世にも奇妙なTSFストーリー 第15話サンプルシナリオ『勝利のためには』
ストーリーテラー
「全てのアスリートは常に勝利を追い求めるもの。しかし、目先の勝利よりももっと大切なものに気づく瞬間がありますよね?」
▪︎テレビ局の控室
大きな鏡の前に座った新垣良美(あらがきよしみ)が同世代のヘアメイクにテレビ向けのヘアスタイルとメイクを施してもらっている。
ヘアメイクは間もなく手を止め、メイク道具を片付け始める。
ヘアメイク 「長い時間、本当にお疲れ様でした。ディレクターさんが声を掛けるまでもう少しここでお待ちください」
新垣 「分かりました」
ヘアメイク 「新垣さん。いつも応援しています。オリンピック、頑張ってくださいね♪」
ヘアメイクに笑顔で頷いた良美が前方を向き、鏡の中でより綺麗になった顔を惚れ惚れした表情で見つめる。
ヘアメイクが控室を出ると、入れ替わるように白の使い捨てマスクをした番組スタッフが入ってくる。
入ってきたのは二人。一人は30代と思しき男性でマスクを外す。
もう一人は男性と良美と同年代と思しき女性で控室に入るなりドアの鍵を閉める。
鏡越しに男性の顔を見た良美が椅子に座ったまま問いかける。
新垣 「どうやってここへ?」
二人が番組スタッフでないことに気づいた良美の問いかけに男性ではなく、男性の横に立った女性が答える。
女性 「私が新垣さんをここへ連れてきたのよ」
マスクを外した女性の顔をはっきりと認識した良美が椅子から立ち上がり、二人と対峙する。
新垣 「奈緒美…」
メインタイトル
『勝利のためには』
星野美宏 演:大葉樹(おおばいつき ハリケン・ジェネレーション)
新垣良美 演:Mikako(みかこ)
酒谷奈緒美 演:是枝紘奈(このえひろな)
黒装束の男 演:有働健(うどうたける)
▪︎地方のスポーツセンター
仕事を終えたスポーツウエア姿の星野美宏(ほしのよしひろ)がスポーツセンターのロビーを歩いているとグレーのスーツを着た40代の中年男性が近寄ってくる。
中年男性に会釈した美宏は歩きながら話しかける。
美宏 「藤堂さん、久しぶりだね」
藤堂 「こちらこそ。それより晩飯は食ったか?」
美宏 「食ってない」
美宏と藤堂が談笑しながらスポーツセンターを出て、目の前の24時間営業の無人駐車場に向かう。
▪︎ファミリーレストラン
ステーキ専門のファミリーレストランで三人の男性が食事をしている。
美宏と藤堂、そして藤堂に同行していた美宏より若い男性。男性は上から下まで真っ黒な衣装を身に付けている。
美宏 「俺が新垣選手の代わりにオリンピックに出場する? 藤堂さんが何を言っているのかさっぱり分からないんだけど」
藤堂 「それができるんだそうだ。まあ、ちょっとした変化球ではあるがな」
美宏 「俺をからかっているのか?」
黒装束の男 「からかってなんかいませんよ」
食事の手を止めて不快な表情になった美宏に黒装束の男が語りかける。
黒装束の男 「正確には新垣さんと星野さんの魂と身体を入れ替えるのです。星野さんは新垣良美本人としてオリンピックに出場してもらおうと思っています」
▪︎とある研究施設
美宏と黒装束の男が病院の集中治療室のような部屋にいる。
周りに大小様々な機械が立ち並ぶ中、中央に手術用のベッドが二つ並べられており、その一つに若い女性が寝かされている。
頭に電気コード付きの奇妙なヘルメットが被せられた女性が死んだように眠っている。
美宏 「新垣良美…、本物、なのか?」
固唾を飲む美宏の問いかけに黒装束の男が笑顔で答える。
黒装束の男 「本物ですよ。それより、決心はつきましたか、星野さん」
~ 一分間のCMタイム ~
▪︎とあるテニス場
新垣良美が公開練習しているテニス場の前でテレビ局の女性アナウンサーが満面の笑顔でリポートしている。
女子アナ 「体調を崩して長期間休養していた世界ランキング一位の新垣選手がようやくみんなの前に戻って来ましたぁ♪」
新垣良美としてテニスの練習に没頭する美宏が練習相手の男性が打ち返したボールを追いながら、自身のこれまでのことを思い出す。
▪︎過去の出来事
美宏の古い写真と映像が流れ、それを美宏が解説する。
俺の名は星野美宏。
32歳、元テニスプレーヤー。
父親が陸上の元日本記録保持者で母親が水泳選手というアスリートの家庭に生まれ育った俺は幼い頃から勉学そっち向けでテニスに打ち込んでいた。
物心ついた時から自分のことをテニスの天才だと思っていてその自信通り、小学生から中学生にかけて国内のあらゆる大会に優勝し、天才少年と呼ばれて将来を嘱望された。そして19歳で初めて出場した四大大会でノーシードながら三回戦を突破したことで人気に火が付き、それと共にトップアスリートの階段を上り始めた。
ところが好事魔多し。
20歳の時に羽目を外した。
スポンサーからプレゼントされた当時最新鋭のスクーターで事故を起こしたのだ。
深夜まで遊び呆けてスクーターで帰宅途中、道路の左側にハザードランプなしで停車していたトレーラーが突然動き出してUターンをしたのを見た俺は咄嗟の判断でスクーターを捨ててトレーラーから逃げた。
スクーターがトレーラーに押し潰されるのを見ながら九死に一生を得たが、テニスプレーヤーとして致命的なダメージを受けた。右膝半月板、そして股関節を損傷したのだ。
海外のトッププレーヤーより体格が劣る俺にとって、俊敏に動く下半身こそが最大の武器であり、その能力を削がれることは死刑宣告に近かった。
俺は苦しいリハビリの末に何とか怪我を克服したが、その後は落ち目になった。国内ならまだしも海外ではまるで勝てなくなった。
俺が勝てないことが分かるとスポンサー、そして世間が離れていった。
俺は27歳で引退し、マネージャーの藤堂さんに勧められてテニスのトレーナーに転身した。
職場は生まれ故郷のスポーツセンターで、華やかな世界から一変したが、テニスプレーヤー時代に苦楽を共にした年下の酒谷奈緒美(さかやなおみ)の支えもあり、それなりに幸せな時間を過ごしていた。
ところがその一年後に心を揺り動かす大きな出来事があった。
次のオリンピックが自国で開催されることになったからだ。
俺がオリンピックに出場するチャンスは三度あった。
一度目は20歳の時。パワーもテクニックも鰻登りで何より自信に満ち溢れていたが、怪我で選考大会を断念せざるを得なかった。
二度目はオリンピック開催一年前の国内の選考大会でライバルにあっさりと敗れて権利を失った。
三度目は国内の選考大会で優勝して権利を得たが、同時に古傷を再発させた。そして満身創痍で挑んだ四大大会で惜敗し、その後は試合に出場どころかテニスも満足に出来なくなり、そのまま引退した。
▪︎とある研究施設
黒装束の男 「誰でもいい、というわけではありません。魂と身体の入れ替えには魂の相性が必要です」
美宏 「魂の相性?」
黒装束の男 「はい。星野さん以外にも該当者はいました。しかし、誰でも彼女になれるわけではありません」
黒装束の男は勿体つけるように一呼吸置いた後、話し続ける。
黒装束の男 「何よりテニスというスポーツに精通していなければならないし、それに加えて並外れたメンタルが必要です。新垣選手は世界ランキング一位の選手であり、並の人間が新垣選手の代わりを勤めることは出来ません。そこで選ばれたのが星野さん、貴方です」
美宏 「俺は雑魚の敗者。新垣選手の足元にも及ばない」
黒装束の男 「将来を約束されていたのに若いが故に挫折。並の天才ならばそこで終わる。しかし貴方は終わらず、不屈の闘志でカムバックした。私は引退直前の貴方の最後のゲームを観ました。全豪の二回戦です。あれは貴方にとってベストゲーム。怪我さえなければジョブス選手を倒していました」
美宏 「仮定だよ。あくまでも」
黒装束の男 「そうかもしれませんね。でも私は貴方の最後の戦いに感銘を受けた。だからこそ、新垣選手を演じるのは貴方しかいない。貴方にしかできないのです」
黒装束の男の微笑みかけに美宏は小さく頷く。そして眠っている新垣良美を見つめる。
▪︎テニス場のシャワールーム
テニスの練習を終えた美宏がシャワールームで汗を流している。
(180センチ、75キロ。長い手足。強靭な筋肉に柔軟な関節。アスリートとしては理想的な身体。パワー、スピードと共に下手な男子は完全に凌駕しているし、テクニックも相当なもの。この身体には俺が失ったものが全部ある。短期間とはいえ、この力を使えばオリンピックなど目ではないし、世界ツアー、そして四大大会だって)
美宏はシャワーを止める。
シャワーヘッドの水滴が僅かに止まらずに落ち続ける。
(いや、そうじゃない。そうじゃないんだ。彼女と俺とは圧倒的に違う。彼女は俺など足元にも及ばない真のトップアスリートであり、スーパースターだ。俺は井の中の蛙だった。俺は天才でも選ばれた人間でも何でもなかった。どんなに血反吐を吐いて努力を重ねても、天性の力を持つスーパースターには絶対になれない。だから俺は彼女にはなれない。所詮は偽物でしかない)
真実を悟り、肩を落としながらシャワールームを出た美宏が、すぐ目の前の大きな洗面台の前に立ち、濡れた髪をかきあげて隠れていた顔を曝け出してじっと見つめる。
(でもそれでも構わない。オリンピックに勝てればそれでいい)
~ 一分間のCMタイム ~
▪︎とある研究施設
病室のような白くて清潔で簡素な部屋。
ベッドの上で目覚め、上半身を起こした美宏は周りを見渡した後に立ち上がり、自身の身体に興味深く触れる。そして、ベッドの側に備え付けられた鏡に映る新垣良美の顔を見つめる。
美宏 「今日から俺は新垣良美。俺に課せられたミッションはオリンピックの金メダルを取ること」
男の声 「その通り」
美宏が後ろを振り向くと、黒装束の男ではなく、オリンピック委員会の本山会長が立っている。
本山 「当然ながら金メダルを取ることが至上命令だが、何より大事なことは参加をすることだ。心身の不調を理由に参加を渋っていた新垣選手の参加表明は効果が絶大だ。オリンピック反対派を一気に沈黙させることが出来るし、コロナ禍での開催を疑問視する国民の心を一つにすることも可能だ。我々は何としてもオリンピックを開催しなければならない。国民に陳腐な勇気と感動を与えるために」
本山のドラマのセリフのような大袈裟な言い回しに美宏は苦笑する。
美宏 「俺は政治的なことに興味はない。それより俺のような終わった人間に晴の舞台を用意してくれたことに感謝する。本山さんの期待に応えるように頑張るよ」
本山 「話が早い。さすがは我が国のトップアスリート」
笑顔の本山が同じく笑顔の美宏に向かって大袈裟に手を叩く。そして真顔になる。
本山 「まずは慣れてもらう。世界最強の女子テニスプレーヤーの身体に」
▪︎記者会見を行うテレビ局の控室
美宏に身体を奪われた新垣良美、そして美宏の恋人である奈緒美が美宏と対峙している。
奈緒美 「美宏、こんな馬鹿なことはもう辞めにしようよ」
美宏 「奈緒美。その男が俺じゃないことを信じたんだな」
奈緒美 「ええ、そうよ。彼女が私に真実を話してくれたわ」
美宏 「新垣さん。オリンピックが終われば俺たちは元に戻してもらえる。だから焦る必要はないだろ?」
良美 「分かっているわ。それでもここに来たのは星野さんを説得するため」
美宏 「説得?」
良美 「これから行われる記者会見でオリンピックの不参加を表明してほしい」
美宏 「はあ? 何を馬鹿なことを言っているんだ。今更そんなことできるわけないじゃないか」
美宏が大げさに両手を上げて良美の言葉を全否定すると、奈緒美が話し始める。
奈緒美 「美宏。他人に成りすましてまでオリンピックに出場したいのは何故?」
美宏 「テニスプレイヤーとして金メダルを取る。これが俺の人生だからだ。名誉も何もなくなって田舎のスポーツジムのテニスのトレーナーで残りの人生を過ごすなんてまっぴらなんだよ」
奈緒美 「美宏…」
美宏 「バックグラウンドなんてどうだっていい。どんな舞台だって構わない。何故なら俺にとって勝利こそが全て。後世に残る記録こそが全て。アスリートたるもの何百人、何千人の頂点に立つ勝利者でなければならない。そのためにはどんな手を使ってでも頂点に立つ。例え人の道から外れたとしても勝てばいい。新垣さんの身体とはいえ、勝てば俺の魂が納得する」
美宏の恍惚の表情を浮かべていると良美が口を開く。
良美 「それは貴方の自己満足でしかないわ」
美宏 「俺のこれからの戦いを馬鹿にするのか!」
冷静さを失い、顔を醜く歪ませる美宏とは対照的に良美は冷静さを失わない。
良美 「貴方の気持ちは分からないでもない。私だって幾人もの人たちと戦い、蹴落として頂点を目指した。でもそれはテニスの世界を舞台にしたもの。テニスプレーヤーとして正々堂々と精一杯戦って得た素晴らしい勝利の数々。私以外の全てアスリートだって同じ。でも、このオリンピックで得るものはそれと同じではない」
美宏 「利いた風な口を抜かすな! お前は頂点を極めたからそんな迷いごとが言えるんだ!」
良美 「私は頂点を極めたわけではない。それはあくまでも一時的なものだし、これからも勝利を求めて戦い続けるわ。でも貴方に分かってほしい。これはそれとは明らかに違うんだって」
美宏 「何が違うんだ? 分からない。俺には分からない」
その言葉にため息をついた良美が美宏を見据える。
良美 「アスリートがオリンピックで無邪気に勝利だけを目指すことは終わった。もはや全てのものが腐敗し、かってないほど鮮明に世界に溢れ出している。それが今のオリンピック。そして我が国。政府や組織委員会、それからマスコミはオリンピックに一直線に突き進み、一般の人たちに本当のことを知らせない。だけど(インター)ネット上で垣間見られる、コロナのパンデミックの影響を受けた様々な業種の人たちの声は悲痛だし、何よりオリンピックを優先するが故に常に後手に回る対策の失敗からコロナに罹患して苦しむ人たち、そしてそんな人たちの命を救おうとする医療関係者たちが悲鳴を上げ続けている。それなのに政府やそれに追従する者たちはそれらを全て無視し、オリンピックやコロナのパンデミックに乗じた数多くの薄汚い利権だけを追い求めている。それは直接的にも間接的に沢山の人たちを蔑ろにするものだし、やがて殺すことになる。そして」
良美はそこで区切って一呼吸置き、再び口を開く。
良美 「それを知りながらオリンピックに参加するアスリートはそんな腐った政府のプロパガンダでしかない」
力強く言い放った良美に美宏は折れない。
美宏 「どうだっていいんだよ、そんなことは! 勝利の前ではクソでしかない! 俺以外の他のアスリートだってそう思っているに決まっているんだ!」
良美 「ええ、そうね。だから私は悩んだ。母国の晴れ舞台で勝利を目指すべきか、捨てるべきか悩み続けて心を病み、ラケットを握ることすら出来なくなった。それでも多くの友人たちのお陰で蘇り、ようやく決心した。私は不参加を表明しようとしていた。コロナやそれ以外のことで苦しみ死んでいく人たちを無視して試合をすることなんて、私には絶対にできないから」
無言の美宏に向かって良美が畳み掛ける。
良美 「身の程知らずかもしれないけど、私が公の場で不参加を表明してその理由をきちんと説明すれば、みんな分かってくれると思うの。この異常なオリンピックを舞台に戦うことの愚かさを。でもそれを目前にして身体を奪われてしまった。貴方に」
美宏 「俺じゃない。俺が悪いんじゃない」
奈緒美 「そうよ。美宏は悪くないわ。だから美宏が新垣さんの代わりに不参加を表明するのよ」
良美と奈緒美が見つめ合って頷く。
言葉をなくした美宏は呆然と立ち尽くす。
控室の外が騒がしさを増し、控室のドアを勢いよく開くと黒マスクに黒スーツの男たちが一気に乱入してくる。
「お前たち! 新垣選手に何をしているんだ!」
「止めて! 離して! 離してってば!」
多勢に無勢の良美と奈緒美が屈強な黒スーツの男たちにあっという間に押さえ込まれると諦めたように肩を落とし、男たちに連行されて控室を後にする。
扉のドアが優しく閉められて先程と同じように鍵が掛けられる。
控室に一人残され、憔悴しきった美宏が椅子に座り込み、天を仰ぐ。
▪︎数分後の控室
番組のディレクターが控室にやって来て、虚ろな目つきでスマートフォンを弄り続ける美宏に声を掛ける。
「新垣さん、お待たせしました」
美宏がディレクターの声に遅れて反応する。
「…はい」
美宏が軽く深呼吸した後、スマートフォンをポケットに収めて椅子から立ち上がり、ニヤけた顔でくだらない談笑を続ける番組ディレクターにいい加減な相槌を打ちながら控室を出る。
勝手に閉まる控室のドア。
ストーリーテラー
「参加と不参加。彼はどちらを選んだのでしょうか? まあ、どちらを選んだにせよ、アスリートは圧力などに屈せず、自分自身の意思を明確にして言葉にすることが大切なのです。そしてそれに真っ当な倫理が伴っていれば、世の中を正しい方向に導く礎の一つになるかもしれません」
おわり