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50- ──横浜グリーンフォーラム──

2091.11.11 Sun. 07:34 JST



 リエリは、いつもより早めに起き、眠たそうな目をこすりながら朝食をつくり始める。

 十数分もしないうちに、リビングのテーブルには、ベーコンエッグとパン、そしてコーヒーが並んだ。


 シンとリエリは早々に朝食を済ませると、いつものソファに並んで座った。リエリは宙を忙しなくタップしている。


「あ、やっぱりね。すごいニュースになってる。……『アイドルのリエリ 生放送でメサイアを真っ向批判』、『リエリがメサイアにキレる!』、『リエリ 握手会強行出席を宣言 事務所は否定』だって……アハハ……わぁすごい、どこもそればっかり」

「仮に昨日の生放送を見ていなかったとしても、これだけ主要メディアが一斉に報じていれば、必ず覆面男の目に止まったはずだよ」


「問題は今日の握手会よね。……あ、やっぱりメール来てた。電話もすごい数、ワワワー……今も来てる。――やっぱりぃ、マッキーが握手会欠席しろだってさ。でも、ということは握手会自体はやるってことだね、シンの言った通りだね」

「イベント自体が中止にならなくてよかった。あれだけ宣言したから、覆面男も必ず来るはず」

「横浜グリーンフォーラム貸切で大々的に広告打っちゃってたもんね。ミニライブのステージセットも用意してあるだろうし、やっぱり大人の事情ってのだね」


 リエリはそう言うと胸に手を当て、自身を落ち着かせるように深呼吸した。


「うぅマッキーごめん、もしマネージャー首になっちゃったら生活費補償します……」


 リエリはそうつぶやいて目を瞑り、頬を両手で軽くパシッと叩いた。


「よし! それじゃあ、出発しよっかシン!」

「ああ、行こう」


* * *


 シンとリエリは、マンション前に呼んだタクシーに乗り込み、横浜に向かった。


 シンは落ち着いた様子で窓から外を眺めている。リエリはシンの胸元を押し黙ったように見ている。

 リエリの角度からは、シンのジャケットの内側に差し込んだ拳銃が僅かに見える。


「なに?」


 シンは自身を見るリエリに気付きそう問うと、リエリはすかさず口を開いた。


「シン、ど、どこでその鉄砲もらってきたのかなー?」

「暴力団の事務所。一番良いのがもらえた」

「……」


 リエリはそれ以上聞かなかったため、車内は沈黙が続いた。


 三十分ほどで、左手の窓からは巨大なガラス張りの建物が見えてきた。


「見えてきた! 横浜グリーンフォーラム!」

「ああ」

「うぅ、緊張する~」

「落ち着ていこう」

「シンは落ち着きすぎなの!」

「そうかな」


 二人がぽつぽつとやりとりしているうちに、タクシーは横浜グリーンフォーラム地下駐車場に続く、関係車両専用ゲートの前で止まった。前方を二本の太い金属製の杭が遮っている。杭の横には、小さな待機所があり、そこから警備員が出てきて、こちらに向かって走ってくる。警備員はタクシーの窓をノックし、シンに話しかけた。


「関係者の方ですか?」

「はい」

「許可証を提示願います」

「今、探します」


 シンは警備員にそう言って、デリーターに浮かぶ距離が〈0・8〉のリスト一つを瞬時に選択。続いて表示された記憶リストを最下段まで一気にスクロールして一つを選択、《DĒŁĒTĒ》ボタンに人差し指を置いた。一連の操作は瞬きする間もなく終了し、傍から見れば画面を手をパパッと動かしたようにしか見えない。

 シンが《DĒŁĒTĒ》ボタンから指を離した瞬間、警備員は膝の支えがなくなった人形のように、その場に崩れた。


「それじゃ、行こうか」

「う、うん」


 二人はタクシーから降りると、倒れた警備員を引きずり、杭の横の待機所に戻して寝かせた。リエリは申し訳なさそうな表情で警備員に手を合わせた。そのあと二人は、タクシーを帰らせ、杭の間を歩いて抜けて地下に入った。


 地下駐車場に歩いてきた二人を不審に思ったのか、関係者出入口前の警備員が二人に近づいてきて、声をかける。


「すみません。ゲートを抜けて歩いてこられたのですか? 念のため、入場許可証の提示をいただけますか?」

「はい、今送ります」


 シンはそう言うと、再び同様にして一瞬のうちにデリーターを実行した。二人は、倒れこむ警備員の横を通り過ぎて関係者出入口に入った。


 出入口の中は小エントランスがあり、奥に受付の女性が二人、その横に警備員が一人いた。女性一人がこちらに気付いて立ち上がり、二人に頭を下げる。


 シンは受付に向かって歩きながら、デリーターを躊躇なく実行した。二人は受付横の通路を抜け、エレベーターに乗った。


 エレベーターの中で、リエリはシンに顔を向ける。


「シン、絶対に間違っても記憶を全部消さないでね、昨日と今日の記憶分だけだよ?」

「もちろん、なんの罪もない子達だからね。さっきの警備員達も今日分の記憶だけ消してある」

「うぅ、緊張する」


エレベーターが五階に到着して、扉が開く。


「早く出て」

「うぅ」


 シンに急かされたリエリは、意を決したようにエレベーターから降りて通路に出た。


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