第120話
「結局、一度も炎鬼には勝てなかったなぁ」
ちょうどコーンスープを作り終えたところで、テンジはそんな言葉を呟く。
24時間、対局数にして10回以上だろうか。炎鬼が強すぎるという理由もあるのだが、テンジは一度も勝つことができなかった。
徐に家の掛け時計を見ると、時間はまだ10時頃であった。
「うーん、千郷ちゃんが起きるまでもう少し時間があるな。もう数品なにか作るか」
テンジは冷蔵庫を開け、他に何を作ろうか考える。
フランスパンとベーコンなどが余ってたので、ガーリックトーストにベーコンでも乗っけようかなと決めた。
そうして再び調理に入っていく。
冷蔵庫の冷気で思わず、テンジは雪鬼の地獄クエストを思い出してしまう。
「……うん、今度から雪鬼のクエストにはちゃんと冬用の装備で行かないと死んじゃうよ、絶対にさ」
そう、雪鬼が生息する青鬼種の地獄領域は、赤鬼種の地獄領域とは少し離れた位置にあるようで、歯がガタガタと思わず震えてしまうほどの極寒の地であったのだ。
地球上の地名で表すとするならば、南極大陸にある山、ヴィンソンマシフとでも言おうか。そう感じてしまうほどには気温が極端に低く、テンジは寒さのあまり一度だけ瀕死に陥ったほどである。
そんな雪鬼の地獄クエストには、こんな条件が連なっていた。
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【実行可能な地獄クエスト】
クエスト名:
『青鬼種との出会い~獄卒編~』
《達成条件その1》
・プランク5時間
《達成条件その2》
・キューブセンス5時間
《領域達成条件その3》
・雪鬼との戯れ24時間
《必要条件その4》
・食道
《クリア報酬》
・四等級「青鬼」の解放
・四等級武器「雪鬼ノ喝」
・四等級装備品「雪鬼の数珠」
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達成条件その1、プランク5時間はそのままな地獄クエストだった。
プランクとはごく一般的な体幹トレーニングの一種類であり、足先と両肘から手首までの四か所で体を支え、腹直筋や腹斜筋、腹横筋などの様々な筋肉に働きかける筋トレの一つだ。
それをノンストップで5時間、正直かなりキツイで済むレベルではなかった。そもそも一般人やアスリートでさえ、体幹トレーニングは1分やって1分間のインターバルの間隔を空けて行うものだ。
「あれは……地獄クエスト史上、一番辛かったかもなぁ。絶対にもうやりたくない」
なんと言い表せばいいのだろうか。
プランクとは素人でもすぐできる非常に簡単なトレーニングだ。だからこそ、その場から動かない。それが辛かったのだ。
スクワットとかの普通の筋トレには「動」があるのだが、プランクには「動」がない。人はジッとしている方が何倍も辛かったりするのだ。
そうして達成条件その1をクリアしたあとには、とても奇妙なその2のクエストが始まった。
「キューブセンスって名前だったっけ。あれは少し楽しかったな」
キューブセンス。
字面から予測することが難しかったこのクエストは、テンジにとっては地獄クエスト史上一番楽しくて、一番過ぎる時間を早く感じたものだった。
そのクエストが始まると、途端にテンジの周囲の六面全てを囲うように真っ白な氷壁が現れた。一体どこから現れたのか、それを見ることさえできないほどの一瞬の出来事だったのだ。
その壁には無数の穴が開いており、そこがぴかっと光った。
達成条件その2、キューブセンスとは。
壁に空いた穴から発せられる明かりにタッチするという、俊敏性と空間把握能力、そして持久力を試されるクエスト内容だった。
初めてのゲーム要素を掛け合わせたクエスト内容に、テンジは面白くなってしまい、一心不乱に明かりを追いかけたのだ。
そして、三番目のクエスト『雪鬼との戯れ』が最も問題だった。
そのクエスト内容は、炎鬼とはまるで別種のものであり、死の危機を覚えるほどであったのだ。
「地獄名物『摩訶鉢特摩氷山』の登頂……あれは死にそうだった。というか僕、一回意識失ったよね? たぶん」
ふらりと現れた綺麗な雪鬼は「ここは良い寒さだ。……王因子を持つお方よ、一緒に氷山を登ろう。頂上にある摩訶鉢特摩メロンが最高に美味しい」と言い出した。
そうして普通に薄着をしていたテンジは、夏服のまま氷山に登り始めることとなった。手足から段々と感覚が無くなっていき、喉の奥が凍ったように痛く、睫毛や髪の毛が凍り、クレバスに落ちて死にそうになり……そして凍傷によって本当に死にかけた。
「ただ、摩訶鉢特摩メロン……あれは極上のスイーツだった」
雪鬼の力を借りながらなんとか登頂したテンジは、頂上の地獄氷樹という珍木に生えていた自然の果物「摩訶鉢特摩メロン」を食べると、途端に体中の感覚を取り戻したのだ。
雪鬼曰く、摩訶鉢特摩メロンには地獄でも有名なほどの回復効果があるらしい。そして体中から半日近くも熱を生み出し、摩訶鉢特摩氷山の頂上にいたはずのテンジは、むしろ熱いと言い出し服を脱ぎ捨てたほどの効果があった。
そうして最後に雪鬼と「食道」で契約を結び、晴れてテンジは二つ目の地獄クエストを完全攻略したのであった。
その日からは、雪鬼の卓越した地獄知識の影響で、炎鬼と雪鬼に「先生」という名前を付けたのだ。
と、そんな苦くて辛い思い出を思い返していたときだった。
「ふわぁ~、おはよ~。……ん? この匂い……朝からコーンスープとは贅沢な野郎だぜ。誰だ、贅沢さんはよぉ……私か」
いつも通りの際どい格好をした千郷が、綺麗な白いお腹をぽりぽりと掻きながら、階段を降りてきたのだ。
すぐに大好物の匂いがリビングに充満していることに気が付いた千郷は、覚醒したように目をきらきらと輝かせる。
こうして何気ない朝を過ごしてから――。
テンジは第62階層、無人の絶壁エリアに炎鬼と雪鬼の検証をしに向かったのであった。




