4話
僕達は商店街を抜けて民家を抜けて、更に歩く。
てくてくてくてく歩く、くたくたになったところで
運良く自動販売機があり僕と時雨一本ずつ購入。時雨は甘ったるそうなジュースをぐびぐび飲んで
「人生で一番美味しい」
と言い放った。多分甘いと美味しいを履き違えている…
そんな事はともかく
「なぁ、討伐って言っても何か作戦でもあるのか?」
と僕は聞く。微力ながら協力者として僕は知っておく必要があると思った。だが時雨は
「ガンガンいこうぜ」
「なんでドラクエ風なんだ…もっと詳しい話だよ」
どちらかと言えば僕はともかく時雨は"命を大事に"の方がいいと思う。
「私作戦とか考えるの苦手なんだよ正面突破に勝るものは無いと思うよ」
「漢らしすぎる…でも相手は魔女だろう?コレじゃおじさん偵察した意味が無くなると思うけれど」
「じゃあキョーちゃんが考えてよ」
随分投げやりに言われた。考えてよって言われてもなーとは思いつつも無いよりはマシだから一応考える。
「一応相手の詳細を教えて」
「えーとね、名前はイルル•ルリルリィ、あだ名はいるるん。身長は160センチくらいで体重は50キロくらい、趣味はスイーツ巡りで…」
「おいおい」
と僕は口を挟む。
「合コンでも始めるつもりなの?身長も体重も要らないよ」
「じゃあ何が聞きたいのさ」
何故か少し不機嫌な時雨。
「ほら、得意魔法とか性格とか弱点とか」
「いるるんは火が得意だよ。五大元素全部S評価だったけど中でも火は別格だったね。性格は短気、弱点…弱点かあ、イケメンに弱い!でもキョーちゃんは関係ないか」
うるせえやい!
「ちなみに時雨の成績はどうだったんだ」
「オールAちなみに全部カンニング」
時雨はぺろっと舌を出した。
こいつホントにイルルと並ぶ魔女なのだろうか。
「…水とかどう?」
「そんなゲームみたいに単純じゃないよ。火が得意なだけで火しか使えない訳じゃないし」
五分くらい考えてみたけど、あまりに違う世界なので思い付かない。
「時止めてる間に捕まえるとか」
「いるるんだって馬鹿じゃないしその辺の対策はしてると思うよ」
うーん、と悩んでいる僕を見て時雨は
「行きゃ何とかなるって」
なぜだろう、なぜか時雨がそう言うと妙な説得力がある。
いいのかな。最強故の自信みたいなやつだろうか、でも大抵そういうのって負けるよな。
この俺様がぁぁぁ…!みたいな?
なんてくだらない事を考えながらずんずんと歩き、山を登り始める。
それにしても山の中って…こんな辺鄙なところに住んでいるのだろうか、案外魔女も大変な生活をしているのだろうなと少し同情せざるを得ない。それ程に木々が生い茂り獣道のような、あるのかないのか分からない道をひたすら歩く。
しかし歩けど歩けど一向に木しか見えてこない。と言うかさっきから同じところをぐるぐると回っている様な気もする。同じような景色ばかりだから何度か見た様な気がしするだけかもしれないけれど。
いや、また同じところだ。
さっき木に付けた傷がある。
「なあ時雨、さっきから同じところを回ってないか?」
「迂闊だった。魔女の城に結界はつきものだと言うことを忘れてた」
「つまり…どういうこと?」
「迷った」
ペロリと舌を出して時雨は答える。
「ジーザス!」
なんてこった!こんな山の中で迷ったら手の打ちようが無いじゃないか、道具も何も無いし。
幸い、不幸中の幸いにして僕達は昼間に着いたおかげで日が暮れるまでにはまだ時間はありそうだ。
…あ、そうか。
「と言うか何も見つからなかったら時間を戻せばいいんじゃないか」
僕はほっと胸を撫で下ろす。時雨の無双能力に救われた。
「いや、戻したところで私達自身が逆再生される訳じゃ無い。だからせいぜい昼を維持するくらいしか出来ない」
思い返してみれば僕達は影響を受けなかった。もし僕に触れずに能力を使用したとしても時雨は戻れない。
それに昼間を維持したところで睡魔には勝てないし…
まぁいつだって どこだって明るい方がいいけれど。
ともかく何とか打開策を考えないと、
確か遭難した時は下へ下るのは良くないと言うのは覚えている。下がダメで上もダメという道理はおかしい。
「よし、上に登ろう」
「え、登るの?」
と時雨。
「それしか思いつかない。とにかく山頂を目指そう僕についてきて」
と格好つけて言ったものの数十分でへばってしまう、しかも 僕が。倒木に腰掛けしばらく休憩。
「さっき飲み物買っておいて良かったな」
すっかり緩くなってしまったお茶を飲み僕は呟く。
ふと視線を感じ、そちらを見ると時雨がじっとこちらを見つめている。
「もしかしてお前…」
「さっき飲み干した」
そういやさっきジュースを一気飲みしてたな…
「何てこった、ほらまだ残ってるしあげるよ」
僕は半分ほどお茶の入ったペットボトルを時雨に渡す。一瞬躊躇ったもののすぐにごくごくごく ぷはー。と帰ってきたペットボトルは既に空。
「え、全部飲んだの?」
「全部飲んでないよ、ちょっと残ってるじゃん」
…よく見ると確かに水滴のように少しだけ残っている。
「苦いね、それ」
最後にはダメ出しまで食らってしまった。
最後の飲み物も無くなった。食糧もない。
いよいよ本格的に危うい状況、だが一番いけないのはこの状況で冷静さを欠く事だ。
「ねぇ、いじめってあるじゃん?いぢめって書けばちょっとワイルドに聞こえない?」
どうでも良い事この上ない、この上ないけれど気になって仕方がない。
「…もしかしてマイルドって言いたい?」
「そう!それだ」
と時雨。流石に肝が座っている、状況が把握できて居ない あるいは何とかなると思っているのかもしれないが…危機感が全く無いのも考えものだ。
「さて、出発するか」
10分ほどの休憩だったが随分と体が楽になった。
さらに登る
「あっ!廃墟発見!」
時雨が指差す先を見れば廃墟と言われればそんな気がする程度の木材の山があった。
僕が脱獄した日に眠ったあのオンボロ小屋の方がはるかにマシだ。
「結構 危機的状況だから早く進むぞ時雨」
「ちょっと待って おかしいよこの廃墟」
近づいて様子を伺う時雨。今にも崩れそう、と言うかもう崩れているのだけれど
「危ないから…」
早く戻って。と僕が言うよりも早く
「見つけた 荊の城」
裏側、つまり僕達が見ていた反対側にまわると確かに不自然だった。反対側には幾重にもチェーンで巻かれた鉄製の重厚なドアがある。これだけでも十分不自然だが更にそのドアには汚れ1つ、塵1つ見つからない。まるでさっき設置されたかのごとくギラギラと冷たく鈍い金属らしい光沢を放っている。
「ひどく厳重に封鎖されてるな」
ガチャガチャと力任せに鎖を引っ張っるがどうも一筋縄では開きそうに無い。コレ時雨の言っていた結界だろうかだとしたらあまりにも…あまりにも物理的過ぎやしないか?正直もっとこう、魔法障壁とかを想像していた。
「キョーちゃん、ちょっとその鎖から手を離して」
僕は素直に従う。時雨は鎖に触れる。刹那、その瞬間から鎖はどんどんと錆びていく。銀から茶色へ凄まじい速度で変化する。
「私は触れたものの時間を加速も出来るんだよ」
なるほど、加速させて鉄を酸化させているのか。
ボロボロと鎖が崩れ落ちドアが姿を現す。よくよく見ると英語でも日本語でも無い細かい文字がびっしりと書き込まれている事に気付く。
「この細かい文字は何なんだ?」
「あぁ、ドアの耐性を上げる呪いだよ。500年は傷1つ付かないだろうね。でもどうやらドアを作った主は私が来る事は予想していなかったみたい」
再び時雨はドアに手を当てる。僕は特にすることも無いのでドアが朽ちていく様子を眺めながら、そりゃあ僕だってこんな能力見なければ信じないし対策なんてあるのだろうか なんて事を思った。
ガシッギシッ と嫌な音を立ててドアが崩れる。
崩れたドアの先は真っ暗闇で何も見えない一寸先も見えない。辺りが明るいのにも関わらず、だ。
「僕が先に入るよ」
ここまで何一つ役に立ってない僕としては今しか無いと時雨より先に暗闇に入る。
「気を付けてね、何があるか分からないから」
と時雨が後ろから僕に続く。
1歩、2歩、3歩、慎重に歩みを進める。
13歩目で僕の足の靴が何かに当たった。
「いて!」
後ろをついてきていた時雨がこつんと僕にぶつかる。
「ごめん、行き止まりだ」
僕の目の前には多分壁のような物がある。
ギギギ と壁が開く、どうやら壁だと思っていたがコレもドアだったらしい。隙間から光が差し込み眩しさに僕は目を細めた。
再び目を開くとそこは宮殿や城を思わせる立派の一言では言い表せない建物の中の様だった。
「ようこそおいでくださいました」
どこぞのおじさんとは違い綺麗に整った髭を生やしスーツを着た若い男性が僕達にそう言った。僕の直感によるとこの男性は多分執事だ。
それにしても あまりに唐突の出来事に僕達は言葉を失う。
「長旅の疲れもございましょう、夕食までゆっくりお休みください」
完全に調子を狂わされた。てっきりあの暗闇の中で襲いかかってくるものだと…なぜ僕達をもてなす必要があるのだろう?
「休む必要は…うぐっ!」
不意に時雨が僕の口を抑える。今日は全然話させて貰えない。ガツンと一言 言おうと思ってたのに…
「完全に敵意は感じられない、今は従っておこう」
と時雨が背伸びをして僕の耳元で囁く。
カツンカツンと執事はどこか気品のある歩き方で僕達を先導する。どうもこの構図的に僕達が悪者みたいじゃないか…いや、向こうからして見れば悪者なのだろうけれど
「お部屋は別々にご用意致しましたので」
些細なことだが引っかかる、用意した。つまり僕達が来る事は分かっていたのか?言葉の綾という可能性もあるが、この状況で別々になるのは好ましくない。
「せっかくだけれど一緒の部屋にして貰えますか?」
そう言うと執事は特段驚いたそぶりも見せず
「かしこまりました」
と一言。
って何で時雨は赤くなっているんだよ…
執事は階段を登って二つ目の部屋の前で立ち止まり、部屋の鍵を僕に渡す。
「この部屋の鍵でございます。ご用があれば私どもは玄関ホールにおりますので、では失礼致します」
もらった鍵でドアを開ける。念のために内側から鍵をかけておく。
それにしても…部屋の中までも大層立派で一つ一つがどれも高価そうだ。
ただ一つも窓が無い事を除けば 確かに最高だった。
「ひゃっほーベットだー」
そう言って時雨がベットにダイブする。
備え付けの冷蔵庫の中にはドリンクが冷やされている。水、お茶、ジュースとよりどりみどり。
数秒悩み、毒が入っているかもしれないと思い直し冷蔵庫を閉めようとすると時雨がこちらに駆け寄り、中のジュースを一つ取り出す。
「おい、飲まない方が…」
と僕が取り上げるより早く時雨はジュースを開け、ゴクリと飲む。ぷはーと美味しそうに飲む時雨、ゴクリと僕は唾を飲み込んだ。
「魔女は自分の見えない所で殺さないよ。ましてや毒殺なんて魔女が最も嫌う方法だから安心して飲んでいいと思うよ」
「危機感が薄いなー」
なんて口では言いながら僕も喉がカラカラだったのでジュースを一本拝借することにした。
なんか…微妙に不味い味だ。味噌汁に砂糖を入れたような。
少し考えてみると今の状況のおかしさに、そしてもどかしさに気がつく。
敵は目の前なのに…敵にとっても敵は目の前なのに。
「なあ時雨、今聞くことじゃないかもしれないけど魔女達に何があったか教えてくれないか?なんで俺達の世界に入ってきて、なんで懲らしめなきゃいけないんだ?」
「たしかに今聞くことじゃないね、でも良いよ。多分あの世界は狭すぎたんだ、私達には。勢いを増して、増して、増して、そして溢れちゃったんだ。この世界だってきっとそう、どこまで行っても満たされることなんて無くて全部手に入れたら次を求めちゃう」
時雨は少し間を置いて続けた。
「私たちにだって分かったんだ。ダメなことくらい、でも出来てしまうんだよ。世界の一つや二つくらいどうにでも。被害者や悲しむ人なんて瑣末な事だって思うようになったんだ。私なんてほら、巻き戻せば全部消せちゃう訳だしさ」
あまりにも大きすぎる話。
でもアレか、ゲームって全部クリアするまでがいちばん面白いもんな。全部クリアしてやることがなくなったら次のゲームに。多分そのスケールがケタ違いなだけだ。
でも…じゃあ、俺達ってなんなんだ?
知りたくない事だった。
自分から聞いておいたくせに。
「じゃあ、なんで魔女討伐なんてやるんだ?」
「それがベストだからだよ」
「ベスト?」
僕は聞き返す。
「みんなだって終わりにしたいとどこかで思ってるんだ。でもどこで終わればいいか、どう終わればいいか分からなくなっちゃってるんだよ」
だから丁度良いでしょ?と時雨は乾いた笑みを浮かべた。
僕は何も言えなかった。ひどい後ろめたさのような物を感じた。
ーガチャリ
ドアの鍵が開けられる音がした。
ギィ、と重そうな音とともにドアが開き、先程の執事が姿をあらわす。
「お待たせ致しました。ディナーの時間でございます」