間隔はひどく小さい。
すぐにざっと草が闇の刃に引き裂かれて視界が開けて、再びまみえたアカザの腕に浅い傷が走っていた。
「ぁ、や…ッ!」
すぐに引き戻そうとした腕を掴まれ、そのままたやすく短剣の刃がへし折られる。
すぐにまた植物に働きかけようとした瞬間、アカザの影から伸びた無数の闇の刃が私の喉元に突きつけられ息を呑んだ。
「無駄だ。お前には俺を倒せねェ」
苦笑が滲むアカザの顔に、本当に彼が手加減をしているのだと分かる。
「諦めろ。お前には向かねェよ」
諭すようにやさしく言う口調にカッとお腹の底が燃え上がるような激情がわきあがった。
「簡単に言わないで!」
叩きつけるように怒鳴ってアカザを睨みつけると、アカザが少し驚いたように目を瞬かせる。
「私がどんな思いであなたを探していたか知らないくせに!」
大声を出した勢いのせいかズキリ、と頭の奥が痛む。
「何も分からずに目覚めてから、あなたのことだけを考えてきた!」
構わずに言葉を続けると頭痛がひどくなっていく。
――……を無くしては……
頭の中で誰かの声が響く。
「あなたに全てを奪われた」
頭痛を振り切るように身を乗り出すと喉に浅く闇の刃が刺さって、その痛みと生ぬるく肌を伝う血の感触を感じた。
――……憶は……の記録と……跡……
わぁん、と頭の中で反響するような声に頭痛がひどくなって吐き気さえ覚える。
けれど私はアカザから視線を外さないまま、彼だけを見つめていた。
「――だから、あなたの命くらいは私が奪うの」
――……もし……て……ったなら…………与えてやろう……
視界がぼやけてふらりと体が傾ぐ。
遠ざかる意識の中で、誰かに力強く抱き止めれたような気がした。