23.流されるか、自分から歩むか/神685-5(Imt)-21
「いらっしゃいませ、神の使徒殿。本日はどのようなご用件でしょうか」
そう言ってこちらを持ち上げたのはインルーの神官、ウィナー。
最初と同じく人の良さそうな表情をしているが、その心の奥を私は知っている。
ただ、私の情報を流したことに対しても、エルフに対する価値観もどうでもいい。
ここでいろいろと問いただすんもありかもしれないが、敢えて何も聞かない。
「……降神をしたくて来ました、案内してくださいますか」
「おや、それだけですか?
貴方様なら他にも私に言いたいことがあるだろうと思ったのですが。
それに他の方の姿も見当たりませんね」
「何を勘違いされてるかはわかりませんがこちらの時間は有限です。
案内してくださいますか?」
「ふむ、なるほど――こちらです」
そう言って先導する神官に付いていく。
余計な会話をしないために敢えてエレミアたちには待機してもらってる。
降神の場でもそんなに時間は食わないだろう。
用事だけ済ませたらすぐにでも帰る。
こっちの教会にはそんなに長く居座るつもりも、言葉を交わす気もない。
しかしながら、向こうはどうも私の態度が気になるようだ。
「まさか、私があなたのことを公爵家に言ったからそうなさってるのですか?」
「……」
「そこはご了承ください、聞かれたから答えただけであって別にあなた方と敵対する気はありません」
「そんな言い繕わなくても大丈夫です、なんとも思ってないので」
そう、本当になんとも思ってない。
目の前の神官に、他人には最初から期待していない。
期待しなかったら最初から裏切られることもない。
目の前の人間は他人であり、他人でしかないのだから。
私はもう、この人間のせいで自分のペースを崩すことはない。
「それに、そちらからそう聞いてくるということは確信犯ということでしょ?」
「――ふぅ、参りました。前とは大違いですね」
前とは、か。
まるで前もあえてそんな態度をとったかのような言い草だな。
別に前までいかなくても良いか、既にこちらの神経を逆撫でするような言葉だけを選んでいるんだから。
なら、こちらから交わすべき言葉はない。
必要最低限の言葉だけを口にし、徹底的に無関心を貫く。
私から言葉がなかったからか、お互い無言でしばらく歩く、いつもの階段の前にたどり着いた。
そこで何の説明も聞かずに、私は真っ暗な階段の一段目に足を乗せる。
私の行動を見ても、神官からは何の言葉もない。
了承するという意味に受け取り、そのまま上へと登る。
登る直前も、登った後も、階段を登る足音だけが広がった。
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「それで、敢えてここまで来た理由は何なの?」
上がりきったそこは既にイミテーの領域だった。
その中心で私を見て早々に質問をするイミテー。
今回はプリエもフォレストもなく、私とイミテーだけの空間だ。
「なーに? 私という女がいながら他の女を探してるの?」
「ないから考えただけだ、都合の良いときだけ思考に突っ込むな」
フォレストには予め来なくても大丈夫と言っておいた。
そんなに時間を使うつもりもなかったし、今回の質問の返答次第ではお互いが気まずくなる可能性すらあったというのもある。
プリエに関しては未だに何がしたいのかよくわからないので放置だ。
まあ最初から気にしていないし、さっさと用件を片付けよう。
「聞きたいことが幾つかある、答えるも答えないもお前の自由だ」
「はーい、どうぞ」
軽く返ってくる返事を聞きながら、聞くべきことを頭に一度整理する。
聞きたいのは大きく分けて二つ、内容次第ではそこから増える可能性もある。
そこで最初に聞くとしたら、やはりあそこからだろう。
「この国内に存在するというオーワンのために存在する場所、それは実在するのか?
それと、もし実在するならそれを私に言わなかった理由はなんだ?」
「実在する、言わなかったのは聞かれなかったから」
「神は自分から動かない、っていうことか」
「そうよ、あんたは私にはもちろんでフォレストにもオーワン様に対する何かを直接聞いたことはないでしょ?」
確かに、口に出したことはない。
考えを読める彼女らだ、知ってるのなら当然教えてくれるだろうと思っていた。
しかし今回の件で少し考えを改めることとなった。
彼女らは神で、私は人間だ。
その根本的なところが変わらない限り、過ぎたる干渉できない。
こう返ってくることは想定していたので、気にせず続きを話す。
「否定はしない、それを聞かなかったのは私の落ち度だ。
それで聞くのだが、そこはどんな場所だ?」
「王たちが即位する時、オーワン様からの啓示を受ける場所よ。
人間たちは勝手に祝辞と言ってるし実際の扱いもそんなもんだね。
オーワン様が何を言っても王本人にしか聞こえないし、即位もなかったことにはならない」
即位式で使う場所、か。
だったら王城のどこかにあるのは間違いないだろうな。
そこに私が入りたいといっても、すんなり入らせてはくれないだろう。
何かしらの見返りを要求されるに決まっている。
「そうね、あの公爵家のお坊ちゃまと交わしたのとはまた別で交わさないと。
最悪、完全にこの王国の政争に飛び込むことになるでしょうね」
「……そうだろうな」
「どうするの? 恐らくロクなことにならないよ?」
政治なんて御免こうむる。
上の連中が何をしようと私がその詳細をわかってあげる必要はない。
結果だけを見て、罵るも褒めるもするのが正しい政治との付き合い方だ。
少しでも足を突っ込んだ瞬間、泥沼に落ちるのは目に見えてる。
今までずっとそう思ってきたし、それは今でも変わらない。
公爵家が欲しがる《神の使徒》という肩書の影響力は莫大だろう。
発言一つで国が変わる立ち位置になり、元の世界では想像もできなかった権力を手にすることになる。
「お前は……あんたらはどう思う?」
「さあ、どうでも良いんじゃない?」
「そう言い切れるのか?
異世界人の私が一国の政治に首を突っ込んで、その国を好き勝手にするのに?」
「私は興味あるよ? 君がどういう行動をとって、どういう末路をたどるのかはね。
そもそも異世界人を呼び寄せたのは私じゃないし、オーワン様に聞いてみれば?」
結局はそこだ。
それが一番手っ取り早い方法だということは誰もが知っている。
そうするために私は貴族との取引に応じたのだ。
目の前の神は私がどうしようと関係ないと言った。
だったら、私は私の好きなように動けばそれでいい。
「なら、次の質問だ――――あの時、なんで私を助けた?」
「やっぱり、それ聞いちゃうんだね」
「むしろこっちが本題だ」
まともな答えが帰ってくるとは思わない。
返ってくるならふざけた返事か、それとも黙秘だろう。
返したところでそれは自分の首を絞める行為に他ならないから。
いわばこの状況はチェックか、チェックメイトに似た状況である。
イミテーは果たしてどう答えるだろうか。
「期待してるところ申し訳ないけど、あなたの想像を超える答えはないわよ」
「ということは?」
「全てはオーワン様に聞きなさい、としか言えないわね、私は」
「――そうか、そうだろうな」
それが既に一つの可能性を示している事実は、イミテーも知ってるだろう。
最初から疑ってたものではあるが、可能性は高そうだ。
神としての態度を崩さない彼女らが、私を助ける理由があった。
最悪、助けられる時から思ってたことが真実であるかもしれない。
本当にそうだったとき、私はどうすれば良いのだろうか。
頭でいくら考えても答えは出ない。
だったら、覚悟だけはしておくとしよう。
「ありがとう、疑問はつきないがとりあえずの問題は解決しそうだ」
「そう、それは良かったわね」
そう返事するイミテーの表情はただ退屈そうに見えた。
まあ、それもそうだろ、私の質問は既に知っていたはずだから。
敢えて顔を合わせて確認したかったのは単なる私のエゴでしかない。
でも、そうだな。
今後とは関係ないが、今までずっと気になったことの一つを聞いてみるか。
「――現状とは関係ないが、ささやかな質問を一つしてもいいか?
知恵の神の知恵を貸したいのだが」
「厳密には探求と空想をつかさどる神だけど、まあ良いわ。
そういう質問ならいくらでも受けてあげる」
予め聞くと準備した質問ではなく、常に疑問に思ってたこと。
用意されていた質問ではなかったけど、私が気にしてることくらい知ってただろうに先程より乗り気なイミテーを見て少し笑ってしまった。
でも、外にはそれを出さずに自然体を装って質問を投げる。
「ありがとう、では聞くが……私がこの世界で遭遇したのは未だ人間とエルフの二種族だけだが、他にも種族は存在しているか?」
「そうね、人間を除けば全部で四種族かしら」
「なら、その人間以外の種族には禁忌――
エルフでいう嘘を付いてはいけないといったものは存在するか?」
「存在するわ、例外はない。人間以外の種族には必ず禁忌があるね」
これも予想はしてたけど、つくづく思うが本当に人間だけ優遇された環境だ。
どんな種族がいるのか、禁忌は何なのか、気になるのは多いが今は無視する。
今気にしてるのはそこじゃない。
人間以外には例外なく存在する禁忌。
エルフにも例外なく存在する、嘘をつかないことと約束を守ること。
ファンタジーの代名詞とも言えるこの禁忌、いわば規則だ。
そして全ての規則にはまた例外なく――破られたときの罰がある。
「なるほど、どこまでも身内の心配ということね」
「彼女らが約束を違えるとは思えない、でも全ての約束を必ず守れるという保証はどこにもない」
「そのため、予め把握して対処できるものなら対処を、駄目なら準備をするか。
そういう最悪を想定した動きは嫌いじゃないわ、むしろ好きだよ」
「だったら教えろ、その禁忌を破ったときの対価は、罰とは何だ?」
質問を受けてイミテーは少し考えるように目を閉じた。
知らないはずもなく、答えることができないとも言ってない。
恐らく、彼女は答えを知っている。
知っていて悩むということは、簡単に教える気がないことにほかならない。
「そうね、単純に教える気はないのは事実だよ。
でも、そう難しい話ではない、あなたは既にその答えを知ってるのだから」
「……どういうことだ」
「簡単なことよ、種族によって禁忌を守るのが正しい状態だとも言える。
なら、禁忌を破った時は正しくない状態になるとも言えるでしょ?」
「――それは極論ではないか?」
「本当にそう言い切れる?
1だけが続く中で0が混じった以上、もう百パーセントには戻れない。
そもそも真偽値に0と1以外の数字は存在しないでしょ?」
「存在しないというのもあるにはあるが、まあ――待て、今なんて言った?」
懐かしい単語を聞いた。
この世界では言う必要も、聞かれることもない単語。
そもそもこの世界には存在すらしていない言葉のはず。
「なぜ、それを知っている?」
「さあ、でも先程の言葉は全部、あなたに向けた私からのヒントよ」
「それはどういう――っ」
問いただそうとした時、目の前がまばゆい光に覆われる。
反射的に目をつむり、再び目を開けたそこは降神の場の無機質な祭壇の前だった。
突然の状況に一瞬戸惑う中、脳裏に直接叩き込まれるように声が鳴り響いた。
『あなたは既に答えを持っている。
なら迷わずに進みなさい、自分の考えで、あなたらしく振る舞いなさい。
そうすれば、道は自ずと開くだろうから――どうか、挫けないでね』
言葉はそれっきりで、それ以降は何も聞こえなかった。
真っ暗な闇の中で、目の前の祭壇だけが光を放っていた。
「はっ、意味深なことだけ言いやがって、結局は何の解決もならないじゃないか」
考えに、推理に力はない。
問題も解決策も、全てを知っているからと言って何かが変わるわけではない。
どのような形であれ、力が必要だ。
その意味ではどちらにしろ選択肢は限られてる。
無力な私にできるのはただ一つだけ。
選ぶか、選ばされるかの二択だ。
ならば、せめて自分の意思で歩こう。
いつだったかすらはっきりと思い出せない昔に、そう決めた。
なら、望み通りに自分らしく歩こう。
そう思い、後ろを振り向きながら階段の前に立ってからようやく気づいた。
「――それで、私はここをどう下りれば良いんだ?」
プリエの祝福を利用することに考えが行き着くのは、もう少し後のことだった。




