12.禍福とはいつの時代も定まらない ①/神685-5(Imt)-1
晴天の空。
荷台の上で眺める空の景色は一ヶ月前とは全く別のものに見えていた。
これも、身の回りの問題がある程度解決されたからだろう。
現在、私たちは国境都市インルーを目指している。
一ヶ月を過ごしたフリュード村を後にして、移動手段は前回と同じく馬車。
だけど、あの時とは何もかも違っていた。
最初、村を目指していた頃は空を見る余裕すらなかった。
しかし今は空を眺めながら言葉で表せない何かを感じている。
馬車に乗るのは二回目なのに、乗るのが初めてのような感覚すら味わっていた。
――こういうのを見ると、やはり人間は適応する生物だって実感する。
まあ、違う点はそれ以外でもう一つあったりするのだが。
「何ですか? 妙に表情が穏やかですが」
「――そう言われると普段は厳しい表情のように聞こえるな」
「最近はわかりませんが、今までの平均を割り出すのならそうではないでしょうか」
「否定できない……」
「まあまあ、村ではずっと教会の中でしたし、共感できますよ。
私はもちろんですが、エリアちゃんも実は少し興奮してるんじゃない?」
「――まあ、私も否定はしません」
多分、前と今の一番の違いはここだろう。
この荷台の中で私以外にもう二人いるということ。
馬車の揺れを無視して、本を離さずに読んでいるエリア。
ずっと外の景色を眺めているレミアさn……レミア。
何もない荷台と、二つの花が添えられた荷台はその華やかさから違う。
「それにしても……エリア」
「何でしょうか」
「私が言うのも何だが――いや、やっぱり何でもない」
「――何を言いたいのか想像は付きますが、必要なことです。
アユムさんは確かにきっかけを作りましたが、考え自体は前々からしてました」
本来ならエリアは今回、同行する予定ではなかった。
最小限、私の頭の中ではそうだった。
まあ、それを言うとレインさn……レインを除いた全員がそうなのだが。
それぞれが、それぞれの理由で私をついてきた。
レインはあくまでも付き添い、監視団としての仕事だ。
でも、エレミアは自分の胸にした約束を守るため。
レミアは村への罰とその罪滅ぼしのため、私に付き添うことを決めた。
でも、エリアの理由ははそのどちらでもない。
強いて言えばレインの理由に近い。
エリアが最初に私と会おうとした根本的な理由が絡んでくるし。
処刑の件も、彼女のインルー行きに発破をかけた形になった。
エリアの理由とは人間研究。
人間という種について知るのが、彼女のインルー行きの理由だ。
「別に、それは君じゃなくても良いのではないか?」
「それはわかりませんが、私なら上手く出来るでしょう。
目の前のちょうど良い基準もあるわけですし」
「私を基準にするのはどうかと思うが……」
「いいえ、ちょうど良いのではないかと。
これからの研究次第ですけど、アユムさんを基準――平均値と言いますか。
とにかく、そうあってほしいとも思ってます」
《それなら、希望はあると思いますしね》と付け加えたエリア。
私にはその姿がどこか眩しく見えて、つい視線をそらしてしまった。
彼女の研究の理由はあくまでもエルフのためだ。
《人間を研究し、人間とエルフが友好関係を結べる道を模索する》。
それが彼女の目標であった。
――私から見たら、せいぜい高校一年くらいしかならないというのに。
どこまでもその考えは大人だ。
初対面の時から、既にこの子の視線は大人のそれと同じだった。
私もその時はエリアをただの他人としか見てなかったが……。
今にして思うと、年相応の無邪気さが感じられないのが寂しくも思える。
これは当時にも抱いていた感想だが、その感傷はなお深くなった。
多分、エリアの両親も同じ気持ちではないだろうか。
そこで顔を少し上げるとレミアが静かに私を見ていた。
――まあ、そうだよね。
エリアが自分で考えて、両親まで説得させてここまできたんだ。
私がとやかく言うのはそれこそ筋違いというものだろう。
「また小難しいこと言ってるの?
本当、アユムってそういうところあるよね。
何というか……お年寄りみたいと言うか」
「まあ、そう言わないでください。あれはアレが美徳でもありますから」
「お年寄り――いや、まあ、良いけどね」
エレミアの皮肉にレインが乗る。
まあ、本当にいいのだが。
幼く見えるよりは老けて見えたほうが良い。
あんまり年齢には振れてほしくないけど、自覚はあるから突っ込まないで置こう。
突っ込んでも疲れるのはこっちだけだ。
というか、エルフが人間の前で年齢のことを話すのか……?
確かエルフは人間より長生きで、一定年齢から老化が遅くなると知ってるのだが?
――いや、どうでもいい疑問だ。
突っ込むのも怖いから頭の隅っこに仕舞っておく。
代わりにため息をついて、話題を変えようとレインに質問を投げた。
「そういや、そのインルーというのはどんなところですか?
確か、国境都市と言ってましたよね?」
「ああ、国境というのは人間の方で勝手にそう呼んでるだけだがな。
エルフが住んでる領域を国とみなして付けたものだ。
それと、言葉遣いが戻ってるぞ」
「ああ、すみまs……悪い。未だに慣れなくてな」
三日前から、本当に罰代わりとして敬称なしのタメ口を使うことになった。
まあ、名目は罰なんだ、甘んじて受けると言ったからそれは良い。
でも未だに慣れず、敬語とタメ口と敬称が頭の中でごっちゃ混ぜになっている。
そもそも、この言葉遣いに納得していないからこそ混乱しているのもある。
――――でも、納得してたら罰にならないよね。
「そんなに慣れないのか?」
「そりゃ慣れないよ……まあ良い、時間が解決してくれるだろうし。
話を戻そう、国境は人間が勝手に付けてる名称と言ったな。
なのにエルフもその名称を使ってるのか?」
「人間の都市だ、本人たちが呼ぶというのなら我々がとやかく言うつもりはない」
考えとしては共感できるけど、組織としてはどうなんだ?
正しい認識を持たせたほうが良いのではないだろうか。
「私個人としては共感できるけど、折角なら誤解は解いたほうが――
ああ、いやそうか、そもそも関係を結ぶ気がなかったのか」
「わからん。それこそ今の我らには知る由もないことだ」
そう言い切るレインの顔からは、言葉以外の感情は感じられなかった。
本当にレインとしてはどうでもいいことなのだろう。
――或いは、これもエルフという種族の特性と言えるのか?
自分たちの村の中で全てが完結するから、他所の事情には首を突っ込まないようになったのかもしれない。
私が悩んでるのを見て、レインは頭を掻きながら《とにかくだ》と続けた。
「都市としてはそれなりの規模はある。
元々、この辺りには魔獣や野獣などがそれなりにあるからな。
冒険者ギルドもそれ相応の戦力を持ってるし、国境だから兵力も常駐している。
それと、我々の姿を見ようと好奇心で近寄る人間もそれなり往来してるな。
まあ、活気はあるほうだと思うのだが」
「それはまた……兵力というのはどれくらいでしょうか」
「あくまで名目は国境の監視だからな、そう多くはない。
まあ、人間を監視してるわけではないし、エルフの奴隷の件は眼中にないのだろ」
「一応、国からは禁止されてるのですよね?」
「らしいな、どうも口先だけにしか思えんが」
国から禁止されているのに、奴隷は未だにある。
まあ、そういう禁止された趣味や嗜好を持つ人間は世界が変わっても居るだろう。
別に驚きもしないし、新しくもない。
レインが人間を信じきれないのは多分そこが原因なんだろう。
口先だけという言葉が出るというのは、つまりそういうことだろう。
でも、とりあえず確認はしておこうか。
「監視団からの告発は行ってるんだよね?」
「当然だ、それこそが監視団の主な役目の一つだからな」
「なのに一向に改善されない……か」
私の歯切れの悪い返事を聞いてレインもまた、もどかしいように表情を歪める。
先程より真面目な顔で、握っていた馬車の手綱も横のエレミアに任せて、その真っ直ぐな目を私に向けた。
「――お前がこの世界の人間と違うというのはわかっている。
それでも、君がこの状況をどう思うかを聞きたい。
君の常識で構わないから意見を聞かせてくれ」
いつになく真面目なレインの姿に私も崩していた姿勢を正す。
私の常識で構わない――つまりこの世界でなく異世界、元の世界の常識で語っても構わないと言いたいのだろう。
《完全に同じではないかもしれないけど、何とか答えへの糸口を見つけたい》。
そんなレインの考えが嫌というほど伝わってきた。
ふと視線を感じて後ろを振り向くと、エリアとレミアも私の顔をじっと見つめては答えを待っていた。
――そうか、そうだよな。
いくら理解したつもりでいても、私は彼女たちではない。
彼女たちはそれこそ生きてきてずっと、人間という種族といがみあってきたのだ。
その関係を何とかしたいと思ってるのは、それこそエルフ全体の総意だろう。
フリュードの村に限れば、その導火線に火を付けたのは間違いなく俺だ。
真面目に答えるのが筋というものだろう。
とは言っても……困った。
レインが求めるのは《なぜ未だに人間はエルフを奴隷にしようとするのか》に対する答えだけど、言うほど簡単なものじゃない。
こういったところを判断する時、一番大事なのは事実関係だ。
片方の意見だけを聞いた場合、まともな答えが出るはずがない。
それも個人と個人の話ではなく、種族と種族の話だ。
そういう人間もいるという単純な答えは、レインが求める回答じゃない。
なぜなら、《何でそういう人間を人間たちは処罰しない》という当然の疑問に行き着くからだ。
そうなると問題の主体は人間の上層部、つまるところ国になる。
国の上層部がこの問題をきっちり認識しているかの確認。
そして、エルフに対してどう思ってるのかを知る必要がある。
この異世界の時代設定が中世なら、その王の考えを知る必要がある。
答えが見つからず、今の状態で満足の行く答えも出せない。
そう悩んでる時、エレミアからタイムオーバーの知らせが入ってきた。
「アユム、考えてるところ悪いんだけど、そろそろ着くよ?」
「――え?」
エレミアの一言で中断された思考を頭の隅っこにおき、馬車の前に視線を向ける。
馬車が向かう前に見えるのは、石で出来た城壁。
都市というにはあまりにも堅固に見えるそれを見て、ふと呟いた。
――――都市というより要塞と呼ぶのが相応しい気がする
それが、初めて国境都市インルーを目撃した私の感想だった。




