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紫闇朱月  作者: もにょん
第1章 少女と妖
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番外編 闇姫様2

多少の暴力的な表現があります。特に男性の方はお気を付け下さい。

 一夜明けて天気も良く、今はちょうどカナル国で1番旅行に適した時期でもあり、王都から来た護衛の方達と合流してつつがなく出発となった。

 だけどそんなすがすがしい出発とは裏腹に、私は合流した護衛兵が闇姫様にチラチラと向けていた視線に落ち込んでいた。

 礼儀に反するってほどじゃないけど、少なくとも友好的なものじゃなかった。

 まるで観察されるような冷たい視線で、王都に着いたらこれからずっとこんな視線が付きまとうのかと思うと一気に気が滅入る。

 闇姫様自体はその視線に何を感じた風もなく、その点では感心してしまった。

 結局、昨日の疑問も確認出来ていない。

 だけどそんな私と違って、隣のアリーは今日もめげずに香水の瓶やリボンなどを取り出しては果敢に闇姫様に挑んでいた。

 余談だけど、アリーは服飾などのセンスがいいと思う。ものすごい美人ではないけれど、癖のある綺麗な赤毛と女性らしい柔らかそうな体つきが魅力的で、自分でもそれが分かっている装いをする。

 基本的に私達侍女はお仕着せばかり着ているけど、髪を結ぶリボンや仕事の邪魔にならない程度のアクセサリーなんかのお洒落は認められていたから、アリーは白百合城にいた頃から自分の魅力を引き出すことにも他人の魅力を引き出すことにも一際熱心だった。

 案外手先も器用でちょっとしたドレスの直しなんかはササッとしてしまう。

 本日の闇姫様の装いもアリーのチョイスだった。

 淡いクリーム色の地に深い紅色の花が大小入り乱れて織りこんである生地を使い、袖や裾から生成り色のアンティークレースをたっぷり覗かせ、パニエでふんわりとスカートを膨らませた昼の装いは、闇姫様の冷たさを多少和らげてくれていた。

 つやつやのまっすぐな黒髪も印象的な紫紺色の瞳も、存在感が強すぎて私なんかは実は色合わせに迷う。下手な色を持ってくると髪や目の色が浮くから、暗い色調の服やいっそ白なんかの色味がないものを選びたくなる。

 けどそういう色は闇姫様のひんやりした感じをますます強くしちゃうから、アリーの見立てはやっぱり優れていると思った。

「アリー、疲れているの。少し静かにしてちょうだい」

「――はい、すみません…」

 私がさりげなくファッションチェックをしている間に闇姫様の堪忍袋の緒が切れたらしい。

 触れたら凍傷になりそうな声でアリーの声を遮った。

 さすがのアリーも縮こまって口を閉ざす。

 ピリピリした空気にお尻が落ち着かない。

 せっかく綺麗に生まれたのだから、笑えばいいのになぁ…と思う。

 生い立ちを考えたら仕方ないのだろうけど、平凡な容姿に生まれた者としてはもったいないと思うのも確か。

 思うだけでとても口にする勇気はないけど。

 そうやって半ば現実逃避的にどうでもいいことを考えていたら、唐突に馬車が強く揺れて止まった。

 

 ***

 

 とっさに掴んだカーテンのおかげで椅子から転落は免れたけど、背もたれに背中を強くぶつけた痛みにうめく。

 カーテンの上が少し破れてしまった事を気にしつつも、急に騒がしくなった外の様子に不安が沸き上がって体が震えた。

「貴方達、大丈夫!?」

 闇姫様が慌てて問いかけてきて少し驚く。

 私は背中を打ったけど、アリーは椅子から滑り落ちてお尻を打ったみたいだった。

 アリーが顔をしかめてお尻をさすっている。

「いたた…大丈夫です。ありがとうございます」

 闇姫様がアリーを助け起こしながら私に視線で問うてくる。

「わ、私も大丈夫です。でもいったい何が…きゃっ!?」息を飲み込み何とか答えた瞬間、馬車の扉が乱暴に開かれて、またもや体が跳ね上がりそうなくらい驚いた。

 扉を開けたのはサバルティアの領地からから闇姫様の護衛として付いて来た男の人で、一番歳が近いから私も少しだけ話をしたことがある人だった。

 覚えている限り穏やかな人だったはずなのに、今はまったく余裕がなく厳しい顔をしている。

「シアネータ様、お逃げ下さ…ッぐぁ!!」

 わけが分からないまま彼が矢次早に声を荒げて喋る事を理解しようと思っている途中で、彼が苦悶の表情を浮かべて倒れた。

 倒れた彼の背中と、一瞬遅れて馬車の床に敷かれた絨毯に、じわりと赤黒い染みが広がっていくのを見て、彼が後ろから切り付けられたのだと分かった。

「ヒィッ…!」

 無意識の内に喉を引き攣らせた悲鳴が唇から飛び出して、アリーと手を取り合うようにして慌てて馬車の奥へと逃げた。

 倒れた彼の向こうにまた誰かが顔を現す。

 テラテラと理解したくない色に濡れた剣を持ったその男性の顔に、思わず目を見開いた。

 見覚えのあるその男性は、前日に泊まった村で合流した、陛下が闇姫様のために派遣してくださった護衛の1人で、闇姫様を観察するように見ていた人だった。

 その男性は倒れた青年の服の襟首をぞんざいに掴むと、そのまま馬車の外に放り出した。

 闇姫様を見て、とても嫌な笑みを浮かべながら口を開く。

「大人しく死んでもらおう、シアネータ・アリスティス・サバルティア」

「――それは誰の都合で?」

 痛いくらい緊張して敏感になっていたから、闇姫様が少し息をつめたのが伝わってくる。

 それでも闇姫様はそれ以上動じる気配も見せずに、昂然と顔を上げて男性に慎重に問い返した。

「陛下に決まっている。私たちは陛下によって送られてきたのだから」

 男性の返答にショックでめまいを覚える。

 じゃあ、闇姫様は何のためにここまで来たのだろう?

 そして私とアリーはどうなるのだろう?

「個人的にも化物の下に仕えるなどぞっとする」

 男性の言い草に反発が沸き上がった。

 闇姫様は、シアネータ様は、確かに瞳は人と違う色だし綺麗だけど空気は恐いし、ニコリともしないけど、下の人に無茶なことや酷いことを言ったりやったりしない。

 思わずそう反論しかけて、自分の考えにハッとした。

 いつの間にこんな風に考えるようになったのだろう。闇姫様に仕えるのを嫌がっていたのは私も同じ筈なのに。

 疑問に囚われているうちに、男性が馬車の中に乗り込んでこようとする。

 主人を守らなくてはいけないのに怖くて体が動かない。

 その時、闇姫様がすっくと凛々しく立ち上がった。

 そして男性に向かって何かを投げつける。

 硬い物が割れる音がするのと同時に、むせかえるような花の香りが広がった。

 けど、その香りの正体を理解する前に、闇姫様の姿に目を奪われた。

 なんと闇姫様は男性が見せた隙を見逃さずに足を踏み出すと、一切の躊躇なくアリーが選んだ美しいドレスの裾をたくしあげ、細い脚が丸見えになることも歯牙にもかけず、職人が丹精込めて作り出した美しい靴を凶器に変えて、敵である男性を蹴り飛ばしたのだ。

 私の位置からははっきり見えなかったけど、角度的に考えて恐らくは、男性の腹に細い爪先が、そして女性には口に出せない場所に細く鋭い踵がめり込んだのではないだろうか。

 初め、侯爵家の姫がするとは思えない行動に唖然としていたけど、ちょっと考えるとその容赦無さに多少ゾッとしてしまう。

 しかも、様子を見るためか馬車から降りて行くときにわざとさっきの男性をふんづけていった。

 さっきの一撃で靴が壊れたのか歩きにくいのだろうけど、素足を見せることがはしたないとされる淑女にも関わらず、躊躇いなく高価な靴を脱ぎ捨てる様子はもういっそ男前だ。

 私が抱いていた闇姫様の繊細で神経質で壊れやすいイメージがガラガラと音を立てて崩れていく。

 私はしばらく状況を忘れて放心してしまった。

シャイラ及び読者様のシアのイメージ崩壊の回。

シアのやってることは、内面知らなきゃ第三者にはこんなふうに映るんだろうなぁと思います。

シア自体は意識してませんが、彼女は非常に分かりづらく、そして非常にめんどくさい子です。

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