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異世界人として生きるのは  作者: 琴張 海
第1章 異なる現実
9/63

9.どちらに進んでも地獄なら/神685-4(Pri)-19

Interude


 森の中は既に血で彩られていた。

 無数な人間の死体が転がっている中、呆然と立っている商人服の男は今の状況をぼやいていた。


「なんで、なんで俺がこんな目に……!」


 国境都市での裏商売でそこそこお金を稼いでいる彼は心の中でぼやいた。

 三週間前までも、こんなことになるとは思いもしなかったのだ。


 国境都市の向かいにある国、ないし種族のエルフ。

 これは人間以外の全ての異種族に共通したことだが、人間社会で見られない分その希少価値は計り知れない。

 その中でも、森で密かに暮らし、顔と体も申し分ないエルフ。

 閉鎖的であるが故に、その神秘的な立ち位置はこっそり商品の価値に繋がる。

 商人がわざわざ国境都市で商売をしていたのも、もしもの当たりを引くためだ。


 エルフの奴隷とか、いくらにでも売れる。

 普段から足繁く森近くまで行き来して、もしかしての偶然を待ち望んでいた。

 そんなエルフを手に入れたのだ。

 これぞ頑張った自分に与えてくれた神の祝福だと、商人は思った。


 森の中からぴょこっと現れたそのエルフはこう言った。

 《普段からよくこの辺りまでいらっしゃってはそのまま帰ってますよね?》と。

 そうだと答えたら、色々と言われた後、人間を教えてくれと頼まれた。

 ならば街まで案内すると言った自分の言葉を真に受けて、嬉しそうに感謝までされた時には笑いを止めるのに精一杯だった。


 そして食事に睡眠薬を混ぜて眠らせた後、牢獄に入れた。

 帝国の公爵家との商談も無事に終わり、後は渡すだけだったのだ。


 なのにそのエルフが逃げた。

 いや、正確には奴らがエルフを取り返しに来やがった。

 建物の外に立てておいた専属の警備たちも全部倒されて、辛うじて生き残ったのも全員が重傷者。


『もう期限は明日、ここでエルフを捕まえられなければ俺はおしまいだ!』


 動く金も、取引の相手も、何もかも普段の商売とは桁違いだ。

 この取引の失敗はごめんなさいだけでは済まされない。

 今まで培ってきた名前も信用も地に落ちる。


 引くも地獄、進むも地獄。

 選択肢なんて、最初から一つしかなかった。

 結局、辛うじて残っている三十人に加えて、ギルドに大金を払って秘密裏に二十人を急遽集めてここに来たのだ。


 エルフは森で強いとか言われていたが、直接見たわけでもない。

 そもそも異種族(エルフ)なんて、わかるはずがない。

 こっちのほうがそれでも可能性があると思い、そこに賭けた。

 その結果が目の前の惨状であった。


『あれもこれも全部()()()のせいだ!』


 エルフ取引の具体的な内容を公爵家の代理人と決めていた時だ。

 それこそいきなり、何の前触れもなく現れた正体不明の男を思い出す。

 監視していた者は誰も姿を見なかったし、私達も入ってくる音を聞けなかった。

 なのにいきなり現れた()()()()()()()()()()()()の男。


 何の前兆もなくいきなり現れた正体不明の男。

 魔力の動きも見当たらず、本当に何もないところから現れた。


 それを見た他の連中が()()使()()だ何だと騒ぎ出したが、馬鹿な戯言と一蹴して牢獄に打ち込んどいた。

 取引の最終確認中だったのもあって、正体の見極めを後日にしたのだ。

 そしてその夜にエルフの襲撃があり、男はエルフと共に姿を消した。


『きっと卑怯なエルフ共の仕業に違いない。

 魔力の動きを感じなかったのも、エルフ共がそれを誤魔化す何かを使ったのだ』


 そう考えれば辻褄が合う。

 あの人間もきっとこの中に居るはずだ。

 そもそも、そんな正体不明のやつをエルフの隣においたのが悪かったのだ。


 後悔は何度しても足りない。

 ただ、後悔した時は既に遅いということは商人も知っている。

 周りには既にエルフたちで囲まれていて、逃げ場なんてどこにも存在しなかった。


「終わりだ、人間」


 そこで隊長格に見える一人が呟いた。

 でも、呟くだけで何もしてこない彼らを見て、商人は言葉を返した。


「どういう、つもりだ。なぜ殺さない」


「本件の首謀者のお前には相応しい場所で死んでもらう」


「なんだ、エルフが公開処刑でもする気か?」


 商人が冗談交じりに返したところで答えは返ってこなかった。

 そこで、囲んでいたエルフの一人が商人を気絶させ、そのまま持ち上げる。

 それを見た隊長格のエルフ――レントは、ただ静かに呟いた。


「……どっちにしろ、これで全てが片付く」


 そう、もうどちらに転んでも人間に居場所はない。

 そんなことを考えながら、レントは他のエルフたちと共に、例の商人を連れて村へと戻った。


Interude Out

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「それでは、これより緊急会議を始める」


 いつも週末会議などが行われるらしい会議室で緊急会議が行われている。

 レインさんに含め、村長さん、秘書さん……それ以外にも二人。

 敵意を隠そうともしないで私を見つめるエルフと、警戒しているエルフ。

 最後に私とレミアさんの計七人だった。


 なぜ私がここに居るのかに付いては当然、村長さんの指示だ。

 レミアさんは保護者としてついてきてくださった。

 内容は、この会議で私に出す試練の内容を教えるということ。


 ただ予め聞いてはいたものの、視線が痛い。

 特にあの敵意丸出しのエルフ。

 顔も見たことはないが、私を気絶させたあのエルフのような気がした。

 ――こんな状況で何をやったら滞在を認めることになる?

 不安だけが積もる中で、村長さんは会議を進めた。


「まずはレント、例の奴らは?」


「既に討伐済みです。

 森の中までノコノコと歩いてきたので、こちらの被害はほぼありません」


「そうか、それは幸いだ。

 して、奴らが攻めてきた理由などはわかったか?」


「はい、再度エルフの女性を手に入れたかったようで。

 火も火傷の跡が残るのを気にしたとかで、森に被害はありませんでした」


「――愚かな」


 森の中までエルフ相手に何の対策もなく、そして火も付けずに入ってきた。

 ――人数を聞いたときもそうだったが、何を考えてるんだ。

 あくまでも商人が保有している個人的な私兵としては多いほうだと思う。

 だけど、エルフを森で攻めるにはどうも少なすぎだ。

 エルフを甘く見てたからじゃないと説明がつかない。


 火傷の跡を心配した?

 それは確かに、売り物として考えるなら奴隷に傷は少ない方が良い。

 でも、それで何とかなると思ったのか。

 戦略とか戦術とかはよくわからない。

 だけど、森のエルフが対処しづらいのは知っている。


 ――いや、もしくはこれしか道がなかったのか。

 どっちにしろ想像の域を超えないが、これが一番納得のいく理由だった。


「それで? 頼んだ()()はどうなった?」


「準備は終わってます」


「よろしい、じゃあ予定通り進ませるとしよう」


「――あの、村長?

 先程から何を言ってらっしゃるのですか、予定とは一体?」


 どうやらレインさんは何も知らないようで、困惑した表情で村長さんに質問した。

 横にあったもう一人のエルフ。

 ずっと私を警戒していたエルフも同じ考えか、レインの言葉に静かに肯定してる。

 その視線を一気に受けた村長さんは――そのまま私に視線を向けながら答えた。


「それは、こちらの人間が関わってくる内容になる」


「――ということは、試練と関係があるのですか」


 その視線を受けながら何とか相槌だけ適当に返しながら考える。

 奴隷商人が連れてきた群れは既に全滅。

 何かの準備も既に整っていて、私と……つまり試練と関係がある。


「そうだ。この試練をお前が乗り越えれば村に滞在することを正式に認めよう。

 お前の滞在に意義を唱えたレント――警備隊長からも既に了承を得ている」


「――」


 因みに、その警備隊長と思われるエルフからは未だに敵意が抜けてない。

 説得力ゼロの了承済み宣言だった。

 それに、もう既に戦いは終わってるのに何を持って私の試練とするのだろうか。


 ――駄目だ、全然わからない。

 最初は攻めてくる相手を口で説得しろとか言われそうと思った。

 でも、もう終わってるとなってはその意味もないだろう。

 本当に見当もつかない。

 ただ、先ほどから薄っすらと背筋が凍る気がして、それが消えてくれない。


「内容は?」


「――明日の朝、今回の首謀者である例の商人に対する公開処刑を行う」


 そして、その悪寒は考えすら及ばなかった最悪の現実として、姿を表した。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「――公開、処刑!?」


 その言葉の意味に驚愕し、それを口にした人物を見ては開いた口が塞がらない。

 それにこの衝撃は、私だけのものでもなかった。


「そこで、お前にはその処刑の執行人になってもらう」


「す、少し待ってください、村長!」


 エルフの口で出たとは思えないくらいの過剰な単語に、頭の整理が追いつかない。

 その言葉に異議を申し出てのは今まで何も言わず聞いていたレミアさんだった。

 彼女は信じられないもの見るような目で村長を見ていた。


「公開処刑って……そんな非道な行為を、我々エルフが行うというのですか!?」


「非道? 非道とは、一体どこが非道なのだ?」


「我々エルフは争いを嫌い、自然を愛する誓約の種族です。

 そんな我々が、他人の尊厳を踏みにじり、それを見せしめるような行為を――」


「他人? 何を言ってるのだ、レミアよ。

 あれは人ではない、ただの()()だ」


「そんな詭弁を、神の前でも仰るつもりですか!?」


「――それに執行するのは我々ではありません、レミア殿。

 あそこにいる人間です」


 その顔には普段の穏やかな表情はどこにもなく。

 村長さんを問い詰めるレミアさんに答えたのは、警備隊長さんだった。

 私への視線はそのままにして、あくまでも平然とした声でレミアさんに答える。


「我々エルフがそのような野蛮な行為をするはずがありません。

 執行するのはあくまで()()ですから」


「こんな行為に人間もエルフもあるわけないでしょう?!

 そもそも主導しているのが我々という時点でその罪は消えない!

 なぜ、それがわからないんですか?!」


「――それに、これは若いエルフ達への警告にもなる」


 そして今回は村長さんが、先程までも少しだけ浮かんでいた笑みを完全に消す。

 怒りすら込められているその表情で、ここでない遠くを睨みながら続いた。


「若いエルフ達は人間への好奇心が強く、それは年が重なるほど濃厚になっている。

 それは何故か、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 前回のエレミアの一件は全てそれが原因だ。

 人間を恐れず、憎しまずに、ただ好奇心の対象として見たためだ。

 ならば二度と同じことを起こさせないためにも、その認識は改善せねばならない」


「それは――!」


「何も言うなレミアよ、これは決定事項だ。

 今回の一件はこの人間への試し以外にも一つ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のものなのだ」


 ――その言葉を聞いて、一気に頭が冷えていく。

 ()()()()の狙いが何なのか、全てわかった。

 そうか、結局、そうなってしまうのか。


 体中の力も、気力も抜けていく。

 せめての意地として、外側にはそれを見せず、なるべく淡々と言葉を発した。


「時間は?」


「明日の朝、朝食前の早朝になる。レインを迎えに出そう」


「了解しました――それで? 私への用件はそれだけですか?」


「そうだ」


「なら、先に失礼します――レミアさん、行きましょう」


「ですが――っ……わかり、ました」


 レミアさんは何か言おうとしては、私の顔を見て結局静かに頷いてくれた。

 ――自分の顔を見れないということが、こんなに救いになるとは思わなかった。

 なるべく外には出さないつもりでいるが、今の自分の顔は見たくない。


 レミアさんを連れて会議室を出る時、誰も私たちを止めなかった。

 レインさんだけはもどかしそうにしていたが、それだけだ。

 あの雰囲気では何も喋れないのが当然だろう、寂しいとは思わない。


 教会に帰る途中も、一言も喋らずそのまま帰ってきた。

 そして村外れにある協会の前まで来た時、私はレミアさんを先に入らせた。

 レミアさんはそんな私を見て何も言わない、いや、言えなかった。


「結局、これかよ」


 足から力が抜けて、そのまま膝をつく。

 もう、立ちたくもなかった。

 私の、俺の今までの行動は、全てが無駄になった。


 今回のこの試練という名の実態は結局こういうことだ。

 若いエルフは人間がどういう連中なのかを知らないから。

 人間がどんな種族なのかを見せしめるため。

 人間が自分のために人間を殺す様を見せるということだ。


 完璧だ、実に完璧なチェックメイトだ。

 策士(さくし)(さく)(おぼ)れるとはこういうことか。

 いや、違うな。

 俺の浅はかな考えは策ですらなかった。


 ここで俺がこの話を受けなかったのならそれっきり。

 自分でチャンスを蹴った俺が、この村で認められることは永遠にない。

 当然だ、俺が殺さずともあの商人は死ぬ。

 それもありとあらゆることを言われながら、最低最悪の人間として死ぬだろう。


 そんな人間と同じ人間である俺を認める?

 一体どうやって?

 今でもこんななのにどうやってそれを埋めろと?


 受けて殺したとしても同じだ。

 どの道、あの商人がやったことは消えないし、私が殺した事実も変わらない。

 その代償として俺は名ばかりの滞在権を得る。

 ただし、俺には()()()()()()()()()()()()()()()()()というレッテルが貼られる。


 正確には《自分のためなら同族すら殺す》人間か。

 状況がどうのこうのは関係ない。

 どんな事実も目の前で起きたショックな現実より説得力があるのものはない。

 つまりコウモリの逸話と同じだ。

 居座ることになっても、信頼は得られない。


 いつか裏切るかもしれない相手を信じることは出来ないのだ。

 商人と同族ということもある。

 そのまま思考が進めばもっと最悪の方向に考えが至っても不思議ではない。


「くそっ――くそっ、くそっ、このくそったれが!」


 怒鳴りながら地面を殴る。

 誰に対してかもわからない怒りが、ただただ込み上がってくる。

 他にやりようはあったのか?

 こんな状況に陥らず済む方法はあったのか?

 わからない、もう、何もかもがわからない。


「俺は……俺にっ! 何をどうしろと言うんだ……っ!」


「――アユムっ!」


 その時、後ろから呼び声と共に、誰かが抱きついてきた。

 この声は、知っている。

 そもそも、私をただの名前で呼ぶのはこの村で一人しかいない。

 彼女の顔は見えなかったが、濡れ始めた自分の背中から全てを察した。

 そのお陰で、少しだけ気持ちが落ち着いた気がした。


「……なんで、来たんだ。謹慎中のはずだろ」


「バカ! そんなことどうでも良いわよ!」


「よくはないだろ。

 私なんかのために、お前まで不幸になることは――」


「私が、あんたを連れてきたの!

 どこか寂しそうなあんたに居場所を与えてあげたくて連れてきたの!

 こんな、こんな道化のような見世物にするために呼んだんじゃない!」


 聞く人の胸が痛くなるような悲鳴が聞こえる。

 この悲鳴は私のものだ。

 私のために、彼女が泣き叫んでいる。

 私の代わりに泣いてくれる彼女を見て――救われた気持ちになった。


 ああ、何だ。

 そうか。

 結局、私はそれが気がかりだったのか。


 こんな、わけもわからない異世界に呼ばれて、

 何とかこの村でやっていくんだって躍起(やっき)になって。

 そこから逃げようともしなかった理由は何だったのか。

 俺はそもそも、そんなにプライドが高い人間だったか?


 何が《自分自身を曲げない》だ。

 結局現実では曲げっぱなしだったじゃないか。


 曲げたのはなぜだったか?

 両親が、私が幸せになることを願ったからだ。

 だから私なりの幸せを求めた過程で、余分なプライドを投げ捨てたんだ。


 幸せなんて、そんな大したものじゃない。

 ある程度苦労しながらお金稼いで、それで趣味とか楽しみながら老いていく。

 隣で一緒に老いてくれる人が居たならもっと良いかも知れない。

 でも、そこまでは望まなかった。


 ただ小さな幸せを得たくて、役に立たないプライドを投げ捨てた。

 プライドなんか捨てたほうが生きやすいと言われたから。

 実際に生きていく分にはそっちがずっと楽だった。

 ストレスは溜まったけど、外には何の影響もない。


 そうやって、精一杯頑張って生きてきたんだ。

 こんな異世界に来てしまったことで全てが無駄になったけど、私が頑張ってたという事実は、他の誰でもなく私が知っている。


 そう、要は今も昔も()()()()()()()()()だけだ。

 彼女が望んだように、私もこの場所を居場所にしたくて頑張ったんだ。

 誰かに期待されることのない人生だ、応えたくなるのもおかしくはない。


 自分自身を曲げたくないと頑張ったのだって、恩人(エレミア)に見せた最初の姿が見栄っ張りの姿だったからだ。

 それを演じきりたかっただけだったんだ。

 そういうことだったんだと、今やっと気づいた。


「悪い、そしてありがとう。おかげで、少し楽になった」


「何がよ! こんなこと、もうやる必要もない!

 アユム、私と一緒にこの村を出よう! もう準備は――」


「――駄目だよ、私はお前を村から追われる身にしたくはない」


「でもそれじゃ!」


「……けじめは、つけるさ。全てはそこからだ」


 自分を抱いている手をやさしく解いて、後ろにいる彼女を見た。

 泣き顔ではあったけど、あの牢獄の時よりはよっぽど良い。

 どうせ、私には彼女の笑顔を守れるだけの力はないのだから。

 満足の行く結果ではないが、合格点を出そう。


「明日、エレミアも来るのか?」


「う、うん、一応は……でも、アユムが望むなら!」


「駄目だ、こんな形で終わらせては何も変わらない」


「もう変わりっこないよ! それはアユムだって――」


「いや――変わりはするさ」


 そのまま立ち上がって、エレミアの手を取りそのまま立ち上がらせる。

 そこで、自分の右手の表から血が出てるのを確認した。

 エレミアが気づかないようにそっと後ろに隠して、言葉をかける。


「とりあえず、今日はもう帰ったほうが良い。全ては明日から決めよう」


「明日、から?」


「そう、明日無事に試練を終えれば滞在は認められるんだ。

 少し出かけるとか、悪くないでしょう?」


「そう……だね。そうなれば、やっと約束通り一緒にいられるし」


 涙を止めて少しだけ明るくなった彼女を見る。

 それを壊さないため、私も何とか笑顔を作って、彼女を宥める。


「そうそう、悪いことばかりじゃないからさ。

 他のエルフ達だって、まあ、今は悪くても時間が経てば何とかなるかも知れない。

 君の自慢の場所なんでしょう、もう少し信じてあげようよ」


「そうか……そうよね!

 アユムがいい人だって、一緒に過ごせばきっと皆わかるようになるはずだもの!」


「ああ、だから、明日の試練が終わったら改めて決めよう、色々とな」


「わかった……内容的に頑張れとは言いたくないけど。

 もし何があったら、アユムの好きなようにしてね? 私は味方だから」


「ああ、わかった――それだけは約束するよ」


 そう言って、エレミアを帰らせる。

 帰りながら何度も後ろを振り向いたけど、私は何も言わずに見送るだけにした。

 そして、彼女が完全に視野から消えてから教会の中に入る。

 当然のように、そこでは一部(いちぶ)始終(しじゅう)を全部見ていたレミアさんが厳しい表情で私を待っていた。


「……何を、なさるおつもりですか」


 誤魔化すのは許さないという形相で私を見つめる彼女を見て、

 私は、明日やるべきことの協力を求めるため、こう答えた。


「私という存在を刻みたいと、思ってます。

 ――協力していただけませんか?」


 与えられた選択肢は二つ。

 受けるか、受けないか。

 選ばないなんて選択肢は存在しない。


 そもそも人生に()()()()は存在しない。

 時間は待ってはくれないし、生きていく以上は結局何かを選びながら生きていく。

 それが自分の意思でなくとも、結果は何も変わらず、世間の目も変わらない。


 最善の道は既に消えて、残るのは最悪と最低の二つのみ。

 後悔しない道を選ぶのは不可能だ。

 どちらを選んだとしても私はきっと後悔するだろう。


 こんな時、一番に考えないといけないのは何か。

 決まっている、()()()()()()()だけだ。

 それさえ見失わなければ、答えなんて自ずと決まっている。

 そこから先は、出来るか、出来ないかだけだ。


 ――――お前らが道化を欲しがるのな、なってやろう。

 私の今までの人生で、恐らく最初で最大の道化っぷりを披露するとしよう。

 私を、種族(人間)じゃない個人()として刻むために。

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