EP1.刻んた跡が残したモノ/神685-4(Pri)-23
Interude
いつもの会議室の中。
普段なら週末会議が行なわれる時間だが、集まってる人が少し変わっていた。
監視団長であるレインの姿はなく、代わりに教会の神官であるレミアと村長の娘であるエレミア・フリュードが参加していた。
例の公開処刑の一件からは既に三日が経過している。
当の人間、アユムは未だ目を覚まさず。
その看病人としてレインを残してこの会議に参加している彼女らを見て、村長のエルドは頭痛を感じた。
「エレミアよ、本当に――」
「くどいです、エルド村長」
「……」
この三日、本当に様々なことがあった。
処刑の件に関して何かしらの反響があることはエルドも予想していた。
否定的な意見が多いだろうとも予想したが、結果としては想像以上――
いや、想像以下の結果となった。
処刑の後から公開処刑はやるべきではなかったと。
そんなことを神が認めた人に半強制的に執行させたのは愚かなことだったという意見が村のエルフ達から、それこそ無数に上がってきた。
この意見を出してるのは、あの時に会議に参加していたエルフ達も含まれていた。
秘書であるノマードを筆頭にして、監視団長のレインはもちろんのこと。
倉庫の管理を任されていて、あまり自分の意見を明かさない会計のトレーロまでもが意思表明をした。
実質的に、会議に参加していたエルフの中で半分以上。
エルド本人を除けば、警備隊を以外の全員が当時の決定を後悔してることとなる。
こんな事態になった以上、村長のエルドも後悔しないはずがない。
アユムはその処刑の場で、全てのエルフに怒鳴った。
そうしたのは彼がそれだけ切羽詰まった状態だったのもあるが、もう一つ。
アユムにはその時、全てのエルフがただエルフという種族にしか見えなかった。
これは別段、アユムのみに限った話でもない。
エルフたちからしてもそれは同じこと。
互いが互いを知らなかった、個として認識できるほど互いを知らなかった。
結局アユムがその場で言った言葉は自分自身にも当てはまる言葉だ。
でも、処刑の一件に限って言うのなら――――
アユムは被害者であり、彼らは加害者である。
それが今のこの静寂と混乱を産む原因となっていた。
そして行われようとしたこの会議の場に、やっと姿を表した二人。
彼女たちの持ってきた話が、穏やかなものであるはずもなかった。
「もう一度だけ言います――
私、エレミアは今この瞬間からフリュードの名前を返却します。
次代の村長には私以外の人を探してください」
「別に、あなた様が後継者から降りる必要は――」
「いいえ、レントさん。
この全ては私が彼をこの村に連れてきたことが原因です。
ましてや、処刑の場で確か村長は言いました。
問題を起こしたら滞在権利など何時でも取り消すと。
こんな問題を起こした彼を、村長は放って置くつもりですか?
いや、あなたに聞きましょうレントさん、彼をただ放って置くつもりですか?」
「それは……」
この場合、確かにエレミアの言う通りだ。
実際ここまでの問題にならず、そのまま静かに終わったのなら。
この場で、その件を話す用意がレントにはあった。
そもそも理由はどうであれ、自分の利益のために同族を殺したのは事実。
今は大丈夫でも何時か起こるであろう火種を大きくして。
その人間を完全に放り出すためにも、話を通しておくのは悪くない。
処刑の場での一件がなかったらきっとそうしていただろう。
でも、レントも悪人ではなく。
あくまでも自分の義務と、村の安全を考えての行動だった。
全てを吐き出しながら嘆き悲しむ彼の姿を見て、何も感じなかったわけではない。
そう、レントだってやり過ぎた行為だったと後悔している。
あんな姿を見て、後悔しない人が居るはずがない。
それ故にレントは言葉が詰まった、詰まるしかなかった。
何も言えずにいるレントの代わりに答えたのは村長のエルドだった。
「――今回の件で彼の罪を問うつもりはない。
今回の件はあくまで村長である私の責任だ。
全ての責任は、私が負うとしよう」
これはエルドの本心だった。
人間という種族としてしか彼を見ていなかったのは事実である。
だからこそ、あんなことを計画したのだ。
結局は全てが口先だけの空論であったのをあの日、誰しもが感じた。
今ならば、罪悪感という名の重りを持って、彼を受け入れるだろう。
――でも、そんなのでは彼女は止まらない。
それで全てを収めるには、あまりにも遅すぎた。
「村としてはそうでしょう。
でも、彼がこの村に居られると……暮らしたいと思うでしょうか?」
「無理でしょう、彼があそこで見せた行為はむしろ、その逆だったと思います」
質問に答えたのは秘書のノマードだった。
処刑当日からその悲惨な光景が目から離れず。
ノマードはその罪の意識で睡眠もまともに取れてなかった。
この会議の中でずっと沈痛な面持ちで参加していた彼は、何もないテーブルの上を見ながら静かに続いた。
「恐らく、エレミア様との約束を自分だけの責任で破りたかったのでしょう。
《一緒に来い》なんて約束は正直、決まり事としてはその範囲が広すぎる。
約束は破るにしても、守るにしても何かの基準を立てる必要があります。
ですが、これにはそれがない。
でも、彼自身の責任で村から追放され、一緒に行くことが出来なくなる。
そうなれば自分だけの非で、村とエレミア様から離れられると思ったのかと」
「ええ、実は私も同意見です。
それなら私にだけ事前まで教えなかった理由も、全て納得がいきます」
今回の一件でアユムが相談した人はレインとレミアの二人だけだ。
それはエレミアも把握している。
エリアには時間が合わなかったからだとしても、自分に話さなかった理由は何か。
彼女はこの三日間ずっと疑問に思っていた。
処刑の先日、エレミアがアユムと交わした会話。
恐らくはあの時、既に決めていたはず。
なのに、そこでエレミアに言わない理由は巻き込まないため以外に考えられない。
アユムがあくまでも自分の行いのせいで村を追い出される。
そうなれば彼を連れてきたエレミアにも悪影響が及ぶだろう。
しかしあの時点では、アユムの選択がどんなものであっても同じだった。
アユムへの非難はどの道、避けられる物ではない。
結局エレミア本人にも、その被害が及ぶこととなる。
そこでアユムは、災いの種である自分が消えるのが一番だと思ったんだろう。
それがエレミアの考えるアユムの意図である。
「でも、彼の考えはどうでもいいです。
私は私の約束を果たすために。
自分の心で決めた約束を果たすために彼についていきます――
今度こそ、間違う気はありません」
「その意思表明が、後継者の座を降りることか?」
「それもあります。
――でもそれ以前に、今は私自身がこの村の長になる気になりません。
良い長になれる自身も……正直ないのです」
「――わかった、やる気がない人をいつまでも引き止めることは出来ない。
君を引き止める言葉を吐く資格も、私にはないのだろう」
「父上……」
そこで会議室に入ってから初めて、エレミアは父であるエルドの顔を直視した。
心なしか三日前と比べて額のシワが増えて、一気に老けた印象を受ける。
疲れた表情も隠しきれずにいるのを見て、少しだけ心が揺らいだ。
エルドはそれに気づかずレミアの方に視線を向ける。
「それで? レミアも、ただエレミアの付き添いということではないのだろう?」
「はい――本日は教会の神官として、村の人達に伝えることがあって来ました」
「良い内容、ではないだろうな」
「……暫くの間、教会はその活動を止めることにしました。
今すぐというわけではありませんが遅くでも来月、教会はその門を閉じます」
「――そうか、そこまでなのか」
処刑の場から降りる時、レミアの全身から放たれた神フォレストの光。
正しく神が降ろされたとも思えるような光がその場にあった。
そこまでのことが起きた以上、エルドもある程度の覚悟は決めていた。
でも、渡された罰は彼の想像を遥かに超えていた。
エルドは驚く気力もないように、全身の力を抜いて椅子に寄りかかった。
「フォレスト様からはなんと?」
「《母として、子共の行動の結果には相応しい賞罰と責任を負う義務がある》
そう仰っていました」
「賞罰と……責任? もしかしてレミア、君も――」
「はい、アユム様が村を出るのなら、その後を付いていくことになるでしょう」
今回のアユムを囲んだ全ての物事に関して、フォレストは何も干渉しなかった。
ただ、最初に客人として認めただけだ。
そしてその処刑の時も今も、客人という身分を失っていない。
招いた客人が自分の子共によって、一生癒せない傷を負った。
ならば、母として子の責任を肩代わりするしかない。
そして、それに伴う罰を子に与え、同じことを繰り返さないようにする。
それが神として、フォレストが下した決断だった。
その結果は教会の活動停止と、村の神官をアユムに与える。
村は協会が戻るまで神の威光を失うこととなる。
協会が存在しない村はないこの世界で、その事実は致命的だ。
一過性のものであるため、何時かは戻るというのが不幸中の幸いと言えるだろう。
「……そうか」
その言葉に結局エルドが口にできる言葉はそれだけだった。
今更、全てが遅すぎた。
あの時の自分たちの選択は現実を見てない机上の空論でしかなかった。
その結果が今の状態だ。
重苦しい空気が続く。
普段ならここでエルドが仕切るだろうが、今の彼にそんな気力はなかった。
そんなエルドに変わり、ノマードは一度咳払いをしてから会議を進める。
「一度、整理しましょう。
エレミア様は後継者の位置から離れ、レミア様と教会は暫くの休眠状態に入る。
いつ戻るかは、アユムさん次第になるのでしょうか」
「そうですね、アユム様がこの世界に居られる間は側にいようと思います。
その後は、神の御心次第になるでしょう」
レミアの言葉が終わって、エレミアもそれに続いた。
前を見据えるその目には迷いなど無く、決意のみが宿っていた。
「彼の居場所は私が見つけます。
見つけられないのなら作り、それも無理なら元の世界に戻る手伝いをします。
私も、私から彼の側を離れる気はありません」
「――アユムさんと契りを交わすおつもりですか?」
ノマードに取ってこれはただの確認だった。
種族の違う二人の間に子を成せるのかはわからない。
ただ、あくまでもあり得る可能性の一つとして、エレミアにその気があるかもしれないとは思っていた。
事が事だけに、一瞬にして会議室の全員がエレミアを注目した。
そして当のエレミアは――苦笑いを浮かべながら答えた。
「さあ、どうでしょうか……正直、今は他の感情より罪悪感の方が大きいです。
例えそういう状況になっても私の方から断るでしょう。
――私に、そんな資格があるとは思えませんよ」
あの日、彼がやった行為は誰しも望まなかった行為だ。
自分で自分を苦しめたい人なんてありやしない。
そんな行為の結果が、望まれる結果になるはずもなかった。
今この場に、彼女の言葉に何かしらの言葉を継げられる人はいない。
「――すみません、話題を変えましょう。
と言っても、私達からは以上になりますが、他に何かありますでしょうか?」
「……特にはないが、エレミアはこの会議が終わるまで待ってはくれないか?」
疲れた顔で言ったのは村長のエルドだった。
普段とは違う、どこか弱々しい父の姿。
もう、当分は顔も見たくないと思ってたのに。
エレミアは悩んだ末、レミアに一度視線を送ってから、静かに頷いた。
そこから本来の週末会議が始まった。
アユムの治療のためにレミアは先に帰り、場にはエレミアと会議に参加した他のエルフたちのみ。
会議の内容も、結局は処刑後に起こっている様々な案件の報告になる。
刻まれた跡は深く、簡単には癒えない。
いつかは、その跡の上に瘡蓋ができて、癒えたように見えるだろう。
しかし、例えそう見えても、この傷は決して癒やされず、永遠に残っていく。
それこそ、今の彼らが死に絶えて、次代に繋がったとしても。
そこから一歩を踏み出すのか、留まるのか。
選択はいつだって、今を生きている人の権利である。
刻まれた当人たち以外が決められる問題ではない。
たとえ神であっても、これを肩代わりすることは出来ない。
ただ、一つだけ言えることがあるとすれば。
人間でもエルフでも。
異世界でも異世界でなくとも。
どんだけ違うように見えても。
――――誰しもが同じく。
痛みと苦しみを抱えながら、今の世界を生きていくということだ
Interude Out




