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紫闇朱月  作者: もにょん
第2章 闇に包まれる月
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第2章-1 再会1

第2章開始です。

花降る~…のネタバレが多少含まれますので、一緒に読んでくださっている神様な方は注意です。

「もし……て……ったなら…………てやろう……」

 高いのか低いのかよく分からない、けれどとても美しく響く声が優しく語りかけてくる。

 私を愛玩動物でも見るような目で見下ろし楽しげに微笑みながらその人は優雅に首を傾げた。

 その人が神様なのか、魔王なのか、私には判断が付かない。

 けれど結局、そんなことはどうでも良かったのだ。

 だから私は………………


 ***


 山の麓にある小さな狩小屋で目覚めて、頬を伝う涙に気づく。

 とても悲しい夢を見た気がした。

 内容は覚えていないけれど、それはいつものことだった。

 時折思い出したかのようにそんな夢を見ては苦しくて悲しくて泣きながら目を覚まし、そして決まって胸が締め付けられるような焦燥感に襲われる。

 早く、早く、見つけなければ。

 自分の中で誰かが叫ぶように急かしてくる。

 初めは何を見つけなければならないのか分からなかった。

 何しろ初めてその夢を見て目覚めた時、私は自分の記憶の何もかもを失っていたのだから。

 そう、私は目覚めたばかりの時、正真正銘の記憶喪失さんだったのだ。

 けれど自分が何が出来て何が出来ないのかはぼんやりと感覚でわかったし、暫くするとだんだんと色々な記憶が戻ってきた。

 それは何か分かりやすいきっかけがある時もあれば、まったく唐突に閃いたように思い出す時もあった。

 そうして目覚めてからしばらくしたある日、私は何を見つけなければならないのかを知った。

 通りがかった村で聞いた西大陸で起こったことの話。

 西大陸が2つに裂けたこと。

『大結界』が出来た負荷でかつてのカナルの地がなくなってしまったこと。

 クラウス陛下もその時に亡くなってしまったこと。

 そしてその混乱の最中に、幾度も赤い髪と朱金の瞳の妖が目撃されていたこと。


 朱金の禍月を瞳に宿す男。

 私を攫い辱め故郷を奪ったあの妖を見つけ出し葬り去るために、同じ妖に身を堕として私は死の淵から戻ってきたのだと。


 ***


 西部大陸と南部大陸の間には大小無数の島が存在する。

 西部大陸に『大結界』が出来て人外の者が西部大陸に足を踏み入れられなくなった後、西部大陸から流入した人外の者の多くがその島に潜むようになった。

 かくゆう私もその中の1人で目覚めて以来、島から島へウロウロとする生活を続けている。

 人里で暮らすこともあれば、森の中で暮らすこともあった。

 腐ってもお姫様育ちで生きていく術などほとんど何も知らなかったけれど、人里で暮らす際には教養として学んでいた裁縫や染色の技術に心から感謝した。

 一晩泊り込んだ森の中で摘んだ染料を入れた篭を手に街の門へと向かう。

「おかえり、シヅキ。結局泊り込みだったのか?」

 顔見知りの門番に声をかけられ、戸惑いながら頷く。

 無意識に顔が強張ったのがわかるけれど、直し方がわからない。

 そのまま門番に視線を向けると、門番はたじろいだように視線を泳がせて愛想笑いを返してきた。

 自分の容貌がどちらかというと怜悧で、さらに愛想がないために恐がられるというのは自覚している。

「…朝露が付いている頃に摘まなきゃいけないから。また頼むと思うわ」

 零れそうなため息を押し殺し、単調な口調で必要なことだけを口にすると門を潜り抜ける。

 わかってはいても巧い愛想笑いなど何年経ってもできない。

 おかしくもないのに笑おうと思うと口の端が引きつってしまうし、そんな不気味な表情は浮かべたくない。

 だからこればかりは才能がないと言えるレベルだと諦めている。

 門のすぐ傍には早々に朝市が開かれており、街道近くにあるこの村のそれはそれなりに賑やかな様相を呈していた。

 この村落に来てから数ヶ月ほどになるが、島の中でも南部に近いこの地域は気候が温暖で、私にとって比較的暮らしやすい。

 もともとは寒い場所で生まれ育ったのに、寒さが苦手というのもおかしな話かもしれないけれど、妖になってからの属性のせいだから私にはどうしようもない。

 気候を選んで旅をしているわけではないけれど、肌に合う気候はやっぱり嬉しい。

 あの男の噂の欠片を探して渡り歩いている中では、北の僻地まで行ったこともあった。

 雪で身動きも取れないし、結局うわさ自体も間違いだったし、妙な事態に巻き込まれたりで散々だった。

 嫌なことを思い出したと溜息をつき、止まりかけていた足を動かす。

 早く家に帰って染料を潰さなければ、一晩を森で明かした苦労が水の泡になってしまう。

 けれど私の足が家に向かって動くことはなかった。

 顔を上げて再び見た市の通りを横切る赤い色。

 人ごみに紛れるように一瞬だけ見えたその色合いに息さえも詰めて立ち尽くす。

 忘れることも出来ず、間違うはずもないその色彩。

 探して探して、けれど何年も見つけられなかったその姿に、一瞬の後私は考えるより先にその色を追って駆け出した。


 ***


 血の色のように鮮やかな赤い髪を覚えている。

 それは印象的な禍月のような朱金の瞳と対になって持ち主の性質をよく現していると何度も思った。

 おしゃれではなくただの怠惰で伸ばしていたその髪をボサボサのまま適当に項で括っていた。

 男の長髪が嫌だとか珍しいとかそういったことはなかったけれど、そのだらしない格好が嫌で堪えきれなくなり、怒鳴りながら何度かその髪を引っつかんで整えたことがある。

 その色を何度も追いかけた。

 ある時は憎みながら。

 ある時は怒りながら。

 ある時は泣きながら。


 ***


 森の中の獣道を足早に進む。

 耳を澄ませば風や木立のざわめきに混じって、精霊たちの声が聞こえてくる。

 人でないけれど自分で形を取れるほどの力はない彼らは、特にこんな森の木々に宿る者達は私に近い存在だから、聞き取ろうと努力さえしていれば囁きくらいは拾い上げられる。

 人外の者らしく気まぐれでいつも聞きたいことを聞かせてくれるわけじゃないけれど、今は私の知りたいことがすぐに耳に届いた。


(あかい 闇の人)


(湖)


(恐い)


(待ってる)


(気づいているよ)


(気をつけて)


 ――精霊たちが怯えている。

 気持ちはわからなくもない。

『あれ』は闇だ。

 夜眠る時に訪れる穏やかな闇じゃない。

 侵食し奪い屈服させ蹂躙する、そんな闇だ。

 近づくほどによくわかる。

 まだ森の奥深くではないから朝のこの時間は木漏れ日で明るく爽やかなはずなのに、粘つくように重たい圧迫感が体にのしかかってくる。

 まるで自分から罠に入り込んでいくような錯覚に陥って軽い眩暈を覚えた。

 体は行きたくないと訴えてくる。

 でもそれとは逆に心は把握しきれないくらいの感情が溢れては先へ進めと急き立てる。

 そして一瞬、眩暈が強まって視界が真っ暗に染まる。

 それはとても不思議な感覚だった。

紫月は絶賛勘違い迷走中です。(笑)

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