1話
いつもより明るいと思えば今宵は満月か。
綺麗だな。
月は良い。
見ているだけで時間が潰せる。雲に隠れたり、ぼんやり滲んだりする月を見ているといつの間にか1時間くらい経っていたりするから退屈な僕にはちょうどいい。
全く、"ここ"は退屈で仕方がない。
ただただ月を見ているといい具合に眠気が襲ってきた。
僕は夢と現実の境界を行ったり来たり、来たり行ったりしながら、
こんな夢を見た。
※※※※※※※※※※※※
【それでは皆さんに質問でーす】
担任の先生はにっこりと笑う。
【全ての生き物に平等なものってなーんだ!】
「ハイ!命!」
クラスメイトの誰かが言った。
【それは違うよ○○くん。私達は命を食べて生きているんだから。私達が誰かに食べられることなんてある?】
さっきの威勢の良さはどこへやら、○○くんは黙って俯いた。
「自由」
【ブブー、× × さん。悪くないわよ。でもね"全ての生物"よ?よく考えてみて?】
死ぬ権利かな?と思った。
でも口には出さない。教室内は静かになった。
【もう誰も無いかな?答えはね、時間です】
※※※※※※※※※※※※※
…
……
「はー、嫌な夢」
ぽつりと呟いた。
時間が平等だなんて、あの先生よく言えたものだ。
多分、本気でそう思ったんだろうな。
時給800円のA君とと時給1000円のB君。
A君が10時間働いた8000円とB君が8時間働いた8000円。
A君は2時間も損してるじゃないか。
昨日死んだ名前も知らない赤子と、今日も誰かを殺す殺し屋老人。
あの担任は僕たちに真っ直ぐに生きることを強要してるみたいでひねくれた僕は嫌いだった。嫌味ったらしく言ってやればよかったな。
ポーン、ポーン、ポーン。
小さな電子音が3回響いた。
ここの時計は12時になるとあの電子音が鳴る。
「そろそろかな?」
もちろん夜の12時で午前零時。
消灯時間はとうに過ぎ僕を除く囚人は皆眠ったようで牢屋の中はシンと静まり返り、時折看守がカツンカツンと靴の音を響かせる。不自由の象徴みたいなこの音はまったくもって不快だ。動物園に閉じ込められている動物はいつもこんな感じなのだろうか?
…けれどこの音とももうすぐお別れだ。
「2日後の24時に迎えに行く」
別れ際、少女は確かにそう言った。
2日後の24時ってそれ3日後になるんじゃないの?と今更だが疑問に思う。
僕は2日前にここに来たのだからまさに今、その時間のはずなのだが…
カチリ とスイッチが押される様な、何か機械的な音が微かに聞こえた。瞬間、
ドゴォォォォオオン!!
突然凄まじい爆発音と共に目の前の壁が爆散した。コンクリートの壁が吹き飛び 飛び散る、うっかり命すらも吹き飛びかねない状況。一体何が起こったのだ?迎えに来るのは"彼女"では無く"死神"って事だったのか?確かに"私"が迎えに行くとは言ってなかったけれど、
…じゃあアレは殺害予告かよ!
牢屋の中は煙で何も見えなくなり唯一認知できるのは音。叫び声、サイレン、コンクリートの崩れる音。
不意に目の前に人影が映し出される。
「久しぶりだね、迎えに来たよ」
と、もしかしなくとも少女の声だ。
諭すような口調で その響きはこの場に似つかわしくないくらい優しく、そしてどこか懐かしかった。
「実はほんとに来てくれるなんて思ってなかったよ」
煙というか舞い散るコンクリートの粉で咳き込みながら僕はそう言った。
「最短で最速、これが最高じゃない?」
最低だ。
何かにつけて速度と効率が求められる現代だが"現在"はバレないことに重点を置くべきだという事は流石に僕でも分かる。もう過ぎたものはしょうがない。
「早く逃げないと捕まっちゃうぜ」
“君が”とは言わないでおいた。
「にっひっひ 大丈夫〜救出は派手にやんないとね」
気楽そうに、楽しそうに少女は笑う。
大丈夫じゃないから言っているのだけれど…
でも少女が大丈夫といったのであれば根拠は何一つ無い事を踏まえても僕は何となく大丈夫な気がする。僕がこの子の事を、一切合切何一つ知らないとしても。
「ほら、行こ?」
そう言って手を引かれた。
瓦礫の山を踏み越え 踏み分け僕達は多分牢屋から出た。多分と曖昧なのは壁という壁は破壊されてしまい どこまでが牢屋でどこからが牢屋じゃないのか まるで区別がつかなかったからだ。まぁ区別がついたところで どうという事はないけれど…
辺りは未だに煙が舞っている。
何か違和感を感じたが、グイッと少女は僕の手を引き走り出す。僕も少女天国のペースに合わせて走る、何故手を繋いでいるかは謎だが悪い気分じゃない。
「どこへ逃げるの?」
そう聞くと
「私にとっては地獄のような所」
「…僕にとっては?」
「君にとっては天国じゃない?」
なぞなぞかな?女湯とかだろうか?多分違うだろうけれど、まぁどこでもいいや 少なくとも牢屋よりマシなところだろう…
監獄じゃないならどこだって連れて行ってくれるが良いさ。
「そういえば君の名前は?」
走りながら僕は更に質問する。
「そういえば言ってなかったね 私はしぐれ。時の雨と書いて時雨」
…しぐれ?
なんだかどこかで聞いたことがあるような気がするけど、気のせいだろうか?
時雨に手を引かれ10分ほど走った。
うん?僕は再び違和感を感じた。
そうだ、音だ。何一つ音が聞こえない。さっき聞こえていたサイレンや声が聞こえない。
爆発の衝撃で鼓膜が破れたのだろうかとも思ったがどうやら見当はずれのようだ。時雨の声は、と言うより時雨の声だけが聞こえる。
「ふぅ、もう大丈夫だね」
時雨は乱れる息を整えながらそう言った。10分走るのはなかなかキツい、ましてや時雨は女性の中でもかなり華奢だから体力も少ないと思っていたのだが体力面においては僕とそれほど変わらない気がする。ともすれば負けているかもしれない。
僕も肩で息をしながら
「あれだけ派手な事したのだから警戒網とか既に張ってあるんじゃない?」
「うんにゃ、多分君が逃げた事はまだバレてないよ、いや、絶対だ。気付くハズがないんだよ」
…ん?
「君は周り見てないなー?そんな余裕なかったのかなー?」
いたずらっぽい笑みを浮かべ時雨は言う。
なぜかその笑みがひどく懐かしく感じた。
「周りみてごらん」
そう言われて僕は周りを見渡し仰天する。言葉も出ない、出るハズもない。