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異世界人として生きるのは  作者: 琴張 海
第1章 異なる現実
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6.急いでも周りを見渡して/神685-4(Pri)-10

 昨日から日が変わって、今日という今になった。

 遠回しな表現だが今の自分の感情を一番適切に表しているとも思う。

 何のことかというと《遠回りするべきだったかもしれない》ということだ。


 昨日訪ねてきたエレミアは確かに言ってた。

 エリアという子を教会に行ってみるよう説得してみると。

 正確に言うと提案になるだろうけど、細かい問題だ。

 どちらも決めるのは本人という点においては。


「昨日言ったからって今日来るという保証がどこにあるってんだ。

 考えが先走りすぎだコノヤロウ……」


 ついつい出てしまう自責の言葉。

 もちろん、昨日のあれはレミアさんのためという理由も一応あった。

 あったけど、こっちの理由もそれに劣らないくらい大事なことだった。

 どうも私は、私が考えている以上に今の状況がもどかしかったようだ。


 いや、もどかしくて当然だろ!

 勉強をすると言っても、ここで今やっている勉強は今後のための勉強だ。

 つまるところ未来への投資だ。


 本来、勉強なんてものは全部そんな物。

 特に理論だけで学ぶ物は今の現在を生き抜くためには何の役にも立たない。

 小中高で国語や数学など、いろんな物を学ぶ。

 だけど現実でそれを実際に――いや、自分の現在の日常で活かせるのか?


 活かせない。

 自分の将来のための勉強でありその未来で使える()()知れないものが殆どだ。


 もちろん、そういった義務教育が必要ないとか言う気は毛ほどもない。

 ――いや、そんなんじゃない! 一体お前は何を考えてるんだ!


「はぁ、落ち着け、落ち着けよ俺……いや、私」


 頭に血が回ると他が見えなくなるのは悪い癖だ。

 考えて喋って考えて行動しよう。

 本心は内に潜むもの。あくまで見せても良い自分を演じきれ。


「――よし、落ち着いた。

 落ち着いたけど、なにか特別な事があるわけでも無いんだよね」


 先程慌てといてなんだけど、問題らしい問題は今のところ何一つ起こってない。

 とりあえずこの教会は安全だと思っていいわけだし。

 今のところ心配なのは、ずっと繰り返して言っているもの。

 この町で自分という存在は目障りなものでしかないというその一点だ。


 昨日、種族周りの話を色々聞いた。

 そのエリアという子から聞かれそうな内容だとすれば種族周りしかいない。

 そう思っての行動だった。

 ただそのお蔭で――いや、その所為で自分の足元に見えない火が付いてしまった。


 色んな種族が……色んな種族()居る。

 基本的なところは元の世界で言われている内容とそう変わらない。

 種族ごとの特性も似てるし、それベースで考えても何の問題もない。


 ただ聞くほど、その色んな種族が少し変わった形をした人間に思えてきたのだ。

 文化や価値観に少し違うところはあるけど、その根本は同じではないかと。


 もし、この村のエルフをエルフではなく、ただの人間と仮定してみよう。

 人間は自分たちの中に異分子が混じっているのを黙って見てられない。

 必ず排除しようとする。

 それが例え全体の総意と違うものだとしても、時には己のルールを優先する。

 人間とはそういう生き物だ。


 いくら教会が盾になってくれるといっても結果は同じだ

 その思考に行き着いたならそんなのは頼りにならない。

 物理的、かつ現実的な手段がないと自分の身も守れない。

 ただ、その場合は自分の身は守ってもこの村にはいられなくなるだろう。

 それに《異分子を排除したい》というその考えは人間とかも関係ない。

 理性ある存在なら至極当然のものだ。


 もしかしたら私自身もエルフを異種族という色眼鏡で見てたのかもしれない。

 ……いや、未だに見ているか。

 私はエルフはもちろんで、この世界の人間たちもまた、私と違う存在で見ている。

 この感覚は、簡単には消えてくれないだろう。


 ――まあ、それは置いておこう。

 気になりだし始めたらやるべきことを放置して、気になった方からやろうとするのは悪い癖だ。


「要は、いつまでこの時間が続くのかだよな」


「それは、アユム様次第ではないかと」


「――聞きましたが」


 廊下で窓の外を見ていた視線を声がした方に向ける。

 そこにはコップを二つ持ったレミアさんが立っていた。

 うっすらと微笑んいる表情で、片方のコップを自分に差し出した。


「聞きましたよ。

 昨日も途中からすごく真剣というか切羽詰まった感じになってましたし。

 また余計な心配をしてらっしゃるのではないですか?」


「余計……なら、それに越したことはないのですが」


 差し出されたコップを取って、中身を確認する。

 ここでずっと飲んでいるお茶だ。

 苦くも酸っぱくもなく、草の香りがにじみ出る。

 でも外見は緑茶のそれとそんなに変わってない。

 ただお茶には興味がないもので、味とかさっぱりわからないのだが。


「教会の中に入った時点で既に聖域、神の領域になります。

 降神の場ほどではありませんが、この中は地上の法より神の法が優先されます。

 アユム様が望まれればいつまでもいられることでしょう。

 フォレスト様が許可なさらないとも思えませんし」


「そうですね、住む分には問題ないかも知れません。

 他の全てを無視するならですね」


「他の全て――ですか」


「――自分は牢の中でいつまでも住みたいとは思いません。

 ただ、それだけです」


「……それは」


 間違えば誤解を招く表現だ。

 ただレミアさんなら察してくれると信じている。

 この教会が牢の中、監獄のような場所だと言ったわけではない。

 村から見て今の教会は、私という異分子を閉じ込める牢獄と言ったのだ。

 牢獄の割には住みやすいから島流し、と言ったほうが良いかもしれない。


 実際に、もしこの後何があったとしても()()()()()()()()()()とすれば。

 その全てを跳ね除けることが出来るだろう。

 私が守りに徹する限り、彼らは何もしてこないし何も出来ない。


 その状態になっても――この村から逃げ出すことくらいは出来るだろう。

 団長さんなら《村から即座に消える》という条件で協力してくれると思う。

 でも、それはエレミアを裏切ることになる。

 したくもないし、やる気もない。


「――止めましょう、こんな話は!

 こんな真昼からやるような会話でもないし」


「そうしましょう。では、何をなさいますか?」


「そうですね、昨日はエリア……さん? が来る前提でずっと座学でしたし。

 今日は体でも動かしますか」


「まあ、何か武術でもやってたのですか?」


 いきなり武術と来ましたか。

 もし武術を(たしな)んでいたのんなら、この一週間の内に何かやったと思うけど。

 一日空いたらそれを取り戻すのに三日かかるとか言われてるようだし。


「いいえ、全然。

 軽く身を動かしておきたくなっただけです。

 まあ、体を少しでも鍛えるべきかと思ったのもありますが」


「なるほど、確かにそうですね、それなら――――あら」


「どうかしましたか?」


「ふふ、昨日急いだのは無駄にならなさそうですね」


「――それって……!」


 レミアさんの視線の先。

 窓の外に目を向けると、確かに遠くから一人がこちらに向かって歩いていた。

 エレミアよりも少し幼く見える白い髪の女の子。

 まだはっきりとは見えないけど、どうやら眼鏡を掛けてるようだ。

 片手には何かの本を持っている。


「眼鏡と本、ですか。わかりやすい組み合わせではありますが」


「ふふ、お察しの通り、エリアちゃんは本の虫でもあります。

 この村で知識量を競うとなれば彼女の右に出るものはそういないでしょう」


「まだそう年も取ってないように見えますが……」


「はい、実際に人間の観点から見てもまだ幼いです。

 外見通りの認識で大丈夫かと。

 これはエレミアに対しても言えることですが」


「そう、ですか」


 幼い体に膨大な知識か――良い組み合わせではないな。

 良い方向でも悪い方向でも、突出してるというのはあまり良いことではない。

 遅すぎるのも早すぎるのも、良すぎるのも悪すぎるのも良くない。

 何事も過ぎたるは及ばざるが如しだ。


 まあ、詳しい判断は会ってからか。

 私とレミアさんは、訪れるであろう客を迎えるために、礼拝堂へと向かった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「始めまして異世界人、私はエリアと言います。

 今日のところは()()()()()宜しくお願いします」


 礼拝堂でレミアさんとの挨拶をそこそこに終えた彼女の最初の一言。

 前置き無しで投げられた彼女の挨拶は、中々の異質性を感じさせるものだった。


 いや、異質性とは違うか。

 むしろ馴染みのある感覚だ。

 この感覚の正体はまだはっきりとはわからないが、良い感覚じゃないのは確かだ。


「始めまして……私はアユムと呼んでくれ。

 それと、わざわざ《とりあえず》と付ける必要はあったのか?」


「貴方がいつ消えるかわかりませんし、私が今後よろしくする必要があるかもわかりませんので」


 いつ消えるかわからないのは確かにその通りだ。

 そもそもこっちに来たのだって事故のようなものだし。

 同じことが起こらないという根拠はない。

 ただ後者は――私が人間だからの態度ならまだ分かりやすいものだが。

 でも、そんなはずは無いだろう。


 ――薄々、馴染みのあるこの感覚の名前を掴めそうな気がした。

 喉元まで来ている。いや、()()()()()()()

 ただ、最後まで決めつけたくはなかった。

 これが外見通りの少女からの視線と言葉というのが、少し悲しくなったからだ。

 どっちにしろ、この質問で嫌でも答えは出る。


「前者を否定する気は流石に無いが、後者はそれこそわからないのではないか?」


「それは今日の会合で確認したいと思います」


「そういうことか」


「そういうことです」


 やっぱり、そうだったか。

 この、人を値踏みするような視線。

 自分の益にならないのなら容赦なく切り捨てそうだ。

 人を勝手に価値付けして相手する人間の目。

 ――そして事務的な受け答え。


 この感覚の名前は――不快感だ。

 ただ、同時に彼女の姿を目にすると寂しくもある。


 なぜ、この子はこうなった。

 早くも色んな事を知りすぎたからか。

 自分より愚かに見える他の人達に付き合うのにイライラしたか。

 私にはその理由をわかる術がないし、それほどの時間をこの村で過ごせてない。


 こういう思考の持ち主は元の世界で腐るほど見た。

 むしろ逆にやりやすい。

 相手のことに気を使う必要もなく、ただ論理的に――

 この際、非論理的でも別に構わないから、こっちも同じく評価していけばいい。


 ただ状況を考えたら、ここは我慢するべきだ。

 そもそもこの子を呼んだのは私であり、味方ほしさに呼んだのも事実だ。


 それはわかってる。

 わかってはいる。

 わかってはいても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 そう、そっちがそう来るのなら、こっちも相応しい姿勢で対処する。

 こういう相手の場合、自分が下手に出なくていいなら、こっちから切るまでだ。

 何より、()()()()()()()()()()()()


「まあ、それならこっちも()()()()()()歓迎しよう。

 歓迎できる立場ではないが私を会いに来たんだ、それくらいは受けるさ。

 ただ、異世界人というのは信じるんだな」


「そこで嘘を付いても貴方に益はないです。

 何より、そこで嘘を付いたのに、フォレスト様が滞在を許すはずもないでしょう」


「まあ、無いだろうね。

 得するのはないし、むしろ損しかないだろ

 ――ただ、損得だけで全てを判断するのは止めたほうが良いよ。

 足元を救われるから」


「それはどういう――――」


「まあまあ、とりあえずはお茶でも飲みましょう。

 さあ、エリアちゃんも」


「え、あ、ありがとうございます」


 雰囲気が剣呑なものになろうとする手前にレミアさんが割り込んでそれを止める。

 明らかにタイミングを見て割ってきたのは目に見えていた。


 それに、渡されたお茶がなぜか普段より熱い。

 普段なら温かさが残っていて、飲むのにちょうど良い温度で渡してくれるはずだ。

 ミスかとも思ったけどレミアさんに限ってそれはないと見た。


 もしかしたらと思いエリアの方を見たけど、特に何もなかった。

 普通にレミアさんにお礼をして何も変わったことなくお茶を愉しんでる。


 そして、そこでレミアさんと視線が合った。

 何気にこちらへと視線を送るレミアさん。

 ――それを見て少し、頭の熱が冷めた気がした


「――過ぎたものも焦らず、時間を置いてゆっくり飲めということですか」


「そうですね、時には時間が過ぎれば正しいものに変わることもあります」


「それも、一理ありますね。確かに早すぎるのは良くない」


「まだ口を当てただけですしね」


「……?」


 私とレミアさんの会話の真ん中で意味を理解せず首を傾げるエリア。

 でも、その疑問を口にする気は無さそうで、黙々とお茶を飲んでるだけだった。


 ――レミアさんは言ってた、この子は相当な知識を持っていると。

 歳が外見と変わらないとするなら、中学生か高校一年がやっとか。

 そう考えると難しい年頃でもある。


 それにこの子のことをエレミアが話す時、《妹のような子》と言ってた。

 人が良すぎるエレミアだから少し心配だが、レミアさんも彼女に対しどこか温かい目で見ている。

 そこから見て、根は悪い子ではないのかもしれない。


 そもそも私は異世界人だ。

 いや、それ以前に人間だ。

 私はここのエルフから見たらどこをどう見ても人間のはずだ。

 私がいくらこの世界の人間とは違うと言ってもそれは詭弁というもの。

 他の人間がそんなことを言ったら私も信用しない。


 つまり、エルフから見たら私こそが異種族だ。

 それもエルフと最悪の関係である人間だ。

 この態度はむしろ当然とも言える。


 なぜ私は勝手に先入観がないだろうと思い込んだ?

 (フォレスト)が次世代の子は人間との関係を改善するよう宿せたと言ったから?


 それは言い訳だ。

 それも最悪の言い訳だ。

 この子は確かに私が異世界人であり、人間であるから会いたがっていたんだろう。

 なら、逆に人間であるから警戒するとも考えるべきだった。

 そうするべきだったのだ。


「でも、な……」


「――?」


 吐き出した言葉は拾えないし、吐き出されて耳に入った言葉も消せない。

 その時の感情に嘘はなく、このまま進んで私が折れてもこの子のためではない。

 というなら、結論としては同じ結論に至る。


 ――――ただ、結論が同じでも目的が違うのなら。

 そこにはきっと意味があるのだろう。

 うん、腹は決まった。多分これが今選択できるベストだろう。


「いや、何でもない。

 それで、君は何を聞きたい?」


「まずは貴方のことを聞かせてください」


「私のこと、か。

 それはどっちの私だ?

 異世界人としての私か? 人間としての私か? それとも人間そのものか?」


「……とりあえずは順番で異世界人として貴方から」


「了解した、とりあえずは語るとしよう」


 ――間があったな。

 三つの違いがいまいちわからなかったのだと見た。

 これがエレミアならすぐ突っ込むのだが、とりあえずは説明役に徹しよう。

 私はもう行動を変える気がないし、この後どう転ぶかは彼女次第だ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 エリアの質問はおおよそ予想通りだった。

 種族周りのこと、特に人間に対しての話を聞きたがっていた。

 因みに、私という個人に関してはそこまで興味がない様子。

 なので、説明する意味も感じなかったので省いた。


 それ以外でも私から見たエルフの感想とか色々聞かされた。

 しかし、私は聞かれた物以外は答えてない。

 ただ黙々と感情抜きの事実だけを述べるまでだった。


「――なるほど、中々斬新な話を聞けました」


「そいつはどうも、聞きたいのはそれで終わりか?」


「今日準備してきた質問はこれが最後になります」


 淡々と言葉を発するエリアと、それを見下ろす私。

 私は既に席から立ち上がっている状態で彼女と会話している。

 それが何を意味するのかまでは分からないようで、特に反応はない。

 レミアさんの方も見てみたが、ただ静かにこの状況を見守っているだけだった。


「そうか、じゃあ私は失礼するとしよう」


「――このまま戻られるのですか」


「そうだが?」


「少し、話と違うのですが」


「話とは?」


「貴方が私になにか用があるとエレミア姉さんから聞いたのですが」


 それを話したのか。

 いや、頼んだのは私だし、実際に用もあった。

 そもそも話さないとエレミアから先に切り出すのも難しいか。


 逆にエリア程度に頭が回るのならエレミアから聞かなくても、

 今の私に必要なことくらい、既にわかっていても不思議ではない。

 それに、聞かれて困る話でもないから良いのだが。


「まあ、用はあったが大丈夫だ、他を当たることにするよ」


「――それは嘘ですね」


 ここで迷わず否定するか。

 確かに経験が足りないだけで頭は良いようだ。

 恐らく私が頼みたい内容が何なのか、昨日の時点で検討が終わってたのだろう。

 だが、ここはあえて聞き直す。


「ほう、なぜそう断言できる?」


「あなたの目的は多分、今の幽閉状態を抜け出すこと。

 そのためには村に住むエルフたちの説得が必須になります」


「確かに、それは合ってる。

 でも他の当てがあるかどうかはわからないだろう?」


「時間がかかりすぎです。

 今エレミア姉さんは自由に動ける状態ではありません。

 教会への寄付担当の件でまた謹慎期間が増えたのですから。

 自分と会えたのだって、親しい仲だったからギリギリ許容されたようなものです」


 謹慎期間増えてたのか、それは知らなかった。

 いや、村長は多分私と会うのは反対だろうし当然と言えば当然か。

 逆に寄付担当を別のエルフに変えなかったのが驚きだ。


「でも駄目なわけではない、嘘は言ってない」


「――人間の時間とエルフの時間は違います。

 あなたに取っては決して短くない期間を、ここに閉じ込められたまま暮らすことになります」


「そう転んでしまったのなら、それはそれで仕方がない」


「――――何で何も、言わないのですか」


 そこで初めて、今まで直視しなかった彼女の顔を真っ直ぐ見た。

 冷静沈着だった表情はどこに行ったのか、その表情には不安の目が見えた。

 白い髪とサファイアのように青い瞳が僅かだが震えていた。


「君、さっき言ってたね、今回の会合で私との関係を決めると」


「はい」


「その時点で、既に私と君の関係は決まったんだよ」


「――はい?」


「面と向かって他人を評価すると言ってくる人には、頼みたくないだけだ」


「そ、それは……、いや、()()()()()で――!?」


「そんなこと? 今、そんなことと言ったか?」


 言葉は荒らげず、表情もうっすらと笑顔を浮かべたまま、彼女と視線を合わせた。

 得体の知らない何かに怯えるように、少し肩を竦めたように見えた。


「他人に対し、面と向かって《評価する》と直接的に言ってくるのはそういない。

 居るとするなら、人を物か資源のような道具扱いする奴らだけだ。

 出した時点で()()()()()()()()()()()()()()()()と相手に知らせる行動となる」


「――っ」


「まあ、それは別にいい。

 そういう人は多いし、みんな誰しも他人を勝手に評価している。

 大人なら誰でも知っている暗黙の了解というものだ。

 ただ、やることが同じと言っても、相手にそれを知らす必要は無い。

 それを知らした時点で、相手が《私は相手からして無価値》と思うのは当然だ」


「そ、それはあくまでも貴方の勝手な考えでは!?」


「そうだね、それを否定する気はない、偏見もあるだろう。

 何より君の指摘通り、そう余裕のある状況でないというのは確かだ」


「だったら――」


「でも駄目だ。

 言っただろ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 これは損得勘定じゃない、俺が気に食わないだけだから」


「そ、そんな……」


「まあ、でもそうか。

 これは君に取っては損でもなんでもない。

 悪いなやっぱり忘れてくれ。

 無価値な人間切り捨てたからと言って損になるわけないね。

 ただ気色悪い人間の戯言とでもおも――」


「はい、そこまで!」


「痛っ」


 そこまで言ったところで()()()割り込んでくるレミアさん。

 頭に拳骨を食らったのは流石に想定外だったけど――

 正直、このまま何も言ってこないのかとヒヤヒヤした。

 それと、思ったより力あるんですね、レミアさん。

 軽い感じだったのに結構痛い。


「先程そこまで言っておいて、結局これですか!」


「でもこっちもやられっぱなしは性に合いません。

 何より私の立場ではこうするのがベストだったんですよ。

 エレミア――いや、この村のエルフ達ならまだわかりませんけど。

 初対面の私に無茶言わないでください」


「アユム様ならもっと良い落とし所を見つけられるかと期待してたんですが……」


「買いかぶりです」


「――え?」


 私とレミアさんの会話の真ん中に挟まれ会話についていけてないエリア。

 まるで、先程のデジャヴのようだ。

 流石に今の状態では口を抑えられなかったのか、口から困惑する声が漏れたが。

 そういうエリアにレミアさんはそっと近づいて話しかける。


「エリアちゃん。

 アユム様は確かに色々言い過ぎた。

 だけど、そこまで間違ったことは言ってない。

 それは賢いエリアちゃんならわかるよね?」


「……はい」


「まあ、少し性格には難があるけど決して悪い人ではないわ。

 それは私も保証するし、エレミアもそうだからアユム様をこの村に招待した。

 実際に、エリアちゃんも今そう思ったからアユム様に食いついたんでしょう?」


「そ、それは……」


 そう聞かれてちらっとこっちを見るエリア。

 いや、見られても困るんだが――ああそうか。

 本人が見てるところで言うのは恥ずかしいというのか。


 でもここでこのまま場を離れたら後からレミアさんに何を言われるかわからない。

 とりあえず見なかったふりをして、視線を反対方向に回した。

 そんなエリアの反応を確認して、レミアさんは言葉を続ける。


「まあ、細かくは聞かないわ。

 聞かないけど、アユム様は少し……。

 いや、かなり捻くれてるから、率直に言わないと多分伝わらない。

 それに、ああ見えて面倒見は良いしね。

 上手く行けばエリアちゃんの良いお兄さんになってくれるんじゃないかしら」


「えっ、いや、いきなり何を言うのですか!」


「――私は突っ込みませんよ、突っ込みたいけど突っ込みませんから」


 レミアさんは流石に私のこと気にし無さ過ぎです。

 そういうのはせめて二人の時に言うか、私の耳に入らない声まで抑えてください。

 興味ない姿勢を貫いているのにわざと聞こえるように言うのは一体何なんですか。


「ほらね? こういうところ見るとまだ子供なところもあるの」


「どこかだ!

 ――ってしまった、突っ込んじゃった」


「先程から思ったんですが、レミア姉さんは彼と仲が良いんですね」


「そうね、二人きりの共同生活中というのもあるけど、普通に良い人よ。

 放って置けないという意味でも目を離せないしね……。

 それに村のみんなは敢えて無視してるけど、フォレスト様も認めた方だから」


「そう、でした」


「だから、ね?

 エリアちゃんも自分の態度が間違ってたのは知ってる。

 なら間違ったこと、悪いことをした時はそれなりの誠意を見せないと」


 そう言われ、エリアは決心したように自分の手を握りしみ、席から立ち上がった。

 じっと私を見上げる彼女。

 少し不安に見える姿だったが、それでも彼女は私に頭を下げた。


「申し訳、ありませんでした、言い訳はいたしません。

 ただ、どうか、これからも貴方にお世話になりたいと思います。

 ――駄目でしょうか?」


 ――まあ、先程の慌てぶりからもわかっていた。

 彼女はやはり、まだ幼い。

 性格の悪いところは今からでも直していけばいい。

 今まで生きた年月よりこれから生きる年月が圧倒的に長いんだ。


 周りにはエレミアもレミアさんもいる。

 今回のこの役割は別に私でなくても良かったはずだ。


 そもそもちゃんと謝ってくれた以上、問題にする気もない。

 レミアさんから言われたから、する気がなくなったのもある。


 ただ、もしそれが無かったとしてもだ。

 許しを請いながら不安に怯える潤んだ目で、自分を見上げる。

 それもまだ幼い子供が。

 それを冷たく振り切るほど、俺は冷血漢ではない。


 むしろ、ここで困ったのは私だ。

 実の所をいうと、こう、許すとか許されるとか、そういうものには慣れてない。

 本当は人の目を真っ直ぐ見つめるのもちょっとした勇気がいる。

 正直、この状態でどう返したほうが良いのがよくわからない。


「――いや、まあ、こっちこそ済まない。

 少し言い過ぎた。

 それに、もともと頼み事をしたかったのはこっちだったんだ。

 君が助けてくれるのならこっちがお礼を言うべきだ」


 結局少し遠回しに返すことにした。

 これで大丈夫なのかは流石にわからない。

 こういう友好的な状況でどう返したほうが良いのかを考える時はいつもこうだ。

 慣れないものは慣れておきたいけど、元の世界ではこんな機会はほぼ無かったし。


「はい、その頼み事というのはエルフたちの説得ですよね?」


「ううん――違ってはいないけど合ってもないね。

 そもそも説得できる問題でもないし」


「説得できる問題ではない?」


「まあ、その話は後にしよう。

 今回頼みたかったのはもっと簡単で単純なことなんだ」


「それは?」


「――とりあえずは、友達になろう。

 表現が嫌なら知り合いとかでも良い。

 君自信がまず私という人間を知ってほしい、それだけだった」


 そう、最初から用事はそれだけだった。

 大層な前置きをして、少し大事にはなったけど、結局やりたかったのはそれだけ。

 言葉での説得ではなく、心での理解を求めた。


 決して簡単な道でもなく、こっちも時間という問題は何も解決されてない。

 もしかしたら私の方が先にこの村から居なくなるかもしれない。

 そもそも心からの理解って――俺はいつからそんな夢想家(ロマンティスト)になったんだ。


 相手を自分の舞台に引き下ろして説得するのならいざ知らないが。

 こういうやり方は慣れてないし、ぶっちゃけ元の世界ではやったこともない。


 でもまあ、あれだ。

 せっかくの夢世界(ファンタジー)なんだ。

 ――――こっちも、これぐらいの夢は追っても良いのはないか?


「――ほらね?

 子供っぽいし、変わった人だけど、良い人でしょう?」


「――そうですね、でも嫌いではないです」


「さっきから心外な評価が続いてるのですね。

 どの辺りを子供らしいと評価したのかが気になりますね。

 そこのところをもう少し詳しく」


「ノリノリですね、アユムさん」


 いつの間にか少し笑みまで浮かべているエリア。

 というか良かった、君は流石にさん付けか。

 ここのエルフ達、様付けが多いから困ってたんだ。

 ……ああ、いや、フォレストはエルフでは無かったか。

 この村で初めて会ったエルフはレミアさんとエリアしかいなかった。


「まあ、これからよろしく。()()()


「はい、よろしくお願いします」


 それから、流石にそのまま自分の部屋に戻るわけにも行かず。

 夕食の時間も近づいて来たのでエリアを混ぜて一緒に食事をすることにした。

 他愛のない話を勧めながら会話をするエリアは、無表情を貫いてた最初と比べると随分柔らかい表情になった。

 色んな意味で、今回の出会いは成功的と言っても良いのだろう。


 ――この世界に来て、もう十日。

 最初はどうなることかと思ったが何とか生きてはいる。

 ベッドの上で眠れて、同居しているエルフの美人シスターもいる。


 ここだけ見るとほぼ天国だな。

 第三者として見てるのなら《リア充氏ね!》言ってやるところだ。

 何時この平穏が根本から崩れるかわからない不安は、流石に解りにくいだろう。


 誰にも相談出来ない不安と疑問は溜まる一方。

 だけど、今はこの場を愉しむとしよう。

 不安も疑問も尽きないけど、今だけは。

 新しい友人の前で自分の感情だけを優先したくはない。


 何時から、何時まで、何時になったら。

 弱音も全てを抑え込んで、笑いながら他愛のない話を続ける。

 《何時かは》と、自分の心をなだめながら。

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