55- ──深緑色の瞳──
「理解いただいたようですね。それはそうと、あなたは、もしやアムと呼ばれている人物ですか?」
「……。そうだけど」
シンは頭をかいてそう答えた。
「あら、随分あっさりと認めるんですね」
「嘘をつくのは面倒だから」
「では、あなたの能力も教えてもらえますか?」
「……」
「デリーターでしょう?」
シンは自身の能力を看破され、珍しく驚いた表情を見せた。
「フフ、アタリみたいですね。分かりやすい表情をしますね。なぜ分かったのか気になりますか?」
「……」
「それはですね、────私もデリーターを使えるからです────」
一ノ瀬の言葉にシンは一ノ瀬を分析するように見据えた。
「正確に言えば、私は、デリーターともう一つ、〝インサーター〟という能力を保有しています」
「……二つ」
「ええ、二つです。驚きましたか?
デリーターの能力はお分かりですね。
インサーターの能力は、その名の通り、記憶の〝挿入〟です。
選んだ人物の記憶をコピーして、他の人物の脳に挿入することが可能です。
私は、デリーターとインサーター、この二つの能力を合わせて、
〝アップデーター〟と呼んでいます。
削除して挿入するのは、〝更新〟するのと同じことですからね」
「なぜ……それを俺にわざわざ教える?」
「あなたが僅かでも私に逆らえる力を持っているなどと、ゆめゆめ思っていただかないようにです。
アップデーターは〝人格操作能力〟であり、デリーターの完全上位に位置する力です。そのことをしっかりと認識してもらい、あなたが誤った行動に走ることを未然に防止しておきたいのです」
一ノ瀬は、深緑色の決然たる瞳で淡々とシンにそう告げた。
「逆らう? あんたの何に?」
「あなたのアムとしての活動に、私はとても憤りを感じています。
犯罪者にも人権はあり、あなたが自身の身勝手な正義感で人格を消すことは決して許されないことです。これ以上の罪を重ねないでください。
あなたは誠心誠意、自身が犯した罪を贖うべきなのです」
「だらだらと……。
凶悪犯の頭をリセットすることの何が悪い?
脳は電子回路、回路を電子が通って変換された信号の集まりが思考。
悪人は回路の調子が悪くて、信号を正常に変換できないだけ。
だから一度リセットすればいい。
それで皆が迷惑しなくなるし、凶悪犯自身も、もう一度真っ当な回路を持った状態から人生をやり直すことができる」
「非常に残念な考え方ですね。
どんな人も必ず更生することができるのですよ。
自身の行動を悔い改めることを繰り返して、人は成長していくものです。
あなたの行動は、人間の可能性を奪う行為です。
殺人そのものと言える行為です」
「あんたの考えには、そもそも前提に誤りがある。
神経回路はタンパク質でできてはいるが、本当に心から〝悔いる〟ことができていれば、長期間かけることでタンパク質の回路を自己修正できるかもしれない。だが、凶悪犯の大半は、そもそも罪を正常に認識する回路が存在しない。だから、そもそも悔いるという感情に至らない。
そんな回路に不調を抱えた人間が一般人と同じ環境に存在すれば、不幸が起きるのは必然だろう。
凶悪犯に贖罪を促すのは、ライオンが獲物を捕るのを責めてるのに等しいよ」
「残念ですね。あなたとは、とても分かり合えそうもありません」
「分かり合うも何も、俺は事実を言ってるだけだけど」
「……本当に残念です。
神の眼の発想は素晴らしいと思いましたので、あなたとリエリさんが神の眼を実現するにあたっては、私も色々と協力させていただいたのですが」
「…………やっぱりか。あれだけスムーズに法案成立までいったのは、あんたの手引きか。恫喝するネタがない反対派の政治家までが最終的に賛成に回っていたから、不自然さを感じていた。やっとスッキリしたよ」
「神の眼は、冤罪をなくすうえで必要不可欠な環境だと思いましたので。
反対する政治家やコメンテーターの方々の記憶に中に、一時的に賛成派の方々の記憶をコピーして挿入しました。
もちろん可決後に、コピーした分は消してあります」
「最早なんでもありか」
「次の予定がありますので、最終確認をさせてください。『今後、二度とデリーターを使わない』と約束していただけませんか?」
「寝言は寝てる時だけ言ったら」
「……そうですか、残念ですね。
あなたのアムとしての行動について裁判を受けていただき、然るべき贖罪をしていただきたいところですが、あいにくデリーターは証拠足りえません。かと言って、あなたをこれ以上不当に拘束する事もできませんし、あなたを野放しにもできません。
ですので、あなたにはまず、銃刀法違反と殺人未遂で裁かれていただくことにします。これは立証可能ですから」
「……わざわざ、今回のタイミングを狙ってたのか」
「私はあなたが自身の罪を悔い、更生することを信じていますよ」
「あそう。ちなみに史上最年少で議員になれたのは、その力を使ったから?」
「誓って言いますが、議員になるためにこの力を使ったことは一度もありません。それでは」
一ノ瀬は軽く会釈をすると、数人の黒いスーツの男を引き連れて奥の重厚そうな木製のドアから退室していった。
シンはその後まもなくして、目隠しをされた上で外に連れ出され、待機していた男数人に引き渡された。




