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53- ──vs. メサイア──

 シンは仰け反る男の胴に向け、一切の躊躇なくトリガーを引き切った――

 ――瞬間、「ツッィ」という音と共に、男の右腕後方から空中数メートルに渡り血線が走り、同時に、同一線上にある遥か先の壁面から土煙が上がる。


 衝撃でバランスを崩した男は、自身の右腕から空中にできた血線を曲げながら仰向けに倒れた。

 痛みから苦悶の表情を浮かべる男は、近くで見てみれば、シンと同い年程度あるいは年下のあどけない顔立ちの少年だと分かる。


「……うぅぅ……こ、このクソ野郎……いきなり……」


 少年はそううめくと、右手を押さえてうつむきになり、体をゆすった。


「お前が覆面男――メサイアか? まだ子供じゃないか」

「……なに……なに言ってんだ……んなことより、救急車……救急車呼んでくれ……頼む……頼む」


 少年は息も絶え絶えにシンにそう懇願した。


「お前の能力、知っていることを全て吐け」

「し、……ハァハァ……知らねーよ……なんだよ能力って……お前頭おかしいだろ……腕が……感覚がおかしいんだよ……」

「そうか。お前が能力を吐くまで拷問する。実験もしたいし」


 ――――瞬間、少年がうつむき状態から即座に仰向きになると同時、少年の左手が一閃し、強烈な破裂音が響いた。シンの右頬から目尻にかけて血線が走り、瞬く間に血線が膨らんだ後、頬を伝い少年の足に落ちていく。


「クソッ!! 外した!!」


 少年は舌打ちして、再度シンの顔の中心に照準を合わせた。しかし、シンは一切怯むことなく一瞬早くトリガーを引いた。


 ――「ツッィ!!」という音と共に、男の左肩から血がシンに返った。


「うぅうううううううう」


 少年はつらそうに低い唸り声をあげた。


「もう逆らうな」

「ぅううぅうう……、わ、わかったよ……ほ、ほらもう何も持ってねぇ。ど、どうしたいんだよ、俺をよぉ」


「お前の活動は俺の活動の障害になるからやめさせる。加えて、お前には実験体になってもらう。終わったら解放する」

「……。フッ、フヘヘヘッハハッ アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!」


 少年は仰向きのままそう不気味な笑いを浮かべた。


「──一生寝言言ってろバカが」


 少年はそう言って視線をシンに向けたまま、左手首だけを微かに動かした。しかし、少年のニヤついた表情はすぐに硬直した。


「……ハッ? な、なんでだよ! なんでこいつもロックできねーんだ! さっきからどうなってんだ!!」


「逆らうなって、俺は言ったはずだけど。お前、死にたいのか」


 そう言いながらシンは少年の口に銃身を突っ込んだ。衝撃で歯が折れたのか、同時に「メチッ」という音がした。少年が苦しそうに息を吐くと、トリガーにかかるシンの指に血が斑点状に付着した。


「ヒッ、ファ! ヒァイィイ!! フミハヘン!!」


 少年は完全に戦意を喪失したようで、目からは涙が流れた。


「青いリュックの男は仲間か?」

「ヒ、ヒラネェ、ナヒモモヒラネェ。オヘハヒホリデキタ」


 シンは、少年の言葉が嘘だと思ったのか、トリガーを甘引きした。「キィィイイイイイ」という高周波音が鳴り始める。


 少年は涙を浮かべ、目を真っ赤にして必死に首を振る。


 シンは五秒ほどその状態を保ったが、信じたのかそれ以上の追及はしなかった。シンは手際よく少年の両手両足を紐で手早く縛り上げると、リエリにコールした。


「今、覆面男を捕らえた。ステージの近くに立ってる男は多分こいつの仲間じゃないけど、能力者である事に変わりはない。君はそのまま伏せてて」

「シン大丈夫だったの? ここからだと遠いし暗いから全然何が何だか。だけどすごい音が何度か……」


「大丈夫。手筈通りカートを持ってきて。予定では一人だったけど、押し込めば二人運べるはず。あと二十秒ほどで客が意識を戻すから、時間を稼ぐために昨日分の記憶を消さないといけない」

「わ、わかった。すぐカートで向かうね」

「ああ」


 コールを切った直後、突然シンは何かに気付いたように後ろを振り向こうとした――瞬間。



「振り向くな。手を上げて、ゆっくり立て。指示に従わない場合は撃つ」



 シンはそう告げる男の声に従い、ゆっくりと手を上げ、立ち上がった。


「ゆっくりこちらを向け」


 シンが指示通り振り向くと、数メートル先に、黒いスーツを着た巨躯の男がシンに銃口を向けていた。更に、その奥、薄明かりの中にバラバラと同じような男達十数人がシンに銃口を向けている。


「なにか、俺に用?」


 シンはこの状況にも関わらず動じることなく、スーツの男達にそう問うた。


「銃を捨てろ、足で蹴って、こちらに渡せ」

「……」


 シンが指示通りに銃から手を離すと、銃は床に落ちて鈍い音を立てた。そしてシンは無表情のままゆっくりと床の銃を男の方に蹴った。一連の動作と同時、シンは右手を微動させ、デリーターを一瞥してリストを選ぼうとするが、指を止めた。


「リストにない。こいつら能力者か? いや回線切断して――」

「――おい!! 動くなと言ってるだろう!!」


 シンのつぶやきをかき消して、銃を構える男が声を荒げた。


 奥にいたスーツの男の一人が、シンの位置まで急いで駆けつけると、シンの手首を掴んで背中に向かって捻りあげ、そのまま床に倒した。続いて何人もの男達が駆けつけ、倒れたシンの背中や腕、足に体重を乗せて、圧迫する。その間、シンは無表情のまま、男達に抵抗することはなかった。


 シンの横に立つ男の一人がジャケットの内ポケットから、長方形の薄いケースのようなものを取り出した。ケースの端には突起があり、そこに指をかけて開くと、中には六本の注射器が陳列されていた。男が左端の一本を取り出すと、一度僅かに注射器のピストンを押した。

 少量の液体が注射針から出るのを確認した後、男はシンの左腕を引っ張り上げ、慣れた手つきで注射針を躊躇なく突き刺した。同時にピストンを押し込み、注射器内の液体がみるみる減少していく。


 シンの視界はすぐに歪み、暗転していった。


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