第1章-5 続く秋2
軽いですが無理矢理な性描写が出てきます。嫌いな人、及び現実と妄想の区別がつかない人はブラウザを閉じて下さい。
夜空に浮かぶ双子月がまただんだんとその姿を丸く満たしていく。
きらきらと降り注ぐ光は昼間の太陽よりは優しく密やかに世界を照らし出して、初秋の庭に風情を添えていた。
縁側に近い位置に腰掛けていると開け放した扉から涼しい風が舞いこんで、優しく風呂上りの頬を撫でていくのが気持ちいい。
うだるような夏の熱気が納まるにつれて空気が澄んできて、それに比例するように月も綺麗に見えるような気がした。
「何見てンだ?」
「――月を」
庭から現れたアカザが一跳びに跳躍して、だいぶあった距離をものともせず音もなく私の隣に降り立った。
そうして時折見せるアカザの人外めいた能力を見るたびに、私の胸の奥で何かがざわつく。
自分や自分の知る『人』の範疇から逸脱する姿に、アカザが自分とは『違う』のだと認識する。
湧き上がるもやもやとする全てに強制的に蓋をして、ぎゅうっとお腹の底に押し込め無表情を作りながら視線ででも空に浮かぶ月を示した。
「ああ、イイ月だな」
許可もなくそのまま隣に座るアカザに軽く鋭い視線を送るも、まったく気にしないように流される。
「――そういえば、なぜ私を月だと?」
ふと疑問に思ったことを思い出して何気なく訊ねてみた。
「あァ?――似てる、気ィするから」
「私が月に?」
「そう。知ッてっか?アレは実は月じゃねェ」
アカザが2つ並ぶ双子月の片方、小さな妹月の方を指差す。
「月じゃない?」
「ああ。花天の座つッて、『花』と呼ばれる奴らが住む場所だ。昼間は光の中に隠れてるンだが、夜になると闇を寄せ付けないようにああやッて光を放つ。だから月みたいに見えンだよ」
話しながらアカザが人差し指を除いて握っていた手を開き、まぶしそうに目を軽く眇める。
「遠く見えンが実際にはひどく近くにあって、触れられそうなのに寄せ付けさせない。高貴で寂しィが、綺麗だろ」
「似てるかと言われれば首を傾げるけれど、そうね」
ぼんやりとアカザの声に耳を傾けながら空を見上げていたけれど、いつの間にか私を見ているアカザの視線に気づいてアカザの方へと視線を移す。
「お前は俺の月だ」
アカザの指に私の髪が絡まる。
また、だ。
不可思議な力で押さえつけられているわけはなく、強く拘束されているわけでもないのに、それだけで私はもう動けなくなってしまう。
いつの間にか間近にあった朱金の瞳に魅入られて囚われ、視線が外せない。
「――堕ちてこい…シヅキ」
唇に微かにアカザの吐息が触れて、ゾクリと肌が粟立つ。
熱の篭った囁き声に心が揺れる。
紡がれているのは願うはずの言葉なのに、こんなに強い脅迫はないと思う。
「――……泣くな」
触れかけていた唇が止まり、アカザの眉間に薄く皺が刻まれる。
言われて半ば無意識に自分の頬に触れると、生ぬるい水が指先に触れた。
そしてその指先も微かに震えていることに気づく。
「シヅキ」
「…っ」
顔へと伸びてきたアカザの手にびくりと反射的に首を竦める。
その反応にアカザの手が止まるけれど、アカザはなぜか苦しそうに顔を軽く顰めると、すぐに先の手が少し乱暴に私の髪を割って後頭部に宛がわれ、そのまま力強く引き寄せられた。
重なる唇が強く荒く擦り合わされて微かな痛みに眉をしかめて強く目を瞑る。
「んぅ、ん…ッ!!」
触れ合う熱から苛立ちが感じられて、呪縛が解かれたように暴れて離れようとする私を、けれどアカザは私の後頭部に固定した手を離そうとせず、背中にも腕を回して痛いほどに抱きしめてその腕の中に閉じ込めた。
執拗に呼吸を奪い尽くそうとするように深く重なる唇に、恐怖を感じながらも身体の奥底から熱が上がっていく感覚を自覚する。
頭の奥がジリジリと焦げ付くよう。その熱に囚われてしまうのが恐ろしくて、けれど伸ばした手が掴んだのは広いアカザの背中だけで。
無意識にきつく皺が寄るくらい服を握り締める。
このまま流されてしまおうかと思った刹那、解かれた唇に大きく息をついた。
「――…泣くな、シヅキ」
少し乱れた呼吸で掠れた、けれどそのせいじゃないだろう苦しそうな声に閉じていた瞼を開く。
間近に映る朱金の瞳がなぜかひどく寂しそうで苦しそうで、瞬きも忘れてその瞳に魅入られた。
「…お前はどうしたら笑ってくれるんだろうなァ」
少し乱暴に私の濡れた頬を大きくて無骨な手が拭って離れる。
「無理よ…」
アカザが身動きするのに合わせて、自然に力が手から抜けてアカザの背中から滑り落ちた。
その手を自分の胸に宛がいながら、情けなく震える声を紡ぐ。
「こんなに苦しいのに笑えるわけがない」
傍にいるだけで苦しい。理解できない、処理しきれない感情に翻弄されてわけもなく逃げ出したくなる。
アカザが私の心を乱すたびに息苦しさと恐れに身体が萎縮した。
向けられる熱の誠を疑っている。でも同じだけの熱を持てていると言えない自分に、罪悪感のような重みを感じて押し潰されそうな気がする。
自分がこんなに臆病だと知らなかった。
「そうか」
アカザは静かにそう呟いて私から離れた。
遠ざかっていく背中をまた追いかけることもできず、私はどうすればいいのか途方にくれていた。