29.割り切れない夢の中で ②/神685-6(Und)-7
両親と朝食を食べ終えた後、母は仕事に出かけた。
家で休んでいる父は私が寝ていた書斎に入り、パソコンをやっている。
やってると言っても、囲碁を打ったり、小説や映画を見たりするくらいだが。
そして私は、リビングの方でノートパソコンをいじっていた。
普段ならここでゲームとかを開いて遊んでただろう。
だけど今は、そんなことより情報を集めたいと思った。
そもそも、ネットが動いてないとできないのだが、結果として後者は可能だった。
ノートパソコンの画面にはブラウザしかなく、行けるサイトも百科事典サイトだけだったからだ。
ただ、一つ問題があるとすれば――
「……出てくる情報は異世界オンリーかよ」
そう、中にある情報は全て異世界発の情報だった。
ここまで来ると百科事典というよりは、とある世界の設定集のような感じもする。
こういうのを見ると、やはりこの世界は神の誰かによるものではないかと思った。
「でも、情報を得られるのなら……」
断る理由はない。
こうやってでも情報を与えてくれるのは、逆に見てほしいという反証にもなる。
だから望み通り、適当なテーマを決めて、一つずつ情報を整理していった。
インルーでイミテーとあった時、彼女は私に真実を聞くための条件を口にした。
それは《世界の在り方に疑問を抱くこと》。
今のこの状況とも関係していそうな気がする。
それを探るためでも、情報が欲しかった。
なので、検索の内容は異世界を構成する存在が主になる。
絶対神オーワンを始めとする神々の情報、世界に文化を成している種族や国など。
時間は限られていて、見るべきものは多い以上、全てを把握する時間はなかったけど、可能な限りのものを調べていく。
どれほどの時間が経ったのだろうか。
情報を書き留めていたノートはいつの間に文字がぎっしり埋まっていた。
「まあ、これくらいで良いだろう」
こうしてパソコンを前にしてひたすら文字を書いていくのはいつぶりだろうか。
正確な期間はわからないが、三カ月以上過ぎてるのは確かだ。
普段なら手で書くのも面倒だからって全部キーボードで打ってただろうし。
だが理解しながら書くには手書きのほうが良い。
おかげで時間と手間はかかったけど、おおよその内容は頭に入った。
絶対神オーワンに、人間側で呼び出す月の十二神、種族の母なる四柱の神。
それら種族の神に連なる四の種族と、対をなすかのように存在する四つの国。
ここまで並べても作為的な何かを感じるが、私が目をつけたのはその次だ。
人間を除いた四の種族。
エルフ、ドワーフ、ビースト、ナーガ。
これらの種族に必ず守らねばならない制約が存在する。
その内容こそ種族ごとに違っているが、それを破った場合の罰は同じものだ。
それは種族としての堕落。
種族を証明する大切な何かを失い、場合によってはそれがよりひどくなる。
その最後は、理性を失い本能だけが残る存在になること。
つまり、知性体としての終わりを意味する。
人間を除外したすべての種族は、堕ちる可能お生がある。
ここで堕ちるというのは、必ずしも悪という意味ではない。
あくまでもその種族としての資格を失うという意味の堕落であった。
私は、この仕組みがあまりにも異質に感じられた。
「なんで人間だけ、何の制約もないのだろうか」
人間が自由な種族であることは知っている。
だからこそ人間は、神々から《自由の種族》と呼ばれていた。
しかし、制約がないのは特別待遇がすぎる。
なぜ、人間以外の他の種族だけ制約を持ってるのだろうか。
種族特有の能力が乱用されることを防ぐためだろうか。
力を持って生まれるから、見合った制約があるべきだと、そういう意味だろうか。
「……どう考えても計算が合わない」
人間を含んだ五つの種族を比べるとしよう。
そうやって並べてしまえば、確かに人間は中途半端だ。
人間の五感を含んだあらゆる身体条件で、他種族より勝ると言えるものはない。
どっちかは人間より優れていて、そう見れば確かに人間はかよわいだろう。
しかし、人間は決して弱くない。
優れていないだけで、できないわけではないんだ。
できる以上、その研鑽は未来へとつながり、やがては彼らを追いつく。
それこそが人間の強さ。
何も持たず産まれるがゆえに何でもやれる種族。
それこそが人間であり、それが人間の力だ。
なぜこんなに人間の強さを逆説してるかというと、人間は決して力の乱用という罪から自由ではないということだ。
力を抑制するためなら、人間こそ誰より強い制約が掛かるべきだろうに――
「何をそんなウンウン唸ってるんだ?」
「あ、父さん……何でもないよ」
そう悩んでるうちに、父はいつの間にか書斎から出ていた。
私の後ろで情報を整理してあるノートをチラッと見つめている。
私はそれを確認してすぐさまノートを隠した。
ノートを隠す私を見て、父は口を尖らせる。
「お前は私が見ると、必ずそうやって隠すよな」
「いや、まあ、恥ずかしくて」
「恥ずかしいって何がだ。
俺がお前の書いたもの見て一度でも笑ったことがあるか?」
「それはないんだけど」
「けっ、野郎が恥ずかしがりやがって」
ぼやいている父を見ながら、私は頭を掻く。
本当のところ、中身を見せられたって本当に大したことはないはずだ。
何も知らない人がみたら、せいぜいゲームか何かの情報にしか見えない。
にもかかわらず父からこれを隠したのは、本当に恥ずかしいからだ。
いくら夢でも、そう考えられてこっちが誤解されるのは避けたい。
しかし――これが夢なのか。
本当に現実のような夢だ。
いったいどこの夢が、自分の知りもしない情報を検索できるというのか。
過去の日付だから現実でないと決めつけるのは簡単だったが、それ以外の全ては現実にしか見えなかった。
恐らく神の領域と似たようなやり方で作られた、精神的な世界だと思う。
だからこそ、私の過去を読み取れたのだろう。
ただ、あくまでも具現したのは家族二人と家の情景だけ。
もちろん厳密に同じというわけでもなく、単に過去を具現したわけでもない。
だったら、目の前で父の姿をしたコレをどう解釈するべきだろうか。
父に似た偽物として当たるべきか、それとも偽物だろうと父だと思うべきか。
悩みに答えは出ずにもどかしく感じてる中、ふと目に留まる姿。
じっと、後ろのソファに座ってはテレビを見ている父の姿が見えた。
見てると言っても、テレビには何も写っていない。
私が見ていなかったし、父は書斎にいたため、ただ真っ暗な画面だけがいた。
父はそれを何も言わず見つめている。
私はこんな父の姿を知っていた。
父に聞きたいことがあるのに、その一言を出すのが難しくて迷ってる時。
父はいつもこうして、何も言わず私の言葉を待っていてくれた。
それを見て、私も心を決める。
「父さん」
「何だ?」
「もし、父さんの目の前にいつもと違わない世界が広がっているけど、それが確実に偽物だった場合、どうする?」
今の私の状況をそのまま父に聞いてみる。
私は昔から興味のある作品に影響されやすい性格だった。
そのせいで、元々こういう仮定話はよくしている。
単なる暇つぶし、でもパッと答えが出ない内容が多かった。
しかし――
「――それは、結局は偽物ってことだよな?」
「うん」
「じゃあ、何が何でも抜け出さないと」
「なんで?」
「だって、現実のお前やお前の母さんはそのままなんだろ、だったら俺一人がそこにいてもしょうがない」
どんな質問だろうと、父はいつも悩む素振りもなく軽く答えを出していた。
だからといってその答えが適当だったこともない。
いつも納得できる内容であった。
何より、父はこんなしょうもない質問を一度も笑い飛ばしたことがない。
なら――
「じゃあ、抜け出す前に私たちは? そこには私や母さんもいるけど」
「どうもあるか、いつも通りに接すればいい」
「それが偽物なのに?」
「偽物でもお前とお前の母さんだ。
理由もないのに接し方を変える必要もないだろ」
それもそうだ。
わけもなく二人を敵対する理由はない。
何よりも、ここまでらしい答えを返してるのに、これをただの偽物だと断定したくはなかった。
これで決心は固まった。
じゃあ、一番聞きたい質問を聞いてみるとしよう。
「じゃあ父さん、少し違う質問があるけど」
「どんとこい」
「ええ、なんと説明すればいいかな……」
しかし、本当にどう説明しよう。
状況を何も説明せずに、種族同士の格差と突出した人間のことを説明する方法が、どうも見つからなかった。
「何だ、続きは?」
「ちょっと説明しづらくて――ああ、もう適当に説明してみる」
結局、私は種族を五つの国に。
それぞれの得意は優秀な事業分野ってことにして、それを規制する法律が決まっていることに切り替えて説明する。
少し語弊はあるが、これ以上の説明方法が見つからなかった。
「こういう感じだけど、理解はできた?」
「普通じゃない国が四つで、何もかも普通な国が一つ混ざってる。
そこで、普通でない国と普通な国の足並みを揃わせたくて、規制を掛けたと」
「まあ、そういう感じ」
「普通の国の一人勝ちだな」
私が頭を痛みながら説明した努力の割に、父の答えはまたしても簡単だった。
「制約があるというのは、制約がない方はそこを一方的に攻めれるってことだ。
制約次第だろうが、こんなにわかりやすい弱点もない。
相手が知っててもやられるしかないのも大きい。
まあ、やりようによってはどうにかなるかもだが分が悪いのは違いない」
「そうなるね」
「そうなると時間はかかってもいずれ普通の国が勝つだろう、実際は色々と変数はあるだろうが」
答えは明確であり、実は私もそれには同意する。
実際に、人間という種族が手段を選ばないのなら。
そして目的が他の種族の滅亡なら、方法はいくらでもある。
しかし、私の聞きたいのはその奥、そうした理由にあった。
「なぜ、そんな制約を掛けたんだろう」
「自分たちで牽制していく中でバカしたんじゃないのか?」
「制約を掛けたのは他にあって、えっと、国々を管理する総括機関のようなところで掛けたんだ」
「掛けたのが誰であれ、視点は変われど理由は一つだ。
制約が制約である以上、それは障害であり、障害でしかないからだ」
「そう、か?」
「制約や規制は元から、その対象を何とか制御するためにつくるものだ。
お前が何を例えてるかはわからんが、それが管理する側の考えならそれしかない。
管理する人間が管理される側を抑圧するのは、いつもそういう理由だ」
制御、それのための抑圧、つまりは抑止力か。
まあ実際は制約や規制ではなく禁忌なのだが――あながち間違ってる気もしない。
でもあの絶対神が、抑止力を作るという理由だけで禁忌を与えたのだろうか?
抑止力をそんなややこしい方法で作らないといけないほど、力がないと?
そう悩んでる時、父はポツリと横で呟いた。
「それにいつも言ってるけどさ、そういった利益を縛る約束は、いずれ破れるのがセオリーだぞ?」
「……結局は団体、それに属する誰かが破らないわけがないと?」
「そうだ、神が人間の手が届く場所に知恵の実を置いた時点で、結末は決まってたのさ」
それを聞いた瞬間、頭の中でガッチリと何かがはまる音が聞こえた。
かつて神学を勉強してた父から、何度か聞いたことがある例えだ。
知恵の実。
聖書の最初の章、創世記に出てくる果実の名前だ。
楽園で住んでた最初の人間に、神が決して食べてはいけないと言った禁断の果実。
蛇の奸計により人間はそれを口にし、やがて楽園から追放されてしまう。
今では何の宗教も持たない父は、これを説明しながらこう言っていた。
蛇も、その後の茶番も、全てが意味のない後付けでしかない。
そんな危険なものを、いつでも採れる場所に置いた時点で、結末は決まっている。
本当に神が人間を愛してたのなら、人間に食べてはいけないものを、近くに置かなかったはずだと。
もちろん、今の状況にそのまま適用させるのも違うと思っている。
二つの状況からして違っており、最初の人間とこの世界の種族も別物だ。
その特異性も、それらに関係する判断材料も、何もかもが違う。
しかし――
「――ありがとう、おかげで答えが出た」
「そうか、じゃあ良かった。それで、結局はお前は何を悩んでたんだ?」
「それはちょっと……」
「けっ、つまんないやつめ」
そう愚痴りながら、今回は書斎に戻ってしまう父。
私はそんな父を見て小さく笑いをこぼした。
本当、こんな気持を感じたのはいつぶりだろうか。
できればこのまま、この世界で過ごしたい気分だ。
――――でもまあ、そうもいかないか
父の言う通り、これはあくまでも偽物だ。
私を待っている人がいる限り、いつまでも夢を見てるわけにもいかない。
異世界でも、元の世界にも、私を待っている人は最低でも二人ずついるんだ。
そして残念なことに、この夢にはわかりやすいタイムリミットが存在している。.
私は画面の隅っこにある時計へと視線を落とした。
モニターの隅っこの時計は、午後の三時を示している。
そこで十秒が過ぎると今度は時計からタイマーへと表示が変わる。
タイマーの八時間と何十分、合わせるとちょうと零時だ。
実際のところ、日付だけを確認して伏せたスマホにも同じ表示になっていた。
恐らく零時になれば、この仮初の世界は消えちゃうのだろう。
今までの傾向から考えると、起きる前にこの世界を作った神とも出くわすはずだ。
何故、こんな状況を作り上げたのか。
何故、こんな情報を私に見せたのか。
気になる点も、聞きたい点も多い。
でも、それまでは約九時間くらいが残っていた。
短いようで長い夢の時間。
もうここでやるべきことは終わってるから、ここからは本当のフリーだ。
なら、少しくらいは甘い汁を吸っても、罰は当たらないだろう。
「じゃあ、まずは書斎かな」
今度は私から書斎に入り、父と駄弁るとしよう。
そうやって時間をつぶしてからは母の迎えにいって、家族みんなで外食しよう。
今度こそ、このしばしの休みを堪能するのだ。




