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異世界人として生きるのは  作者: 琴張 海
第3章 真偽の裏表
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26.二律背反だろうと進むためには ②/神685-6(Und)-2

 沈黙の賢者という名前を聞いた時、最初に浮かんだのは白髪だらけの爺だった。

 次に思い浮かんだのは、すごく若いけど言葉が少ない若い男か。

 ここの神界事情的には女性というのもあるのではと、妄想に近い想像もした。

 結論から言うと、沈黙の賢者は若い男だった。


 ただ――――


「けっ、実際に見るとやっぱ腹立つ顔だ。おい、湿気た顔面野郎、さっさと座れ」


 最初の一言がこれでは、沈黙の賢者とは何なのかという疑問しか浮かばない。

 ちなみに、あっちは私の顔を見たようだが、こっちは見えない。

 残念なことに、部屋のどこにも人の顔などなく本棚と本しかいなかったからだ。

 正面の本棚の空いてる隙間と、その前の机と椅子以外は全部が本棚であった。

 まるで協会の懺悔(ざんげ)室だ、相談室なところと言い換えても良いかもしれない。


「何だ、湿気た顔だと耳まで腐るのか。五秒以内に座らないと強制的に座らせる」


 まあ、この態度では懺悔(ざんげ)や相談なんてする気も起きないのだが。

 気持ち的にはこのままドアを開けて外に出てしまいたい気分だった。

 しかし、()()()()()()()()と言ったというのはこのまま帰らせる気もないと見た。


「――はぁ」


 まあ、ロゼさんとの約束もあるんだ。

 顔も話も交わしてない相手を果たして()()()とは言えないので、渋々と座る。

 席に座るといつの間に現れたロゼさんが目の前の机にお茶を置いていた。


「どうぞ、熱いのでゆっくりとお飲みください」


「ありがとうございます」


「おう、ありがたく飲め、ロゼのお茶は絶品だ、貴様にはもったいないくらいにな」


「……どうも」


「覇気のないやつめ、こういう時はせめて怒鳴りやがれってんだ」


 何がしたいんだ、本当に。

 そもそも()()の賢者ではなかったのか。

 沈黙というかチンピラでしかない態度なのだが。

 もしかして賢者本人ではなく、相手する人間が沈黙するから沈黙の賢者なのか?


「何となく考えてることはわかりますが、似たような感じです。

 もともとは他国からの蔑称(べっしょう)のようなものですが、国王のアシリア二世陛下が正式に授けたものです」


「あいつ絶対皮肉ってるよな、というか面白がってるよな。

 呼び名なんてどうでも良いが、それだけは気に食わん」


「ご主人さま、これで掘り返し回数は131回となります」


「まだ少ないな、最低でも五桁に届くまで掘り返す」


「承知しました」


「……真面目に聞くが、帰って良いか?」


 目の前で当然のごとく繰り広げる主従漫才に、私のテンションは冷え切っていく。

 元から冷えていたけど、先程までの態度を維持する甲斐(かい)性まで消えてる。

 あっちがこっちを気にしないのに、私が気にする必要もないだろう。

 しかし――


「ふん、ようやくそうきたか――――ロゼ」


「わかりました、よろしくお願いします」


「まあ、いつものようにやるだけだ」


 こう来ることを待ってたとばかりな会話。

 その後、ロゼさんは部屋の外へと出ていき、中には私と賢者だけ。

 私から向こうの顔が見えないため、実質一人で本棚に囲まれた状態になっていた。

 その異質な雰囲気の中で、賢者は言葉を投げてきた。


「さあ、時間もないから本題へと入ろう。

 まず貴様をここに読んだ理由は二つある――当ててみるか?」


「余計なことに頭を使いたくはないので、やめておきます」


「そうか、まあ賢明だな――それと言葉遣いは先までのやつで構わん。

 そんな外側だけの態度で話しされてもぶん殴りたいだけだ」


「……お望みならば」


 どいつもこいつも、私の敬語はそんなにお気に召さないのか。

 ここ最近、全然受け付けてくれない。

 そもそもぶん殴りたいってなんだ、もうただのチンピラじゃねぇか。


「なんだ、もしかして俺の態度を気にしてるのか?

 どうでもいいが、肩書なんざ気にするだけ無駄だ。

 肩書に見合った態度がほしけりゃ、それ相応の行動をするだろう。

 そうでないなら肩書を気にしないか、ただのアホということだ」


「まあ、顔すら見せない野郎に言われても説得力がないな」


「おお、まあまあ()()()()()()()()

 それに確かにその通りでもある――まあいいか。

 本題に入る前にそっちから解決しよう。

 予め言っておくが、殴ってくるなよ、うっかり反撃するだろうから」


 そう前置きをしてから、何かの仕掛けが動いた音が聞こえてきた。

 目の前の本棚が横へとスライドして、目の前には一人の男の顔が現れる。

 そこで、ロゼさんの今までの言葉と相手の言葉をようやく理解することが出来た。


「おうおう、偉いじゃないか。ちゃんと言われたとおりに我慢したが」


「ほざけ、どうあがいても貴様と私は別人だ。

 単に顔と性格が似ているだけだろうが」


「違いない、貴様なんぞと私が同じなはずあるか、反吐が出る」


 目の前で嫌味を吐きながらこちらを睨んでいる男の顔。

 赤い髪の色と魔術師が着ていそうな高級っぽいローブは違う。

 違う人間なのはわかってるというのに、胸の奥から湧き出る嫌悪感は拭えない。

 それくらいに私は、鏡を見ているかのような感覚を否定できなかった。

 この他称賢者さんが何で私を呼んだのかも何となく全貌が想像できる。

 そして、私がこれに気づいたことを向こうが知らないはずもない。


「まあ、もう気づいてるとは思うが貴様を呼んだ理由は二つ、いや三つだ。

 一つはあの駄女神のお節介、もう一つはこの国の上層部としての確認。

 最後は、個人的な興味――というには語弊があるな」


「逆恨みの対象や、自虐に使えるかで直接見たかっただけだろう。

 残念だったな、そんな都合の良い話にはならなさそうで」


「ああ、まったくもって残念だ。

 むしろ俺のような人間が二人いないことに感謝するべきか」


「似たような人間がいる時点で嘆くべきだろう」


「確かに、貴様なんで産まれてきたんだ」


「そっくりそのまま返してやろう」


 売り言葉に買い言葉、一歩も引かずに言葉を投げるも剣呑な空気にはならない。

 これがさも当然かのように交わされる会話には、一種の清涼感すらあった。

 嫌悪感と清涼感が混ざりあった微妙な感覚の中で、賢者は話を進ませた。


「貴様を呼んだ理由に対する細かい話は、語る必要はないだろう。

 お前がお前のままなら、アイツも貴様の目的には協力してくれる。

 公爵家と王家が一緒に抱えてるとある問題に対して、一度は利用されないといけないだろうが」


「私の目的――そういや、イミテーからも言われたんだっけか」


「ああ、言われた、散々言われた、お前も面倒くさい神に目を付けられたな。

 異世界人でその性格だとしょうがないだろうが。

 それ以外でも、目的に対してはロゼからの報告で既に知っている」


「……そうか、なら何の問題はない」


「おいおい、そんなおめでたいこと言って良いのか?

 何を頼まれるかはともかくとして、()()()()()()()()は既に知ってるだろう?

 こっちはロゼから既に()()と聞いてるんだ。

 もう一度聞くが、本当にそれで大丈夫だと思ってるのか?」


 そう返されて、私は何も反論できずにいた。

 腹の内を見透かされる気分とはこういうことなのだろうか。

 朝の出来事も頭の中を過ぎていき、胸の奥には重りが残る。


「俺が見るに、貴様は自分自身に対しての価値を測り損ねている。

 なぜ貴様がそういう風に、なんて知ったような口を利くつもりはない。

 ただ、貴様はもう少し他人の目と、他人から見た自分をもう一度考えるべきだ」


「自分の価値、か。

 はっ、そんなまやかしのような肩書と外側を気にしろというのか?」


「言葉を端折るな、お前自身がどう思われてるかを考えろと言ったんだ。

 ――お前、エルフと一緒に行動してるってか。

 それで、そのエルフもここに連れてきたのだろう?

 そのエルフの前で、貴様はアイツラが望んだまま道化芝居をするのか?」


「それは――」


「はっ、言葉をどもる時点で答えは見えてるようなものだ。

 あのエルフたちもつらいだろうな、貴様のそんな姿を見ることしかできないのは」


「……知ったような口は利かないのではなかったのか?」


「今の状況がつらいかどうかなんて、子供が見てもわかるものだ。

 わからないのは当事者だけとか、よくあることじゃないか、なあ当事者さん」


 気の利いた反論もできず、真実に殴られるだけ。

 私自身が既にそう思っているからこそ、何も反論することが出来なかった。

 落ち着かないまま、目の前に置かれているお茶を一口飲む。

 お茶は未だ熱いままで、口に含んだ瞬間、その熱気が口を通して体全体に広がる。


 そう、今の私の問題は公爵家や王家との取引ではない。

 あくまでも内の問題、エレミアと自分の間の壁、そのものであった。


 現公爵との晩餐(ばんさん)の一件は、あくまでも始まりに過ぎない。

 本当にやらねばならないこと、公爵家と王家が神の使徒を味方にした。

 つまり、()()()()()()()()という認識を広めるための行為が必要になる時。

 その場面で、それにふさわしい行動を取れないのであれば、全てが徒労に終わる。

 そして今のままだと、それは確定事項でもあった。

 ただ――――


「だったらどうしろってんだ」


「ああん?」


「ここで何をどうしろってんだって聞いてるんだ。

 私に出来ることなんて限られてる、こっちも気も知らないで気軽に――」


「――甘ったれるなよクソが」


 吐き出そうとした愚痴は、侮蔑の視線によって遮断された。

 ゴミを見るような目でこちらを睨んできて、その口からの言葉もまた同じ。

 向こうからの言葉は、こちらの怯みには構わずに続いた。


「何をどうすればいいかって? 知るかボケが。

 そんなの、俺なんかより貴様自身が知っているはずだ。

 本当に知らないのなら貴様は救いようのない、ゴミ以下の何かということだ」


「それは――」


「なあ、お前、本当に知らないのか?

 そんな馬鹿じゃないはずだろう、貴様の抱えている問題の解決策なんて、それこそ()()()()()()んだぞ?」


 一つしかない解決策。

 人間関係において問題が発生した時、それを解決できる手段。

 そう、言ってしまえば本当に簡単で単純な言葉だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 どういう結末になるかはわからなくとも、解決策としてこれ以上の特効薬はない。


 そう、どういう結末になるかはわからない。

 それがハッピーエンドか、バッドエンドかなんて、誰もわからないんだ。


「お前、気持ちはわからなくもないがそれは病気だ。

 今の絆を大事にしたい気持ちはあるだろう、異世界人ならなおさらだ。

 しかし、それでは本物になれない。

 近づきたいと思っても、貴様がそうやって引っ込んでいては何にも出来ないんだ」

 

「しかし、エルフは嘘を許容できない。

 そんな彼女らに、今から嘘を付くからそれに付き合えって言うのか?

 私の道化芝居に彼女らを巻き込めと?」


「だったら今のままでいくのか?

 何も喋らず、わかってくれるだろうと勝手に脳内妄想で保証を取って?」


「それが良いとは思ってない、しかし話したところで――」


「話をした、という行為にはきっと意味があるものだ。

 それが何の結果も出せない、無為な話し合いだったとしても、その過程は一つの結果として残る」


 真実の姿でないと彼女らは受け止めてくれない。

 虚飾の姿でないと私は先へと進むことができない。

 矛盾したその命題の中で、鏡の中の他人はぶち当たることを提案してきた。


「……無責任すぎだろ」


「はっ、どうせそれを悩むのは俺ではないからな。

 何より、俺はそんな人間関係くらいじゃ悩まん」


「じゃ、お前ならどうするんだ」


「行動を決めて、話して、付いてくるかどうかは相手に任せる、それだけだ」


「気配りのない一匹狼か、気楽でいいな」


「俺のような人間が他人に合わせて行動をするとでも?」


 確かに、そんな人種には見えない。

 その辺りの考え方の違いがあるから、私はアイツに対し嫌悪感しか抱かない。

 きっと向こうも同じ感想を抱いているはずだ。

 しかし、私は今まで、そんな生き方を選ぶことは出来なかった。


「私は、そうはできない」


「貴様の場合、出来ないのではなく、やらないだけだろう。

 なんせ根本的なところは似てるはずだ、認めたくもない事実だが」


「根本的なところ、とは?」


「肩書ではない、本来の自分こそが大事、だろう?

 貴様はその辺りを自制してる気がするが、それでは本当の貴様ではないはずだ。

 真実しか吐かない人間なんて、今まで見たこともない。

 そんな貴様の、真実しか喋らない姿が本来の貴様だとでも言うのか?」


「……それは」


「貴様が本当の自然体でいたいのなら、それを貴様の大事な人間に教えろ。

 それすら出来ない関係なら切ってしまったほうがマシだ」


 それだけ話しては、全部終わったとばかりにお茶をゆっくりと飲み始める賢者。

 それに釣られるかのように、私も片手に握っているお茶を飲んでいく。

 程よい温度になって、ゆっくりとお茶を飲み進められるようになった。


 身内ではない普通の人達と付き合うための気さくな仮面。

 そしてその中にある、負けず嫌いで自分を曲げたがらない愚直な姿。

 それより更に奥、内側に潜んでいる本当の根源――


 それを、本当に彼女らにぶつけるのか。

 私は、本当にそんなことが出来るのか?


「貴様が信じた彼女らを信じろ。

 それが出来ないのなら早々に縁を切れ、それは貴様の弱音だ」


「――知ったような口を利くな」


「おっとすまない、つい目に余ったもので」


「本当に減らず口の多い賢者だ、なあ、他称賢者さん」


「全くだ、どこのどいつだろうな、私なんかを賢者とか言いやがったのは。

 後で元凶にあったらズバッと言ってやれ」


「覚えてたらそうしよう」


 少し残っているお茶を全部飲み干しては、そのまま立ち上がる。

 そんな私を止めようともせず、彼はいまだにゆっくりとお茶を飲んでいた。

 何か言葉をかける気にはならなかったため、そのまま扉の前まで近づきドアノブに手をかける。

 そこで、そういや聞きそびれたと思い、視線を扉に固定して賢者に聞いた。


「おい、他称賢者――名前は何だ?」


「名前か、知ってても意味はないだろうし、それこそ今の他称賢者で良いだろう」


「私の名前はアユムだ、歩み望むと書いてアユムだ」


「はあ――ボアードだ。ボアード・ハウェバー、どう呼ぼうか勝手にしろ」


「そうか、じゃあ私は行く。用事を思い出した」


「ああ、せいぜい気張れ、もしまた来るのなら、その時は適当に誰かに頼んどけ」


「死んでもごめんだが参考にしておく」


 そう無駄口をたたいて、一度も振り向かずに部屋から出ていった。

 考えるのはただ一つ、これからの起こすことへの覚悟。

 傷つき、傷つかせる、覚悟だけ。


********

Interude


「歩み望む、と書いてアユム、か」


 一人となった部屋の中で、ボアードは考える。

 過ぎ去った人ではなく、過ぎ去った言葉に。

 言葉の意味ではなく、言葉そのものに違和感が覚えたために。


()()()()か、なるほどこれは違和感を感じないものだ。

 ここまで来ると違和感を感じさせない、その仕組みに称賛を送るべきか」


 当然過ぎて気づかない。

 しかし気づいてしまったらもう前には戻れない。

 ボアードは何ない天井を見上げて、一人つぶやく。


「神と被造物、異種族と人間、異世界人と私たち、そして統一言語」


 第二王子派が何か良からぬことを計画してるという情報は入っている。

 まだ全貌は見えてないが、それが神に関わるものだというのは想像に難くない。

 あの狂信者たちも一緒だとなると、嫌でも絡んでくるとボアードは読んでいた。


 こんな時期に、あのような人物が神の使徒という名でこの王国に来た。

 人の手が加えられた人為的な情報ではあるが――さて、これは偶然だろうか。


「きな臭くなってきたか……」


 何かが片方に傾かないと結論は出ない。

 傾くものの重大さが大きいほど、その結論からの波紋も大きくなる。

 ボアードは、既に空になった自分のコップの口を、手でそっと閉じた。


Interude Out

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