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8話

その日僕が目が覚めたのはすっかり昇った太陽が さて降りようか、とUターンをかました辺りだった。


時間にして13時頃。それでいて おじさんも時雨もまだ死体の如く眠っていた。起こすか暫く悩んだのち、特に起こす理由もない事に気付き僕はふらりと散歩に出かける。


ホテル内は昼食を済ませた人や昼食中の人で案外多くの人とすれ違う。明け方までお菓子をむさぼっていたので僕はさしあたって空腹という訳ではないが、せっかくなので軽く昼食をとる事にした。

ホテル代に食事代も含まれているため せっかくなら高そうなのを頼もうとメニューを見ても、見たことも聞いたことも無い名前のものばかりなので取り敢えず強そうと言う安易な理由で"ゴルゴンゾーラのピザ"をたのむ。


ゾンビみたいなゲテモノが出てきたらどうしようかと実は内心ワクワクしていたが運ばれてきたピザを見ても、食べてみても、僕はどれがゴルゴンゾーラなのか結局最後まで分からなかった。まあ美味しかったので良しとしよう。


ホテルを出て僕はとりあえず歩く。あてもなくフラフラと歩く。30分ほど歩いて歩き疲れた僕は椅子に腰掛け路面電車に目が止まった。


そういや京都ではない風景だな。

昔は路面電車が走っていたみたいだが何故か廃止されたらしい。


電車には"道後温泉"と書いてある。


…ふぅん、温泉か。


ポンポンポンとかなり大きめのエンジン音をBGMに僕はぼんやりと外の風景を眺めていた。これがどうしてなかなかうるさい。乗客はすました顔をしているがこのエンジン音、気にならないのだろうか?


「終点道後温泉駅ー」


駅を降りると、景色は一転。

なんか昔の映画とかで出てきそうな感じだな…

道後と派手な看板の掲げられた商店街をハイカラ通りと言うらしい。"ハイカラとは?"と疑問を呈したくもなるが口にしようにも相手がいないのでその言葉を飲み込む。


商店街を抜けると古い旅館を思わせる温泉。

道後温泉。


旅の疲れを癒すべく僕はその温泉に入る。少し熱めのその温泉は僕の疲れを十二分に癒した。予想していた温泉より随分と小さかったけれど。



それより昨日僕がイルルの手を握った際に負った火傷が滲みる。じんじんと痛む。あと掠った銃弾がめちゃくちゃ痛い。

塩でも揉みこまれているかのように痛い。


前に知らないおっさん達がいるので痛い素振りは見せない。

時期に慣れるだろう。



風呂に浸かり僕はしばらく考える。


今回は運良く、偶然、上手くいったけれど次もそうとは限らないし準備せずに挑むのは無謀だ。

今更ながら今から戦いに行くのにお茶と金しか持っていないというのは頭がおかしいとしか言いようがない。


ちゃんと事前準備をしてから行こう。


あと迂闊に置いてあるものに触らない、食べる飲むなんてもっての外。これは今度から止めよう…というか水分くらい持ち歩こう。何があるか分からないのだから。


まあ、時雨が元気な状態で魔女にたどり着かせることさえ出来れば僕の任務は達成だ。

あとは僕の手を出していい世界じゃない。弁えることは大切だ。


ここまで考えた辺りで流石に熱くなって来たので風呂から上がりヒラヤのコーヒー牛乳を飲み、ふと気になったので全身マッサージを受けてから更に歩く。


心なしか足も軽い、心なしか心も軽い、つられて足取りも軽くなる。


このまま松山城も見たかったのだがそこまでする時間は無さそうだ。空がほんのりとオレンジ色になっているぶらりと散歩するつもりが随分と時間が経ったらしい。今来た道を早足で引き返しホテルに戻った頃にはもう太陽は見えなくなっていた。


もしかしたら僕を探しに行ってはいないだろうか、少し罪悪感を感じつつ部屋のドアを開けると僕が部屋を出る前と同じ体勢で時雨もおじさんも寝ていた。まだ寝ていた。いつまで寝ているんだよ…

起こす理由ではなく寝かす理由がない。

ゴン!ゴン!と二発、時雨とおじさんにおみまいする。


「んあ、おはよーキョーちゃん」


と時雨。


「お?朝メシか?」


とおじさん。


「もうすぐ夕食だよ」


と僕は答える。

3人でホテルの食堂へ向かう、寝起きだというのに二人の食べっぷりには驚かされた。

朝食を食べたとは言え軽い運動を済ませた僕なんて比じゃないくらい食べる。口を開いたと思えばメニューの追加、また喰べる。


「キョーちゃんこのエビ美味しいね」


「ステーキもう一枚頼もう」


あまりの食べっぷりに周りの目が気になりはじめたので僕は二人を抱えいそいそと部屋に戻る。


「さて、そろそろ作戦を立てよう」


「おっ、京くん過去に学んだね」


おじさんが口元にデミグラスソースをつけて僕を褒める、やっぱりおじさんカッコ悪い。


「そうは言っても私作戦とか考えるの苦手だよ」


「そうだな…弱点とか性格とか教えて」


「フリーさんはビビりなんだよ。だからめっちゃ強い」


「ビビりなのに強いのか?」


なんか心と体がアンバランスな気がする。

体が強いやつは心も強くて、心が弱いやつは体も弱い。そんな気がしていたけれど。


「強化魔法って言うんだけどね、どれだけ強くなってもビビりだから上を求めるんだよ」


それはなんとも…


「まあ、ビビりなのがフリーさんの弱い所で良い所でもあるんだけどね」


肉体強化に効くものってなんだろう?

ふと中学時代の野球部を思い出してみる。


…なんか、パズルとかに弱そう!


「フリーさん?ってのは頭は切れる方なの?」


「一応私達の世界では五本の指に入る魔女だからね、バカではないよ」


イルルの作った対天才の薬貰っとけば良かったな。なんだかんだ時雨もやっぱり天才なんだということを理解させられた。僕には一切効かなかったけれど。


文武両道、なのにメンタルが弱い。

なんでメンタルだけ鍛えられなかったのか謎だ。


「もしも京くんがストレシス・フリーの立場ならどうする?」


と、おじさんが口を挟む。ストレシス・フリー、なんかビビりとは程遠い場所にいそうな名前だな。


…もしも僕がすごく強くて頭も良かったらか、でも


「ビビりなら罠を張り巡らしますね」


「そうだな、俺も準備に準備を重ねる。ストレシス・フリーは強化タイプとして一流でありながら姑息な手も平気で使う。だから厄介なんだ」


「そうだね、フリーさんは平気で後ろから刺すタイプだね」


なりふり構わない奴っていちばん怖いよな。


「フリーさんの拠点はどんな感じなんですか?」


「あー、なんて言うか長崎で有名な心霊スポット?みたいなとこだ」


げえ、すごく行きたくない。

怖いの苦手だし、なんでそもそもそんな変な場所に拠点を構えるのだろう…


「ええー!行きたくない!行きたくないよそんなとこ!」


…あれ?あれれ?

この旅の言い出しっぺがなにか言い出したぞ?


「もー、フリーさんビビりのクセになんでそんな所に城たてるのよさ!意味わかんないよ論理破綻じゃん」


そして何故か怒っている。

質問でもして怒りの矛先を逸らそう。


「魔女ってみんな城を構えるものなのか?」


「そうだね、基本的にみんな色んな次元や空間に城を建てて快適な暮らしをするよ」


「うん?じゃあ時雨にもあるのか?」


「ほらこの間連れてった小屋あるでしょ?あそこだよ私の時の城」


なんと言ったらいいのか…

あれを城と呼んで良いのだろうか?


「ちなみに部屋丸ごと時間停止を掛けてあるから壊れる事も埃が積もる事も無いんだよ」


確かにあの外装で部屋の中身は凄く綺麗だったな。

でもなんであそこを拠点に選んだんだろう…



「まあともかく、明日は10時にチェックアウトだから荷物はまとめておけよ」


そう言っておじさんはつい先程まで眠って居た布団にもぐった。凄いなこの人、一体何時間寝るのだろう。


「うーん、さっき起きたから全然眠くないよ」


どうやら時雨は割と普通の体質らしい、僕も眠いと言えば嘘になるのだが、明日戦うことになるかも知れないのに夜更かしなんて出来ない。


「そうか、じゃあ僕も寝るから。おやすみ時雨」


電気を消そうとすると時雨は


「わー!待って!ちょっとだけ、ちょっとだけで良いから散歩に行かない?」



しばらく悩みその方が寝られるかも知れないと思い事で承諾。


夜は車通りも少なく建物も明かりを消し、まるで時間が止まった世界を見ているようだ。言ってもまだ11時だけれど。

時折通り過ぎる車やチカチカと光る信号機がまだ世界は止まっていないと教えてくれる。


「夜の街ってちょっと悲しいね」


「うん、人がいなくなったみたいだ」


「…ごめんね、キョーちゃん」


「なんのこと?」


それ以上、時雨は何も話さなかった。

何だか僕もこの静かな町の寝息を聞いていたかった。

それは多分時雨も同じだと思う。


15分くらい歩いたあたりで、


「なんだか眠くなってきたよー」


と時雨。じゃあ帰るかと道を引き返すが時雨うつらうつらと歩きながら寝ているのだろうか?と思いたくなるようなおぼつかない足取り。


「おんぶするから早く帰ろう」


「んー」


拒否とも肯定とも取れない返事。そんな事はお構いなく僕は時雨をおぶって誰もいない夜の街を歩いてホテルに帰った。


時雨が寝てしまうと自分だけが一人、世界で起きているような感じがして。


なんだかその夜はよく眠れなかった。

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