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特級探索師への覚醒 ~蜥蜴の尻尾切りに遭った少年は、地獄の王と成り無双する~  作者: 笠鳴小雨
第3章 マジョルカ編(上)

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第71話



 マジョルカアイランド共和国。

 

 十二年前にスペインから独立した国家であり、地中海にある3640平方キロメートルほどの小さな島である。奈良県よりも小さく、鳥取県よりも少し大きい面積しかない、本当にごく小さな国だ。

 そんな島の中央に、世界で47個しかないメインダンジョンの一つ『マジョルカリゾートダンジョン/零等級』が存在する。

 このダンジョンは世界でも唯一の特徴を有していることで有名だ。

 第一階層から第五階層までのフィールド内にいくつかの街が点在しており、その街を囲う防壁の内側には、モンスターが立ち入ることのできないセーフティーエリアとして一般人でも安全に過ごせる世界が広がっているのだ。


 そんなマジョルカリゾートダンジョンの第三階層。


 その階層の中央に位置する『トュレースセントラルパブロ街』でも割と閑静な住宅街が連なる都市はずれの一軒家に、テンジは千郷と共に共同生活を始めていた。

 一つ屋根の下に、麗しい女性との同棲生活……なのだが。


「あっ、おはよう千郷ちゃん」


「ほわぁ~……おはよう」


 ホットパンツに、キャミソールと下着だけという相変わらずな際どい服装をしている千郷が、眠そうに欠伸と背伸びを同時にやりながら一階へと階段を降りてくる。

 いつも通り寝癖はぼさぼさのままで、ところどころがアホ毛が跳ねている。

 そんな千郷は食卓から香るベーコンと焼けたパン、コーンポタージュの香しい匂いを嗅いで、鼻をクンクンと動かした。

 そのまま誘われていくように、食卓の椅子にぺたんと座る。


「千郷ちゃん、僕はもう学校に行くからね。朝ごはんは食べたらお皿はちゃんと水につけておいてよ? ベーコンの油はしつこいからさ」


「はいはい、わかったよ~。ではでは、いただきます」


「じゃあ、僕も行ってきます」


「いってら~」


 千郷はカップに入ったコーンポタージュをスプーンで熱そうに啜りながら、テンジへと軽く手を振った。

 その様子を見て、テンジは近くのソファに置いてあったバッグを背負い家を出る。

 海外では基本的に外靴のまま家にいることが多い。もちろんこのマジョルカアイランド共和国の風習も外靴で過ごすのが基本である。


 テンジは家を出ると、敷地内の玄関付近に停めてあるマウンテンバイクへと跨った。

 そのまま勢いよくペダルをこぎ始め、学校へと向かって出発する。


 視界に映る街並みは、どこかの異世界にでも迷い込んだような光景が広がっている。

 テンジが住む郊外ではあまり活発な増築計画などが進んでおらず、煉瓦造りや白いタイルで彩られた、ダンジョンに元々あった本来の姿を保った一軒家の建築がずっと続いている。

 それこそ日本では見ない光景であり、中世の宝石と呼ばれているドイツのローテンブルクに似たような街の風景だった。


「空気も街並みも何もかも……新鮮で心地いいなぁ」


 テンジたちがマジョルカアイランドに来て、すでに一週間が経過していた。

 さすがに見慣れてきた街並みと言えど、どこか体になじまない感覚が残っているのも確かであった。

 空気も凄く新鮮で、東京の濁った空気とは比べてはいけないレベルである。


 だからこそ、朝いちに自転車で走るこの街がとても心地いいのだ。


 そんな街並みを堪能しつつ街の中央にある学校へと向かっていたテンジは、少し大きめの通りに出たところで、とある移動販売車キッチンカーのカフェの前で徐に自転車を止めた。

 そのキッチンカーは丸いフォルムに水色の塗装が特徴の車であり、この辺りでは人気のカフェとして知られている。それでもまだ朝が早いので、並んでいる人はいなかった。


「おじさん、レモネード一つください!」


 テンジは慣れた仕草で、キッチンカーの中で忙しなく準備をしていた厳つめのおじさんに、元気よく話しかけた。

 この一週間、毎日聞いた声に振り返ったおじさんは、ぶっきらぼうに返事をする。


「おう、またあんたかい。よくもまぁ、毎日同じ店で頼むねぇ」


「おじさんが美味しいレモネードを作るのがいけないんです」


「いいこと言ってくれるじゃねぇの。ほら、これサービスだ、学校で食べておけ」


 テンジはマジョルカアイランド専用の電子通貨で、ピッと支払いを済ませると、カフェの厳つい顔をしたおじさんからレモネード一杯と、ハムや野菜がぱんぱんに挟まったサンドウィッチ一つを貰う。


「いいの?」


「気にすんなって。一週間通い続けてくれた感謝サービスだ」


「ありがとう! 明日も来るね!」


「おう、学校頑張れよ」


 テンジはエプロンを着たおじさんに笑顔で手を振ると、サンドウィッチをバッグに仕舞いこんで、再びペダルをこぎ始めた。

 時々レモネードで喉の渇きを満たしつつ、自転車で40分ほど離れた学校へと向かう。


 このマジョルカアイランドで買い物をする場合、専用の電子通貨が必要になる。現金はこの国では扱っていない。

 普通の住人の場合は支払い専用のカードを配布され、ここの住人だと証明できる住民許可証と二つ重ねて専用の読み取り機にタッチをすると、自動的に支払いが完了するという具合である。

 ただし、マジョルカエスクエーラに所属する学生や国営の機関に所属する人の場合、それとは別のカードが配布され、それ一枚で支払いが完了となる。

 テンジの場合は、学生証に様々な機能が組み込まれており、タッチ一つで色々なことができるようになっている。

 千郷の場合は、教師用のライセンスカードに支払い機能が組み込まれているのだ。


 そうしてこの国の経済は回っている。

 この独特なメインダンジョンのおかげで経済は非常に発達しており、今の時代にしては珍しく科学技術の発展も著しい、最先端国家なのである。

 23年前にダンジョンが発生してから、昔のような科学技術の右肩上がりな時代はもう衰退していた。どこの国もダンジョンに対する資金を潤沢に充てるようになり始めたのが原因である。


「うーん、やっぱりまだまだ慣れないなぁ……これ」


 そう言って、テンジは耳元についたスカイブルーのイヤーカフに優しく触れた。


 正確にはこれ、イヤーカフのようなお洒落なアクセサリーではない。

 数年前にこのマジョルカアイランド共和国で開発され、一部の国と地域のみで数量限定販売されている、科学とダンジョン資源を融合させた最新の翻訳機である。

 商品名を『オレリア』と言い、翻訳までのタイムラグ約0.0001秒以下、イヤーカフほどの小ささで快適さを実現、約7099の言語に加えほぼすべての方言まで対応でき、完全防水性で、数々の強度試験も難なく突破し、一等級魔鉱石一つのエネルギーで三年間連続使用可能、と謳う世界でも唯一無二の翻訳機であると知られている。


 このマジョルカのように、多くの国から人材が集まる国家では非常に重宝されている。


 テンジは、そのオレリアの右耳にあるボタンに一度触れる。


『他言語――日本語翻訳モードに変更しました』


 そんな機械的なアナウンスが骨伝導で聞こえてくる。

 モードをこれに変更すると、最初に他者が話す外国の言語が耳に流れ、その後に日本語での翻訳が流れる設定に変わる。これは自分から他国の言語を積極的に学びたい人が使うモード設定である。


 そしてもう一つ――。


『他言語音声排除――日本語翻訳モードに変更しました』


 再びイヤーカフのボタンを押すと、設定が切り替わったアナウンスが聞こえてきた。


 これがオレリアの真骨頂でもあり、世界中の人々が求める理由の一つでもある設定だ。

 本来ならば直接聞こえてくる英語やスペイン語などの肉声をオレリアがシャットアウトし、着用者の耳に届かないようにしてくれる。そしてタイムラグ0.0001秒という翻訳速度で、発声者の声と同じ音質の声を日本語で耳に届けてくれるのだ。

 よって、このモード使用時には、テンジの耳には日本語しか聞こえてこないのである。


「やっぱごりごりの外国人が流暢な日本語を話す姿って……変な感じ。いや、まぁ……凄いんだけどさ」


 テンジがこう思うのも仕方がなかった。

 マジョルカアイランドの住人はほぼ100パーセントが着用しているこれであるが、世界中を見渡せばごく一部の人しか未だに入手できない激レアな代物なのだ。

 生産が追い付いていないということと、ひどく高価なものであるため、テンジがこんな代物を手にしている時点で違和感があった。

 一台買うのに、数百万円はすると言われている。


 もちろんテンジが自分で買ったわけでもなく、千郷が買ってあげた訳でもない。

 マジョルカエスクエーラに入学した際に、生徒手帳や新たな制服とともに支給されたものである。

 マジョルカアイランドでは、学生は何かと優遇される立場のようで、テンジにとっては身に余るほどの待遇を受けているのだ。


「ふぅ……あと一息!」


 そんなことを考えていると、テンジはすでにトュレースセントラルパブロの中央に位置する都市街区へと辿り着いていた。

 ここからは幅の広いメイン通りの坂道を進んでいくと、ちょうど突き当りに学校が現れる。


 テンジはその坂道を前にして、レモネードをちょっとだけ口に含み、立ち漕ぎで一気に駆け上がっていく。


 煉瓦造りや可愛い色をしたタイル張りの建物を勢いよく通り過ぎていき、朝の買い出しや商店街で賑わう朝市を傍目で見ながらひたすらにペダルを漕ぐ。

 様々な外国籍の人たちで溢れているトュレースセントラルパブロの街であるが、オレリアのおかげもあって全てが理解できる言語で聞こえてくる。


 隣の街でどうのこうの、近くで二等級モンスターを見ただの、鮮度の高い海鮮や野菜が入荷しただの、マジョルカエスクエーラの学生さんがどうのこうのだの、様々な話し声がテンジの耳には聞こえていた。

 それは日本では聞き慣れないものばかりで、このマジョルカ特有の会話ばかりだ。


 一週間で慣れたと言えど、その光景はやはり面白いと思うテンジであった。


「よし、到着っと」


 テンジはマジョルカエスクエーラの校門の前で自転車を止める。



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