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異世界人として生きるのは  作者: 琴張 海
第2章 自由の意味
34/63

20.偽で真を貫き、報いを受ける ②/神685-5(Imt)-9

 人質を取り、動くことすら封じた状態。

 その上で一体何を要求するのかと思いきや、まさかのスカウトとは。

 こんな状況でなかったら異世界のお笑いか何かだと勘違いしたくらいだ。

 当然のことだが、全然笑えない。


「それを、今この状況で?

 まさか私が首を縦に振ると思ってるのではないだろうな」


「だからここで人質を取ってるのではないか。

 貴様がここで拒否すればこのエルフを殺す」


 貴族がそう言って、ネズミ野郎は腕に力を入れる。

 首を圧迫され苦しそうにしているエリアは、それでも目は生きていた。

 いや、むしろこちらをジッと見て、何かを伝えようとしている。

 恐らくは《私は構わないで》とかを言いたいのだろう。


「――一応、聞いておこうか。私を求める理由を」


「簡単なこと、貴様が複数の神の祝福を得ているからだ。

 エルフと一緒に行動してるというのは、エルフの神の祝福も得ているのだろ?」


「まあ、そうだが」


 そちらは祝福どころじゃないが、反論する必要性を感じないので適当に肯定する。

 細かい説明をする理由もなく、そんな気にもなれない。

 そんなこっちの気は知りもしないで貴族は話を続ける。


「神に愛される人間、そしてその実績がこっち側に付くだけで十分な利になる。

 第一王子派を潰し、バカな父とベルジュ野郎の代わりに私が実権を握れる。

 無駄足になるかと思ったがとんだ拾い物だよキミは」


「エルフが目的ではなかったのか」


「最初はそうだったが、貴様が手に入るならそんなの後からでも構わん」


「……わざわざこちらの意見を聞く理由は?」


「貴様が同意するならこの場で契約を結び、反故に出来ないようにするためだ。

 こればかりは貴様自身の同意がいる。

 貴様としてもエルフが傷つかないようにしないとだから、そっちが良いだろう?」


 契約か。

 詳しいことは知らないが、きっと魔術的な何かで結ぶ契約なのだろ。

 恐らくはあの日、私とエレミアが再度交わした約束がその類のはずだ。

 迂闊に交わせば後戻り出来なくなるに違いない。

 普段なら何も気にせずに蹴ってるところだが――


「――――っ」


「おっと、動くなよ。エルフでも命は惜しいだろう?」


 エリアが捕まっている時点ではそれも気軽にできない。

 本人は自分のことは気にしないようにずっと視線は送ってはいる。

 けど、そう気軽に選べる問題でもない。


 エレミアたちが未だに何の動きもしていないのもおかしい。

 こちらの居場所を特定できてないはずもなく、動かない理由があると見るべきだ。


「あ、もしかしなくても、エルフどもが助けに入るとかは期待しないほうが良いぞ」


「……その理由は?」


「あいつらではここに入ることも出来ないだろうからだ、詳しいことは言わないが」


 嘲笑を含みながら話すそれは相当愉快に見えた。

 しかし、こちらとしてはそれも気にしない。

 逆に情報を与えてくれたことに感謝すらしたいくらいだった。


 入ることが出来ない場所。

 まあ、選択肢は限られてる。

 この都市内でエルフが迂闊に入れない場所というのはそういうことだろう。

 正確な理由はわからないが、このまま諦めてるはずもない。


 ――さて、どうしたものか。

 一番良い方法は、恐らくエレミアたちが私たちを助けに入ること。

 そしてこの貴族にも一発食らわす、それが一番だ。

 そのためには先ず、エレミアたちがここまで来ないと始まらない。


 そこで選択を取るにあたって一番の問題点はやはり()()()()()()()()だろう。

 エルフが入れない場所は多くないけど、一つではない。

 今回は少し明確な確証が欲しい。


「――さあ、それで貴様の回答はどうなんだ?

 まあ、この場合選択肢なんてないようなものだが」


 貴族、それも公爵家。

 こういう仕事に本人が出回るのは軽率だと思うが、貴族だし面子は大事だろう。

 且つ、言動にも身分というのを意識しているのがよく分かる。

 そこで問題になるのは、あのネズミ。


 貴族があいつをただの道具扱いしてるのは見ればわかる。

 身分を意識してるというのは格式も大事に思ってるはず。

 《資格のない人間》を《資格の要る場所》においたりはしていないと見た。

 それを考えた時、何が当たりかはわからないが()()()()()()()

 どっちにしろ賭けだが確率はあがるはずだ。


 少しでも確率の高い方を。

 あの貴族の言う通り選択肢なんて最初から一つしかない。

 これが自由の種族というのだから笑わせる。

 しかし、例え同じ選択だとしてもその過程は決して同じものにならない。

 そしてそれがもたらす結果も、全てが同じにはならない。

 ――それらに責任を負う覚悟がなければ、自由を唱える事はできない。


「ふぅ――」


「そのため息は、どういうため息だ?」


「ああ、腹をくくっただけだ」


 なぁに、約三週前の今に比べればどうってことはない。

 泥をかぶるのは私だけで事足りる。

 覚悟はとうの昔にできていた。

 何をしてもうまく行かず、その過程の結果は自分に帰ってくるなら。

 全てを()()として受け入れると、あの日にそう誓ったんだ。


 ただそれでも一度だけ、未だ私に視線を送っているエリアと目を合わせる。

 交差する視線、私は何も言わずそのまま目をそらし貴族の方を向く。


「先程の契約の件で確認だ。

 私があんたの申し出を受ければ、エリアをここから逃すのか?」


「エリアというのはエルフのことだろうな。

 それならその通りだ、追加で私からはエルフに手を出さない項目も追加しよう」


「――それだけか?」


「はあ?」


 私の質問に今度はあちらが顔を歪ませた。

 でもそれはやがて皮肉交じりの笑みへと変わる。

 それを見ながらも、私は気にせず言葉を続けた。


「エリアを逃すのはわかった。しかし私には何の利益もない」


「ほう、利益がないときたか。

 なら貴様はそれ以外を欲すると?」


「厳密に言ってそれは私の利じゃない、私とエリアは他人だ。

 そんなんで私の人生を決められたら溜まったもんじゃない」


「それなら何を望む? 貴様はどれだけの価値を私に求めるのだ?」


 試すように聞いてくる貴族。

 だが、そんなのは既に予想済みだ。

 残念ながら主導権は既にこちらが握ってるんだ。


「バカか貴様? なんでそれを私から指定しなければならない。

 そっちが私に相応しい利益を提示しろ、話はそれからだ」


「――く、くくくっ、くっははははは!

 この状況で、手も足も出せない貴様がそれを言うのか?

 私の気まぐれ一つで貴様は死ぬんだぞ?」


「どうせこうして捕まった時点で私は死んだも同然だ。

 そこでせっかくそちらが下手に出てくれるのに下がる理由もない」


 それに、そんなのはもう怖くない。

 計画していたとはいえ、一度捨てた命だ。

 こんな危機では何も響かない。


 そう強気で出ると、向こう側はますますご機嫌になっていく。

 私の態度には何も言わず、むしろ嬉しいようにも見えた。

 ニヤリと笑みを見せる貴族。

 そして、最後の試しとでも言うように堂々と価値を言い放った。


「公爵家の人間になる以上、それなりの権力と待遇を約束しよう。

 そして、このエリアってエルフ――貴様にやろう。

 いまこの場で、貴様とそのエリアで主従契約を結ばせてやる」


「な――――っ」


「だから動くなよ、つい手が滑っちゃうだろう」


 因みに驚いたのは私ではない。

 横のエリアが驚いて、ネズミが首を更に締め付けただけだ。

 私はあくまでも冷静に、エリアの姿をチラ見しただけ。

 貴族はそんなネズミの行動を戒めるよう手を振りながら言う。


「構わん――いや、むしろ喋らせろ。

 エルフ、本来は俺様の奴隷にしようとしたけど予定が変わった。

 貴様もせっかくなら既知の人間のほうが羨ましいだろ?」


「誰が、自分が奴隷になるのを喜ぶというのですか!」


「なぁに、厳密に言えば奴隷ではない。

 貴様らは所有物でしかないんだ、理性同士なら良いおもちゃにもなるだろう」


「最低ですね、そんなのをアユムさんが受けるはずが――」


「――待遇の具体的な内訳を提示しろ」


「アユムさん!?」


 エリアの顔は見ずにただ目の前の貴族にのみ視線を注ぐ。

 あくまでも冷静に、仮面をかぶり言葉で翻弄(ほんろう)する。

 なんにも持たない私にできるのは所詮これくらいだ。


「流石にそれは言っても現実性がないだろうから止めとこう。

 ただ、私の名前にかけて公爵家の人間相応のものを用意すると約束しよう」


「――そんな言葉だけでは信用できない。

 こちらはその契約魔術というのがどういうものか知らない。

 だから、せめて前金がほしい」


「そうか、それなら尚更そのエルフが適切だろう。

 この場で貴様の物として隷属させよう」


 そして懐の中から一枚のスクロールを取り出す。

 恐らくあれがその隷属のためのスクロールだろう。

 具体的な使い方はしらないが、他人の隷属化に使うものだ。

 先程から私の《目》に見えていた紫色のオーラはそいつか。


「人間は、そんなものにまで手を付けているのですか……!」


「ふん、勘違いしてもらっては困る、厳密には隷属ではなく契約魔術だ。

 ――それで、貴様はどうだ?」


「契約魔術なら、相手の同意はどう得る?」


「貴様がここでこいつに同意するよう()()すれば良い。

 何より、女性ならわかりやすく簡単な方法があるだろ?」


「なるほど」


 説得とは名だけの色んな行為で、()()()に同意させる。

 やり方は幾らでもあるし、私もそれを知ってた。

 それに女性なら決まったお約束のようなものまで存在している。

 黙々と答えていく私に当事者のエリアは異議を唱えた。

 その目には隠しきれない動揺と不安がにじみ出ている。


「アユムさん!? 本当にこんな提案に乗るんですか!?」


「もういい、黙らせろ」


「へい」


「うっ――――っ!」


 今までと違い暴れながら私を睨むエリアの視線を受けながら、それを無視する。

 裏切りにも等しい私の言動を、エルフである彼女は認めない。

 それに反比例してますますご機嫌になるのは貴族のほうだった。


「見れば見るほど素晴らしいな、キミは。

 今のことで確信した、貴様は私と同じ同類なんだな。

 こんな状況でも己を主張し、自分の価値を証明しようとする。

 自分の目的のためなら何でもやるその価値観は嫌いじゃない」


「まあ、否定はしない。

 それで、私はここで両手両足が縛られたままエリアを説得するのか?」


「口だけの説得ならそれでも良いのだが――ふっ、良いだろう。

 おい、そのエルフをそのままアユムに渡せ」


「――本当によろしいので?」


「くどい」


「……まあ、従いますが」


 渋々とエリアの喉を縛り付けていた腕をほどき、適当な位置でこちらに押す。

 両足が縛られた状態で重心を取れず崩れ落ちる。

 なんとか座ってた私はエリアに押し倒される形で後ろに倒れた。

 身動きもまともに取れない状態で体をなんとか起こし私を睨むエリア。

 その目には明らかな失望が込められていた。


「見損ないましたよ、アユムさん!

 今までのあなたの行動は、全てが嘘だったとでも言うのですか!?」


 裏切られたことは多々あれど、裏切ったことはなかった。

 いや、私の力が及ばなかったための裏切りはあったか。

 そう思えば、どこか似ている気もした。


 それでも私は表情を崩さない。

 あくまでも冷静に無表情を貫きながらも、目だけは合わせない。

 微妙に視線をずらしながら彼女にただつぶやいた。


「そうだよ、人間なんてみんなそうだ。

 誰しもが仮面をかぶり、見せたい自分を演じている。

 中にある弱い自分を押し殺すために、偽物を演じるのが人間だ」


「それを、エレミア姉さんの前でも言えるのですか」


「言うとも、むしろエレミアなら既に気づいてるはずだ。

 私という人間がどういう人間かを。

 ――むしろ、君がそれを気づいていないのが()としては驚きだが」


「――っ」


 エリアは言葉を止め、再度私を見る。

 揺れる瞳には混乱よりも驚きのほうが大きい。

 しかしあえてそれに気づかないフリをしながら貴族に語りかける。


「こんな状態で何をしろと?

 せめて腕くらいは解いてくれても良いんじゃないか?」


「ふん、良いだろう――両手も解いてやれ」


「本当の本当に、よろしいので?」


「くどいと言っている」


「……はぁ」


 渋々とこちらの縄を切るために近づくネズミ。

 エリアはこちらを無理やり起こしてた上半身をそのまま私向けに下ろした。

 彼女の顔は私の胸元に埋められる。

 顔は見えない、私の顔もエリアの顔も、互いの表情はわからない。

 しかし見えないからこそ、わかるものもある。


「貴方という人は、本当にバカで愚かで、矛盾だらけです」


 エリアが語る。


「ああ、そうだよ。

 最初から俺はバカで愚かで、今と何一つ変わってない。

 それこそ君と初めてあった当時から、俺は俺でしかない」


 私が語る。


「貴方がどうやろうと、私はわたしのやり方を貫きます。

 人間(あなた)人間(あなた)らしく、エルフ《わたし》はエルフ《わたし》らしく」


 エリアが動いて。


「それでいい、私は私を貫いた、あの時も今も。お前もお前を貫くと良い」


 私はただ仰向けに天井を見上げる。

 そして彼女は私の胸元に唇を当てた。

 胸元に妙な痒さを感じるも、それはすぐさま別の物に変わる。

 私の近くまで来たネズミもマナの動きを見ては逃げようとした。


――――しかし、もう遅い


 私たちを中心に吹き荒れる突風。

 それなりに広い部屋だったため貴族の方はそこまでじゃない。

 でもネズミは少し近づき過ぎたせいで壁にふっとばされた。


 閉ざされた空間の中、閉ざされた窓と扉はそのまま開かれる。

 その真ん中でエリアを庇おうとするも体中に傷跡が増えていく。

 痛みはある、だけど心配は全然していなかった。

 だって――――


「アユム、エリア!」


 窓の方から物音と共に聞こえた声は、頼もしくも馴染みのある声だったから。

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