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紫闇朱月  作者: もにょん
第1章 少女と妖
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第1章-5 続く秋1

 ■ △月??日

 月が変わってもまだ暑い。…たぶん月は変わったはず。

 ここには暦もなければ時計すらもないので、正確な日時は数えていないとさっぱり分からなくなる。

 それはともかく、まだ暑い。いい加減に身体は慣れてきたけれど、やっぱり太陽の下で長時間動くことはできなかった。

 いつまでこの暑さが続くのだろうと知らずぼやいていたら、アカザがこれは残暑というものでじきに涼しくなってくると言っていた。

 アカザとは湖に行ってからぽつりぽつりと話すようになった。

 話すと言っても天気だとか食事のメニューだとか、本当に大したことのない話で大抵長続きせずに会話終了となる。もともと私は口が上手ではないし、アカザも余計なことは喋らないから余計にその傾向に拍車がかかる。

 喋りたいわけじゃない。けれど傍にいて沈黙が続くと居心地が悪い。

 だって分かってしまう。黙っていてもアカザは私をいないものと思っていない。その証拠に私が何か言えば必ず何かしかの反応が返ってくる。

 生まれ育ったサバルティアの城とは違う。あそこで私はそこに居ながらどこにも居ない存在だった。

 怒っても泣いても笑っても不吉だと言われた。そのうち誰からもほとんど反応が返ってこなくなり、傍にいてもいない者になった。

 けれどアカザは喋らなくても気配の端で私を気にしてる。

 それは今日もそうだった。

 今日は夕方から雨が降った。縁側でぼんやりと庭を眺めていたら隣にアカザが座る。

 生ぬるい雨の湿気と屋根を叩く水音、それから湿った土の匂い。隣にはアカザ。

 降り注ぐ雨のようにぬるく柔い雰囲気に腰がもぞもぞとした。

 何か喋ろうと思ってもなぜか喉の奥で声が途切れる。結局何にも喋らずに日が暮れるまでずっと庭を眺めていた。

 

 ***

 

 蓬、紅花、紫、藍、キハダ…並べられた様々な草花をさらに選り分けて鍋で煮出す。

 いくつかはすぐに使えるものではなく、発酵させなければならない。そしてそれらは良い染料へと変わる。

 原料の草花のいくつかは庭で見つけて、足りないものはアカザが調達してきた。

 本職のとはいえない腕ではあるけれど、昔から暇に任せてやってきた程度の技術はある。何よりもまずこうした根気の要る作業は嫌いじゃない。

「なンでそんなこと始めようとしてンだ?」

 アカザが白絹を手に、縁側の傍で木桶に媒染のために鉄釘を水に浸している私の傍に来て、そのまま縁側に腰掛ける。

「よくよく考えたら、私、今はあなたに養われてる状態じゃない」

「まァ、そうだな」

「それはすごくぞっとするの」

「そンな小ッちぇことで恩に着せようと思ッちゃねェよ」

 微かな苦笑の気配と共に、アカザの手が伸びてきて私の紐で纏めた髪を一房指に掬う。

 アカザは最近そうやってよく人に触りたがる。

 もう慣れて面倒になったから、よっぽどじゃないと放置することに決めていた。反応するほうが余計に喜ばせると分かったから。

「私が嫌だわ。だから糸や布を染めて服を作って渡すわ。それを代価としたいの。元手は借りることになるけど……」

 服の作りは、もらった服を一枚解いてみて理解した。

 基本的にほとんど直線で一枚の布を縫い合わせているようで、カナル国周辺で着用されている衣服よりはよほど楽そうだったのは幸いだった。

「やりてーこたァ、やればイイだろ。金銭は別に気にしてねェよ」

「…邪魔をするならどこかに行って」

 いつのまにかするりと髪の紐を解いて、流れ落ちた私の髪をするすると梳き撫でて遊んでいた。

 悪戯に爪の背で首筋を撫でられてゾクリと肌が粟立ち、遠慮なくアカザの手をはたく。

 

「シヅキ」

 

 髪から手を引いたアカザの声に、止めて、と叫びたくなるのを堪えた。

 

「…シヅキ、こっち向け」

 

 甘くて優しくて、けれど微かに危うい熱を孕む低い声が私を呼ぶ。

 そんな声で呼ばないで。

 俯いたまま必死で聞こえない振りをする。

 耳さえ塞いでしまいたいけれど、なぜか身体が強張って動かない。

 

「シヅ…」

「二度、言わせないで。邪魔をするならどこかに行ってちょうだい」

 

 耐え切れなくてアカザの声を遮る。

 一瞬、空気が強張ったのちに微かに響くため息の音。

 

「終わったら呼べ」

「……」

 

 無言の私の頭を軽くぽんと叩いて、アカザが家の奥へと離れていく。

 私は振り返ることもできず、背中でその気配だけを感じていた。

 アカザがなぜあんなふうに私を呼び、私に触れたがるのか分からない。

 アカザは人とは違う。彼は人と同じ尺度で測れない。

 たぶん私も邪魔になったらあっさり消されるのだろう。

 それなのにどうしてアカザは時折ひどく優しい態度をとるのだろう。

 いっそもっと非道なら私は迷わずにいられたのに、どうしていいのか分からなくなる。

 もっと幼い頃、伸ばして振り払われた手を思い出す。悪魔、と罵る声を。

 恨みには思っていないけれど、傷が消えたわけでもない。

 踏み出せず退けない境界線の向こうにアカザを感じていた。

 もうこれ以上傷つきたくなくて、信じてはいけないと自分に強く言い聞かせる。

 気まぐれに真面目に付き合う義理などないのだから。

 

 ぱたり、と染色液の水面を揺らした雫に気付かない振りをしながら作業を続けた。

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