3話
翌日、まだ日も昇らない早朝に僕は起こされた。
多分朝の3時か4時あたり、7月とは言えど朝の寒さは身にしみる。おかげで眠気は吹き飛んだけれど。
「早く起きろよ京くん、冒険の朝だ」
この人はいつもこんなテンションなのだろうか…
昨晩は驚き疲れて考え事をせず早々に寝てしまったけれど 分からない事と理解出来ない事が多すぎる。理解出来ない事は仕方ないとして、分からない事は消しておきたい。
「おはようございます。あの、これからどこへ向かうのですか?」
「先ずは居場所が分かっている魔女からだから…ええと、愛媛だな」
「魔女についてもう少し詳しく教えて欲しいです」
「うーん、何から話すか…まず魔女は全部で5人だ。んで名前がイルル・ルリルリィ。ストレシス・フリー。ハッピー・エンド。ロンリー・ワン。そしてあそこで寝てる時雨」
「…え!!」
思わず声が出た。
時雨って魔女なの?
「なんだ?普通の女の子と思ってたのか?」
くっくっ、とおじさんが笑う。
魔女を懲らしめに魔女が行くのか…
というか魔女ってもっとおばあさんのイメージがあった。
「魔女にもそれぞれ得意分野があって、これから向かうイルルは属性魔法のエキスパートだ。火水雷なんでもござれだ」
「か、勝てるんですか…?」
よく分からないが強そうなので戦いたくない。
まあ僕のすることなんて特にないだろうけれど。
「まあ、いけるんじゃねえか?一応イルルは"五才最強スレ"じゃ1番弱いらしいからな」
ほんと?それ
なんかアニメとかで元素魔法とか使う人って強いじゃん…てか五才最強スレってなんだよ…
「ちなみに最強はだれなんですか?」
「満場一致で時雨だ」
一秒の迷いもなくおじさんが答える。
「……」
「当たり前だろ、時間操作だぜ?勝てる気がしねぇよ」
「…僕、いります?」
「必要だ。必要不可欠だ」
またしても即答だった。
迷ってくれた方がまだ現実味があったが、こうも即答されては怪しさが勝ってしまう。
「じゃあ、他の魔女は?」
半信半疑で聞いてみる。
「ストレシス・フリーはたしか肉体強化で、ハッピー・エンドは心理魔法、ロンリー・ワンは…えー、ロンリーワンってなんだっけ…」
おじさんは首を傾げる。
「あの、おじさんも何か能力があったりするのですか?」
おじさんだからおじさんと言って当然なのだが面と向かって言うのは少し申し訳ない気もする。
「ん?あぁ、俺か?俺は能力なんて無い。無能だよ、無能。あとおじさんはよしてくれ、32歳。まだギリギリお兄さんで通るぜ」
32歳がお兄さんで通るかどうかはさておき、32歳?どう見ても40代半ばの このおじさん32歳と言ったのか?それともからかっているだけだろうか…
「おいおい、そんな顔しないでくれよ 確かにちょっとは老けているように見えるかもしれないが俺は年齢詐称なんてしないよ」
どうやら思いっきり顔に出ていたようだ、まぁ昨日の仕返しという事で…
「それと…」
ついでに何故僕の事を知っていたのか聞こうと口を開いた瞬間、
「んにゃー、おはよう二人とも準備できた?」
時雨が起きてきた。ボサボサの寝癖を見るにどうやら寝相が悪いらしい、どうすればそんなどこぞの戦闘民族のような寝癖になるのか少し気になる。折角ツヤツヤでサラサラの髪が台無しだ。
それに準備と言っても手ぶらで出てきたのだから荷物も何も無い。
「って言っても何も持ってきてないから準備なんてないか」
時雨が自分で聞いで自分で答える。
「……」
コイツめ、さっきから僕のセリフが無いじゃないか。
「心の準備は出来てるよ」
せめてもの抵抗。
時雨はニヤリと笑う。もしかしてワザとだろうか?
何となくバカだと思っていた時雨は案外頭がいいのかもしれない。
「それじゃあ出発!」
いつの間にやら陽は昇り辺りがあかるくなってきていた、視界が明るくなった所為か 時雨の性格かは分からないがこちらもやる気が湧いてくる。
「よし!取り敢えず …どうしよっか」
考えてないんかい!
「このままだと京くんが脱獄犯として指名手配されちまう。だから先ずは京くんの罪を無くす事だな」
おじさんが言う。
そうか、壊れた刑務所が戻っただけで僕の罪が無くなったわけじゃないもんな。
…まあ、罰が無くなったとしても罪が消えるわけじゃ決してないけれど。
「よし、じゃあ戻すから2人とも頭だして」
僕は背の高いほうじゃないけれど干天おじさんは180cmはありそうな高身長だ。僕より随分と背の低い時雨が僕の、ましてやおじさんの頭を触るためには僕達が低く屈まなければいけない、おじさんは何故か片膝立ちをした、僕もそれに倣う。
時雨が二人の頭に手を乗せる。
このシチュエーションを誰か見られたら恥ずかしいな…
と思ったが、確か時間を戻す時は周りから見えないんだよな。よかったよかった。
「3日前まで戻すね」
僕と時雨が出会った日だ。
偶然だった。ロマンチストは出逢いこそ運命と言うけれど僕は運命と言う言葉は好きじゃない。それならきっと必然だったのだろうと思う。どちらにせよ過去の産物で言い方の違いなのだけれど…
にしても、時雨はどう思っているのだろう。
出会った日のこと。
許しを乞うたり、逃げる人たちを痛めつけていた僕を。
どう思っているのだろう。
突然、ふわっと空中に放り出されたような、宙に浮く感覚がした。
ジェットコースターの頂上から落ちる一瞬、それがずっと続く感じ。酔いそうだ。
一体どれくらいこの状態が続くのだろう。
不意に
「今更だけどどうして二人とも片膝立ちしてるの?」
と時雨がもっともな質問をする。僕は自らの意思じゃなく、あくまでおじさんに倣ったのだが…正直そろそろこの体勢もしんどくなってきた。チラリとおじさんの方を見る。
すると
「紳士はレディの前で片膝立ちするもんなんだよ」
は?何を言っているんだこの人…
「おいおい二人ともそんな目で見ないでくれ 俺はれっきとした紳士だ。紳士は全員そうするぜ?」
まぁそういう事にしておこう、
「はい!3日前に戻ったよ コレでキョーちゃんが犯罪しない限り警察に追われる事は無くなった」
時雨が僕達から手を離し ようやく自由に動ける。
ただずっと片膝立ちをしたせいでが痺れて痛い。
「あいたたたた」
とおじさん。おじいさんかよ、と心中でつっこむ。
いつ降り出してもおかしくない曇天の空を見上げ 時雨が残念そうに肩をすくめる。
「せっかく旅立ちの日なんだから天気は晴れが良かったよねー 」
「そういや時雨と出会った時は雨だったな」
「うん、だからもうすぐ雨が降るね せっかく旅立ちの日だしもう一日戻す?」
「もう勘弁」
僕とおじさんが口を揃えて言った。動かないでいるのはなかなかキツい、精神的にも肉体的にも。
「さてと、そろそろ出発しますか」
「おっと俺もこうしちゃ居られない、飛行機のチケットを取らねば そろそろお別れだな」
「あれ?一緒に行かないのですか?」
「バッキャロー若えのが二人で居るのに水を差すような事できるかい」
急にどこぞの方便を使うおじさん、どうやら先ほどの紳士と言うのはおじさんなりのジョークだったらしい。
「とりあえずまだ居場所がはっきりと分かっていない魔女を探してもらうんだよ」
時雨が補足する。
なるほどな、でもこうして見ると僕の存在価値がますます分からなくなるな…要るのかな、僕。
「じゃあな お二人さん」
と去りゆくおじさんを僕は呼び止める。
一つだけどうしても聞いておきたい事があった
「あの、何故僕なんですか?」
言わずもがな魔女討伐に半ば強引に誘われた件だ。
たとえあの時、僕が首を縦に振らなくてもあの手この手でそれこそ夜を徹してでも僕を勧誘したのだろう。それ程までに彼らから必死さというかある種の執念のようなものを感じた。まるで誘わなくてはいけない、かのような…
冷静になって考えてみれば、そもそも忙しいのなら僕みたいな凡人を絵に描いたような人間にリスクを冒してまで助けるのはおかしな話だ。
世の中には信じられないほど強い彼女や信じられないほど賢い彼が存在するのに何故僕なのだろう。僕は何をすれば良いのかもわからない。
「多分君だからじゃないか?君がどう思っているかは知らないがこの胡散臭いおじさんは君で良かったと思ってる。いや、君じゃなければいけないといっても過言じゃない。あと、どうすりゃ良いか分からない時はとにかく自分に出来ることを頑張れ。ま、頑張るのは難しいから まずは頑張る事を頑張れば良いんじゃないか?」
このおじさんは読心術でも心得て居るのだろうか、にしても少し心が楽になった。
「ありがとうございます」
そう言うとおじさんは にやりと笑いくるりと背を向け去っていった。去りゆく姿はなるほど確かに紳士に違いなかった。
「じゃ、じゃあ私達も出発しようか」
おじさんの背が見えなくなるまで見送り、しばらくしてから時雨が言う。
「僕がそのセリフ聞くの三回目だよ」
一体僕達は何回出発すればいいんだ?いや、何回目で出発出来るんだ?
「三度目の正直〜」
時雨は笑う。相も変わらず細く長い時雨の足は動く様子を見せず地面に対して垂直を維持し続けている。
どうやら【二度あることは三度ある】と言ったほうが正しかったようだ。
「キョーちゃんどうして動かないの?」
「いや、動くも何も僕は場所を知らない。それに僕はお供なんだから時雨に付いていくよ」
「え?」
と首を傾げる時雨。僕 何かおかしい事でも言っただろうか?
「えーっと、私場所は知ってるけどそこまで連れて行ってくれるんじゃないの?」
そうは言ってもな…僕は今、金もないし免許証も持ってない。家に帰ったら金はくれるだろうがそれならバイトでもしたほうが遥かにマシだ。
僕はふとある事を思いつく。
「時雨、今金持ってるか?」
「300円くらいなら」
「十分だ」
確かに今から使う分には十分なのだけど、どうやって300円で愛媛まで行くつもりだったのだろうか?行けると思っていたのだろうか?
時雨から300円を受け取り、向かう先は公衆電話。
お釣りが出ないから100円玉を入れる時に少し躊躇いを感じたが仕方ない。そもそも僕のお金じゃないし、
僕の唯一覚えている電話番号。
「おう、誰だ?」
呼び出した相手は僕の数少ない友人の一人、かがみ。数少ないと少々見栄を張ったが僕には友人と呼べる人間が二人しかいない。こいつは昔からいつもこうだ。「もしもし」ではなく「おう」、「○○です」ではなく「誰だ?」そして必ず3コール以内には出る。
「君に殺されかけた人間だけど」
「あぁ!久し振りだな どうしたんだ?」
かがみに名前を言ったところで彼は人の名前をまるで覚えられない。覚えないのではなく、覚えられない。だから出来事と結びつけて僕を特定をさせる。
「急で悪いけれど愛媛まで車を出して欲しいんだ」
「仕方ねーな、いいぜ。丁度暇だったんだよ。それで お前は今どこにいるんだ?」
「京都駅」
電話を切って10分ほど待っただろうか、どこにいるのかもわからない相手を電話で呼び出して10分。神出鬼没の名は未だに健在のようだ。彼の愛車、真っ黒のボディのアウディが信号無視してトラックにクラクションを鳴らされながら こちらへ向かってくる。
10代にして愛車がアウディ。そう、彼は金持ちだ。
「よう、乗れよ。お?なんだなんだ?彼女か?デートか?」
うーん、まぁそう見えるか…ちらりと時雨の方を見ると真っ赤になって俯いている。何もそこまで恥ずかしがらなくても…
「僕の友人だよ」
そういうことにしておいた。
「お前が友人なんて珍しいな、それで愛媛だっけ?」
「あぁ、よろしく頼むよ。あとついでに一週間くらい過ごせる金を貸して欲しい、死ぬまでには返す。いや、死んでも返す」
「お前と俺の仲だ。そのトランクごとやるよ」
後部座席には大きなトランクが積んであった。かがみの事だから中身は金なのだろうけれど…
「そんなに要らないし、貰えない。それに返すのは僕の罪滅ぼしで僕の為だ」
「相変わらず厳しいヤツだな」
とかがみは笑う。
自分に厳しい訳でも他人に厳しい訳でも無くて罪の意識から逃げるだけなのだけれど、わざわざ自分の評価を下げる必要もないから僕は何も言わない。
初めは殆ど俯いて口を開かなかった時雨だが10分ほど走るとすっかりかがみと打ち解けた。
もっとも、こんなテンションの奴と一緒にいて不機嫌でいろ という方が無茶な話だが。
三時間ほど経っただろうか依然として車内のテンションは高い(時雨とかがみが)
「おい、コレが噂の明石海峡大橋ってヤツだぜ」
「えっ!?必殺技?」
時雨が嬉しそうに声を上げる。
「おい、ココが噂の淡路島ってヤツだぜ」
「えっ!?島?上陸してるの?私達」
お前達本当は無理してるんじゃないか?とさえ思う。それ程のハイテンション。
ちなみに僕達がさっきまで居た本州も島だ。
さらに一時間ほど、僕はかがみが全くパーキングエリアに寄らないことに驚いた。愛媛に連れて行ってくれと言ったからもう愛媛しか見えていないのだろうな、まあ早く着くから助かるけれど…それにしても長時間片膝立ちでそのあと長時間着席となるとかなりキツい。腰が痛い。
「ほい、着いたぜ終点松山駅〜」
長時間ドライブの疲れを微塵も見せないかがみに対し僕は既に満身創痍といった感じで 降りるやいなや思いっきり伸びをしてしばらく体操をする。体を動かすと幾分か楽になった。
「ありがとう本当助かったよ、かがみはこれからどうするの?」
「俺は…うーん、そうだな。取り敢えず南に向かう」
こいつ…まだ運転するつもりか、疲れを知らないのだろうか?羨ましいかぎりだ。
「じゃーねーかがみさん」
と時雨。
何かを察したのか最後まで目的も聞かずそれでいて普段と変わらずに接してくれるかがみに心底感謝だ。
「おう!じゃーな。っと、はいコレ餞別だ。気が向いたら返しに来いよ 約束だ。」
かがみが車の窓からリュックを投げる。
僕がキャッチすると同時に車は走り出した。かがみなりに少量に抑えてくれたつもりなのだろうけどそれでも半年は遊んで過ごせるくらいの金だ。
「あぁ、約束だ」
と小さくなったアウディを見つめ僕は呟いた。
「ねぇ、お腹すいた」
そういえば、と僕も腹が減っていると自覚する。
昨晩から何も食べていないのだから当然だけど
「そうだなご飯食べに行くか」
土地勘もないし携帯も地図もないので僕達はふらふらとあてもなく歩くしかなかった。運よくうどん屋があり、僕と時雨は迷わず入店。丁度昼頃だったので店内は人が多く数十分待つ事になったのだがこの数十分が長い長い。体感時間で言えば車でここまで来た時間よりよりも長く感じた。
各自うどんとそばを一杯ずつ食べる。
「ふぅ、満腹満腹」
満足そうに時雨がお腹を叩く。
流石に二杯も食べたので僕も満腹だ。正直、食べるのに夢中で味を楽しむ余裕すらなかったから美味しかったのかすら覚えていない。惜しい事をした。
「さて、そろそろ乗り込みますか"荊の城"」
僕に言ったというよりか時雨は自分自身に言い聞かす様に今度こそ時雨は足を踏み出した。