7 - ──確信──
2091.06.21 Thr. 11:50 JST
――瞬間、シンは邪魔だとばかりに左手でメッセージを握り潰して視界の隅に放り、視線を少年に向ける。
シンの瞳は、操り糸の切れた人形のように力なく倒れていく一人の少年を映した。
シンは、刹那の驚きの表情の後、必死に笑いを抑えるように頬を痙攣させた後、獲物でも見るかような目つきで、残る二人の少年に対しても同様の操作を手早く繰り返した。
――直後、残り二人の少年が、ほぼ同時に教室の床に倒れこんでいく。
すぐに数人の生徒が教師を呼びに教室を出て行った。少年三人の周りには人だかりが形成されていく。遅れてシンもその中に入った。
人だかりの中心には、少年三人とショートカットの女子生徒がいた。ショートカットの女子生徒は、確認するように時折首を左右に振り、倒れた生徒の体勢を横にし、気道確保を行っている。そして、通常の呼吸があることを確認して、その場で動きを止めた。
すぐに、一人の男性教師が血相を変えて教室に入ってきた。
「どういう状況だ? 応急処置は?」
男性教師が生徒達にそう問いかけると、取り巻きの生徒達は円を崩し、少年三人とショートカットの女子生徒の姿が教師達から見えるようにした。
「一応、テキストの通りに確認しました。三人とも意識はないですが、呼吸はちゃんとあります」
ショートカットの女子生徒がそう答えた。
「よかった、よくやった」
男性教師がそう言うと、ショートカットの女子生徒は少し口角を上げて照れくさそうに下を向いた。
「ん、……で……んだ?」
突然、三人のうち一人の少年が目を覚まし、何かをつぶやいた。
「ムトウ! おぉ、よかった、よかった。大丈夫なのか?」
「はい? はい……。別に、はい」
男性教師がそう尋ねると、ムトウと呼ばれた少年は少し当惑した表情でそう答え、何事もなかったように、起き上った。
「あ、でも、ちょっと頭がくらくらするかも」
「保健室連れて行くから、見てもらえ」
ムトウは教師に肩を借りてゆっくりと教室を出ていき、残り二人の少年は、教師がもってきた担架で運ばれていった。その間、シンは注意深く少年三人の様子を見ていた。
三人の少年は、昼休み後の五限目を休んだだけで、六限目から何事もなかったように授業に出席した。
授業中、シンの視線は何度も三人の少年とデリーターの画面を行き来した。
* * *
放課後を知らせるチャイムが鳴った。
シンは正面出入口の靴入れにもたれかかって動こうとしない。誰かを待っている様子で時折首を振っている。
しばらくして、シンは何かに気付いたように急に立ち上がり、廊下を見た。シンの視線の先には、出入口に向かって歩いてくるムトウがいた。
「――ムトウ、大丈夫だったか?」
「なんだお前、急に。気持ち悪いな、なんか用?」
「……」
「俺とお前、一度も話したことないのによ」
「そういえば、そうだったな」
「用はそれだけか?」
「……来月テストだな」
「はあ? だからなんだよ?」
「テスト問題持ってるよ、ほら」
シンはそう言って、視界に浮かぶ画面をムトウに向けて押し出した。
「――ウソだろ、マジかよ? なんで? 他の教科も持ってんのか?」
「……フッ、フッ、……フィ……フッ! ……フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!! これは、……フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」
シンは魂に着火でもされたかのように表情を歪め、顔を下に向けた。目は血走り、狂気めいている。
「んだよこいつ、……気持ちわりぃ」
シンは蔑むムトウを意に介さず振り返り、出入口に向かって進んでいく。
「おいコラ、無視してっと殺すぞ、お前」
ムトウはシンの胸ぐらを掴み、そのまま靴入れに勢いよく押し付けた。
シンは一転真剣な眼差しでムトウを見据え、口を開いた。
「お前、どこからやり直したい? まともな人間になれるように俺が助けてやる。言ってみろ」
「……決めた。テメェ今日からパシリ決定。明日、さっそく五万持って来い。持ってこなかったら、わかるな?」
「……ムトウ、お前いつからそんなんなんだ? お前は入学したときからそんなだから、そうだな、とりあえず高校初日からやり直しきたらどうだ?」
「はぁ?」
シンはデリーターの画面で、距離が〈0・2〉のリストを素早く選び、次の画面で撫でるようにして〈2091〉〈04〉から〈2091〉〈06〉を選択、点滅する《DĒŁĒTĒ》ボタンを押した。
直後にゆっくりと倒れ込んでくるムトウをシンは腕で払い除け、出口に向かって右足を踏み出した。シンの眼光は獲物を狙う肉食獣のように鋭く、歩く度に周囲の生徒を遠ざけた。