【短編】拝啓お師匠様。拾った狐が自分は、安倍晴明だと言い張ります。
『拝啓、お師匠様。
今日、薪を拾いに山に入ったのです。そしたら真っ白で綺麗な毛並みの狐が落ちていました。あまりの美しさに毛皮にしようと拾ったら、その狐が喋りだしました。なんと狐は自分の名は安倍晴明だと言い張っているのです。』
「おい、私になんのもてなしもせず、手紙を書き始めるとは。お主、何様のつもりだ?」
「俺は昔から理解出来ない事が起こった時には師匠に手紙を書くことにしてるんだ。」
拾った狐がしばらくしたら動き出し、仕方ないから逃がそうとしたら、尊大な態度で名を名乗って家に連れていけと脅すなど、どうやって理解したらいいんだ。
しかも、狐は、だんだん人間になってきた。
真っ白で美しい狩衣を着た貴公子がそこにいた。人外の妖しい美しさと狐の耳と九つに別れたしっぽがより恐ろしい。俺は狐の毛皮に惹かれて、あやかしに魅入られてしまったらしい。くわばらくわばら。
「私は菅原氏ではないので、くわばらは効かぬぞ。雷でもないしな。」
「狐さんどうしたら出ていってくれるんだ?」
「失礼な私は安倍晴明、安倍氏の出で、宮中の陰陽師であるぞ。何度言ったらわかるんだ。」
このあやかし、俺が簡単に騙されると思って聞いたことある名前をいったな。こんな鄙びた山里に住んでるからって馬鹿にして。流石の俺でも知ってるわ。
陰陽師安倍晴明。このビックネームを知らないものなどいない。
まあ、俺も師匠の手紙に書いてあったから知っただけだが…。師匠が今度携わる宮中の宝物・日月護身之剣の復元の指揮を執る有名な陰陽師っていうことしか知らないが…。
こんな若造なはずはない。
あの偏屈だが、国一番の腕の良い鍛冶師である師匠が、一緒に仕事が出来るだけで光栄と喜びを滲ませた手紙を長々と綴っていた程だ。
安倍晴明は、相当なじじいに違いない。
「では安倍さん、出ていってもらえませんか?」
小屋の建て付けの悪い戸を開ける。あやかしが家にいるなんてやだよ。
「私はこの山奥で役小角の強大な霊力を取り込み、霊力が暴走しそうになって人事不省に陥ったのだ。未だ体調がおかしく人里に降りれそうにない。そなた私をもてなせ。」
うん。まだ耳としっぽ、あるもんな。それでは人里に降りれまい。大騒動になるだろう。でも、狐なんだから、山の奥深くに逃がせばいいんじゃない?
「安倍さんとやら、山の中にちゃんと逃がしてあげますから素直に出ていきましょう。」
真っ白の狐の耳が怒りを覚えたようにピクリと動く。しっぽが逆立ちぶわーっと広がった。あやかしさん、もしやお怒りですか?
俺を頭からバリバリたべようなんて、まさか思ってないよな?あぁ、額に青筋がたっている。恐ろしや。
あわてて囲炉裏にかけた鍋に、今夜食べようと下ごしらえしていた食材を放り込む。畑で取って川に晒して砂を抜いてしゃきしゃきにしておいた野菜。朝捕って締めておいた鳥。それらがグツグツ煮たったところに自家製の味噌を加えた。良い匂いが立ち込める。
俺がエサになる前に安倍晴明を語るあやかしの空腹を満たしておこう。
鳥鍋は旨いぞ。
俺を食べる余地がなくなるくらいな。
あやかしは優雅に、しかし極めて真剣に鍋と向き合っていた。俺の作る鳥鍋は、絶品だろう?一緒に鍋をつつけば俺を喰おうとは思わないだろう。
あやかしまで魅了する味。鍛冶師をやめて、料理人になろうかな?
あやかしは突然、動きを止めた。鍋はあらかた食いつくしていた。おもむろに懐から干飯を取り出すと、鍋に投入した。くつくつととろ火で鍋を煮立てる。
出汁を吸った干飯が、ふっくらと膨らんで旨そうだ。山里で自給自足しているので、野菜や肉はあるが、穀物はなかなかに貴重だ。
「旨い。」
驚く程完成された旨さだ。
「なかなかのもてなしだな。」
あやかしが満足そうに呟いた。白いかんばせが囲炉裏の焔に照らされて艶かしい。
満足したのか、真っ白でふこふこの耳がへにゃっとしていて可愛らしい。気分良さ気にゆれるしっぽも魅力的だ。俺はふこふこの毛皮が好きなのだ。うっかり拾ってしまって、面倒事に巻き込まれてしまうくらいには。
翌朝、耳としっぽが消え、すっかり都の貴公子となった自称安倍晴明は、山を降りた。
二度と来るなよ。次来たら遠慮なくモフるぞ。
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二月後
お師匠様から返事が届いた。
一言『たぶん、御本人だ。』とだけあった。
俺は囲炉裏端で、モフり倒していたしっぽを取り落とした。安倍晴明(本物)さん失礼をお許しください。そして、モフられたらもっと抵抗してください。なんで、いつも狐の姿でうちにやって来て、鳥鍋食べてるんだ?
俺はその場で土下座した。
あやかしの方が気楽で良かったのかも、知れない。
⭐⭐⭐⭐⭐
土下座する彼は、まだ知らない。
役小角の強大な呪力に晴明の霊力が暴走して命が危うかった事を。そして彼が触れた途端呪力が霊力に変化し暴走が止まって助かった事を。
この先モフらせてもらう代わりに、役小角の霊力を効率的に取り込む手伝いに連れ回されたり、日月護身之剣復元に巻き込まれたりするなんて。
ましてや、彼の打つ切れ味のみを追及した武骨な刀が強大な破魔の力を有していたなんて…。
彼の打つこととなった刀は焼失した日月護身之剣の御霊と役小角の強大な霊力を込められた。そして、この国を守護する柱として人知れず晴明の屋敷の下に埋められることとなる。内裏焼失は意図的なもので、日月護身之剣は今後も焼失の恐れがあると安倍晴明が危惧した為だ。
彼の名や伝承は残っていない。
しかし、生涯を通して安倍晴明を友として支え続けた。彼のモフりは晴明の有り余り暴走しそうになる霊力を上手くなだめ晴明の霊力を増強した。彼が亡くなった時安倍晴明はその死を嘆き、その遺体を自身の屋敷の下に埋めた。彼の打った剣の傍らに。
「友よ。ここで少し待っていろ。私も年だからすぐ逝く。また、彼岸であったら思う存分モフらせてやるからな。鳥鍋の用意して待ってろ。」
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安倍晴明は村上天皇の勅命により日月護身之剣の復元剣に霊威を込めて朝廷に献上した。
備前国の白根安生が復元したその剣は刃長2尺2寸。左側に太陽、南斗六星、朱雀、青龍が刻まれ、右側には月、北斗七星、玄武、白虎が刻まれる御物に相応しい壮麗で大変美しい剣であったという。
その折焼き直しは護身剣にふさわしくないとの帝の御考えにより、日月護身之剣は「昼御座剣」という別の名で呼ばれるようになったという。その剣は、晴明の予見どおり、その後何度も焼失する憂き目にあう。
安倍晴明の死後、その屋敷跡には一条天皇の勅命により神社が建てられた。そして、その力を利用されることを恐れた朝廷により彼の墓所は秘匿された。
安倍晴明の眠る場所は未だ不明である。
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