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52- ──STAND UP──

 ライブは幕がかかった状態から始まり、その幕にプロジェクトマッピングの映像が導入曲に合わせて次々と映し出されていく。


 パーティションが取り払われた会場は、縦横五十メートル以上の大きさがあり、そこを数千人が占めている。ステージの両端上部には、巨大なモニターが設置されている。


 シンは視界で関係者証明証を〈常時提示〉と表記されたボタンを押し、ライブを最後方から見守った。

 曲が最高潮を迎えたところで、白い幕が一挙に取り払われ、リエリを含む十数人のアイドルが一斉に踊り始める。


 シンはその間、観客を注意深く見守っていた。


 リエリ達が歌い始めて二曲目が終わったところで、リエリ達はステージ上に横一列に並び、トークを始めた。


「ねぇ、みんな。私、前からやってみたかったことがあるんだけど」

「えー? なになに?」


 他のメンバーは、リエリの言葉に興味ありげな様子を見せた。


「次の曲って〈STAND UP!!〉でしょ。でもいつも、曲の間中ずっとお客さんは立って見てくれてるじゃない?」

「確かに!! そうだね、言われてみれば! うん! ハハッ既に立ってるよね!」


 他のメンバーはそう口々にリエリに同調する。


「だから、最初は座ってて、サビで『STAND UP!!』って歌うところに入ったら、お客さんが皆一斉に立ち上がって『STAND UP!!』って叫ぶのをやってみたいの! そうしたら、すごい一体感出るんじゃないかって思って」

「おぉお! それいいね! やってみたいです。 いいかも! 賛成賛成! 三千五百人が一斉に言ったらすっごい迫力だねきっと!」

「ヨシ! 皆さんもいいですかあ?」


 リエリが観客に尋ねると、大きな歓声がリエリに返った。


「ちょっと、練習してみましょう! 私が、『私の声が、聞・こ・え・る・か? ハイッ、STAND UP!!』って言ったら、皆さん一斉に立ち上がって、『STAND UP!!』って返してくださいね! じゃあ、まず、皆さん座って座って~。あ、メンバーも座ってて」


 観客はリエリに応えて、波を打って座っていく。リエリは、全員が座り終えたことを確認するように一八〇度を何度も往復して見渡した。


「全員、座りましたね? それじゃあ、行きますよ? 『私の声が、聞・こ・え・る・か? ハイッ、STAND UP!!』――」

「――STAND UP!!」


 観客が波打ちながら一斉に立ち上がり声を発したことで、会場全体が大きく震えた。


「あれれー? 立ってくれない人がいましたねー? 私はちゃんと見てますよぉ! 私から見て、右手奥の黒のジャケットの男性の方! 左手真ん中位のベージュのニットの女の子! 他にもまだ数人いましたよ、恥ずかしがらずにお願いしますね? ぜひぜひ肩を組み合って叫びましょう! はい、じゃあもう一度座ってください」


 観客はリエリの指示通り一斉に座った。リエリは手元で一瞬何か操作すると、すぐにシンの視界のチャット画面にリエリからのメッセージで【つぎ!】と表示された。シンはデリーターの方向・距離等の画面の最上行にある〈ALL〉と表記されたリストを選択し、切り替わった画面で最下行にある今日の日付を選択した。《DĒŁĒTĒ》のボタンが薄闇の中、淡く点滅し始める。


「……それじゃあいきますよ? 『私の声が、聞・こ・え・る・か? ハイッ、STAND UP!!』――」


 ――瞬間、シンが《DĒŁĒTĒ》押したことで、三千五百人は一斉に座ったまま意識を失った。会場は完全に無音状態となり、当然、リエリに対して観客からの復唱はない。


 シンは周囲を一挙に見渡すと、二人の立ち上がっている男を見つける。シンの手前二十数メートルの位置には上下黒の短髪の男、その更に奥、ステージに近い位置には青いリュックを担いだ男がいる。


「二人? ――覆面男はどっちだ? ――両方とも捕まえるだけか」


 シンはそうつぶやきながら拳銃をジャケットの内ポケットから取り出し、手前にいる上下黒の男に向かって身を屈めて突進する。シンが右手に持った拳銃のトリガーを甘引きすると、「キィィイイイイイ」という高周波音が鳴り始める。


 上下黒の男は周囲で何が起こったのかという様子で、首を左右に振っている。真後ろから接近するシンに気づいた様子もなくその場に座り、ステージに一人立つリエリを見据えながら、宙で指を動かし始める。


 もう一人の青いリュックの男は、茫然とした様子でそのまま立ち尽くし、周囲を何度も見渡している。

 シンが上下黒の男まで十数メートルほどの距離まで近づいたところで、男から声が聞こえたきた。


「なんだこのメッセージ? なんであの女に効かねーんだよ? どういう状況だこれ? リクもショウも、周りの奴らも全員倒れてるし――まさか、アムの仕業か?」


 男はそう言いながら、シンの気配に気づいたのか、ふと首を後ろに振った。突進するシンの目は、人を見る目では到底なく、まるで害虫でも見るかのような視線を男に固定している。


「うぉおぁあああああ!」


 男は思わず声を上げて立ち上がり、仰け反った。



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