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紫闇朱月  作者: もにょん
第1章 少女と妖
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番外編 闇姫様1

シャイラ視点の番外編です。

 私が初めてその主家の姫様を知ったのは、実家の準男爵家から主家のサバルティア侯爵家の城に行儀見習いとして働きに来てすぐのことだった。

 実家と主家は一応は遠縁と言っても、私のひぃひぃお祖母様が現当主の父方の従兄弟の母方の叔母の母方のお祖母様の父方の従姉妹だったらしいというつまり限りなく他人な関係で、さらに私の実家は準男爵家といっても研究バカで勉強バカな一族でも指折りだったというひぃひぃお祖父様が、うっかり貴重な古文書を解読しちゃった褒美に国から準貴族の爵位と僅かな土地と件のひぃひぃお祖母様を貰っただけの今もそう変わらない一般庶民で、結局主家との一番確かな繋がりとしては、領地の管財人などの手配はおろか自己管理など望むべくもないひぃひぃお祖父様の代から、一応遠縁で領地が接した侯爵家が現在に至るまで優しく世話を焼いてくれているという事実だろうか。

 そんなわけで準貴族に叙爵され領地があるけど貴族社会なにそれ美味しいの?な家に生まれた私は、主家の現当主に姫君が存在するなどまったく知らなかった。サバルティア侯爵家はなんちゃってジェントリのうちとは違い、小さく貧しいながら戦乱続くこの大陸で神代と同じくらい昔から国の名前が消えた事がないせいで、たいていが骨董品より古いと言われる我が国の貴族の中でも、ほとんど建国当初から存在すると言われる由緒正しい折り紙付きの貴族だ。

 行儀見習いに出て勤め上げれば王宮でだって婿探しができる。

 ただし、それにふさわしく仕事に求められる基準値は高く厳しい。

 生来引っ込み思案の上に考え追求しないと落ち着かない学者の血が変な風に出た私は、「またこんな所に考えるシャイラ像が建ってる」と実家でもトロい子扱いだった。

 だから行儀見習いに来ても叱責は日常的にもらっていて、よく1人でこっそり泣いていたりもした。

 前置きが長くなったけど、私が件の闇姫様を見たのもそうやって1人で泣いていた時だった。

 サバルティア侯爵家の白百合城に来てすぐに見つけた裏庭の隅にぽつりと置かれたベンチは、周囲を木と薔薇の茂みで覆われていてちょっとした隠れ家的な雰囲気を持っていて、すぐにそこは私が誰にも見つからずに泣けるお気に入りの場所になった。

 その日も何やかやで女官長様に叱責されて、僅かな休憩時間にそこに逃げ込んでしくしく泣いていた。

 ハンカチをびっしょりと濡らす雫に、我ながらよくこんなに涙が出てくるものだと感心する。

 けど自分のお腹の中でぐるぐる回っている情けなさと悲しさと腹立たしさを感じると、自然と涙と嗚咽が零れてくるのだから仕方がない。

 そうして一通り泣いて少しだけすっきりしたものの、泣いた疲労とこれから戻らなければならない仕事にげんなりとしていると、薔薇の生垣ががさりと音を立てた。

 びっくりして半ば本当に飛び上がりそうになり、慌てて俯いていた顔を上げてから唖然とした。

 だってそこに等身大のお人形が立っていたのだから。

 お人形はとても長い艶々とした真っ直ぐな黒い髪をほとんど結わずに垂らして、落ち着いた大人っぽいクリーム色のドレスを着ていた。15か16あたりの若い娘姿にしてはドレスの装飾は少ないけれど、昼下がりの柔らかな陽光に輝く独特の生地の艶で最高級の練り絹で作られていることが知れる。

 職人が魂をかけて作ったかのような白い肌は滑らかで、ほのかな頬の薔薇色と唇の紅がいっそ見事に映えて鮮やかだった。

 私は座っていたからよく分からなかったけれど背は高いように感じた。

 あとで分かったことだけど実際にはそれほど身長があるわけではなくて、ほっそりとした体付きと崩れることのない針金でも通したのかと思う綺麗な姿勢が背を高く見せていただけだった。

 けどその時はそのお人形がとても大きく見えた。冷静に思い返せばたぶん威圧されていたのだと思う。

 だって、すぐにそれがお人形じゃなく人間なんだと気付いたけれど、神様に愛されたように整った怜悧で綺麗な顔にはまったく表情が浮かんでいなかったのだから。

 綺麗な人の無表情は不細工な人に思い切り睨まれるよりも恐ろしいと私はこのとき始めて知った。

 なおかつというよりまず、その整った顔に綺麗に左右対称で据えられた双眸の色に鳥肌が立った。

 紺色に間違えそうなほど深い紫色の瞳は、見つめれば底なし沼に引きずり込まれそうに妖しい。

 冬の女王様が私を凍らせにやってきたのだ。

 冷たさを感じさせる美貌と完璧な無表情が現実離れしていて、いくらカナル国が寒冷な土地とはいえまだ秋の入り口だというのにそんなことを思ったのを覚えている。

 けど冬の女王様は明らかに泣いていたと分かる私を見てぴくりと…本当に凝視していたから何とか分かったほど小さく…綺麗な眉を動かしただけで、それ以上近づいてこなかったし言葉も発しなかった。

 ただ少しの間じっと私を見てから、そのまま優雅にダンスを踊るようにくるりと踵を返して去っていった。

 私は唖然としたまま遠ざかる微かな足音が聞こえなくなるまでその場で固まっていた。

 

 結局少しばかり遅刻をしてまた女官長にたっぷりと叱られてから何とかその日の仕事を終え、ささやかな夕食時に同僚のアリーにその出来事を話すと、件の冬の女王様は闇姫様と呼ばれるサバルティア侯爵家の長姫(ちょうき)だと教えてくれた。

 噂好きなアリーは内気な私と違ってたくさん話をする子で、聞かないことまで壊れた蛇口から水が溢れ続けるように教えてくれた。

  曰く、母親の腹を突き破って生まれたらしい、とか。

  曰く、実は頭に角があるらしい、とか。

  曰く、あの紫の瞳に見つめられると身内に不幸が起こるらしい、とか。

  曰く、弟君を毒殺しようとしたらしい、とか。

 根があるんだかないんだかよく分からない噂を聞きながら、少なくとも角はなかったなぁとぼんやりと考えていた。

 

 それから何度か遠目に闇姫様の姿を見かけた。

 私は主に本棟の担当だったから離れで寝起きする闇姫様に接する機会はそう多くなかったけど、正直に言って遠くから見ても怖い人だった。

 閉鎖的なカナルに生まれ育ったのだから、もちろん私も呪われるだとか人外の者かもしれないとかそういう怖さがなかったとは言わないけど、この怖さはそれとは少し違う。

 比較例を挙げれば、現サバルティア侯爵夫人は1児の母とは思えないほど若々しく充分美しい人だけど、性格的に結構きつくツンツンしていて態度の端々にそれが滲んでいる。

 けどそれが侯爵夫人の魅力の1つになっているのも確かで、姿が綺麗でツンツンしているのは闇姫様と同じだけど、侯爵夫人の周囲は高貴で華やかな気配が溢れている。

 対して闇姫様を包む空気はどこまでも冷ややかだ。

 私が最初に思った冬の女王様というのは我ながらいい例えだと思う。もしくは限界ギリギリまで研ぎ澄まされた刃だろうか。

 とにかく隙がない。所作も作法も完璧で美しいのだけど、優雅というには柔らかさが清々しいほどにない。

 容姿の美しさがそれに拍車をかけていて、なんというか姿を見かけるだけでしゃっきりと背筋が伸びる。あの瞳に正面から見据えられると、どんな厳しく冷たい叱責が浴びせかけられるのだろうとうろたえてしまいそうだった。

 そんなわけで侯爵家の醜聞だとか闇姫様誕生の真相だとか、アリーは目を輝かせて知りたがっていたけど、私はできれば近づきたくない人のカテゴリーに闇姫様を分類していた。君子危うきになんとやら、だ。

 だから初めての邂逅から数年後、闇姫様が国王陛下の側室に上がるということにも驚いたけど、その侍女として私が闇姫様に付き従うことになったとき、これから訪れるだろう困難と闇姫様の恐ろしさに倒れたくなった。

 

 ***

 

 慌しく決まった出発の前日に顔見せは済ませ、馬車でのんびりと3日間の旅がスタートした。

 共に同行することになったアリーは初日からさっそく自分の好奇心を満たすために、一応礼儀正しくを心がけつつも、闇姫様の冷気に臆することなく同乗した馬車の中で彼女を質問攻めにしていた。

 あの鉄壁と思われた無表情を、明らかな困惑で崩れさせるという偉業を成し遂げたアリーはある意味最強だと思う。

 夜になって予定していた宿場町に無事辿り着き宿に入ると、闇姫様は疲れきったのか食事もそこそこに休みたいと希望された。

 アリーが必要な荷物を解いている間に宿の従業員に湯浴みの手配を頼み寝室をチェックする。あとは一応闇姫様に尋ねてみたけど湯浴みの手伝いは断られた。

 アリーの質問攻撃のおかげもあったし、あとは一緒に過ごして分かったのだけど、闇姫様は意外に手がかからない主人だった。由緒正しい貴族としては多少型破りなほど、世話を焼かれるのを嫌う。そして同じく貴族女性としては異性物並におしゃれや美容に興味がない。

 体裁を整えるためにある程度のおしゃれや美容に気を使っているようだけど、明けても暮れても恋と美容とお菓子の話に興じる貴族女性に比べれば鼻で笑える程度だ。

 でもだからといって本当に主人を放っておくわけにもいかない。

 どこまで世話を焼いたものか考えて唸っているうちに闇姫様が湯から上がってきて、慌ててドレッサーに案内して濡れた髪をブラシで梳き始めた。

 濡れているにしても、最低限の手入れだけにしてはつやつやと輝く黒髪に、ふと最初に闇姫様を見た時のことを思い出す。

 そしてあの時のことを闇姫様は覚えているだろうかと考えた。

「あの…お尋ねしてもよろしいでしょうか」

「何を?」

 質問と聞いて闇姫様の気配が警戒を含む。よっぽど今日の質問攻撃が堪えているらしい。やっぱりアリーは最強だと思う。

 僅かに尖った空気に怯えて質問を取り下げようか迷ったけど、慎重に闇姫様の様子を伺って機会を逃さないことにした。

「数年前に一度、城の裏庭の隅にあるベンチでお会いしたのですけど、覚えていらっしゃいますか?」

「――……あぁ…あなただったの」

 すぐには分からなかったようだったけど、しばらく考えてから思い出したように頷く。

「あそこはシアネータ様のお気に入りの場所だったのでしょうか。あれから一度も見かけなかったのですけど…」

 あれからしばらくの間はさすがにあの場所に行くことはなかったけど、それから少し経ってから何度か足を運んでも二度と闇姫様に出会うことはなかった。

 もしもお気に入りの場所だったのなら、去らなければならなかったのは私の方だったはずだと思い至って気になっていた。

「私は別にあの場所などどうでもいいのよ。それに誰だって泣き場所は必要でしょう」

「え…?」

 淡々と言いながらぼんやりとした目で鏡越しに私に視線を向けて「それだけ?」と尋ねてくる。

 何だかすごく違和感にとらわれながら頷くと、それがちょうど私が寝乱れ防止に髪を結い終わった所で、促す前に自分で席を立ってしまった。

「休むわ」

「あ…はいっ!おやすみなさいませ!」

 するりと隣を通り過ぎていく姿に慌てて頭を下げ、隣の寝室に姿が消えるのを待ってから頭を上げる。

 そうして自分の中に残った微妙な違和感をじっと考えて、その正体に気づくと思わず目を見開いた。

「えぇと……もしかして私、気遣われた…のかしら」

どうやっても長くなりそうなので、潔く2分割することにしました…orz

いや3分割になる可能性も捨てきれませんが…。

他の人から見たシアです。全部が終わってからネタバレ的にアカザ視点のシアも公開する予定で、ちまちま書いております。

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