前編
私は桜野高校新聞部員、高橋明音。新聞部の仕事は色々あるけど、私が好きな仕事は校内に貼る新聞を書くこと。今日も記事にする良いネタを集めるために校内中歩き回っている。
「ん、あれは…神崎くん?」
同じクラスの神崎くんが、体育館裏に立っているのが見えた。まあまあな顔立ちでまあまあなスタイル。成績も中の上くらいで、言うなればごく平凡な雰囲気を持つ男子だ。でもThe新聞部、みたいな少し変わった性格を持つ私と普通に会話してくれるあたりは良い人かもしれない。その神崎くんが体育館裏で何を、と覗いてみる。
「まさか、うーんでもそんな体育館裏で告白とかベタなシチュエーション滅多に無いしなぁ…」
そーっと足を忍ばせて近づく、と。
「ずっと好きだったの!私と付き合ってください」
「実は俺も…」
まさか、が大当たりだった。無意識のうちに首からかけていたカメラを構えてシャッターを押す。
カシャッ
「「え?」」
気付かれた焦りから、咄嗟に私は告白の場に飛び込んでいってしまった。どう考えても無神経でアウェイな存在である私。この状況をどう乗り切るか考える時間もなかった。
「新聞部です!あのえっと、これは、大スクープですね…、ね!」
女子の方は知り合いでは無かったため、神崎くんに助けを求める。
「…ね!じゃねぇよ!何で撮ったの」
「ごめんなさい……、初々しいカップル良いなぁって思っちゃって♡もし良かったら今後の二人を応援する記事を書いてもよろしいですか!?」
もう開き直って、密着取材でも頼もうと思っのたが断られるだろう。
「私たちを応援してくれるなら…いいんじゃないかなぁ、神崎くん」
「うんまぁ…邪魔しないならいいけど…」
なんと、密着取材を受け入れるという少し変わったカップルだった。ああそうか、
「バカップルだからか」
つい口にしてしまって神崎くんから睨まれてしまったが、その日から、私明音と神崎くんカップルとの付き合いが始まることになった。
*
神崎くんの彼女ーー来未ちゃんが可愛らしく神崎くんに走り寄った。
「神崎くん!この近くにケーキ屋さんできたんだって、行きたいな」
「じゃあ次の土曜に行こうか」
初デート!?と、そんなカップルらしいイベントを絶対に見逃さないのは、新聞部としてのプライドがあるから。すかさず会話に入る。
「そうですね、次の土曜は私予定入ってるんで。日曜でどうでしょうか」
「何でお前の予定に合わせなきゃいけないんだよ」
「取材のためですからぁ」
しばらく呆気にとられた表情で私と神崎くんを眺めていた来未ちゃんが口を開く。
「…私日曜なら空いてるし大丈夫だよ?」
神崎くんが驚いた顔で来未ちゃんの方を見る。
「いいの?別にこいつの予定に合わせなくたって良いんだよ」
「ううんいいの、大丈夫」
なんて優しい子なんだろう。大丈夫、と言って微笑んだ来未ちゃんは天使のように可愛かった。
「ありがとう!!来未ちゃんは本当に良い人だね、神崎くんには勿体ないくらい」
「は!?確かに来未ちゃんは優しいけど今回はお前がおかしいんだからな!?」
「あーはいはい。神崎くんも優しいですよ」
「何で棒読みなんだよ!」
神崎くんとそんな言い合いを繰り広げているとき、ふと私は来未ちゃんを見た。申し訳ない気持ちでいなきゃいけないのは私なのに、なぜか来未ちゃんはどこか申し訳なさそうな微笑みを浮かべていたのだ。
その日のお昼。私はいつものように母が作ってくれたお弁当を持って部室に向かった。部室に入るとこれもいつものように誰の姿もなく、几帳面に並べられた机にお弁当を置き、椅子に座った。一息ついたところでガラッ、と部室のドアが開いた。
「ああ、高橋さんか」
その、低く、男子高校生にしては落ち着いた声は新聞部部長のものだった。
「はい、お昼食べに来てます」
「俺が昼に用事あって部室来るといつもいるね、友達いないんだ?」
「部長って本当はっきり言いますよね…確かに、まぁ、いや、友達くらいいますけど…」
「嘘だな」
部長はそういう話を真顔でするので冗談なのかそうではないのか分からない。私は、部長が部活を引退するまでに部長の本質を捉えることは無理だろうと諦めている。
「そういえば学内恋愛の記事を書き始めたんだってね」
突然優しい笑みを浮かべて部長が言った。
「はい、なんだかそういう流れにしてしまって」
「なぜ?」
「ん?なぜとは?」
「君は全く恋愛の記事を書くことに興味がなかっただろう?それなのに今回1組のカップルの記事を書こうと思ったのはなぜ?」
「そういう流れになってしまっただけで…特に意味はないですよ」
「そのカップルに何かしらの思い入れとかはなかったの?」
「いえ…彼女の方とはその時初めて知り合いましたし」
「彼氏の方とは?」
「同じクラスで時々話すくらいのただの知り合いでした」
「ふーん…」
部長と話してると本物の新聞記者とかマスコミの類の人と話しているような気持ちになる。耐えきれなくなって私はまだ開いてもいないお弁当を持って部室を出た。
「解放されたぁ…」
仕方ないからお弁当は教室で食べようか、とクラスに戻ろうと渡り廊下を歩く。渡り廊下からは、部活の昼練に勤しむ人や中庭で過ごす人が見える。何気なく外を見ながら、楽しそうに友達と話してる人達に意識が向いてしまう。
「私にだって友達くらい…いますし…」
部長に言われた言葉を思い出しながら呟く。"寂しい"なんて思ったことはなかったのだ、最近までは。…最近までは?余計にもやもやした気持ちを募らせていると、中庭に見慣れた2人の姿が見えた。神崎くんと来未ちゃんが仲良さそうにお弁当を食べていた。
「いいなぁ」
カメラでその姿を捉えようとして、やめた。今私は何が羨ましくなったのだろう。自分の気持ち何もかもが分からない。手付かずのお弁当をぎゅっと握りしめ、教室に戻るためまた歩き始めた。
*
お昼休みがもうすぐ終わる頃、神崎くんは教室に帰ってきた。私が机にいるのをみて珍しそうに見た。
「あれ、今日はお昼ここで食べてたんだ?」
「うん。神崎くんは来未ちゃんと食べてたでしょ、みーちゃった」
「あ!お前まさか撮ってないだろうな!?」
「撮ってないですー」
自然と笑みがこぼれる。神崎くんといると自然体でいられて楽だ。
「来未ちゃ…来未、には、あまり迷惑かけんなよ」
来未ちゃんのことを呼び捨てで話す神崎くんは耳まで真っ赤になっていてこっちまで恥ずかしくなってしまった。
「呼び捨て!照れてる照れてる~」
笑って茶化しながら少し疑問に思ったことがあった。
「あれ?神崎くんって私のこと何て呼んでるっけ?」
「ん?そういえばなんだろ…高橋?…明音?明音って呼びやすいな。そうするか」
ふいに呼び捨てで呼ばれ、ドキッとする。と同時に、「来未」とは呼び方に特別感の違いを感じる。
「呼び方決めたって結局私のことはお前とかこいつって呼ぶんでしょ!そういう男はモテないんですからね?」
「は!?別に俺には、来未…がいるし」
「あーはいはい」
チャイムが鳴って、先生が教室に入ってきた。自分のどこかにある不思議な気持ちの正体は分からないままだった。