第40話
二日後。
テンジは横浜駅近くの集合場所で軽く準備運動をしながら、累と愛佳の到着を待っていた。
背中には細長い黒布を背負っており、そこに協会の許可印が押されている。これはテンジが購入した五等級武器『アイアンソード』である。
このような公共の場で持つ場合、ダンジョンの武器は協会の許可印が刻まれた入れ物に収納して持ち歩かなければ警察官に取り締まられてしまう。
昔は銃刀法違反という法律があったのだが、この時代では探索師に限り許可印さえあれば持ち歩くことができることになっているのだ。
「まだ30分もあるなぁ」
腕時計の数字を見つめながら、テンジは呟いた。
今日の集合時間は10時で、今は9時30分だ。テンジは初めて補助探索師としてサブダンジョンに入れることになり、昨日の夜から上手く寝付けなかっかったのだ。
そのためにテンジは集合時間より1時間も前に到着してしまい、案の定、手持無沙汰になっていた。
金持ちならばカフェで寛いだりするのだろうが、天城家にはそんな余裕はないので仕方なく入念すぎる準備運動を行っていた。
ちなみにテンジは家でも準備運動をしていたので、体はもう準備万端である。
(まぁ、今日は念入りに準備運動をしておいても損はないだろう。それにしてもやっぱり累は凄いよね。こうもあっさりとサブダンジョンの権利を買収してしまうなんて、さすがは累だ)
足の腱を伸ばしながら、テンジは累の凄さについて考えていた。
サブダンジョンでは、入札制度が採用されている。
大手のギルドやダンジョン産業に参入している大手・中小企業、個人で運営している【暇人】のようなギルドなど、彼らが入場したいサブダンジョンに入札をかけ、落札できた場合にそのサブダンジョンの入場権利を協会から譲渡される。
目的も様々で、新人育成のため、資金稼ぎのため、モンスターと戦うためと色々な思惑が絡み合って入札合戦が繰り広げられるのだ。
もちろん資金繰りにもサブダンジョンは適している。むしろメインダンジョンよりも効率がいいとまで言われているくらいだ。
サブダンジョンは少し特殊で、モンスターの魔鉱石化が約10%と言われている。その他の90%は死骸として、ダンジョン内に残る。
魔鉱石とモンスターの死骸を売りさばけば、例え運が悪くても500万円は稼げると言われている。その辺りも考慮して、大体10万円から1000万円の間で入札されることが多い。
とはいっても入札をするのはギルドの事務員であって、探索師本人が入札することはまずほとんどない。
「累はどんなサブダンジョンを買ったんだろう……」
テンジは今日向かうサブダンジョンに思いを馳せていた。
サブダンジョンは、ダンジョン大国と言われる日本では一日平均で5個以上が出現する。等級もモンスターの系統もランダムであり、累がどんなサブダンジョンを落札したのかテンジはまだ知らなかった。
そもそも一介の学生が競り落とすには金額がネックになってくるのだが、累や朝霧のような恵まれた家庭に生まれた子にとっては問題ない。
テンジはそんな二人の威光を借りる猫ではあるのだが、それでもダンジョンに入れることを心の底から嬉しく思っていた。
(まぁ、小鬼を召喚できる場面が運よくあるといいけど)
内心でテンジはそう付け加えておく。
あくまで他人に自分の天職をバラすわけにはいかないのがテンジの行動指針である。運よく一人になれる場面があれば小鬼を召喚できるかもしれないが、その可能性はほとんどないと考えていた。
五等級サブダンジョン。
9.9割以上の確率で、一階層構造であり、五等級モンスターだけが出現するチュートリアル要素を多分に含ませた簡単な迷宮である。
極論だが、一般人の運動に自信がある男性が十人もいればクリアできてしまうと言われるほどには、低級のサブダンジョンとして知られている。
稀に、それこそ1%の確率でイレギュラーが発生するのだが、その心配をしていると探索師としては恥であるという風習があった。
と、テンジがそんな話を思い出していた時だった。
「テンジ君、おはようございます!」
「おはよう、朝霧さん」
集合時間の二十分前に愛佳が到着した。
愛佳は栗色のポニーテールをゆらゆらと揺らしながら、視界に捉えたテンジへと大きく手を振った。その顔は同学年の中でも群を抜いて可愛く、そんな愛佳が自分の名前を自然と呼んでくれたことに内心でテンジは嬉しく思っていた。
「あ、それはもしかして……剣ですか!?」
愛佳はテンジの背中にある大きな布袋を見て、大きく目を見開いた。
「うん、五等級だけどね。折角、《剣士》に目醒めたんだから、頑張って買ってみたんだ。ど、どうかな? 変じゃないかな?」
「変なわけありません! ものすごく立派な探索師に見えましたよ!」
「そ、そっか……良かったぁ。妹には武器を持たされてるみたい、ってバカにされたんだけどね」
「そんなことありませんよ、立派です。あと、スーツもお揃いのようですね」
愛佳は心の底からテンジを褒め、同じ色のインナースーツを着ていることを嬉しく話し始めた。
愛佳は制服の下に青色のインナースーツを着ており、腰にはテンジも見覚えのない十五センチほどの黄色い杖が携えていた。
「朝霧さんそれって……」
思わず、テンジはその杖を指さして聞いた。
愛佳は少し恥ずかしそうに頬を朱色に染めながら、にっこりと笑った。
「はい……チャリオットの九条団長から貸していただきました」
「チャリオット? あー、そういえば……」
テンジは、愛佳が五道にスカウトされるきっかけとなった会話を思い出す。
あれから愛佳はチャリオットに頻繁な出入りしていたのだろうと考える。
「はい、今日の入団試験で存分に力を発揮するために、とギルド長から貸していただきました。身に余る性能ですが、今日は頑張りたいと思います!」
愛佳は鼻息をふんぬと鳴らした。
その様子を見て、テンジは「はて?」と首を傾げた。
今、不可解な単語が愛佳の口から発せられた気がしたのだ。
「……入団試験? あぁ、もしかして今日はチャリオットも協力してくれてるのかな? そうだよね、累が落札したんだからチャリオットは介入してるか」
累は元々チャリオットと懇意にしている家庭に生まれたため、今回のサブダンジョン落札にもチャリオットのギルドが協力してくれているのだろうと推察する。そもそも学生だけでサブダンジョンの権利入札は法律的に不可能であったことを思い出す。いや、正確には不可能ではないのだが、今の累やテンジたちの立場では不可能だったのだ。
しかし、テンジの言葉を聞いて、愛佳もはてと首を傾げた。
「えっと、テンジくん? 協力してくれるも何も……今日はチャリオットの入団試験ですよ?」
「…………ん? 今日が入団試験? どういうこと?」
「今日は年に一回の【Chariot】入団試験の日なんです。本来であれば一年生の私たちは規定上、受けることすらできないのですが、そこは累さんと五道さんの推薦もあって今回の参加が実現したと聞いています。もしかして累さんから聞いてません?」
テンジは口をぽかんと開ける。
驚きを通り越して、呆れの感情が胸の辺りをぐるぐると渦巻いていた。
(もしかして僕……累に騙された?)
「えっと……今回のサブダンジョンって、累と朝霧さんが先頭に立って一緒に落札したんじゃないの?」
「私が、ですか? 累さんならともかく、私の家にそんな余裕はありませんよ? そもそも学生が入札したところで、学校にばれたら退学です」
「そ、そうだけどさ……」
テンジはこうなった経緯を考える。
二日前にテンジが累に電話したのが始まりだった。確か五等級サブダンジョンに潜る予定がないかを聞いたはずだ。
そこで累は「ちょうどいい」と言い、テンジを誘ってくれた。
(……あっ、これ。絶対に騙されてるよね。一体、累は何を考えているんだ。僕がいつチャリオットに入団したいと言ったんだよ)
この一か月、テンジは累と少なくない関りを持ってきた。
その中で、累はたまにこのような悪戯を好んで行うような青年だったことを思い出す。いや、悪戯というよりも好意からのお節介と言うべきか。
「あの、もしかしてなんですけど……今日が入団試験だって知りませんでしたか?」
「……うん、たった今知ったところだよ」
朝霧とテンジはお互いに苦笑するほか、どう反応するべきなのかわからなくなっていた。




