51- ──強行参加──
「ちゃんと入場許可証もらってれば、案内表示が出るんだけどな……でも多分こっち」
リエリはそう言って、エレベーターを出て左側の通路に進んだ。
進むにつれ、喧噪が大きくなっていく。
二十メートルほど進んだ所で折れた通路を左に曲がると、喧噪の音量が一挙に上がり、女の甲高い笑い声や叫び声のようなものも聞こえる。通路の脇には各種の飲み物やお菓子などがズラりと並べられている。
「うん、やっぱりこっちで合ってる、すぐそこが楽屋ね」
リエリがそうつぶやいたとき、楽屋から一人の少女が姿を現した。少女はいかにもアイドルというような格好をしている。
「あ! ……え!? リエリちゃん!?」
「あ! りなっち」
二人は見合ったまま、僅かの間硬直した。
「――ね、ねぇみんな!! リエリちゃん来てるよ!!」
少女は驚いた様子で、楽屋の中に向けてそう言うと、中から次々に少女達が飛び出てきた。
「わぁー! ホントだ!! えぇ!? どうして? 今日来ないんじゃ!? えー? これ、スタッフさんに伝えたほうがいいのかな?」
驚きの声が飛び交う中、リエリは十数人の少女にもみくちゃにされながら楽屋に入っていく。シンもその後を追った。
リエリは周囲の少女達を落ち着かせるように頭を撫でていたが、すぐに意を決したような表情で話し始めた。
「ごめんね、みんな。心配かけちゃって。話があるから、ちょっと一旦みんな座ってほしいの」
リエリがそう言うと、リエリの周囲にいた少女達は従順に近くのイスに座り、リエリを見上げた。
少女達が全員座ったことを確認すると、リエリはシンに目配せし、シンはゆっくりと頷いた。
シンはデリーターで十数行を選択すると、切り替わった記憶リストを下にスクロールし、昨日と今日、〈10〉と〈11〉を選択し、点滅する《DĒŁĒTĒ》を押した。
――瞬間、少女達の頭は支えを失ったように前や横にもたれた。
「あとは、うちのお偉いさん、オオタさんの記憶を消して、私が握手会とミニライブに予定通り出れればOKだね」
「ああ、時間が押してきてるから早く済まそう」
リエリの案内でシンは通路を進む。途中、何人かのイベントスタッフがリエリに気付き、驚いた様子で声をかけるも、リエリは気にせず進んでいく。
準備中のステージ裏に到着すると、一人の黒縁メガネの男性が驚いた様子でリエリを見て、口を開いた。
「ちょ、えぇ!? リエリちゃん!! ここ、こ困るって、なんで来ちゃったのさ? マネージャーさんから連絡来なかった? 絶対今日出せないよ?」
「シン、この人がオオタさん。この人がOKって言えば、スタッフ全員が指示に従うの」
「ちょ? 聞いてるの? リエリちゃん!?」
シンはデリーターで当惑する男性を選び、《DĒŁĒTĒ》を押すと、男性は力なくペタンと膝を床につけた。
その様子を見ていた周囲のスタッフが悲鳴を上げるが、シンが再び一瞬のうちに《DĒŁĒTĒ》を押すと、静かに床に落ちた。
「これで準備完了ね」
「ああ」
一、二分ほどでオオタは目を覚まし、周囲を見渡した。
すぐにリエリが駆け寄り状況を説明し、握手会の準備中である旨を知らせると、オオタは混乱しながらも、会場の満員の客を見て、すぐに準備を再開した。
オオタはリエリのレーンを用意しなかった事に激怒し、責任者を呼びつけて叱責したが、リエリが仲裁することで事なきを得た。
急遽、握手会会場にはリエリのブースが追加され、それに伴って当日券の増刷が行われた。リエリ参加のアナウンスがされると、会場からどよめきと歓声が起き、そのあと拍手に包まれた。アナウンスは、開始予定時刻が三十分遅れることも含まれていたが、会場からはそれを気にする様子は見受けられない。
* * *
いよいよ握手会が始まり、シンはスタッフとしてリエリの後ろで様子を見守った。
握手に来た客は、リエリと友人であるかのように振る舞い、客の後ろにいる男性スタッフが数秒~数十秒で『終了です』と告げると、リエリのブースを出ていく。
三時間予定されている握手会は、そのサイクルの繰り返しで過ぎていった。
「リエリさん、お疲れ様です。握手会は終わりです」
リエリのレーン係の男性スタッフが入ってきてそう告げると、リエリは大きな伸びをした。
「ふぁあ、疲れたし、緊張した」
「お疲れ」
「結局、覆面男は握手には来なかったね。全員をセレクターでチェックするのホント疲れた。一回も【You need】なんちゃらってメッセージは出なかったよ」
「握手しながら、あんな自然にセレクターを使うのはすごいよ」
「でしょー」
リエリは嬉しそうな表情で鼻を高くした。
握手会は終了し、三十分の準備に入った。会場のパーティションが大急ぎで取り払う準備が始まり、シンとリエリは楽屋に戻っていく。
キャッキャと声のする楽屋の外で、シンは目を瞑って時が過ぎるのを待った。
十数分ほどで、リエリは白を基調とした衣装を纏って楽屋から出てきた。そして、肩の横で手を上げてシンに首をかしげる。
「どう? これ。カワイイでしょ」
「……たぶん」
「フフ、イェイ」
シンがぎこちなくそう返すと、リエリは微笑んだ。
「イッチョ、ヤッタロー!! ねぇ、シン!!」
「ああ」




