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紫闇朱月  作者: もにょん
第1章 少女と妖
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第1章-6 さらに冬を経て4

精神的に辛い要素が含まれます。幸せじゃないとだめ!という方はブラウザバックでお戻りください。

 アカザの手が持ち上がり、頭に近づいてきて、思わずビクッと震えた。

 慌ててアカザの首に当てがったままの両手を離す。

 私の涙に濡れた頬に手が宛がわれて、目元をなぞる親指を雫が伝い落ちた。

「――初めは、ただ面白いと思ッて攫ッたンだ。必死に折れないようにしてるお前を折ッてやッたら、どうなるだろうかッてなァ」

 唐突な話に目を瞬かせ、それが出会った時のことだと気付くときゅっと唇の合わせに力が入る。

 私に傷つく資格などない。それにもとより、興味本位だったことは分かっていたことだから。

「でも知ッていくほど突き放せなくなッた。お前、俺から見ても歪ンでたからな。心の中に詰めるモンの何もかもに飢えてて、欲しい、欲しいッつッて泣くのに、何でかお前、いッつも最後には自分の少ないモンを相手に与えようとするンだ。馬鹿みてェに自分よりも他者を優先する」

「……泣いて、なんか、ないわ」

 そんな風にアカザの前で泣いた覚えなんてない。

 しゃくりあげる喉をなだめながら答えると、アカザが苦笑してため息をつく。

「夏に、熱出して倒れた時のこと覚えてッか?」

 言われてから、思い切り八つ当たりしたことを思い出したけれど、八つ当たりの内容は詳しく覚えていなかったから曖昧に頷いた。

「あんまりに泣くから、そんなに苦しいなら殺してきてやろうかッて俺は訊いた。それですっきりすんなら、面倒だけどヤッてやッかくらいの気持ちで。そしたらお前、違う、愛して欲しいだけだッつッたんだ」

 おぼろげな記憶を探ってみても、言ったような言ってないような気しかしない。

 態度にもそれが現れていたのだろう、アカザはおかしそうに微かに喉を震わせた。

「変なヤツだと思ッた。お前そンだけ貪欲なくせに、根本的に人を恨めるように出来てねェ。血縁も、俺のことも、本来ならどれだけ償われたって嫌いきるだろうに、お前はそれが出来ねェだろ」

 こどもみたいだとまたアカザが笑う。

 けれどほのかな月光の光だけで私を見つめる朱金の瞳にはいつもの柔らかな光ではなく、疲れたような鈍い感情が浮かんでいた。

 少しずつアカザの声が熱を帯びる。

「俺は欲しいものは奪って手に入れてきた。それが俺の『核』だかンな。でもお前がそんなんだから、お前のことは奪うんじゃなく満たしてみたくなった。お前の望みを全部叶えて、そンで笑ってくれンなら、ずっと続いてる俺の乾きも満たされるかもしれねェって何でか思ッた。…でも俺じゃだめだ」

 紡がれる言葉がジワジワと胸に染みて、アカザの想いを知って息苦しいくらい嬉しいのに、私とは逆にアカザの声からも表情からも言葉を綴るほどに熱が抜けていった。

 何をどう言ったらいいのか分からなくて、違うと示すように必死で頭を横に振ったけれど、私の涙を拭っていたアカザの大きな手もゆっくりと私から離れていく。

「閉じ込めて愛しても、お前は満たされねェ。お前は俺だけを、選ばない。……泣くな、シヅキ。もう開放してやるから……」

「そんなこと……ッ、……開放?」

 わけが分からないまま何よりも先に否定の言葉を告げようとするけれど、アカザの言った開放という言葉の意味を捉えかねて思わず聞き返した。

「あァ…ここをお前の父親に教えた。すぐには無理だろうが、待ってれば迎えに来るだろう」

 それは嬉しい知らせのはずなのに、私に胸に突き刺さるような痛みをもたらした。

 アカザの言葉をよく考えてみれば、アカザは私がアカザを排除しようと動くことを予想していたのかもしれない。

 それでもアカザは私の傍にいた。いてくれた。

 私の行動を予測しながらも、信じていてくれたのかもしれないと思い至って、両手に蘇る先ほどの感触にぶるりと戦慄する。

 

 なのに。

 私は。

 アカザを、この手で……。

 

「アカザ……ッ!」

「余計なモンもいねェ、父親とも多少マシに向き合えるだろ」

「ッ、アカザ!」

 突きつけられていく事実にまた涙が零れた。

 地面に転がるお義母様の首。アカザの言った『譲れないもの』が、本当は何なのかを悟る。

「幸せになれ、シヅキ」

 アカザが頭を寄せてきて、微かに触れ合う唇に涙が染みる。

「アカザ、聞いて……」

「お前は自由だ」

「お願い、アカザ……ッ!」

 この期に及んで自分の言い分を聞いてもらおうとする身勝手さに吐き気がする。

 それでも伝えなければと声を振り絞るけれど、アカザはそんな必死な私の声にもただ静かに揺らがない。

 無意識に伸ばした手の指が、アカザの手の指に縋るように絡む。けれど握り返してはくれない。

「――…愛してた、シヅキ」

「アカザ……私は…ッ!!」

 囁くような声音とともに、手の中に握り込んでいたはずの温もりが消える。

 するりと溶けるようにアカザの姿が輪郭を崩して、瞬きの間にどこにも見えなくなった。

 

「――アカザ……?」

 

 続けようとしていた言葉の行き先を失って、呆然としながらアカザがいた場所を見つめる。

 それから慌てて周囲に視線を走らせ、堪らずに立ち上がった。

「アカザ……アカザ、どこ……?」

 部屋から廊下に出てアカザを探しながら歩き出すと、1秒ごとに募っていく焦燥にだんだんとその足並みが速くなっていく。

「アカザ……アカザッ!!どこ……!?ねぇ、アカザ……ッ!!」

 バタバタと荒い足音が屋敷中に響く。

 アカザの名前を呼びながらいくつもの部屋や台所、屋根裏や押入れ、箪笥の中まで開けられる場所は全て開けて回った。

 けれどどこにもアカザの姿は見つからなくて、そして私は裸足のまま庭へと飛び出す。

 薄い寝巻きだけ纏った身体に冬の冷気が纏わり付いて寒く小石が足の裏に痛いはずなのに、そんな感覚はまったく気にならなかった。

 もちろんアカザは庭にもどこにもいなかった。

 私は冷気に晒されている身体よりも急速に凍り付いていく心に、力なく土の上にぺたりとお尻を付けて座り込む。

 ぼんやりと空を見上げると暗かった空に明星が煌いていて、空の彼方は闇が消えはじめうっすらと紫色に染まっていた。

 壊れたように涙をこぼす私の頬に、どこからか流されてきたのか小さな雪の粒が触れて溶ける。

「――私も、愛してるの……聞いて、アカザ……」

 明け始めた空に誰にも届かない声が雪と一緒に溶けていく。

 

 ――そうしてその年初めての雪に触れた日。

 私は自覚するのと同時に、初めての恋を失った。

アカザの譲れないもの=シアの幸せ

与え切れなかった(と思っている)奪う者が最後に出来たのが、奪うことなく手放してやること。

アカザは属性と逆のことしてるんでだいぶ弱ってるし疲れてるんです、勝手に自分だけで決めちゃっても許してやってください…orz

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