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特級探索師への覚醒 ~蜥蜴の尻尾切りに遭った少年は、地獄の王と成り無双する~  作者: 笠鳴小雨
第5章 シーカーオリンピア編(上)

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241/241

第241話

【ちょこっとまえがき】

◆11月10日より、書籍一巻が発売されました!

 WEB版に準拠した内容で書き下ろしています、詳しくは活動報告をご覧ください。


◆また11月14日にオリジナルコミック4巻も発売されました!

 こちらも詳しくは活動報告をご覧ください。



 蓮司は言葉を詰まらせていた。


 ありえない光景を目にして時が止まったように歩みを止める。彼こそこの現状を飲み込めないだろう。


 五年前のこの日、世界中を震撼させた大事件が起こった。


 鵜飼灰という世界屈指なプロ探索師の暴走で、街がほぼ全壊した。

 そんな暴走を始めた探索師を止めるべく、数多くのギルドが名乗りを上げ即席のチームが結成された。チャリオット、白創輝、CLASSなど日本のトップ10ギルドのうち六つのギルドのエース級プロ探索師たちが集い、鵜飼灰という災厄の討伐に向かった。灰はそんな化け物たちに翻弄され、あっという間に討たれることになった。


 だからこそありえないのだ。

 死んだはずの人間がそこにいることは。


「嘘だ。お前は五年前に死んだはずだ、俺がこの手に掛けたんだ。俺がこの手で殺したはずだ。そうだ、殺したんだよ……俺が」


 蓮司は未だ現実を受け止めきれていない声音で呟く。


 そう、実の弟である鵜飼灰の心臓に手をかけたのは実の兄である鵜飼蓮司だった。

 確かにこの手で弟の死を選択したはずだった。最後に灰は自死を選び代償という形で死ぬことにはなったが、そのきっかけを作ったのは蓮司だった。


 あの日この手で――弟の心臓を止めたのだ。

 なのになぜ生きているんだ。そこで息をしているのだ。


「灰……どういうことだよ。教えてくれよ、頼むから教えてくれ。それもお前の能力なのか?」


 どう言えばいいのかわからなかった。


 死んだはずの弟が生きていたのだ。愛する家族だ、唯一の家族だったのだ。

 今すぐ駆け寄って抱き着いてやりたい気持ちもある。あの憎たらしくも優しい顔を殴って、怒ってやりたい。あの日お前を殺してごめんと謝りたい。この五年間で俺がどれだけ頑張ったか、褒めてもらいたい。


 ただ実の兄に殺された弟へかける言葉が見つからない。


 怒りとも、嬉しさとも、悲しさとも違う。

 虚無に近い感情が胸の辺りにどしっと鉛のようにのしかかってくる。


「…………灰」


 感情の濁流にのみ込まれた蓮司は、思わずその場で両膝から崩れ落ちて俯く。

 人目を気にせずに弱る団長の姿など見たことがないとギルドのメンバーは驚いていた。すぐに後ろで控えていた【CLASS】のギルド新メンバー――紅蓮田総は、団長である蓮司の傍に駆け寄ると「団長しっかり」と支えようとする。


「みなさん?」


 総に続くメンバーはいなかった。

 彼は不思議がるように後ろへ振り向くと、そこには目を見開いたまま固まる先輩たちの姿があった。現実を受け止められていない様子だった。そこには五年前の討伐に力を貸したギルドメンバーも多かった。その手で元仲間の灰に致命傷を負わせたプロもいたのだ。


 彼らは昔、仲間だったはずの彼を殺したのだ。



 † † †



 もう十年以上も前のこと。

 鵜飼蓮司は探索師高校の一期生として、主席で卒業をしていた。

 当時のギルドという組織は今よりもずっとバラバラで、組織というには脆い部分が多すぎた。個々での活躍を是とする時代だ、大きなギルドでさえ若手を育てるという認識は薄く一期生として卒業した子らはほぼ個人事業主に近い状態だった。


「今の体系で俺の野望は成し遂げられない。灰、俺たちの理想のギルドを創るぞ」


 その当時から蓮司はそれを口癖のように話をしていた。

 それらに賛同した三名の同期と鵜飼兄弟によってギルド【CLASS】を創設し、業界の改革を推し進めようと何年も奔走することになった。ダンジョンで実績を作り、探索師として発言力を高めた。親しみやすいキャラクターを演じると同時に、業界へと一石を投じるような発言をたびたびしてきた。


 そうしてゆっくりと、蓮司は理想の探索師像を作り上げていった。


 それらが構築されていくにつれ、大手ギルドは規模を拡大していく方針を立てた。

 そんな世間の流れに逆らうように蓮司は「少数精鋭」を方針に掲げ、自分のギルドには本当に認めたメンバーのみで構成することにした。


 そんなメンバーの中核であり、創設メンバーでもある双子の弟――鵜飼灰。


 蓮司だけではなく、他のギルドメンバーも優しい性格の彼を慕っていた。

 カリスマ性で指揮を執る兄の蓮司に対し、弟の蓮司はギルドの潤滑油のような役割を果たしていた。優しく、気が利き、どこまでも柔らかい性格だった。団長には話せないようなプライベートな相談を親身に聞いて、一緒に考えてくれるようなそんな存在だった。みんなの母、そんな人間だった。


 しかし、そんな彼がギルドを突然退団したのだ。


 メインダンジョンの一つ、その最深部到達記録を初めて更新した矢先のことだった。ギルドの全盛期といっても過言ではない時期だったのだ。

 あまりに突然だった退団にメンバーは混乱した。これからギルドは世界を代表する組織になるってときだったのだ。それでもギルド【CLASS】は歩みを止めることはなかった。進み続けた。躍進に躍進を続けた結果、蓮司は多忙を極めろくに弟と連絡を取ろうとはしなかった。


 そうして三年が過ぎた頃だ。


 蓮司の元に協会員がやってきてこう尋ねてきた――『鵜飼灰さんに強盗殺人および陰謀罪など他多数の容疑がかけられ国際指名手配されました。最近連絡を取っていますか?』と。

 一体何の冗談だと思った。あの優しさの権化のような弟がそんなことをするはずがない。そう思った蓮司は捜査へ全面的に協力し、そして全てを知ることになった。


 灰はこの三年間、ブラック探索師として国内外問わず頻繁に活動していた。

 ロシアの裏組織へと頻繁に出入りし、数々の探索師をその手で血に染めてきた。違法な人工アイテムを製作し、莫大な金額でそれを売りさばいていた記録がでてきたのだ。踏み入ってはならない闇の部分へと踏み入っていたのだ。


 蓮司はその捜査記録すべてに目を通した。

 そしてとある日、ギルドメンバーを招集しこう発言した。


「――灰がブラック探索師にリストアップされた。俺たちで責任を取るぞ」


 ギルドメンバーにそう通達した当時、蓮司は苦虫をつぶしたような顔をしていたという。

 それからギルドは一旦ダンジョン業務をすべて中断し、鵜飼灰の捜索に参加することとなった。そうして探すこと三週間後、雲隠れしていた灰が富士宮市で違法アイテムの取引を行うという情報をキャッチした。蓮司は他のギルドにも応援を要請し、確保に向けて動き出す。


 三週間後、情報通りそこに灰がやってきた。


 全身黒い衣服をまとい、深々と黒いキャップを被っていた。そしてその手に持っていたのは違法な人工アイテム”覚醒促進液”であった。それは人の触れてはいけない領域に存在するもので、元となる素材は一等級天職を所持する探索師の心臓と脳、そして血液だ。つまり探索師を殺して、解剖をしなければ手には入らない悪魔の代物。所持しているだけで重罪となる。


 すぐに作戦は開始された。


 灰は最初抵抗を見せたものの、蓮司の顔を見るや否や大人しく抵抗を辞めた。


「灰、なぜだ?」


「…………」


「灰、なぜだ?」


「…………兄貴、来ちゃダメだ」


 それが鵜飼灰の最期の言葉だった。


 突然、灰は自分の舌を噛み切ったのだ。

 そして栓を抜いたように体中から闇色の水がドバっと溢れ出し、災厄の源となった呪いの津波を引き起こした。


 それに触れた探索師には強力な弱体効果デバフが生じた。

 そして触れた一般人には即死効果を付与した。


 つまり――無差別な大量虐殺を引き起こしたのだ。


 その闇津波が町を飲み込むのに十秒と時間はかからなかった。


 それが代償による無差別攻撃だと察知した蓮司は、反射的に行動を起こしていた。

 代償による影響を止めるには、その原因を排除しなければならない。それを知っていたこと、そして彼のプロ探索師としての使命が私情を切り捨てさせた。


 兄の左手は、弟の心臓を貫いていた。

 兄の右手が、弟の首を胴から切り離していた。


 その死がきっかけだったのか、灰は暴発の代償を支払うように肉塊へとその体を変貌させていった。これ以上苦しみを与えないためにも、蓮司は肉片一つ残らないようにその場で弟をこの世から消滅させる選択をしたのだった。



 † † †



 ギルド【CLASS】はプロの中でも最上級のプロしか所属できない。そんな彼らが不意に人間味を見せ、行動に躊躇を見せた。彼らを小さい頃から見てきたテンジだからこそその光景に驚いていた。


 それでも不完全な封印で彼を放置するわけにはいかない。すぐにテンジは声を上げた。


「封印措置は不完全です。早く物理封印を施してください!」


 学生のその言葉を聞いて蓮司意外のプロ探索師たちが我に返る。チームの中央に位置していた女性の探索師が、急いで地面に眠る鵜飼灰へと走り寄る。


 まさにその時であった。


「兄貴、来ちゃダメだ」


 ドクンッ、と音が鳴った。

 眠っていたはずの灰が優しい瞳を兄へと向けていた。しかしその意志とは相反するように、電気ショックを受けたように胸を反り上げる。


 ドクンッ。

 ドクン、ドクンッ。


 それから三度、灰の体から異音が鳴った。

 気がつけば灰の右手が、自分自身の心臓を貫いていた。


 明らかに灰の意思とは別の何かが作用していた。


 "代償"の発動条件が揃う。


 黒い雫が灰の瞳からぽつりと溢れ落ちた。

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